15 戦闘狂の発言いただきましたー
ライオット港を出航したワタたちの乗る船。
しかし何故かその後ろを付いてくる船が。
それも一隻や二隻ではなく、大量に。もはや見事な船団である。
「キース、これ海賊が逃げ出しませんかね?」
「逃げると思います」
「でもそれはそれで面白そうじゃん」
ワタの能天気が炸裂し、脱力した二人は笑って頷いた。
その後ワタは、船員に話を聞くことにした。
「今いいですか?」
「ん? なんだ?」
「後ろのみんな、なんであんなにやる気出してるの?」
「そりゃー毎度迷惑させられてるからだよ。んでこっちはキース様にスキル使いのねーちゃんだろ? 日ごろの恨みを晴らす千載一遇のチャンスって奴じゃねーか」
「あーそっか。じゃーしっかりお仕置きしないと」
「っても、ここいらは海賊だけじゃないんだけどな」
「お? なんかあるの?」
「あるっていうか、いる。沖合いに魔獣の棲む饅頭みたいな島があって、その周辺にはこの船よりもデカいタコの魔獣がいる。あまりにも危険だから誰も近寄らないんだが、十日くらい前に、安全な海域で目撃されたらしい」
(これフラグだー)
「わかりました。ありがとう」
お礼を言いつつ頭を下げて、キースたちと合流するワタ。
こういうところはしっかりしている子なんです。
「何を聞いていたんですか?」
「色々。多分だけどね、この後海賊よりも大変になるよ」
「ほほぉー。ならばわたしはもっと頑張らないとですね!」
やる気が増したクー。
一方キースは心当たりがあるのでニヤニヤ。
唯一、メイドさんだけは船酔いでダウンしております。
のんびりした船旅。だが中々海賊が現れない。
ワタはとっくに飽きており、充電したスマホでゲーム中。それを覗くは年長者のクー姉さん。
「……なに?」
「いえいえ」
ただ見てるだけだと言わんばかりのクーだが、それが邪魔で仕方がないワタ。
その後も同様の状況が続き、日が傾くにつれ、ワタのご機嫌も傾いていく。
「……クーさん。そろそろ本当に邪魔」
「見てるだけですよ?」
「それが邪魔なの! 力使うぞ?」
「あはは。分かりました」
どうにか離れたクー。それを目で追うワタ。
この日は結局、海賊は現れず空振り。
海上生活をする準備もしていないので、日暮れと共に帰港することになった。
それからなんと五日。
この間港に出入りする船に話を聞くも、一向に情報が出ない。沖に出ても不発。
そんな中、朝食中にキースの兄、ルパードから話があるとのこと。
「海賊退治の件だけど、一旦棚上げにさせてもらうよ」
「兄さんがそう言うってことは、何か掴んだんだね」
キースの指摘に、ルパードは顔色を一切変えず続けた。
「依頼変更だ。沖合いに魔獣の住処になっている島がある。その魔獣を一掃してもらいたい。手段は問わない」
「あー船員さんが言ってた島。タコもいるんだっけ」
「……そういうことか。俺たちの目的だった海賊、タコの魔獣に沈められたんじゃない?」
目は笑わずに、口元だけニヤリとするルパード。
「昨晩だ。海賊旗が掲げられている折れたマストが漂流していたと報告があった。海賊たちがどうなろうと知らないが、何が起こったのかは把握しなければいけない。潮の流れからしてあの島に流れ着いている可能性が高いので、生死は問わず、その痕跡の発見もお願いしたい」
「つまり、島の魔獣を一掃し、海賊の痕跡を見つけろと。兄さん、いきなり難易度上がりすぎ」
「ははは。僕も同意見だ」
「はい。一つ質問があります」
「どうぞ、クーさん」
「島の魔獣はどれほどの強さなんでしょうか?」
「……すみません。なにせ誰も近寄らない島なので、情報がほぼありません」
「ならば、行ってからのお楽しみと考えておきます」
実際ワクワクしてますよ、この人。
港に到着し、目的地変更を船長に通達。
