第四章 22 あなたたちがいないと
「――どうせこの世界も、誰か見てるんでしょ? 分かってるんだから! あたしたちの末路を、運命を、見て読んで触れてるんでしょ!? ねぇ!?」
ニメが、叫ぶ。
それは、この世界ではなく、現実の世界に向けられた、叫び。
それは、物語を作る作者へ。それは、作品を扱う編集者へ。それは、作品を抱える出版社へ。それは、物語を見る読む触れる読者へ。それは、作品を娯楽とする消費者へ。
それらに向けられた、叫び。
「あたしたちは、現実の人間じゃないけど……それでも何かを感じて、知って、笑って、泣いて、怒って、喜んで、『生きている』人なのよ!」
そうだ。ニメの言う通り、僕たちは生きている。
そして僕たちは、現実の人間を模して作られた、キャラクターだ。
「あんたたちも人間なら、生きている人を――あたしたちを大切にしなさいよ! もっと、もっと、もっと! うんざりするくらい、大切にしなさいよ!」
ニメが叫んでいるのは、キャラクターとして生まれた全ての人の、思いかもしれない。
「あたしたちとあんたたちは、同じ人なんだから! 人が人を愛することくらい、そんなの簡単でしょ!? もっとあたしたちを、キャラクターを、愛してよ!」
僕たちキャラクターは、前に進むことができない。
物語の終わり。そこで、僕たちの道は終わっているんだ――。
「……もっと大切に、してよ……! …………忘れないでよ……」
――でも、現実の人間は違う。
現実の人は、命ある限り、自分の道を進んでいくことができる。
いくらでも、前に進んでいくことができる。
「……作品と、キャラクターは……あなたたちがいないと……ダメなの……!」
僕たちが伝えたかったのは、たったそれだけ。
それだけ、なんだ。
気がつくと、僕はニメを抱きしめていた。
「大丈夫。ニメの言葉は、思いは、絶対伝わっているよ。……届いているよ」
「そう、ね。そう、思いたいわ……」」
それから強く、強く、ニメを抱きしめる。
このイラストチックな、アニメのように動く人を――キャラクターを。
好きな人を。大好きだった人を。強く、強く、抱きしめる。
そして、僕たちは一緒に腕を放した。
お互いに、一歩距離を取る。
僕らは無言のまま、ゆっくりとそれぞれの動作を行なう。
僕は右手を背中にまわし、そっと剣の柄を握る。ニメは右手を横に突き出す。
僕は剣を持つと、トリガーを引く。ニメは手に、剣のような炎を迸らせる。
僕の手には鋭い切っ先を持つ剣があり、ニメの手には剣の形をした炎があった。
「…………」
「…………」
「……ねぇ、ジゲン」
「……何?」
「……キャラクターとして生まれて、よかった?」
「……うーん。よかったし、よくなかった」
「……ふふっ。あたしも」
「……それじゃあ、また」
「……さよなら、ジゲン」
「……さようなら、ニメ」
――僕たちはお互いの剣を、相手の胸に突き刺した。
一歩踏み込み、別れを込め、全力で相手の心臓を貫く。
思いが、体を貫通する。
痛みなんてものはなくて、むしろ清々しい気分だった。
これで、終わり。終わるんだ。
この、今の僕は、もうおしまい。
力が抜ける。視界がぼやける。意識が遠のく。
――さようなら。
また、違う僕になって。
違う、キャラクターになって。
新しい作品の、新しいキャラクターに、生まれるんだ。
――さようなら。
――ありがとう。




