薬剤師の行方
「それでは、これから『ダーちゃん救出作戦会議』、始めたいと思います。よろしくお願いしまーす」
「「お願いしまーす」」
ゴルドー学院の敷地内の端。一般生徒の寮とは別に、隔離するように建っている一軒家の特別寮のリビングにて、テーブルを囲む青年とスライムとドラゴンの姿があった。
「取り敢えず、最初はダーちゃんの病気、《竜骨病》をどうやって治すかを話そう」
この青年、名を《アクト=アマギ》と言い、ゴルドー学院の生徒で悪神のジョブ《魔物使い》を授かっている。
そのせいで、周りの一般学生からは良い印象を持ってもらえず、学院内では基本的に避けられる、睨まれる、泣かれる、謝られる、逃げられる、疑われる、と散々な扱いを受けている。
それが原因で、入学当初の夢に夢見る明るい青年は、少し性格に難ありのダンジョン狂になってしまった。
しかし、悪いことばかりではない。
魔物使いの恩恵により魔物達と意志疎通できるため、正に種族を越えた、別け隔てのない友情を育めている。
「ダーちゃんの話だと、《治療竜》とか言うスゲードラゴンに治してもらうか、《薬剤師》とか言うジョブを持ってる人間に薬を使うかなんだよな?」
このスライム、名を《スラミー》と言い、初心者推奨ダンジョンの《ゴルドーⅠ》にてアクトと出会い、仲間になった魔物。
史上最強のスライムになると言う夢を持っており、その夢を仲間に理解されず、群れを飛び出した。そして、気の合ったアクトと共にダンジョンにて、日々己を鍛えている。現在、攻撃方法が口元を体で包み呼吸させないと言うものだけで、最近新しい攻撃方法を開発中とのこと。
スラミーと可愛らしい名前だが、一人称は《オイラ》で雄か雌かよくわからないかもしれないが、スライムは雌雄同体みたいなもので性別がないので気にしなくてもよい。
ただスラミーは、強くなる夢があるから《オイラ》と男らしく名乗っており、アクトからもらった《スラミー》という名前を心底気に入っているだけなのだ。
「でもよぉ……前話した通り、《治療竜》ってのはかなり稀少な存在で見つけ出すって手は現実的じゃないぜ?」
この小さなドラゴン、名を《ダー》と言うが、関係者の間では《ダーちゃん》で定着している。尚、命名者はアクトであり、彼女の憧れの存在である伝説の邪竜、《アジ・ダカーハ》から取って付けたのだ。
彼女は《パープルコドラ》と言う種の小竜で成長すると将来《邪竜》になる素質を持っており、本来なら群れの中で仲間に育てられるのだが、特殊な病気《竜骨病》が原因で群れを追い出されたのだ。
そして現在、ダーちゃんはアクトの仲間になることと引き換えに病気を治す協力をしてもらっている。
尚、ダーちゃんには仲間になった際に色々とルールが課せられていた。これは、ダーちゃんが憧れに任せてやたら変な口調で話していてアクト達が絡みづらかったからだ。
ルールその1・少女っぽさを残しつつ生意気な感じの喋り方で統一。
ルールその2・口癖として語尾にできるだけ「ぜ」をつける。
以上のルールが課せられた。
もちろん最初はふざけるな!と、怒っていたがアクトとスラミーがこれでもかとおだてたら、ニコニコ笑顔でこれを了承。
アクトとスラミーは『こいつチョロいな』と認識を持った瞬間だ。
「じゃあ、この手しかないな」
「おお!割りとお手上げなのに策があるのか!?」
「そうじゃないと困るぜ」
二人の期待の籠った視線が注がれる中、アクトは自信満々にこう語る。
「人脈を駆使し、学院の中から《薬剤師》を見つけ出す。これしかない!」
アクトの策に「その手があったぜ!」と、喜ぶダーちゃん。それに対して、スラミーは呆れた表情をしてタメ息を吐いていた。
「なんだよスラミー。この策に欠点でもあったか?」
不安な要素は《薬剤師》がレアなジョブで不人気であること。だが、ゴルドー学院には数多くの生徒がいる。《薬剤師》の一人や二人、簡単に見つかるだろうと思って、アクトはこの策を出したのだ。
故に、彼はこの策に失敗はないと思っている。
しかし、スラミーの顔はそのあるはずの無いものを指摘する時の顔だ。
「欠点もなにも大きな大前提が成立してないじゃん」
スラミーはもう一度大きなタメ息をついてこう言った。
「アクト、お前には人脈どころか友人もいないじゃないか」
「ええぇ!!?」
知らなかった真実に驚くダーちゃんは口が開いたままで塞がらない。
希望が潰えたと絶望する彼女に対して、アクトは余裕の表情を崩さない。
「おいおい、スラミー。俺自身が実感してることなのに忘れるわけがないだろう?」
「じゃあどうすんだよ。つまんねぇギャグだったらオイラはお前を絞め殺す」
「なんかスラミーが冷たい!……まあ、安心しなって。いいか、俺には一人、最強の知人がいるじゃねぇか!あの人一人で学院全ての人脈を持っていると言っても過言ではないあの人が!」
「ッ!!あの人か!」
「え?え?そんなすこい奴がいんのか?」
「ああ、早速行くぞ!」
一人、わからないダーちゃんは自信満々に進みだす二人の後ろを付いていく。
ちょっとだけ、二人がカッコいいな、と思ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「シューゼリン学長!お話があります!」
コツを知らないと開けられない扉を勢いよく開けて学長室に入るアクトと彼に続く二人。
