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12  ピンチで誰か死ぬ

 「……っくしゅん。んぁー……」


 現在ワタたちは、王国第二の都市『ライオット』に向けて、小さな旅の最中である。

 一日目はイカス渓谷を超え、渓谷沿いに西へと移動中に日が暮れ、野宿。

 そして二日目。


 「ぁー……あ。あぅ……がらだいだいー……」


 自分が何をしていたのかを思い出したワタは、全身寝違えたような痛みに襲われつつ、車から降りた。


 また大あくびをしながらキースへと近付く。

 焚き火は消えており、キースは座り腕を組んだ状態で寝ていた。

 振り向き車中のクーを見ると、これまた眠っており、まさかのワタだけ起きている状態。


 「……ふっふっふっ……」


 不敵な笑み。

 そしてワタが能力で取り出したのは――?

 《あったかい毛布》

 ワタなりに二人には感謝しており、風邪を引かないようにという心遣いだった。




 「……ん……んんーぁあぁー……ん?」


 キースが起き、掛けられている毛布に気付いた。

 (……姉さんかな?)と考えるキース。ワタの心遣い、不発である。

 すると車の陰からワタ登場。


 「あ、おはよー」

 「おはよう。……あっ、もしかしてこれ、ワタちゃん?」

 「……なぁーにそれ……」

 「あっ! あ、いやーありがとう! さすがはワタちゃんだーあははー」


 低い声で睨んできたワタに、大焦りで取り繕うキース。

 とはいえワタ自身もこうなることは予想済み。次の言葉が出る前に表情を戻した。


 「ちゃんと寝られた?」

 「まあまあ。ワタちゃんは?」

 「体痛い」

 「ははは。……姉さん起こしたら出発するか」

 「うん」


 するとワタが、お湯の湧いたヤカンを持ってきた。


 「手、出して」

 「何?」


 《キースさんの手にマグカップ。インスタントコーヒー入り》

 ヤカンからお湯を注いで出来上がり。


 「……はい」

 「ははは、なーるほど。……んー、いい香り」


 ワタも座り、能力でこちらはココアを出して飲む。

 二人が飲み物をすする音だけが響く、静かな時間。まるで空気さえも二人に遠慮し止まっているような、そんな錯覚に陥る。


 「……ねえキースさん」

 「なんだい?」

 「こーいう使い方なら怒らないでしょ?」

 「あっはっはっ! 気にしてるんだね」

 「うん」


 「前も言ったけど、私はもう覚悟決めてるから。私が人の命を握ること」

 「……先に謝る。ごめん。俺はワタちゃんをまだ子供として見ていて、そんな子供が人を殺めることには抵抗がある。これを覚悟が出来ていないと言うのであれば、俺はきっと、この先ずっと覚悟が出来ない」

 「気持ちは分かるよ。でもそれじゃダメ。んーっと……」


 カップを横に置き、なにやら思い出そうとして頭を抱えているワタ。

 パッと目を開いて、手をボンと叩いた。


 「親はなくとも子は育つ!」


 目が点になるキース。一方ワタはドヤ顔。

 しかしこの二人以外に、ここにはもう一人いる。


 「ワタ、それは違いますし、格好をつける必要もありませんよ。ただ単純に『信じて』の一言で充分です」


 そう言いつつ、若干キース寄りに座るクー。

 これはキースをなだめつつ、両者を守れる位置だからだ。


 「……信じていない訳じゃない。だけどあんなワタちゃんを見てしまったら」「それを信じていないと言うんですよ、キース」


 話の途中で、軽くキースを指差し割って入ったクー。


 「わたしは直接は見ていないから大きな口は叩けませんけど、ワタはその失敗をしっかり学習し次に生かした。ならばキースのすべきことは、ワタの覚悟を尊重し、信じて任せることです。それが出来ないのだから、それは”信じていない”と同義です」


 ワタのドヤ顔が伝染したクーに、キースはため息。


 「はぁ……負けるなぁ。分かった。ワタちゃんを信じるよ」

 「ふっふーん」「ふふーん」

 「だけど! やりすぎないように! それから何か不安や心配事があれば必ず言うこと。俺は兵士として、ワタちゃんを保護する義務があるんだからね?」

 「うん。バッチリ分かった」


 ワタに近付いて、頬をスリスリするクー。

 (なるほど、本当にお姉ちゃんやってるんだ)と、クーの言動の理由も察したキース。




 「そうだ。俺が信じるんだから、ワタちゃんにもひとつ、俺の言うことを聞いてもらおうかな」

 「……やっぱり体目当てなんだ。私に変なことするんでしょ! エロ同人みたいに!」

 「誰がするか! そんなチンチクリンな……まいいや。ともかくそういう意味じゃない」

 (ふふっ、面白い人たち……)