キースもクーも断られること前提だ。
「……それはさすがに無理だ」
「ですよねー」
キースとクーの声が重なった。
一方ワタは反応なし。メイドさんは付属物。
するとキースがワタに耳打ち。
「いいアイディアない?」
「なー……あるけど、能力使うよ?」
「……どう使うのか次第。それも含めての依頼だろうからね」
「うん。えーっと、みんなタコがいやなんでしょ? だからタコが出てこないっていうの」
「退魔か。それならばアリかな」
キースは後はワタにお任せすることにした。
ワタは船長の容姿をじっくり見回し、船長が指輪をしているのを確認。
「ねー船長さん。その指輪って大事?」
「結婚指輪だからね」
「おー」
結婚指輪と聞き、少しだけためらうワタ。
「……私ね、指輪とかに魔よけ能力を付けられるんだよね。船長さんがいいって言うなら、試してみない?」
「あんた魔術師だったのか」
「んー、ともちょっと違う。だけど効果は保証するよ」
「俺も命を助けられました」
キースの援護。クーも頷いている。
しかし、やはり結婚指輪なので船長は渋る。
ならばとワタは、占いババアからもらったネックレスを見せる。
「こういうのでもいいよ。私のこれも魔よけだから」
「……だったら」
納得した船長は懐中時計をワタに渡した。
それを受け取ったワタは、早速能力発動。
《これを持っている限り、持ってる人たちが魔獣に襲われることはない》
一瞬、ふわっと青白く光る懐中時計。
「はい。これを持っていれば魔獣に襲われることはないよ。……あ、も一回」
《持っていれば海で事故に遭うこともない》
「オマケで海の事故もよけるよ」
「……信じられねぇ」
「あはは! わかるぅー!」
とはいえ実践してみないことにはどうしようもないので、ぶっつけ本番と相成りました。
お昼を過ぎ、そろそろ大ダコの出る海域。
船員は皆緊張気味で、キースにクー、そしてメイドさんも少々緊張している。
「大ダコってどんくらい大きいのかな? 食べられる?」
一方ワタは何も変わらず。
ワタの質問に誰も答えが出せないまま航海は続き、目的の島が姿を現したのは、それからさらに一時間後。
島の形は見事な饅頭型である。
船は慎重に島に近付き、手前で碇を降ろした。
ここからワタたち四人は小船に乗り換え、島へと向かう。
「時間から見て、今日中の制圧は無理だろう。一応簡易的なキャンプセットは持ってきてあるから、俺たちは島で一晩を明かす。何があるか分からないから、ワタちゃん。能力を使わせてもらうよ」
「おっけー。でもさ、今ここで島の魔獣を全部倒しちゃえば早くない?」
「……さすがにそれは、なんというか……シナリオ的にまずい」
「あはは、分かった」
キースの言うシナリオ的にとは、ルパードの考えた、ワタたちの実力を推し量るというシナリオを指している。
メタ的な意味ではないのでご安心を。
接岸できそうな場所は島の一部だけであり、大部分は岩と崖が占拠している。
小船で近付き、接岸する前にクーが何かに気付いた。
クーの差す指の先、木の陰にナニモノかがいる。
「キース、あそこ。タウロスがいますよ」
「……あー、いますね。角が見えたから、あれはミノかな。それじゃあここから狙ってみるんで、みんなはなるべく船を揺らさないように」
「はーい」
タウロスとは、人の体に動物の頭を乗せたような見た目の魔獣。今回は牛だ。
他に馬、鹿、ヤギ、羊もいるが、総じて攻撃性が高い。
今回発見した個体も、既に殺気ムンムンである。
キースは座ったままクロスボウで狙いを定め、矢を放った。
矢は潮風を受けながらも狙い通りに飛んでゆき、木の陰に消えた。
直後に木が揺れ、皆固唾を飲む。
「……当たった……かな?」
「ようにわたしも見えました」
ワタはスマホのカメラをズームさせ、確認。
