第四章 12 膨らむ謎
「あのメールはいつも課長から送られてくるけど、課長が予測をしているのかな?」
「いや、違うと思うわ。いろいろ思い出してみたけど、今までの課長の口ぶりからするに、どこか別の誰かがやっている思う」
「どうして?」
「ジゲン。二体同時に悪鬼が出た日のこと、覚えてる?」
「うん。覚えてる」
「あの日のブリーフィングで課長は、『通達によれば……』って言ってたのよ」
「……あー、言ってたような、言ってなかったような」
正直、覚えていない。そんなことを言っていたような、気もする。
「そう言ってたの! それってつまり、他の誰かがやってるってことよね?」
「……そうなる、かも」
ニメの推測はおそらく当たっているだろう。となると、予測しているのは課長ではなく、課長とは別の――課長より上の立場の人なのだろうか。
課長はその通達に基づいて、僕たちに悪鬼討伐をさせていることになる。
「……ねぇ、ジゲン。あたしたちと初めて会った日のこと、覚えてる?」
「え? それはもちろん。よーく覚えてるけど」
「あの日、謎のタイムラグがあったわよね? それも覚えてる?」
「もちろん」
謎のタイムラグ。謎の、時間のズレ。
道路上で戦っていた悪鬼が、僕のいた建物の屋上の、隣の建物の屋上に逃げてきたあの時のこと。窮地に立たされた僕は、何とか秘めた力で悪鬼を倒したけど、その時にニメとサディが追ってくるのが異常に遅かった、あの時のことだ。
二人は急いで悪鬼を追ったと言っていたけど、僕が悪鬼を倒すくらいの時間的猶予――謎のタイムラグが、なぜか発生していたのである。
今まで散々放置してきたけど、もちろん今でも、そのことを忘れてはいない。
「あれが、どうしたの?」
「いくらこの世界が、普通とは違う世界だからといって、あんなことがあんなピンポイントで偶然起こると思う? そう思わない?」
「……つまり?」
「つまり、あれは何かしらの思惑があって、人為的に引き起こされたんじゃないかって」
「…………。……それって、人為的にできるものなの?」
「それを言ったら、悪鬼の予測だってどうやってるのって話よ」
「…………」
何も言えない。何も指摘できるところなんてなかった。
「間違いなく、この世界の上の部分には、何かがあるわ。絶対に」
小さな疑問は、話せば話すほど大きく、謎を持った疑問へと膨らんでいく。
「……そういえば、サディ全然喋ってないけど、どうかしたの?」
そこでふとニメが、僕たちの後ろを一人で歩くサディに、そう声を掛けた。
「――えっ? ど、どうもしないデスよ?」
「……そう? いつもだったら、自然に会話に入ってきたり、相槌を打ったりするのに」
「ふ、二人の話を、じっくり聞いてたのデスよ」
「ふーん。いや、別にいいんだけどね?」
――そして。
僕たちはその後、悪鬼の出現までいつものように時間を過ごしていった。
ただ今の時刻は、午後一時。またの名を十三時。
悪鬼の予測出現時間に差し掛かって、もうすでに二時間が経過していた。
「今日は出現が遅いわね」
「そうだね」
「ジゲン疲れてない?」
「ちょっとね」
さすがにそろそろ疲れが滲み出てきた。けれど、時間が時間で、そろそろ出現してもよさそうな時刻なため、休憩に入るのもどうかと考えてしまう。
こんなことなら、早めに休憩しておけばよかった。
「……ニメ、私も少し疲れたデース。休ませてほしいデスよー」
「んー、そうね。あたしも正直疲れてきたし、一回休憩にしましょうか」
少しくらい休んでもバチは当たらないだろう。いつ悪鬼が出てくるか分からないけど、その前に僕たちは人なのだ。人には、休みというものが必要である。うん、そうだ。
僕たちは近くにあった自動販売機で飲み物を買うと、適当な建物の屋上に移動した。
屋上は人もいないし、遠くを見渡せて景色もいい。それに通り抜ける風も心地よくて、休憩するには絶好の場所だった。
「ふー……」
適当な場所に座って、僕は一息つく。ペットボトルの緑茶が美味しかった。
ニメとサディが、僕の隣にやってくる。二人は僕を挟むように、並んで腰を下ろした。
しばらく無言のままだったけど、それからニメが呟くように小さく言った。
「……三人に……なっちゃったわね」
その言葉からは、いなくなってしまったリュウとハナちゃんを思う気持ちが、十二分に伝わってきた。いくら気持ちの整理がついたからといって、あれからまだ一日しか経っていないのだ。まだ、時折ふと、二人のことを思い出す時がある。




