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16  見た目と味は関係ないって!

 朝になり、ワタも起きてきた。

 大あくびはするが、昨日のことが引っかかっており、「おはよう」が終われば沈黙したまま。

 朝食はメイドさんが作り、ワタはそこに無言でインスタントコーヒーを追加。

 もちろんメイドさんの分もあります。


 キースもクーも、このインスタントコーヒーが楽しみだったりする。


 静かな朝食も終わり、島での魔獣殲滅業務を再開。

 森に入ってすぐに、メイドがキースとヒソヒソ話。


 「……俺もそうだとは思うけど……姉さん、ちょっと」

 「はい?」

 「ワタちゃんの能力を精査するには情報が足りないんですよ。俺たちの一番の目的は、あの能力がどこまでできるのかの調査ですから」

 「確かに。そろそろわたしたちも、ワタの能力がどれほどの力を発揮できるのか、把握しておくべきでしょうね」


 クーはちらっとワタを見て、また会話に戻った。


 「わたしたちというよりも、ワタ自身がそれを把握すべきだと思います。キースが『ネズミ』の件で神経質になるのも分かりますけど、今のままではお互いのためになりませんよ?」

 「俺、ですか……」

 「ええ。顔に出ています。妹が心配なのも分かりますけど、なればこそこれは乗り越えるべき問題です」


 クーの説得に、折れるべきか悩むキース。

 無責任ではあるが、いっそワタ自身に決めてもらうことにした。


 「ワタちゃん。ちょっと話がある」

 「……何」


 不機嫌そうに、目を合わせないワタ。

 キースも苦笑いを浮かべつつ、これは必要なことなのだと自分自身を納得させる。


 「ワタちゃん。この島限定で、ついでに魔獣相手限定だけど、俺は口を出さないから、ワタちゃんが自由に能力を使ってもいいよ」

 「……何ができるのか見せろってこと?」

 「目的としてはそう。今後俺たちがワタちゃんを戦力として組み込むのならば、能力の限界ってのをしっかり知っておかないといけない。ワタちゃん自身も確認しておくべきだと思うからね」