「んー……うん。いない」
「いないということは仕留め損なったか。っていうかそれ、そんな使い方も出来るんだね」
「うん」
そのままワタは二人にカメラを向け、一枚。
丸い石の敷き詰められた海岸に到着。
これを見届けた帆船は反転し、全速力で海域を離脱。
クーは早速剣を抜き警戒。キースはメイドさんとワタに手伝ってもらい、船を陸揚げ。
「ふう。さてさてどうですか?」
「気配はありますけど、さっきの一発でこちらを警戒して出てきませんね」
「それは好都合。ワタちゃん、この海岸一帯を安全地帯にできる?」
「やってみるー」
《この海岸には魔獣が近寄れなくなる》
「……気配が遠のきました」
「ふひひ……」
「その笑いができるってことは、ワタちゃん余裕だね」
「ふっひひー」
ワタの様子に、いい具合に緊張がほぐれる一行。
簡易的なベースキャンプ――というか、石を集めて囲炉裏のような焚き火のできる場所を作り、これで食事と夜を越す準備ができた。
「さあ、海賊探しと魔獣のお掃除と行きますか!」
「おー!」「おー!」
キースの号令に拳を突き上げる女性二人。一応後ろでメイドさんも小さくやっています。
―――――
一方その頃、森の奥から四人の上陸を見つめる人物がいた。
「……げっ。あーいやいや、あー上陸? あー……んー、どうしよ」
頭に角が生え、瞳孔が横に閉じる。魔族である。
―――――
四人は準備を整え森の中へ。
キースもクーも臨戦態勢。メイドさんもいつでも撮影できる。
「ふわぁあぁあぁ」
「緊張感なさすぎっ!」
「あはは。さすがはワタですね」
ワタは大あくびを披露しつつ、みんなに笑われている。
「止まって」
「お? いた?」
クーが停止を指示。
さっそくワタが覗き込もうとチョロチョロし始めるが、キースが無言で腕を掴み、睨む。
ワタも分かってはきているので、これで止まりました。
見えた相手は先ほどのミノタウロス。こちらににじり寄り、睨み合いの様相だ。
「……腕を負傷していますね」
「当たってたのか。我ながら素晴らしい」
「ふふっ。ではあれはわたしが頂きますね」
「がんばー」
飛び出したクーは足場の悪さなど全く意に介さず、一直線にミノタウロスへ。
相手も拳を振り上げ、クーへと一撃を狙う!
だがクーはその一撃を木の葉が舞うかのようにひらりとかわし、ミノタウロスの腹を水平に一刀両断!
あまりの早業にキースもメイドさんも固まり、ワタは大喜びで拍手。
「おー! クーさんちょーすげー!」
「……あれには勝てねーよ。ははは」
「腕の負傷が効いていたので、あれが奴の実力ではないでしょう。もう少し骨のあるのがいればいいんですけど」
「戦闘狂の発言いただきましたー」
「せんっ……んー否定できなぁーい」
ワタの言葉を否定できないことが悔しそうなクー。
「姉さんは戦闘狂であり酔い狂いでもある、と」
「うっ……お酒は控えます……ホント……」
そしてキースの追撃も決まった。
ちなみにあれ以来、クーは少し呑むことはあっても、酔うほどは呑んでいない。
死刑直前まで行ったことに、大きな反省をしているのだ。
その後は多種多様な魔獣が出現し、その度にクーが一刀両断し、無双を繰り広げている。
キースもワタも出番なし。メイドさんは撮影係なので当然無力。
しばらくすると一行の後方でガサガサと藪を分ける音。
キースもクーもそちらへ武器を向け、クーはワタの腕を引き自分の後ろへと誘導。
二人が目を合わせ頷き、キースが藪の中へ一射。
「ああっ! ……っぶなっ!」
藪の中から転がり出てきたのは、魔族だった。
突然のことでこちら四人は状況が飲み込めない。
「えっ、誰?」
「あーあははー……。《ブランチアロー!》」「ワタっ!」
身構える間もなく放たれた魔族からの魔法。木の枝が鋭い弓矢となりワタ目がけて飛んで来た!
