天才薬剤師
俺、アクトは2年生達が普段いるエリアに来ていた。
因みに、ここの学院の2年生とは、《入学してから2年目》と言う意味。なので年学年の中だけでも年齢がバラバラになっている。
しかし、確実に新入生の俺達よりダンジョンに潜っているので後輩としてのリスペクトは忘れちゃいけない。
さて、本題はここから。ここには《サリィ=クロロム》と言う《薬剤師》のジョブを持った人がいるはずなのだ。
ダーちゃんの病気を治すために協力が必要だが……どこにいるんだ?
居るかもしれない場所を書かれた紙を受付の人に貰ったけどダメなようだ。
こうなれば、直接聞くしかないな。
「と言うわけで、スラミー、ダーちゃん。話しやすそうな人を見繕ってくれ」
「そんなのわかるかよ!」
「人間の感覚なんてオレ達魔物にわかるわけないぜ」
両肩にそれぞれ乗っているスラミーとダーちゃんに協力をあおいだが、あんまり乗り気になってくれない。
それでも、探そうとキョロキョロと見渡してみてはくれる。
「でもよ、このままこうしてても進展はないと思うよ?」
スラミーがそんなことを言う。
「なんでだよ」
「なんでってお前……さっきから周りのやつらはお前を見つけた瞬間に逃げていってるのわかってる?」
スラミーの言う通り、2年生の生徒達はアクトを見るなりすぐに離れていく。
「魔物使いの1年が出たぞぉ!」「やべぇ、逃げろ!」などと口々に揃えている。アクトの悪い噂は2年生にも届いているのだ。
しかし、この状況に対し、アクトは平然としていた。
「別に俺から人が離れていくのは何時ものことだろ?」
「え!?お前、常識と非常識が曖昧になってないか?いいか?人が離れていったらそいつとは話しができないんだぞ?」
「……あ!いつも人が周りにいないもんだから勘違いしてたわ。ははは」
笑うアクトを見て、スラミーはただただ哀れにに思い、心で涙を流す。
「はぁ……バカやってないで、真面目にやろうぜ?逃げられるんなら、捕まえれば言い話ぜしょ」
「なるほど!じゃあ、あそこの人達はどうだろうか?」
アクトはダーツちゃんの意見に賛同して一番近くにいた男子の二人組を指差す。
指を差された二人は嫌な予感を感じとり、急いで逃げ出す。
「逃がすわけねーぜ!」
逃走者をノリノリで追いかけるダーちゃん。
「これってアクトの悪評を煽る結果になる気がするけど……ま、いっか」
最初は躊躇したものの、面倒だとダーツちゃんの後に続くスラミー。
アクトはそれを観戦していた。
「……おー、ダーちゃんのタックルが決まった。もう片方もスラミーに足とられてこけた」
勝負は早々に決着が着いた。アクトはさっさと二人に近付く。
「うわー!離せー!」
「お、俺達をどうするつもりだ!?」
片方はダーちゃんに爪を突き付けられて大人しくしている。
もう片方はスラミーにがんじ絡めにされながらも暴れている。
これで話しができると安心したアクトは二人に向かって話を始める。あくまで、丁寧に。
「先輩方、取り敢えずお静かにお願いします。私は話をしに来ただけですので」
「そんなこと言って、俺達を魔物の餌にするつもりだろ!」
「そんなことしたら、私がここを退学することになるじゃないですか?私はただ話をしに来ただけです」
そう言ってアクトはニコッと笑う。安心感を与え、警戒を解いてもらうためだ。しかし、思い通りにはいかなかった。
今、2年生の二人は床に魔物の手によって組伏せられアクトを見上げている形になっているため、アクトが爽やかな笑顔を心掛けても悪の幹部のような悪意の見え隠れするニヤリスマイルに見えてしまったのだ。
結果、二人は恐怖に支配されアクトの言う通り静かになった。尚、アクトは『俺の誠意が通じた』と勘違いしているのは言うまでない。
「お二人はサリィ=クロロムと言う方が今どこにいるかご存知ですか?」
「さ、サリィ?サリィって《狂笑のサリィ》のことか?」
「あ、あいつならたぶん《薬草室》だと思うけど」
「なるほど。ありがとうございます。助かりました」
アクトは聞きたいことを聞いたのでお礼を告げてその場から離れる。スラミーとダーちゃんも2年生から離れて後に続く。
2年生の二人は助かったと胸を撫で下ろした。
尚、この事件を切っ掛けにアクトの悪評が更に高まり学院全体に知れ渡ることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここか」
俺は目的地の扉の前に立ち呟いた。
《薬草室》
ここはその名の通り、世界中の植物やらが保管されており実験や薬品の生成などが行える特別教室だ。
この教室は普段の授業でほとんど使われていないので、午後でも活気がない場所だ。
なるほど。こう言う場所を好む傾向にあるのか。変人の噂は本当かもしれない。
「じゃあ、行くぞ」
俺は意を決して扉を開き、部屋へと足を踏み入れる。
「失礼しまッ───!」
瞬間、鼻の中で暴れるような刺激臭を感じ、思わず鼻を摘まんで臭いを感じないように試みたが、無駄な努力と嘲笑うかのようにわずかな隙間から臭いは入ってくる。
なんなんだこれは!!?臭いとか言うレベルじゃない!と、考えながら悶えている俺に女性の声が掛けられた。
「こんなところでなぁにしてるんですかぁ?」
気だるそうな口調が耳から頭に伝わる。中々忘れられそうにない感じだ。
俺は声のする方に顔を向ける。
病的。そんな言葉が彼女第一印象だ。
真っ白な肌、細い身体、ボサボサになった長い髪、大きく見開かれた目とその下にあるくま……のような化粧か。
毒々しさが溢れ出すその雰囲気に俺は今までみた魔物達よりこの女性が恐ろしい存在だと思ってしまった。
同時にその諸刃のような危うさが妙な魅力として俺を惹き付ける。
「もしも~し、聞いてますかぁ?」
「ッ!あ、ああ、大丈夫だ」
「危ないですよぉ。サリィ、今新薬作ってますけど馴れてないと臭いで頭逝っちゃいますよぉ?クヒヒ♪」
そう言って彼女は鋭利な白い歯を見せて笑う。
俺は少し臭い馴れてきたので真剣な表情を作り、話を始める。
「貴方がサリィ=クロロムですね」
「はいは~い。そうですよぉ?それがなにかぁ?」
「貴方に頼みたいことがあるんです」
俺はダーちゃんの病気とこれまでの経緯を話した。