 しばらく考えるワタだが、頭が縦に揺れた。


 「だったらひとつ聞いておきたいんだけど。この島ってキースさんの家からしたら、どんな存在?」

 「どんな……? んー、難しいけど……魔獣牧場になんてされているんだから、邪魔だね。でも魔獣がいなくなれば別かな。漁師の休憩地点にもできる位置だからね」

 「……分かった」

 「それと俺の感想としては、山の上半分くらいはいらないかなーと」

 「何それ……」


 意味を理解したワタから冷ややかな目線を送られたキース。

 苦笑いではなく、イタズラ笑いで返す。




 しばらく進むと、ガサガサと複数の個体がこちらへと向かってくるような音。

 ワタも準備しつつ、キースとクーがまずは先陣。


 「まっ、待った!」


 藪の中から出てきたのは、ボロボロの服に傷だらけの7人。

 キースの顔に見覚えがあったのか、すぐさま低姿勢になった。


 「無人島なのに魔族といい今回といい……っていうかあなた方は誰ですか?」

 「オレらは……そのー……か、海賊……です……」

 「……俺たちのターゲットか。よし、一旦海岸まで戻るよ」


 そして安全の確保されている海岸まで到着。

 ただし海賊に関しては、お互いにまだ安心できない。


 「さてと、まずは君たちが何故ここにいるのか、話してもらおうか」

 「はい。実は――」


 ――海賊たちの話はこうだ。

 彼らは普段、こことは別の小島を根城として使っていた。

 そしてあの日もいつも通り島に戻ろうとしたところで、その場所には出るはずのない大ダコと遭遇。

 健闘する間もなく船にまとわりつかれそのまま沈められてしまい、木片にしがみつきこの島に漂着。

 漂着した時点で船長が行方不明で人数も半減。しかもこの島のことは知っているので、絶望感でパニック状態。

 両手の指ほどの犠牲を出しながらも、それでも命からがらどうにか生き延びた、との話だった――。


 「分かった。とりあえずだけど、この海岸には結界を張ってある。そこは安心していい」

 「ほ、本当ですか? よかった……」

 「だけど次は、俺たちが天敵だ」


 安堵して一転、絶望にも似た緊張が走る海賊たち。

 するとワタが動いた。ぐっと顔を近づけ、メガネの奥から睨む。

 海賊たちにとっては、”よく分からないけどすげー怖い!”状態。


 「……死ぬ?」

 「いやいやいやいや!」


 ワタの淡々とした一言に、顔面蒼白の海賊たち。

 後ろのキースとクーは必死に笑いを堪えている。


 「も、もう、もうもう! もう海賊はしませんっ! みんなに迷惑も掛けませんっ! 牢屋にも入りますっ! だから、命だけはご勘弁をっ!!」

 「お願いしますっ!!」


 石の海岸に土下座する海賊たち。もう頭は石についている。

 ワタはキースに預けるつもりだったが、キースは笑いを堪えながら頷き、ワタに任せると意思表示。


 「……それじゃーね、5年牢屋に入ってて。それが終わったらこの島に戻ってきて、ここで暮らして。ちゃんとかい……かいー……開拓だ。島の開拓すること! 分かった?」

 「ははあっ!!」


 後の話だが、ルパードもこの量刑を支持し、本当に刑の内容がこれで決定した。




 小船を絶対に盗まれないようにした後、ワタたちは再び森へ。


 「さてワタちゃん。連中にここを開拓させるためには、この島をお掃除しなきゃいけない。どうする?」

 「しつこい!」

 「あははは!」


 怒るワタに大笑いするクー。キースは苦い顔しか出来ない。

 ワタもとっくに理解しており、そしてこの島をどうするべきか想像を巡らせていたところなのだ。


 「……キースさん、確認だけど、何してもいいんだよね?」

 「いいよ。盛大にやっちゃって構わない」

 「ホントのホントにいいんだよね?」


 これは先ほど言われた「しつこい」を返すネタか? と思うキース。

 だがワタの口調に冗談成分が含まれていないので自重した。


 「本当にやっちゃっていいよ。あ、だけど俺たちや海賊たちには危害を加えないでよ?」

 「それくらい分かってる」

 「ははは……」


 ”しつこい返し”をしなくてよかったと、心から思うキース。


 ワタが色々考えつつ、キースとクーで魔獣をお相手。

 すると皆様おなじみ『スライム』のご登場。

 見た目もそのまま、若干緑がかった水色の、プニプニしたゲル状饅頭である。


 「あースライムだ!」


 巡らせていた考えをふっ飛ばし、本物のスライムに感動すら覚えているワタ。

 興味本位で近付こうとすると、キースにクーに、メイドさんまでも止めに入った。


 「ワタちゃん、この世界のスライムは半端なドラゴンよりも強い。絶対に近付かないように」

 「え、マジ?」

 「マジです。……しかもあれは子なので、相手をするだけ損です」

 「……あとで説明して」

 《そこにいるスライムが水になってはじけ飛ぶ》


 ゲル状でプニプニ動いていたスライムが動きを止め、次の瞬間水風船に針を刺したようにはじけて消えた。

 大人三人はもう慣れたもので、これがワタの仕業だとすぐに気付いた。

 クーが他にスライムがいないかと警戒しつつ、キースがワタに説明。


 「この世界のスライムには、親と子がいる。親から分裂して偵察や攻撃を行うのが子で、親を倒さない限り子はいくらでも湧いてくる。ここまでは分かる?」

 「うん。さっきのはファンネルってことね」

 「ふぁん……よく分からないけど、多分そう。そして子の攻撃ってのが、相手の体内に入り込んでの自爆」

 「うわぁ……。うん、みんなの言いたいこと分かった。この世界のスライムはすんごい危険!」

 「そういうこと。……あ、訂正させて。この世界の魔獣は全部危険。ね?」

 「はーい」

 (これで少しは慎重になってくれればいいんだけどなぁ……)