それをすかさずクーが庇ったのだが、枝の弓矢がクーの左太ももに突き刺さった。
「っ! ……ワタ、怪我は?」「あいつは俺が!」
「ない! けどクーさんが!」
キースがすぐさま反撃し弓矢を放ち、逃げる魔族を追撃。
「……大丈夫。血は出ていますけど……死ぬほどではありませんよ。ははは……」
「クーさん!」
今にも泣き出しそうなワタを安心させるために気丈に振舞うクーだが、それが中途半端なせいで余計にワタの不安を駆り立てている。
メイドに手を貸してもらい、木の根に座るクー。
「……これは抜いたら傷を広げます。痛いとは思いますが、しばらくは我慢してください」
「ええ……これくらいの怪我は……っ、したことがありますから。それよりもワタ。くれぐれも自分のせいだ、なんて考えないでくださいね」
「……考えてなかった。けどそうだと思った! 今思った!」
逆効果。大いに逆効果。
罪悪感に押し潰され、ワタはその場から走ってどこかへ。
クーは当然動けず、メイドも止血中で構っていられない。
次はクーが泣きそうな顔をしている。
半べそ状態で森の中を走るワタ。
前方から声がした。
(この声、あいつだ)
木の陰に角が見え、確信。
普通ならばこのまま相手に突っかかって行きそうなもの。
しかしワタは至極冷静だった。
ラノベ知識を利用し、”ここで飛び出し姿を見せれば、一瞬は相手もこちらに気を取られるだろうが、それが決定打にはならない”という結論を、すぐさま導き出したのだ。
相手からは見えず、かつ乱戦になっても流れ弾に当たらないよう、姿勢を低くし、木の根元から相手を睨む。
魔族はやはり木の枝を弓矢のように飛ばしている。キースからの弓矢も飛んできているが、こちらは障害物の多さから中々狙えていない様子だ。
(あいつの枝飛ばすのって能力? 魔法? ……よし)
《能力を消す能力に、魔法も使えなくさせる能力をプラス》
一瞬ふわっと光るワタの体。
「あっ、お前!」
すると魔族がそれに気付き、攻撃対象をワタへと変更した。
しかしワタもすぐさま反応。
「《ブランチ「能力消去!」アロー!》」
魔法詠唱中に割り込みで能力を消したワタ。
「……あれ?」
魔法は出なかった。そしてこの隙を突き、キースが放った弓矢が魔族の角に命中!
魔族は脳を揺さぶられ失神。その場に倒れた。
「ワタちゃん!」
「ごめんなさい」
思わず声を荒げると、既にワタは小さくなり、泣き出しそうな顔。これではキースも強くは言えない。
「……何したの?」
「能力消す能力に、魔法も使えなくさせた」
「なるほどね。だから一瞬であっさりと無力化したのか」
次にクーの状況を聞こうとしたキースだったが、口が開き声が出る前に止めた。
代わりにそこにあった木のツルを使い、魔族を縛り上げる。
「……んん……はっ!?」
「おはよう。記憶はあるか?」
「あー……ある」
「ならば全てを話せ。さもなくばここで殺す」
キースの目は本気だ。
「はいはい、降参っすよ。えーっと……あ、まずはボクっすけど、ここの陣営じゃありません。9番魔王の配下っす」
「……9番魔王っていうと、99か」
「そーっすね」
「そんな遠い場所の奴が、何でここに?」
「あー……「殺すぞ?」はいはい!」
「この島、7から11番陣営までが魔獣の放牧場に使ってるんすよ。んでボクの使役してるのがこの前やられちゃったから、調達しに来たってわけっす。……はぁ、これ言っちゃダメなんすけどねぇ……」
「人の領地を勝手に魔獣の放牧地にしてた、と」
「っす」
「……あの大ダコ、ここの番人をやっていたんだな?」
「そんなところっす」
「スリーエフについては?」
