第四章 21 二人の過去
「悪鬼になるって、こんな感じなのね」
「うん。ちょっと不思議な感じ」
つらさや苦しみはあるのに、それをどこか外側から見ているような気分。
そんな気分を、僕とニメは感じていた。
「悪鬼になったってことは、ジゲンも記憶を取り戻したのよね?」
「そうだよ。もちろん、ニメもだよね?」
「そうよ。……じゃあ、僭越ながらあたしから」
ニメが、自らの過去を語り出す。自分が、どんな過去を持ち、どんな存在だったのかを。
「あたしは、とあるライトノベルのヒロインだった。そのライトノベルはいわゆる異能バトルもので、あたしはライトノベルのヒロインが持つ力を、自分の力にすることができた。まあ、いつも使っているあの能力のことね」
「ライトノベル作品の中で、ライトノベルのヒロインの力を借りるのか。なかなか面白そうなアイデアだね。作中作みたいな感じで」
「そうね、確かにアイデアは良かったのかも。アイデアは良かったし、ストーリーもまあ王道に近くて、キャラクターもそこそこ魅力的だったと思う。自分で言うのもあれだけど、それなりに面白かったと思うわ」
「ふむふむ」
「でもね所詮は、それなり、だった。目の肥えた読者からすれば、それなり、なんてダメみたいなものよ。サディの言葉を借りるなら、やっぱり普通。普通だった。一応二巻も出たけど、それで終わり。その作品は二巻で打ち切られて、そのまま忘れ去られていった」
「そう、なんだ」
「次はジゲンの番よ」
「……僕は、……僕も、小説の中の主人公だった。ライトノベルというよりは、一般小説に近かったけど、なんていうのかな……大人向けのライトノベルみたいな作品の主人公だった」
「あー、だからジゲンは三次元なのね」
「そうかもしれない。それである時、僕の中にもう一人の人物の魂が入るんだ。僕の中には、自分の魂と、そのもう一人の人物の魂が一緒になっている。……それで、そのもう一人の人物の魂というのが、殺人鬼だった女の子の魂なんだ」
「へぇー」
「僕はその女の子の魂が入ったせいで、少しずつ人格や行動が捻じ曲がっていって、それに伴ってストーリーが進んでいくんだ。僕はそんな作品の、そんな主人公だった」
「もしかして、ジゲンがハナを倒すのに、ためらいがなかったのって……」
「そう。僕にためらいがなかったのは、そのせいなんだ。記憶は消えても、変わってしまった人格はそのままだった。だから、ハナちゃんに対しても、ためらいがなかった」
あの時感じた疑問と謎が、ようやく解き明かされた。
「そして実は、この僕の中にいる女の子は、異世界の人なんだ。異世界の人だから、特殊な力を持っていて、だからこそ僕は女の子に変身できるんだ。僕が女の子に変身するのも、その作品内で実際にあることなんだ」
「それは、まさにライトノベルみたいな設定ね」
「うん。……で、今のこの姿。この黒い姿が、僕の中にいる女の子が、異世界で活動していた時の姿らしい。つまり、僕は変身すると、その女の子の力と姿を借りているんだ」
この世界で初めて背にある剣を握った時、どこか初めてではないような気がしたのは、何度も作品内でそれをしていたからだったのだ。過去の記憶はなくとも、剣の使い方は、手で握るその感触は、エピソードではなく知識として覚えていたのだ。
「そんな僕の作品は、まあ、ニメと同じだよ。それなり、だった。それなりには、面白かったかな。でも、大人向けのライトノベルって、それほどまだメジャーなカテゴリじゃなかったから、認知度はあまりなかった。それこそ、知る人ぞ知るって感じ」
「やっぱり、そうなのね」
「そうだね。あとは、うん、人気になることもなく、スーッと忘れられていったよ」
それが、僕の作品とその過去。その、どうしようもない――運命だ。
「ふふっ。あたしたちって、ちょっと似てるかも」
「だから僕たちは、好き同士になったのかもね」
「きっと、そうよ。……あーあ、売れたかったなぁ。人気になりたかったぁ。創作作品って、やっぱりそんなに甘くないわね……」
「仕方ないよ。それが創作の世界なんだから」
「あたしたちは、人気者に読者という恋人を取られた、哀れな失恋者ってことね」
「それは上手いかも。例えが小説っぽい感じがする」
「あたしの幸せは、文庫本二巻分しかなかった」
「それも面白い例えだけど、絶対分からないよね。現実の人には」
「あたしも誰かの『嫁』になりたかったわ。一人のキャラクターとして」
「それは同感。僕もそうなりたかった」
「人気が出た作品って、スピンオフでも売れるからいいわよね」
「まあ、それだけ魅力的だってことだよ。こんなところにいる、僕たちとは違って」
「あたしね、一つ許せないことがあるのよ。ライトノベルのタイトルをバカにする奴。あれ、ほんとに許せないんだけど。うわー、ラノベっぽいタイトル、だとか言う奴よ。本当にあれ、マジでムカつくんだけど。許せないんだけど」
「多少は、まあ、僕も分かるかも」
「あ、もう一つあったわ。あれも許せない。テンプレテンプレってバカにする奴。うわー、テンプレだわ、とか言う奴よ。あれも正直、かなりムカつくんだけど」
「うん」
「テンプレテンプレって、あんたの人生の方がテンプレのくせに。しかも魔法も異能力もないし、可愛い女の子もいない、テンプレ作品よりも可哀想な人生のくせに」
「うわぁ、言うねニメ」
「最後なんだから、言いたいことは言わないと」
ニメはそう言うと、空を――この世界を見上げた。




