第四章 19 様々な真実と真相
「思い出したか? そう、人の記憶は、それぞれ領域が違うんだ。意味記憶、手続き記憶、エピソード記憶と、モノによって分かれている。だからこそ、個人の過去の記憶だけを――エピソード記憶だけを、弄ることができるんだ」
体が、ぞくりとする。言葉で体が震えたのは、初めてだった。
「それのおかげで、知識や運動には支障を出さずに済む。この世界で、人として生活することができる。……もし記憶が全てごちゃ混ぜにあったとしたら、大変なことになっていただろうな。考えただけで面倒なくらいだ」
恐ろしいくらいに、様々な物事が綺麗に噛み合っている。その真実に、僕は驚愕した。
「これで、この世界のことは大体分かっただろう。どうだ、この世界の真相・真実を知った気持ちは?」
「……そうね、素晴らしいくらいに、最悪で最高よ」
「それは良かった。……では、お前たちに伝えるべきことがある」
そして一呼吸おいてから、課長はその続きを言った。
「――今日をもって、悪鬼対策課・第一班は解散とする。お前たちは、この世界の真相を知ってしまった。この世界の秩序のため、お前たちを処分・強制転生とする」
「りょーかい」「了解」
こうなることは、分かっていた。最初から。
だからこそ、僕たちは驚きも逃げもせず、その命令に従う。
これで、いいんだ。たとえ、何一つ変わらないとしても、これでいい。
これだけで、僕たちには十分なんだ。
「安心しろ。もしこれらを聞かなかったとしても、お前たちの処分はすでに決まっていた」
「……どういうことよ?」
「ハナが、お前たちに悪鬼と記憶の関係や、この世界の人たちのことを話しただろう。あの時点で、お前たちは少しだけとはいえ、この世界の真相を知ってしまった。この世界の真相を知ってしまった者は、どうであろうと速やかに処分されることになっているんだ」
その瞬間、僕はハナちゃんの語ったことを、課長に伝えたあの時のことを思い出す。あの時の課長は、黙ったまま目を伏せて、どこか何か思い悩むような表情をしていた。
「……じゃあ僕が、あの日ハナちゃんが語ったことを課長に言った時に、何か思い悩んだ表情をしていたのは……」
浮かんだ疑念を、僕は尋ねた。
「そうだ。ハナから聞いたことを丁寧に伝えられて、あの時わたしはとても心苦しかったよ。リュウやサディ、ハナだけでなく、ジゲンとニメも失うことになるんだ、と」
――あの時、課長が思い悩んだ表情をしていたのは、僕とニメも処分されることを実感していたから。知らずに真相を語る僕たちを見て、課長は一人葛藤していたんだ。
あの時のあの表情は、そういうことだったのだ。
「……そういう、ことだったんだ……」
果たしていくつ、真実と真相を知っただろうか。
表情のような小さなことから、世界レベルの大きなことまで、様々なことを知った。
あの日、あの時、あの場所で。その瞬間あったことの、本当のわけを。
知って、しまった。
「……最後に一つ、大事なことを教えておこうか」
唐突に課長はそう言った。ニメがいつもみたいに訊き返す。
「大事なこと?」
「そう。……ジゲン、あの日質問したな? どうしてわたしが、お前たちに砕けた口調で話すのを命令しているのか、というのを」
「はい……」
覚えている。そういえば、そんなこともあった。
「そしてわたしはその時、『理由は複数ある』と言った。一つはもちろん、あの時言った通りわたしの趣味だ。そして、二つ目の理由は――」
課長はそこで一旦言葉を区切り、続きを一呼吸置いてから言った。
「――いつ別れるかも分からない、いついなくなるかも分からないお前たちと、友達のように、家族のように、親密な関係になりたかったからだ。わたしが」
課長はいつもよりも、ずっと素直な顔をしていて。
「そしてもう一つは……知らないとはいえ、悪鬼討伐という、そんな非道なことを頼んでいるお前たちへの、罪滅ぼしのためだ。こんなことを頼むわたしに、敬語や丁寧語を使う必要なんてない。……それが、もう一つの、最後の理由だ」
いつもよりも、ずっと悲痛な表情をしていた。
「……それを、お前たちに……最後に教えておきたかった」
課長が、僕たちに敬語・丁寧語を使わせない理由。
その理由の、二つ目と三つ目――秘密にしてきたものを、課長は今語ってくれた。
「…………」「…………」
いつも余裕そうな課長が、素直な感じで言っているのを見ると、何だか調子が狂ってしまう。
僕とニメは、揃って小さく苦笑すると、課長に向かって言った。
「課長らしくないわ」「課長らしくないですよ」
「…………お前たち……」
そして、僕とニメは再び揃って課長に言った。
「「今まで、ありがとうございました」」