「何も知らないっすよ。いやマジで。ボクらは自分の陣営のことしか知らなくて、他が何やってんのか把握してるのなんて、それこそ魔王様と幹部くらいっすから」
「……分かった。じゃあお前は用済みだ」「マジっすかあああ!?」
ギリギリで怒りを抑えつつ、弓矢を魔族の頭に向けたキース。
しかしそれをワタが無言で静止。
「まだこいつ、価値あるよ」
淡々とした声。メガネの奥にあるワタの目は、その目に映る存在を生き物だとは思っていない。
普段とはあまりにもかけ離れたその声に、キースも、そして睨まれる側の魔族も、背筋が凍る。
「いやぁははは……ボクがそっちの話を聞くかどうかは別っすよ?」
「聞かせる。とりあえずその腕ふっ飛ばすね」
次の瞬間、本当に魔族の片腕が吹き飛んだ。
「あああぁっ!! ……なっ……何がどうなって……お前何なんだよ!!」
「腕はもう一本、足はもう二本あるよね。選ばせてあげる。全身から血がふき出して死ぬか、内臓が破裂して死ぬか」
「ワタ!」
声のした方を向くと、メイドさんが肩を貸し、クーが片足を引きずりながらやってきた。
「ワタ、それ以上はいけません」
「なんでさ。こいつクーさんに怪我させたんだよ」
「だからといって、やっていいことと悪いことがあります」
「……なんでさ。何で私が悪いようになってんのさ! 私悪くないじゃん! 最初に手出したのこいつじゃん! だったらこれくらいやったって文句ないじゃん!」
メイドさんから手を離し、クーが一人でワタの下へ。
そしてそのまま、大振りでワタの頬を平手打ち。
「いい加減にしなさい! ワタのそれは、彼の命を弄ぶのと同じことです!」「でも!」「わたしは!」
そのまま怒鳴りそうになったクーだが、ここで一呼吸を置いて、ワタに言い聞かせる口調に変えた。
「……いいですか? わたしは剣士です。怪我もします。これくらいの傷を負ったことも一度や二度ではありません。それに、このような復讐は、また別の復讐で返ってくるものです。それを続けてしまえば、その人はダメになってしまう。わたしはワタにはそうなってほしくありません。分かりましたね?」
無言で頷きもせず、その場から少しだけ距離を取るワタ。
ため息をついて、クーは魔族の下へ。
「申し訳ありません。わたしの失言でワタを凶行に走らせてしまいました。この責任はわたしにあります」
「……い、いや。元はと言えばボクが手を出したわけですし……」
「それでもです。これは明らかにやり過ぎですから。……どうお詫びすればよいものか……」
「お詫びなんていいっすよ。魔族と人間は相容れないものっすから。……ボクはこの島で、偶然魔獣に襲われ腕を失くした」
存在しない事実を作った魔族。クーもキースもそれに頷いた。
「あーでも、魔法が使えなくて帰れなくなっちゃったんすよね」
「……ワタ。彼を解放してあげてください」
こちらに背中を向けているワタは、少しだけ頷いた。
「これで大丈夫なはずです。わたしたちはこれで行きますので。それでは」
「あ、一ついいっすか? このこと、上に報告しても?」
「……我々に手を出せば、そちらの陣営は消滅するでしょう。この意味は分かりますよね?」
「ははは……」
こうしてクーたちは、この魔族を置いて一旦海岸へと引き上げた。
海岸までの道のり、クーはキースに背負われ、メイドがそれを押し支える。
ワタはその後方から、静かに付いてくる。
ベースキャンプに到着。
もう日が傾きかけているので、どちらにせよ今日はこれ以上の活動をしないことに決まった。
しばらく経ち、遠くで一人小さくなっていたワタが、クーの前へとやってきた。
「……包帯取って」
「ワタ?」「いいから」
先ほどの余韻が残っているワタ。