 キースの願いは恐らく届きません。

 しかし島と同じような形状のスライムを吹き飛ばしたことで、ワタはこの島と魔獣をどうするのかというイメージがつかめた。


 「……ふひひ……」


 最後尾でほくそ笑むワタに気付いたクーは、キースの袖を引いてワタを目で示した。

 クーはこういう時にワタをどう扱えばいいのか、まだしっかりとは把握し切れておらず不安があったのだ。

 それをキースも理解し、無言で頷く。


 「よし、一旦海岸まで戻ろうか」

 「ふひひ……って戻るの? なんで?」

 「何でも何も、安全のためにだよ」


 よく分かっていないワタは首をかしげて頭上にハテナマーク。

 それが存外可愛く、クーのツボに入った。




 海岸まで戻ると、海賊たちがいない。

 ――と思ったら発見。海に潜っていた。

 逃亡するつもりではないかと勘繰ったキースが怒鳴る。


 「逃げられるとでも思ってるのかー!」

 「魚獲ってましたー!」

 「……いいサイズだ。ははは」


 海賊たちは木の枝を利用したお手製のモリを使っており、そこには30センチクラスの大物が刺さっている。


 「分かったから戻ってこーい」

 「はーい」「あっ!」


 海賊が返事をしたと同時に、水中から巨木のようなタコ足が一本伸びてきた!

 すぐさまクーが剣を抜き、《エアブラスト!》とスキルを発動。

 遠距離攻撃が可能なエアブラストは汎用性も高く、海賊たちの合間をかすめてタコ足に直撃!

 これでタコ足は水中へと姿を消したが、海賊たちは叫びパニック。

 それでも命からがら海岸へと泳ぎ着き、犠牲は出ずに済んだ。


 「……本体は逃しました。しかしあれほどの足を持つ大ダコ……放置するわけにはいきませんね」

 「こいつらとあの大ダコがここいら一帯の悩みの種ですから。そっちは大丈夫か?」

 「はいぃ……」


 海賊たちは顔面蒼白で、数名は恐怖から泣いてすらいる。

 キースとクーとメイドさんが彼らをなだめている間、ワタは遠巻きにそれを見つめていた。




 振り返り、森を見つめるワタ。


 (……決めた)