 笑っているが、自分もその中に入っていることには気付いていないクー。


 「ワタちゃん、能力を消す能力ってのを持っておいてもらえないかな?」

 「んー? どゆこと??」

 「ワタちゃんがどんどん能力を作っていって、もしも暴走したら? 一つ一つ指定して消す暇がないほどの事態に襲われたら? そして、もしも敵が強力な能力を持っていたら?」

 「……考えすぎじゃない? とは思うけど、キースさんの不安も分かる。ラノベの『俺つえー系』には、それを潰せるライバルがよく出るから」

 「なんかよく分からないけど、ともかくそんな感じ。俺たちの安全にも繋がるからさ」

 「おっけー」

 《私に、能力を消せる能力を付与する》


 ワタの体が青白くほわっと輝くと、能力消去能力の付与完了。


 「……でも使う機会なさそうだよ?」

 「それはそれで助かる」




 簡単な朝食を済ませ、車に乗り込み、本日の行程開始。

 今日はお昼前に森に入り、魔獣との戦闘で時間を費やしつつ、日暮れ前には森を抜ける予定だ。


 「ようやくダンジョンでモンスターとのバトルって感じー」

 「ほぼ姉さん頼りなんだけどね」

 「頼られますっ」


 自信満々のクーである。


 「……あ、ねえ。モンスターに出くわさないで森を抜けるっていう想像しちゃダメ?」

 「あー!」「あー!」


 その手があったかと同時に声をあげる大人二人。

 キースはモンスターをハントする側にいるクーにお任せ。


 「魔獣の強さが如何程なのか試してみたい気もするんですが、ここは安全に、かつなるべく早くライオットに到着することを優先すべきですね。わたしはいいと思います」

 「それじゃあワタちゃん、早速信じさせてもらうよ」

 「おっけーまっかせーなさーい!」

 《モンスターに出くわさないで、森を抜けられる》


 そして遠くに森が見えた。


 キースとクーは念のために戦闘態勢へ。ワタもさすがに緊張している。

 森の中にも一応程度の道はあるので、迷子になることはない。


 「……はずだったのになぁ」

 「あーぁあー」

 「ははは。まあまあ」


 どこで道を間違えたのか、森の奥に来てしまった。

 道はぬかるみ、ついにスタック。


 「ワタ、あなたの知識ではこのような場合起こりうることは、どのようなパターンですか?」

 「んーっと……幻術攻撃だったり能力の弱点が見つかったり敵に囲まれたり……どっちにしてもピンチで誰か死ぬ」

 「いやぁマジかぁ……」


 涙声を出すキース。

 すると早速クーが反応、真剣な声を出した。


 「囲まれています。……五体……か、六体」

 「能力の弱点が見つかって敵に囲まれたね。誰死ぬ?」

 「縁起悪いって!」


 ワタの能天気発言に小声で怒鳴るキース。


 ここはもっとも経験豊富なクーに指揮を任せることにした。

 まずは目のいいキースが周囲を探り、相手の容姿を確認する。


 「……いた」

 「どこどこ?」「ワタちゃん邪魔!」「えー?」「今は大人しくして!」


 緊張感がなくて怒られまくりのワタ。

 後ろから身を乗り出してきたクーに、キースが指をさして確認。

 ワタもついでに確認中。


 遠く暗い森。その木の陰に、赤く光る目玉が二つ。


 「……ゴブリン種ですね。あれは恐らくブラッドゴブリン。周囲のが全てそうだとしたら……」

 「したら? 誰死ぬ?」

 「だから縁起悪いって!」


 「ふふっ。まあすべてがブラッドの場合、わたし一人で五分で終わります」

 「……えっ!?」「えっ!?」

 「ふっふーん! わたしこれでも強いんですよ?」

 「あーフラグ立てたー死ぬのクーさんに決定ー」

 「まあっ! とはいえ、ブラッドが生き残れる程度ならば、五十体に囲まれても無傷で終わらせて差し上げますよ」


 笑顔でそう宣言するクー。一方それがジョークか本気か判断に困る二人。

 すると先にワタが動いた。


 「んじゃ気をつけて。怪我したら私治すからね」

 「はい。それでは行ってきまーす」

 「ワタちゃんに負けず劣らず緊張感がないなぁ……」