クーはキースに目線を移し、頷くのを確認するとメイドさんに包帯を取ってもらった。
「痛いかもしれないけど、我慢して」
《クーさんに刺さってる枝が、綺麗に抜ける》
「え? ぅっ……んああっ……」
クーの太ももが、まるで内部に虫でも湧いたかのようにモゾモゾと動き、激痛で声が出る。
キースが薪用に拾っていた木の枝をクーに渡し、クーは悶絶しながらもそれを奥歯で強く噛み、必死に我慢。クーの額には脂汗がふき出し、太ももからは再び出血。
三十秒ほどだろうか、刺さっていた木の枝が抜け落ちた。それはクーの血で真っ赤だ。
すぐさまワタは傷を治癒。
血が止まり、みるみる穴が塞がりっていく。
真剣な、しかし瞳には涙を浮かべるその表情に、皆言葉を見つけられない。
「ごめんなさい、ワタ」
「……私の台詞」
この日、ワタはそれ以上何も喋ることはなかった。
―――――
ここは9番魔王の城、その玉座の間だ。
「魔王様、ご報告に上がりました」
「おう、なんだ?」
「ステージ王国にある魔獣牧場にて、現地の人間と接触いたしました」
「あそこに人間が来るってか。それで?」
「……私のような下級の者が魔王様に進言するのもいかがなものかとは思うのですが……」
「そういうのはいいから、早く言えよ」
「はい。11番陣営がステージ王国と裏で繋がっているのはご承知のことと思うのですが、我々はそれに関わるべきではありません」
「なんでだよ?」
「彼の地に、強大な能力を持つ存在がおりまして、手を出せば殺すと。その……魔王様も含め、9番陣営を消滅させると」
「また冗談きついな、そりゃ」
「しかし……」
魔王に頭を垂れている魔族は、吹き飛ばされた腕を差し出した。
「うわぁ……すげー綺麗な切断面」
「……これを、何の武器も魔法も使わず、一瞬で……」
「は!? 何も使わず一瞬で!? ……こりゃー、マジな奴だな。よし」
魔王は立ち上がり、そこにいる配下に命じた。
「9番陣営の全員に通達だ。今後一切ステージ王国には近付くな! スリーエフが死のうが何しようが無視しろ!」
「はっ!」
「……こんなのとやり合おうってんだ。ハッ! あいつ死んだな」
9番魔王99。
こんな名前の彼だが、相手の力量を見定める目は12魔王でも随一だ。
―――――
夜。
明かりのない無人島。穏やかな波の音を聴きながら見上げる空には、手を伸ばせば山盛りにすくい取れそうなほどの星々。
ワタが能力で海岸を安全地帯にしてはいるが、何かが起こる可能性は否定できない。
現在はキースとメイドさんとが交代で見張りを行っており、先ほど見張りがキースに代わったところだ。
クーは痛みを我慢するのに体力を使ったからか、早いうちに寝ており、ワタはやはり居心地が悪かったのか、一人だけ離れて小船の中で寝ている。
キースが大あくびをした頃、クーが起きてきた。
「代わります」
「痛みは?」
「もう大丈夫。ほら」
クーはその場で軽く跳ねてみせた。
「ははは。けれど、無理はしないようにしてくださいよ。……次は俺でも止められる自信がない」
「それはわたしもですよ。さてっ……と」
「それじゃあ任せました」
クーが問題なく座ったのを確認し、キースは寝床へ。
それから10分ほどだろうか。
無言でクーの正面に座る人影。クーもあえて何も言わない。
しばらく無言の時間が続いたが、お相手さんは終始無言のまま、また小船に寝に行った。
「……ふふっ。不器用な妹」
クーはこの行動を謝罪だと受け取り、笑って済ませた。
また、先ほど眠りについたはずの誰かさんも、気付かれないように、しっかり聞いていた。
今のペースだと30話前後でエンディング行けそうです。
そしてワタの本気は次回に――。