 「みんな、これが私のやり方。見てて」


 真剣な声色に、皆の視線がワタに集まる。

 メイドさんも撮影を開始。


 《島が半分吹き飛んで、この島にいる魔獣が全部、巻き込まれて死ぬ》


 ワタの想像した内容は単純だったが、創造された事象は常人の想像を凌駕した。

 地鳴りと共に島が揺れ、森の鳥が一斉に飛び立つ。

 まるでそれが合図と言わんばかりに、饅頭型の山が、天を突く巨人に蹴られたかのように弾け飛んだ。

 大小さまざまな岩と化した”元”山は、島の反対側に吹き飛び、そこに地獄絵図を描く。

 巨大な岩石が水面に落ちれば、はるか見上げるほどの水柱が立ち、その波紋が反対にいるワタたちの足元にまで波を作る。

 吹き飛ばされた魔獣は既に息絶え、生き残ったものも天から降り注ぐ『ワタの雷』によりことごとく潰され、死に絶えた。

 終末さえも想像させる轟音と地面の揺れは数分間続き、収まった後には、島の形が円形から(しずく)のような形に変わってしまっていた。




 「……私、趣味が妄想だから」


 キースたちに向き直り、無表情で一言。

 そのキースたちは口が開いて目が飛び出そうな顔で思考停止。言葉が出ない。


 「あのー……私、やりすぎたね……」


 背中を向けて落ち込むワタ。

 それを見て、キースとクーが同時に我に返った。


 「あーいや、自由にしていいって言ったのは俺だからワタちゃんが落ち込むことはないよ」

 「そうですよ。驚きはしましたが、えー……あっ、噴火したならばこれくらいにはなりますよ、きっと」

 「そうそう、島が噴火したんだと思えば、ワタちゃんは自然現象を起こしただけなんだから、全然大丈夫」

 「ええ、自然現象ならわたしたちでも起こせますので、全然大丈夫ですっ」


 「……ふたりともさ、フォロー下手すぎ」


 ワタは背中を向けつつも、声のトーンが戻った。そのことに安堵する二人。


 それからしばらく。メイドさんや海賊たちも落ち着きを取り戻したので、メイドさんがアーティファクトを使って迎えの船をよこすように連絡。

 その後は船が来るまで島を一周してみようということになった。


 「本当に何もかもが吹き飛んでいますね」

 「こりゃー開拓するのにも骨が折れそうだ。君たち、5年でしっかり覚悟を決めろよ」

 「はい」


 未来の視察ということで、一緒に海賊たちも付いてきている。


 島の反対側に到着。

 大岩がこれでもかと大量に転がっており、そこに折れた木々が散乱。


 「文字通りの地獄絵図だな……ここを耕すのか……」

 「もーちょい岩が小さけりゃーなぁ……」


 海賊のこの愚痴に、ワタが再び睨みを利かせる。あれを見た後の海賊たちは怯えきった表情で、まるで震える子羊である。

 《一帯の岩が小さめに粉砕される》

 そしてゴロゴロと音を立てて崩れる岩。


 「そうだ、君たちに一つ忠告しておく。ワタちゃんの能力は口外禁止だ。もしもの時には、その首が飛ぶと思えよ」

 「はいっ!」


 散々見せつけた後の忠告なので、効果は抜群。




 「さて、戻りますか」

 「待って。あれ」


 ワタが全員を止め、奥を指差した。

 そこには太いタコ足が一本。


 「あー、大ダコも下敷きになっ……って、動いてる」

 「あれは生きていますね

 とクーが冷静に一言発した途端、岩を弾き飛ばし大ダコ登場!

 「うわっ!」「ひぃっ!」「逃げろー!」

 条件反射の如く逃げ出す海賊。メイドさんも思わず逃げ、大きく距離を取る。

 一方こちらはワタもキースもクーもやる気だ。


 「あのタコ何人前だろう?」

 「食べる気なの!?」

 「え、食べないの?」


 相変わらずの能天気なワタに、二人も過度な緊張をせずに済む。


 「キース、目は狙わないように」

 「逆じゃないんですか?」

 「目が見えてる相手のほうが、動きが見定めやすいこともあるんですよ」

 「……了解。俺は頭を狙います」


 下敷きになっていたのは間違いないので、疲弊しているはずの大ダコ。

 『誰がやったんやこのタコ!』とでも言いたげにワタたち目がけて突進!


 キースはまずクーの援護。ワタも相変わらず”わたわた”しながら何か出来ないかと思案中。

 クーは足場の悪さも気にせず、それどころか重い鎧を着ているのにもかかわらず、まるでトランポリンで跳ねているかのように、人の背丈ほどもある岩を軽々と飛び越えて突撃。


 「あれなに!?」

 「姉さんはプルマン信奉だからね」

 「それだけであんなことできるの!?」

 「それがアルトール教の強み。俺は状況で信奉対象を変えるけど」

 「う、浮気者ぉー!」

 「あっはっはっ!!」

 補足しておくが、アルトール教の火の女神プルマンは、信奉者に物理的に力を与える。その恩恵でクーはあれほどの跳躍ができるのだ。


 そんな会話をしつつも集中力を切らさずピンポイントで狙撃するキース。

 一方クーはタコ足を相手に苦戦中。

 大ダコが器用に岩を放り投げてくるので、その回避に忙しいのだ。


 「……あっ! クーさーん! 私が足止めするよー!」

 (おや、心強い援軍ですね)