 キースの呆れ声を背中で聞きつつ、車を降りたクー。

 早速剣を構え、臨戦態勢。


 そして五分後。


 「ホントに五分で終わった! クーさんすげー!」

 「うふふふふ!」

 「いやぁ、さすがはスキル使えるだけあるわ! うらやまっ!」

 「おほほほほ!」


 「んで、まだ抜け出せないの?」

 「うぅっ……」


 そんな感じの三人。




 しばらくして、スタックからは抜け出せたが、余計に迷子になっている。


 「あっれれー? おっかしーぞー?」


 能天気に煽るワタ。


 「……おかしいですよね、これ」

 「おかしい……やっぱり姉さんもそう思います?」

 「はい。だって同じ木を何度も見ていますから」

 「それ早く言わないと……」


 対してキースもクーも、これが何者かの罠ではないかと危機感を募らせている。


 「さっきもここ通った……よなぁ?」

 「通りましたね」

 「私も記憶ある」


 「……ワタちゃん、いい知恵ない?」

 「何故にワタを?」

 「こういう時、ワタちゃんのほうが頭が回るんですよ。能天気だから」

 「あー、なるほど」

 「納得された! ぶーぶー!」


 とはいえこの能天気さのおかげで、車内の雰囲気が一定基準で保たれているのも事実。

 しばらく考えているワタとクー。キースは運転しつつ、分かれ道があれば別方面に行ったりもしている。


 「……あ。ねえキースさん。弓矢って何本あるの?」

 「んー……ちょっと待って」


 車を止めて窓から体を出し、屋根に括りつけてある弓を取るキース。

 弓矢の残弾数はまだまだある。


 「……結構あるよ」

 「だったらさ、木を撃って目印にしよう?」

 「なるほど。……ワタちゃん後部座席に移動して。弓を車内に入れるから」

 「ほいほーい」


 座席の移動。クーは助手席側からワタが乗ると思って席を詰めたのだが、ワタは運転席側に回り込んでから乗り込んだ。


 「何故?」

 「ジューリョーハイブンってやつ。キースさんもクーさんも大人だから、重さが偏っちゃうでしょ? こーいう道だと危ないかもって」

 「へぇ。ワタも意外と考えているんですね」

 「意外は余計」


 その一言に大笑いしているキースと苦笑いしているクー。


 早速キースは木へと向け一射。

 「矢も一本が結構な値段なんだけどなぁ」となげき節を投下しつつ、木に目印を付けてゆく。


 ある程度進んだら、弓矢の刺さっている木が出てきた。


 「これで確定ですね」

 「迷いの森ぃーファンタジーっぽーい」

 「問題はここからどう出るか。姉さんは怪しい気配感じましたか?」

 「感じていたらとっくにそう言っています。……この分では今日も野宿ですね」

 「それはイヤだー!」

 《私たちはこの森から脱出できる》


 「あ、こんな所にも道がありますよ」

 「本当だ。全然気付かなかった。このままじゃ埒が明かないし、行ってみますか」

 「……ふひひ……」


 クーの見つけた道をしばらく進むと、牛車でもすれ違えるほどの広い道へと出た。


 「うぁっしゃあぁー! ようやく出たぁー!」

 「つっ……かれましたねー」

 「いやーほんと、一時はどうなることかと」

 「……ふひひ……」


 脱出できた喜びで、ワタが能力を使ったことに気付かない二人。

 ワタも(それはそれで面白い)と、あえて何も言わないことにした。


 ―――――


 またサキュバスの部屋。彼女は部下から電話で報告を受けている。


 「……え? 音信不通?」

 『ああ。三人が森に入ったとの連絡を最後に、こちらからの応答にも反応無しだ』

 「まさか最初から気付いていて、わざと森に入って……」

 『だったらまずい展開だな。どうする?』

 「……あいつに聞いてみる。また後で」


 ―――――


 「抜けたー!」

 「やったー!」

 「疲れたー!」


 三人は無事に森を抜け、ライオットの手前にある村に到着。

 総人口が50人にも満たない小さな村だ。

 民泊オンリーだが、村人たちは慣れたもので三人を歓迎。寝床に晩飯、明日の朝飯の心配も不要だ。


