第四章 10 カレー
「綺麗な部屋だね、サディ」
「もちろんデスよ! 私は綺麗と整理整頓が好きな女デスからね!」
そう言ってサディは、得意げに胸を張った。
「では早速、カレーを作るデスよー。ジゲン、袋をくださいデース」」
「ああ、はい」
僕はサディに食材などの入ったレジ袋を渡す。サディはそれを受け取ると、一人キッチンへと向かっていった。僕はサディに声を掛ける。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫デスよー。ジゲンはニメと、愛の語らいでもしているデース!」
「分かった。そうしてる」
「ちょっとサディ! ジゲンにそういうエサを与えないでよ!」
「ニメ。僕と愛を語り合おう。さぁ、さあ」
「ほら、こうやって茶番に乗るから! もう! サディのせいよ!」
「ニメだって、ゲームセンターの時に茶番をしたくせに」
「あ、あれは、その……。ああもう、何でもいいわよ! 語り合ってあげようじゃない!」
ニメの吹っ切れにより、茶番という名のふざけあいがスタートする。
そこに付けられるBGMは、サディがキッチンでカレーを作っていく音。
そうして僕たち三人の時間は、ゆるゆると進んでいった。
――それから。
サディがご飯を炊き忘れる……なんてハプニングはもちろんなく。
カレー、カレーライスは、無事サディの手によって完成した。
「ジゲン、ニメ、お待たせデスよー」
サディがカレーライスの盛られた皿を持って、僕とニメのいる居間にやってきた。
サディがテーブルの上にその皿を置く。見るからに美味しそうだった。
それから二回キッチンと居間を往復して、僕たち三人分のカレーがテーブルに置かれる。
最後に小さな皿を二つ持って、サディは居間にやってくる。それは、もうこの世界にはいない、リュウとハナちゃんの分だった。
テーブルの上には五つの、みんなの分のカレーが置かれる。
僕たちは手を合わせて、一緒にいただきますをした。
スプーンを口に運び、まずは一口。……美味しい。文句なく美味しかった。
「美味しいよサディ。うん、美味しい」
「ええ。美味しいわ、サディ」
「そう言ってもらえると、やっぱり嬉しいデスー!」
サディの作ってくれたカレーは、とても美味しくて。
――二人の姿が、見えたような気がした。
手をつけられることのない、二枚の小さな皿の前に。
リュウとハナちゃんの二人の姿が、見えたような気がした。
サディの家の玄関口に、ジゲンとニメの二人が立つ。
ジゲンとニメに、そしてリュウとハナちゃんにカレーをご馳走し、今日はお開きとなった。
「今日はありがとうデス。ジゲン、ニメ」
「こっちこそありがとう。カレー、美味しかったよ」
「美味しかったわ。サディ、ありがと」
「私も二人と一緒にいれて、楽しかったデスよー」
「じゃあ、また明日」
「また明日ね」
「はーい。また明日デース」
最後に別れの挨拶をすると、ジゲンとニメの二人は家から去っていった。
「さて、残りの片付けもするデスか」
そう呟いて、サディはキッチンに戻る。そして、キッチンに戻ったところで――。
――ぐらり、と。
目の前が、歪む。視界が、かすむ。世界が、ぼやける。
そして頭の中を、ぞわぞわと何かが這い上ってきた。決して痛いわけではないが、とにかく気持ちが悪い。気分が悪い。勝手に頭の中を這い回られているような感覚。
サディは力が抜けて、その場にへたり込んだ。
その瞬間、全てを思い出す。
「…………ああ……」
自分の過去が、忘れていたものが、全て自分の頭の中に戻ってくる。
「……ああ、やっぱり……」
記憶が戻るということは、悪鬼になるということ。
「……やっぱり、次は私デスか……」
リュウとハナちゃんが悪鬼となった時点で、薄々そんな気はしていた。
だからこそ、今日は二人と一緒にいたかったのだ。こうなる気が、していたから。
「……ジゲン……ニメ……。…………」
涙が、流れる。涙が、頬を伝う。
「……こんなの、言えるわけ……ないデスよ……」
いくら記憶と悪鬼の関係が分かったところで、何もできることはない。
たとえ二人に記憶が戻ったことを話しても、何もできることはないのだ。
むしろ話してしまえば、二人に余計な心配をかけることになる。
……だから、言うことはできない。
目の前でいきなり悪鬼になる方が、自分も、そして二人もずっと楽なはずだ。
「…………ああ……」
――それに、気づいてしまった。