 見えないところで笑うクー。


 「えっと……《大ダコの足が絡まる》でどうかな?」


 自信のないワタ。しかし能力は発動し、クーを追いかけた大ダコの足が三本、見事に絡まった。文字通りの足止めに成功だ。

 大ダコもこれには驚いたようで、動きが一瞬止まる。


 「待ってました! 剣技《ソードダンス!》」

 この隙を見逃さず、クーはスキルを発動。まさに踊るように流麗な動きでタコ足を次々と切り刻んでゆく。

 このスキル《ソードダンス》は、使い手の反応速度を上げ、踊るような動作により攻撃と回避を両立するスキルだ。その特徴から一対多数戦において真価を発揮する。

 大ダコ戦ではタコの足が多数の敵に該当するため、このスキルの力が大いに発揮されるのだ。


 クーはワタ特製の剣をダンスのパートナーに舞い踊り、ついに八本のタコ足を撃破。

 「そのまま!」とワタからの指示が飛ぶ。クーも当然承知しており、タコ頭へと攻撃を開始。

 攻撃方法のなくなった大ダコを文字通りタコ殴り。

 それでも体力はさすがであり、数分かけ、ようやくその巨体を横たわらせた。


 「いよしっ!」


 クーが拳を突き上げ、大ダコ戦がワタたちの勝利で終わったことを皆に知らせた。




 「いやぁー、さすが姉さん」

 「うん。本当に踊ってたもん。やっぱりお姫様だった」

 「あはは! 二人ともお上手ですね」


 謙遜はするが、内心大喜びのクー。

 戦闘が終わったことを知ったメイドさんや海賊たちも集まってきた。


 「さて、このタコどうしますか?」

 「食べる?」

 「だからなんでワタちゃんはそっちの方向に行くのさ?」

 「おいしそうだから」


 キースもクーも、そして周囲の人たちも(ありえない)という表情。

 ワタはそれが、相手が魔獣だからだと思った。


 「魔獣って食べちゃダメなの?」

 「ダメってことはないけど……それよりも、タコだよ?」

 「うん。タコだよ? 茹でたらおいしそうじゃん」

 「茹で……」「ないわぁ~タコ食べるとかないわぁ~」


 キースに返答したワタだが、後ろの海賊たちが一番(うわぁ……)な顔。

 それを見てようやくワタも、この世界の住人はタコを食べないのだと気付いた。


 「あっ、そーゆーことか。私のところでは普通に食べてたよ。お刺身でも茹でても酢のものにしても、たこ焼きにしても美味しいもん」(私ほとんど食べたことないけど……)

 「えぇー……。ワタ、あんなグロテスクな姿なんですよ? おなか壊しますって」

 「人は見た目で判断しちゃダメなんだよ。料理も見た目で判断しちゃダメ……だと思うけどとにかく! 食べれば美味しいんだから!」


 結局ワタが押し切るかたちで、クーがタコ足を一本手ごろな大きさに切り落としベースキャンプまで運び、ワタが能力で出した大鍋で茹でてみることになった。


 茹でられている大ダコの足は、少しずつ色付いてきた。

 一方ワタは先に、薄く切っておいた刺身を試食。


 「……んー! コリっコリ! 大味かと思ったら全然で、噛めば噛むほどタコの旨みがはじけ出てくる! こんな美味しいタコ食べたの初めて! やー失敗! さっきのタコ足もっと持ってくるんだった!」