 そんな中で、森で迷った理由が判明。村のおばあちゃんが話してくれた。


 「あー、そりゃー時期の問題さね。昔あの森には高名な魔術師様が住んでいてね、悪しき心の者は迷って出られなくなるという魔法をかけていたんだよ。当の魔術師様が亡くなってからも、この時期になるとその魔法が復活して悪人を迷わせる。渓谷を強い魔力が流れるせいだって話だけど、本当かは私も知らないよ」

 「んじゃ私たちの中に悪いこと考えてるのがいたんだ。……キースさんだー」

 「はっはっはーっていやいや! 何で俺なのさ?」

 「JCとお姉さんに挟まれて鼻の下伸びてたんでしょ? 絶対そうだ」

 「全力で否定する!」

 「えー」「えー」


 クーも残念がった。


 さて宿泊する部屋だが、今回もキースだけ別。

 しかし寝る前に本日の総括をすることに。話題はワタの能力が効かなかった件。


 「ワタちゃん自身はどう思う?」

 「んー……私はちゃんと、森から出るまでモンスターに出くわさないって想像したよ?」

 「……モンスターじゃなくて、魔獣だったらどうなってたかな?」

 「同じじゃないの?」


 「それについてはわたしが。この世界においては、魔獣とモンスターとは、一応程度ですが区別されています。魔獣とは魔力を帯びることで変異し暴走した存在を差します。例えば今回の相手であるゴブリン種は、精霊が過剰な魔力を浴びて魔獣となったと考えられています。一方モンスターとは、魔獣の中でも特定の縄張りや群れを作らない、特殊な個体を示します」

 「なるー。んでもこの世界にはない橋やエアマットを創造できたのに、そんな違いに引っかかる?」

 「俺たちはワタちゃんが同一視してるってのを分かってるし、正直俺も同じだと思ってたくらいだけど、区別されているならば、そうなっちゃうんじゃないかな?」

 「むー! 納得行かないー!」

 「妥協するしかないですよ」

 「むー……」


 頬を膨らませるワタだが、次回からは違いを考えようと反省するのだった。


 「んじゃ寝る。おやすみなさーい」

 「おやすみ。俺も眠いや……」

 「わたしも。ふわぁあぁ。おやすみなさい」




 ―――――


 こちらはワタたちが飛び降りた、あの王の寝室。


 「んふわぁあぁあぁ……寝るか」


 大あくびの国王は、寝巻きに着替えてベッドの中へ。


 「んーむにゃむにゃ……」


 するとベッドがギシシと音を立てて沈んだ。

 国王も目を覚まし、自身に重く圧し掛かる何かを感じた。


 「何奴!」

 「夜這いです。うふふ……」

 「なんだ……というかよけてくれないか? 私は寝たいのだ……」

 「それにしては、固いモノが起き上がっておりますよ?」

 「やめいっ!」


 ちょっと嬉しい国王。


 「して、何用だ? まさか本当に夜這いではなかろう?」

 「はい。……イカス渓谷の西にて例の三人組を発見致しました。しかし森に入ったという報告を最後に、監視役からの応答が途絶えました」

 「イカス渓谷の西の森……ああ、あそこか。この時期あの森は、古の魔法により迷いの森となるのだ。二十日ほどで魔法は消えるが、生きて出られた者はいない。魔法が解ければじきにあやつらも屍で発見されるであろう」

 「なるほど。はからずも厄介払いができたということですね」

 「ビジネスパートナーなのだから、貴様らも少しはこちらのことを勉強したまえ」

 「……では、今からアーヴィン様のことを、体の隅まで勉強させて……」「悪いが疲れてるのでまたの機会に」

 「んもうっ! つれないお方。でもわたくしはそんなあなた様も……」「だから寝かせろっての!」


 国王様、本当に疲れてるだけなんです。


 ―――――




 翌日。


 「おー! 海だー!」

 「ようやくかぁ。疲れた……」

 「ふふっ、お疲れ様です」


 三人の視線の先には、一面に広がる青い海。

 この丘を下れば、キースのふるさと『ライオット』に到着だ。



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