第四章 4 キャラクターって?
……もう、元には戻れない。
「ねぇ、お兄さんお姉さん。ハナたちって? 自分たちって、何だと思う?」
いつもの幼い、舌足らずな喋り方とは打って変わり、どこか大人びた口調で、ハナちゃんはそう僕たちに質問してきた。
「自分たちは何って……自分たちは自分たちでしょう?」
ニメがハナちゃんの質問に答える。
「違うよ、ニメ。自分たちは、キャラクターなの」
「キャラクター?」
「そうだよ。様々な作品・創作物に出てくる、登場人物のこと。ハナたちは、自分たちは、この世界にいる全ての人は、みんな、全員そのキャラクターなんだよ?」
僕たちが、全員、キャラクター。……ハナちゃんは、確かにそう言った。
イラストっぽいアニメのニメも、3DCGのサディも、三次元の僕も――。
そしてもちろん、ハナちゃんも。
「まさか、そんなわけないじゃない。あたしたちが、キャラクターだなんて」
「なら、逆に訊くね。キャラクターじゃないなんて、そんな証拠があるの?」
「それは……。…………ない、けど」
「そもそもニメはアニメだよ? サディお姉ちゃんは3DCGだよ? これでキャラクターじゃないなんて、そんなことが言えると思うの?」
「…………」
「あ、でもジゲンお兄さんは別だよ。ジゲンお兄さんは三次元だもんね。でも否定できても、残念ながらジゲンお兄さんも、もれなくキャラクターなんだけどね」
ハナちゃんから伝えられた、僕たちはキャラクターという真実。
そして――。
「ねぇ、お兄さんお姉さん。キャラクターって? キャラクターって、何だと思う?」
――次にハナちゃんの口から出たのは、そんな、命題とも言える問いだった。
その問いには、僕とサディはおろか、ニメにもすぐには答えられなかった。
河川敷の中に、沈黙が流れる。
「…………ハナちゃんは、じゃあ何だと思うの?」
僕は沈黙を破るように、逆にハナちゃんにそう訊いてみた。
「ハナ? ――ハナはね、奴隷。奴隷だよ」
奴隷。どれい。簡単に言ってしまえば、ひどい扱いをされる者のこと。
「奴隷……。奴隷、ね」
「キャラクター、キャラは、全員奴隷。ストーリーという名の、逃れられない運命に翻弄されて、作者の思い通りに動かされるだけの、ただの奴隷だよ」
「……そう」
「ハナたち、お兄さんお姉ちゃんたち、この世界の人たち、みーんな奴隷だよ。作者の思うがままに動かされて、言って、感じて、そして終わる。そんな奴隷みたいなものだよ、キャラクターって」
「…………」
「でも、売れた作品だったら、まだ良かったと思うの。いろんな人に触れられて、愛されて、熱望されて、話題にされて、そんな作品のキャラクターだったら、ハナも良かった」
「……売れた、作品……?」
「そうだよ、お兄さん。この世界にいる人はみんな、全然売れなかった作品、まったく手に取ってもらえなかった作品、これっぽっちも話題にされなかった作品――そんな、存在を誰からも忘れ去られた、可哀想な作品のキャラクターたちなんだよ」
………………。
ハナちゃんの言っていることが、理解できない。
言っていることに現実味がなさすぎて、理解が、できなかった。
「ハナも、お兄ちゃんお姉ちゃんも、そういう作品のキャラクターなの。もし売れた作品だったら、作者の意のままに動かされても、それで良かったと思う。……でも、ハナたちは違ったの。ハナたちは、そういう光を浴びた作品の、真逆に位置する作品のキャラなんだよ?」
「…………」
「そんなの、もう奴隷だよね。奴隷以下、だよね。そう思っても……仕方がないよね。…………違う、そう思わないと、やっていけないの。そうしないと、自分が保てないの」
ハナちゃんが自身の感情を、嘆きを、苦しみを吐き出す。
「……奴隷。奴隷だって、そう思わなくちゃ、やっていけないの……! 否定して、罵って、バカにして……。そうしなきゃ、このやるせなさは、行き場のない苦しみは、どうすることもできないの……! ねぇ……!」
感情に任せて言葉を発していたハナちゃんが、突如として頬を緩める。
それから優しく、語りかけるように、ある話を始めた。
「……ハナはね、ある3DCGアニメのキャラクターだったの。メインじゃなかったけど、主人公の妹っていう存在だった。このドールズ・ウォーっていう能力も、そのアニメの中で出てくる能力で……。……って、そんなことはどうでもいいよね。……その作品は、キャラクターの造形がリアルすぎてパッとしなくて、そのうえストーリーも良くなかったから、まったく売れなかったの。そして、そのまま誰からも忘れ去られていった」
「ハナちゃん、それって……」
間違いない。ハナちゃんには、記憶が戻っている。記憶を、取り戻したのだ。