 大興奮のワタ。それを見ていたキースたちも、気付けば口の中に唾液がたまっている。


 そろそろいいかなということで、茹でたタコ足登場。

 やはり皆警戒しているので、まずはワタが一口。


 「んっ! 茹でたおかげで噛み切りやすいし、ちょっと塩味が利いてるからこれも美味しい!」

 「……そ、そんなに美味しいの?」

 「美味しいよー!」

 「あの見た目なのに?」

 「見た目と味は関係ないって!」


 ワタの頬がフグのようにふくれた所で、誰が最初に行くかと目線でバトル。

 負けたのは海賊の中でも下っ端の一人。


 「……うぅ……かーちゃぁん……オレ頑張るよぉ……」

 「いいから食べる!」


 ワタに怒鳴られつつ、一口。

 しばらく泣き顔でモグモグと咀嚼(そしゃく)していた海賊。その表情が一瞬で変わり、まるで背景に大漁旗がはためくかのような満面の笑顔に。


 「オレらなんでこんなウマいもん食ってねーんだよぉー!」


 雄叫び。

 そして二口三口と、どんどん食べ始めた。

 その姿にもう全員のよだれが止まらなくなり、全員が一斉にタコ足を口の中に放り込んだ。


 ―――――


 一方こちら、迎えの船。あの若い船長の操るオンボロ帆船だ。


 「船長! あれ!」


 見張りの船員が大声を上げ、遠くの海上を指差した。

 一斉にそちらを向く船長と船員。そこには巨大な赤黒い影が。


 「……あれは大ダコだな。あいつの言っていた通りならば……」


 首から提げている懐中時計を強く握る船長。

 この懐中時計は、ワタが退魔能力を持たせてある。

 半信半疑の船長と船員は、一言も発せず物音一つ出さないように全員静止。


 しばらくすると、大ダコは帆船の下を通り海底へと消えた。


 「これは……この懐中時計は、俺たちの宝物だ」


 懐中時計に口づけをして、心からワタに感謝を捧げる船長。


 ―――――




 迎えの船が到着し、全員乗船完了。海賊は念のため縄で縛られております。

 出航後、船長はまずワタの元へ。


 「あんたには本当に感謝するよ。これのおかげで大ダコに襲われずに済んだ。船の真下を通っていったんだからな」

 「おーよかった」


 船長は懐から懐中時計を取り出し、笑顔。


 「しっかし間近で見たらやっぱりデカかったなー」

 「私たちもさっき戦って倒したけど、大きかったし美味しかったー」


 すると船長の顔色が変わった。


 「……さっき倒した?」

 「うん。さっき」

 「さっきって、どれくらい前?」

 「んー……ねーキースさーん! タコ倒したのどれくらい前だっけー?」

 「二時間くらい前だよー」


 ワタは船首、キースは甲板の中ほどなので大声で伝達。

 そしてこれを聞き、みるみる青ざめる船長。

 それを見てワタもなんとなーく状況が飲み込めた。


 「キースさん、クーさん。船長さんが話しあるってさー」


 青ざめたままの船長なので、ワタが気を利かせ召集。

 二人とついでにメイドさんも来たので、話を再開。


 「あの大ダコ倒したの、本当に二時間前なのか?」

 「本当ですよ」

 「……ウチらはその後に大ダコを見ていることになる……」


 動揺の走る一同。ワタは除く。


 「あー二匹いたんだねー。夫婦だったりして」

 「だったら余計にまずい。俺たちにリベンジしに来る可能性がある」

 「夫婦愛っ!」


 ただ言いたいだけのワタ。

 しかしおかげで動揺が和らいだ。




 緊張感の中を船は全速力で走る。

 しかし予想が当たることになった。


 「船長! 足だ!」

 「やっぱり来たか! 揺れるぞー!」


 船の真正面に現れたタコ足を目一杯の取り舵で強引に回避。

 するとそれを狙っていたかのように向かう先に頭が出た。


 「チッ! 突っ込むぞ!」


 帆船なので、当然ながら風向き次第では向かえる方向に制約がある。

 大ダコはそれを理解した上で待ち伏せたのだ。

 船長は一か八か、このまま進路を変えず大ダコに突撃するコースを取った。


 一方ワタたちは既に迎撃体制を整えていた。

 三人からすれば、大ダコこそが飛んで火に入る夏の虫である。


 船首に立ち、大ダコを睨むクー。

 その後ろから一足先に、キースが弓を三連射。見事に大ダコの頭部に命中。

 間髪入れずにクーが《エアブラスト》を発動し、真空の刃がこれもまた大ダコへと命中。すると大爆発が起こり、大ダコの頭部が吹き飛ばされた!

 衝撃波で大波と爆風が船へと襲い掛かるが、何故か船はそれほど揺れず、爆風もそよ風程度。


 「連携バッチリ!」

 「ワタちゃんの作戦、綺麗にはまったね」

 「さすがはわたしたちの妹」

 「えっへへーん!」


 ワタの作戦はこうだった。

 まずワタが能力でキースの弓矢を爆弾へと変質させる。しかし安全を考え、大きな衝撃が加わることで爆発するという条件付きだ。

 その大きな衝撃こそが、クーのスキル《エアブラスト》だった。

 後は衝撃波をワタが能力で緩和し、事無きを得たのだ。


 「……あの三人、なにもんだよ……」

 「オレらの命の恩人だよ」


 唖然とする船員に、そう言い放つ縛られたままの海賊。


 こうしてライオット近海の脅威は排除され、船は無事に帰港を果たした。

 お土産に、船体と変わらないほどの長さのタコ足を三本乗せて。


 後にライオットの名産品となる、タコ漁の始まりである。



酢だこ美味しいよね。

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