第四章 7 生まれ変われるかな
「…………ジゲンお兄さん、お姉さん……」
「……ハナちゃん、ごめん……」
「……ううん、謝らないで……。これで、やっとハナは消えて……生まれ変われるから……。だから、謝ることなんて……何一つないんだよ……?」
「……っ!」
「でも、生まれ変われるのは……嬉しいけど……、ジゲンお兄さんたちと……別れるのは、嫌だなぁ……。……それだけは、ちょっと嫌……かも……」
ニメとサディが、ハナちゃんのもとへやってくる。
「ハナ……!」
「ハナ、ちゃん……」
「……ごめんね。こんなことに、なっちゃって……。サディお姉ちゃん……ニメ……、ううん……にめおねーちゃん、だね……。……ありがとう」
ハナちゃんが、ニメを『にめおねーちゃん』と呼ぶ。
それはニメにとって、ハナちゃんからの一番のものかもしれない。
「……ハナ……っ!!」
「……次は、触れられる人から……愛されるキャラクターだといいなぁ……。いつまでも愛されて……心に残り続けて……、名作だと呼ばれる……そんな作品の、キャラクターだと……いいなぁ。……ねぇ、じげんおにーさん、さでぃおねーちゃん、にめおねーちゃん……」
――そして。
「……ハナ、次は……どんなキャラクターになれるかなぁ……?」
――と。ハナちゃんは、笑顔でそう言った。
言い終わると同時に、ハナちゃんの体が粒子となって空気中に消えていく。
その小さな、幼い体が、世界に消えていくのに、それほど時間はかからなかった。
あっという間にハナちゃんの体は、その存在は、跡形もなく消え失せる。
そうして、ハナちゃんというキャラクターの人生は。
ここで、その終わりを告げた。
しばらく、誰も言葉を発することはなかった。
ただただ、ハナちゃんのことを思っていた。
やがて時間が経ち、自分の中で一区切りをつけたあと。
僕は、静かに話し始めた。
「ニメ、サディ、聞いてほしい」
「……何?」
「リュウの、ことなんだけど」
僕がそう言うと、二人の表情が見るからに変わった。
「リュウは、記憶を取り戻したと、メールに書いてあった。そしてハナちゃんも、昨日記憶を取り戻したと言っていた。そしてハナちゃんは、さっき、悪鬼になった」
「……それって、つまり……」
「うん。リュウも、もう悪鬼になってしまったと思う。……たぶん、昨日の悪鬼が……リュウだったんだ……」
はっきりと口に出して、ニメとサディにそう告げる。しかし、僕の言葉を聞いたサディが、反論するように言ってきた。
「で、でも、まだそうと確定したわけではないデスよね? たまたま、偶然という可能性も、まだあるデスよ?」
「記憶が戻って、悪鬼になったのは、実はハナちゃんとリュウだけじゃないんだ。僕は、もう一つその例を知っているんだ」
「……それは、本当デスか?」
「ああ。僕と初めて会った、あの日のことなんだけど―――」
それは、僕が初めてこの世界に来た、あの日。
何も分からない僕は、情報を得ようと、道行くある男性に声を掛けた。
その黒いスーツを着た男性は、僕と別れたあと、突如として怪物――悪鬼になった。
そしてその男性との会話の中で、その人は『つい先日、記憶が戻ったんだよ』と言っていた。
確かに、そう言ったのだ。
間違いなくあの時、あの男性は、記憶が戻ったと言っていたんだ。
僕がその話をすると、驚いたように二人の目が大きく見開かれた。
それから、僕も今になってようやく気づく。
昨日リュウの家で、リュウはもういないのだと直感的に感じたのは、記憶と悪鬼の因果関係に無意識に気がついていたからなのだ、と。
本能的に、直感的に、そう気づいたからこそ、あの時はそう思ったのだ。
「……そういうわけだから、おそらくリュウも……もう……」
最後にそう言うと、サディは力が抜けたように、ゆらりとその場に崩れ落ちた。
「……あぁ……、リュウ……」
サディはへたり込んで、呆然としてしまっている。……ちょっとつらいけど、言うなら今しかない。あのことを伝えるには、今しかなかった。
「……サディ。サディには、もう一つ伝えておかなきゃいけないことがあるんだ」
「……何デスか……?」
「リュウのメールにあった、とても大事な話、のこと」
僕がそう言うと、サディは僕の方に顔を向けた。