「ッ!!あ、アクトくんか。老人を驚かせると扉を乱暴に開けるのはよくないのぉ」
突然の来客に驚いた老人はアクトに注意して、彼らを迎えた。
この老人、名を《シューゼリン=ラッハ》と言い、ゴルドー学院の学長をしている。
穏やかで語尾の「のぉ」が口癖。威厳はあんまりだが、職権はある。
意外にお菓子などが好きで、一人の時はこっそりと高級菓子店のお菓子を食べてたりする。
か細い体と優しそうな顔をしているが、実力は未知数で彼の過去を知る者はいない。
噂話だと、善悪神の大戦の頃から生きているとか……。
「おやおや、スラミーと……ドラゴンも一緒か」
「すみません、学長。紹介とか難しい話は抜きでお願いします。急いでる件があるんです」
「珍しいのぉ?何かな?」
「薬剤師のジョブを持つ生徒を紹介してください」
「……あのドラゴンに関係あるんじゃろぉ?」
「はい、ですからお願いします」
アクトが頭を下げる。
「……あ~、非常に言いにくいんじゃがのぉ。わし忘れっぽくて生徒の顔と名前なんてほとんど覚えておらんのぉ」
「使えねぇな糞ジジイ!」
「役立たずじゃねーか!」
感情のあまり暴言を吐くアクトとそれに乗っかるスラミー。
因みに、スラミー達魔物の言葉は魔物使いにしか聞き取れません。
「およよよよ、こんな酷いことを言われたのは久しぶりじゃのぉ。わし、泣きそうじゃ」
「嘘泣きしようが謝るつもりはない!」
「およよ、薬剤師を見付けるいい案があるのにのぉ」
その言葉聞いた瞬間、
「すみませんでしたー!」
と叫び土下座をするアクト。その土下座は一流の芸術家が目を奪われるほど美しかった。
アクトの畳み掛けるような謝罪はまだ続く。
「シューゼリン学長様!どうかどうか、この無知で卑しい私めにその黄金の知恵をお教えくださいませ!どうかどうか!」
熱い手のひら返し。そんな言葉が正に似合う。
「オイラもすんませんっしたー!」
その熱にやられたスラミーも土下座する。端から見たらスライムが奇妙な踊りをしているようにしか見えないが、本人は真面目である。
「ほっほっほ、正直なのは良いことじゃのぉ。その正直さに免じて話そう」
「ありがとうございます!やったぞダーちゃん!……ダーちゃん?」
手柄を報告しようと後ろを振り向くと、ダーちゃんが俺を濁った目で冷たく見ていた。
「な、なんでそんな目で見るの?」
「……なんだか悲しくなっただけだぜ」
二人を一瞬でもカッコいいと思ったのに、すぐさまこんな土下座を見せられたダーちゃんの心情を察するのは容易だ。しかし、この二人はそれに気づけない。
ダーちゃんがそれ以上なにも語ろうとしないので、アクトは再びシューゼリンと話を続ける。
「して、その案とは?」
「最近まで新入生の書類を整理していたから、一年生には薬剤師がいないことは確かじゃ」
「はい」
「だからのぉ、君らの先輩らの中には居るかもしれん。そして、その先輩らをわしよりよく知っている者がおる」
「して、その人とは?」
「ダンジョン室におる受付の人じゃ」
「ありがとうございます!それでは失礼します!」
聞きたいことだけ聞いたアクトはさっさと学長室から出ていってしまった。
スラミーとダーちゃんも遅れてアクトの後を追う。
「ほっほっほ、嵐のように到来しては嵐のように過ぎ去って行ったのぉ」
シューゼリンは扉を眺めがらそう言って、椅子の背もたれに体を預けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お願いします!この学院にいる薬剤師の生徒を教えてください!」
「いきなりですね」
金色の髪が相変わらず美しい受付の人が笑顔で対応してくれる。
この受付の人、アクトは名前を知らない。と言うか、学院でもこの人の名前を知る者は少ない。
男性か女性かはわからない。だからこそ、ミステリアスな雰囲気で男女問わず言い寄られる。しかし、全てを軽く流す。恐ろしい!
兎に角、謎が多いのだ。しかし、アクトはダンジョン室に通い詰めた結果、あることに気が付いた。二種類の香水を1日交代で使っていることを!
「簡単にはお教えできませんので、理由などを言っていただけますか?」
いつもと同じような感じの対応に妙な安心感を覚える。
「理由、そいつを説明するにはダーちゃんの説明をする必要があるな」
アクトはダーちゃんを抱えて受付の人に向く。
「今から語るは小さなドラゴンの物語!聞くからには大号泣間違いなし!」
アクトはダーちゃんが仲間になるまでの彼女の生きざまを嘘マシマシで語った。
「と、言う訳なんですよ!」
嘘マシマシの語りに話した本人が大号泣。
アクトは涙を流しながら説明し終えた。しかし、
「なるほど。理由はわかりました。協力させていただきます」
受付の人は涙を流すどころか何時もの営業スマイル。
アクトは恥ずかしい気持ちになりながらも、教えてもらえるんだからいいじゃない。と自分に言い聞かせる。
「アクト様の一つ上の生徒の中に天才と言われている《薬剤師》がいます。ただ、その方……なんと言いましょうか。変態と言うか、狂ってると言うか……」
「ど、どう言うことですか?」
「まあ、会えばわかります。名前は……《サリィ=クロロム》」
アクトは普段、サリィがいる場所を書いたメモを貰い、部屋を出る。
別れ様に、「自分をしっかり保ってください」と、受付の人に言われたのが、この先の苦労を予感させた。