第三章 16 ハナちゃんの夜
夜。
ニメとサディと別れ、僕は一人今の家である保安局に戻っていた。
僕はシャワーを浴びたあと、寝床である仮眠室にいた。けれどまだ眠る気にはなれず、ベッドの端に腰掛けたまま、何をするでもなくただぼーっとしていた。
嫌な感じがする。
なぜか嫌な感じがして、どうにも眠る気にはなれなかった。
リュウの家を出た時から、ずっと心の奥に、嫌な感じが貼りついている。
「……考えても仕方がない」
気持ちを振り払うかのように僕はそう呟き、半ば無理矢理にベッドに横になった。
「…………じげんおにーさん……」
その瞬間、仮眠室の入口の方から、小さくハナちゃんの声が聞こえた。
「ハナちゃん?」
「……じげんおにーさん」
ハナちゃんと夜の仮眠室で会うのは、実はこれが二度目だ。オフの日の前の夜は、僕が寝る前にハナちゃんは仮眠室にやってこなかった。
もしかしたら、僕よりあとに来て先に出て行ったのかもしれないけど、いずれにせよあの日の夜は、ハナちゃんと話をすることはなかったのだった。
「……そっちにいっていーい?」
「ん、いいよ」
わざわざそんな了承を取ってから、ハナちゃんは僕の近くにやってきた。
「……じげんおにーさん。ハナ、いっしょにねてもいーい?」
「もちろんいいけど」
僕は普通にそう答える。初めて会ったあの夜のように、ただ隣で眠るのだろうと、そう思っていたのだけれど――。
――ハナちゃんは、まさかの僕のベッドに潜り込んできた。
「ちょ、ハナちゃん!?」
え、一緒に寝るって、そういうことなの!?
「……いっしょに、ねてほしいの」
「…………」
――違う。いつもの声じゃない。
そう言うハナちゃんのその声は、いつもの無邪気な声ではなく、どこか思いつめた、不安に押し潰されそうな、そんな声をしていた。
「ハナちゃん? どうしたの……?」
「……こわいの。こわくてたまらないの。……ハナが、ハナじゃないの」
「……そう、なんだ。僕は、何をしたらいい?」
「……そばにいてほしいの。ハナがこわくならないように」
そう言うと、ハナちゃんは僕にぴったりと横向きに身を寄せてきた。ハナちゃんの幼い顔が、僕の首元に来る。僕はそっと右手を、そのハナちゃんの後頭部に添えた。
「僕は、ハナちゃんが望むなら、いつでもそばにいるよ」
「……じげんおにーさん。ありがとう」
ハナちゃんの身に何が起こったのか。
彼女の言葉から、それを推し量ることは難しかった。
不安と恐怖に怯えているハナちゃんから、それを訊き出すことはできず。
今はただ、ハナちゃんの身に何かが起きているという、そのことしか分からなかった。
「…………じげん、おにーさん……」
――そして。
ついに真実は、目の前に訪れることになる――――。




