ゴルドーⅡ
スラミーと出会ってから早一ヶ月が経とうとしていた。
この一ヶ月間は耐えることの多い日々だった。
朝、起床して寝ているスラミーを起こすとこから俺の一日が始まり、簡単に準備を済ませて学院に向かう。
次に授業を行うわけだが……ここが一番辛い。始まる前から俺の周りから他生徒が距離をとって座っている。
俺が《魔物使い》ってだけで恐れられ、避けられる。俺の人間性などを確認することもなく、ただ肩書きだけで判断される。まあ、頭にスラミー乗せて過ごしてるのも要因の一つだろう。
とまあ、こんな感じで俺は授業中など学院内ではぼっち生活と言うものを過ごしている。と言ってもスラミーがいるから完全な独りではないが。
そんな生活を一ヶ月も、過ごしていたら流石に馴れた。
軽くぶつかっただけでお金を渡されて謝られたり、食堂の並び順を前に譲られたり、授業内での二人組で先生と組んだり、年上の生徒に話しかけたら敬語で対応されたり、なにか事件があるとみんなが取り敢えず俺を見たり、変な噂が流れたりすることには、もう十分悩んだ。もう馬鹿馬鹿しい。
俺は俺で人の目は気にしないで行こう。少ないけど信頼して話し合える人だっているんだし。
最後にはそんな風に考えるようになっていた。
授業が終わると、この生活唯一の楽しみ《ダンジョン探索》に出かける。
今行くことができるダンジョンは、初心者のための《ゴルドーⅠ》だけだが、それで十分。多くは望まない。
ただ、誰にも邪魔されず自由に楽しくできればそれでいいんだ。
てなわけで、俺は今日も足取り軽くダンジョン室に向かう。
「おめでとうございます、アクト様。《ゴルドーⅠ》での活躍が認められた為、《ゴルドーⅡ》の探索許可が出ました」
毎日のように顔を合わせていた受付の人が普段より明るいトーンで俺にそう告げた。
突然のこと過ぎて言葉の意味を理解するのに時間がかかったが、つまりは、『頑張ったからゴルドーⅡに行ってもいいよ』ってこと?
「うぉおおおおおお!本当ですか!」
「はい。学長直々に私におっしゃいましたので間違いはございません」
「新しいダンジョンにこんなに早く行けるようになるなんて夢にも思いませんでしたよ」
「そうですね。元々、今はまだ新入生はダンジョンに入ってはいけない時期ですし、それを抜いても一ヶ月で《ゴルドーⅡ》の探索許可が出るのは異例の早さです」
「そうなんですよね。俺は特別に許可をもらってる身で、なんていうかセコいですよね」
「別にいいんではないでしょうか?アクト様は魔物使いである以上、授業などで体を鍛えるよりもダンジョンで魔物と触れ合うほうが修練になるに決まってます。誰にしもあった環境を与える。それがゴルドー学院の考え方だと学長もおっしゃっておりました」
「そう、ですよね。お陰でスラミーとも会えたわけですし」
「おうよ!」
「はい!ですから、素直に喜んで、行ってらっしゃいませ!」
「はい、行ってきます!」
こうして、俺は次のランクのダンジョンへと足を踏み入れることができるようになった。
一体どんな出会いがあるのか。今から楽しみである。
「おお、明るい!」
ゴルドーⅡに入った第一印象である。
タイプとしてはゴルドーⅠと同じ洞窟系なのだが、こちらは発光するキノコや鉱物が多く群生しており灯りを用意しなくても周りを十分に目視できる。
そしてもうひとつ、前と違う点。それは他の探索者の人数。
学院の先輩方や一般の人が多くいるのだろう。スタート地点でかなりの人数を確認できる。
何人かが俺のほうを奇異な目で見てくるが構う気はない。
「さて、行きますか」
「おう!」
俺は堂々とした態度で歩き、人の間を通っていく。
俺達はダンジョンの奥へと向かった。
ある程度進むと人がいなくなり、資源や魔物を確認できる場所にでる。
「なあなあ、アクト。まずはなにすんだ?」
頭の上にいるスラミーから話しかけられる。
「最初は手頃な魔物と戦おう。ここの魔物の強さをある程度は知っておかないと、資源採取なんて怖くてやってられないからな」
「なるほどなるほど。なら、あれなんてどうだ?」
スラミーが指示した方に、蟹の魔物が一匹。淡い光を放つ青い甲殻に身を包み、同じ色の鋏で器用にキノコを食べていた。
《ブルーマインクラブ》
美しい青の甲殻を持つ蟹。主食は肉とキノコ。
甲羅と鋏はかなりの硬度を持ちながら、美しいため、《ブルーカニライト》と呼ばれて取引されている。
肉は旨くないが、殼が高値で売れる。特に長年生きた個体で甲羅に水晶を作っているものは、何倍もの価値が出る。
俺はブルーマインクラブをよくみて吟味して、決めた。
「……いくか」
その言葉を合図に、スラミーが頭の上から降りて地面に着地。その瞬間、押し潰されたような形に体を縮めて、そのままバネの要領でブルーマインクラブに突撃し、目元を覆う。
視界が塞がれたブルーマインクラブは混乱し暴れだす。
そこに俺が素早く移動し、腕の関節部分をナイフ刺す。
パキンッ
刃が折れた。
手入れが悪かったのもあるが、ブルーマインクラブの甲殻が固すぎたのが原因だろう。
「アクト、危ない!」
スラミーの声でようやく反応できた。ブルーマインクラブの鋏が迫ってきていた。
俺はとっさに、もう一本のナイフと折れたナイフの柄で鋏を防ごうと試みる。
強い衝撃と痛み。そして、何かが折れた音。
俺は後方に吹き飛ばされ、転がる。
痛みに耐えながら体の状態を確認する。
骨は……折れてない。あ、もう一本のナイフがダメになった。怪我は、頬に切り傷、打ち身。大丈夫、動ける。
俺は立ち上がりながら考えた。
一般人と大差ない魔物使いが攻撃手段を絶たれた時、どうするか。
簡単だ。
「スラミー!」
「どうした!」
「逃げるぞ!」
「え?」
「だから、逃げるんだよぉおおお!!」
「えぇえええええええええ!!?」
俺は脱兎のごとく逃げ出した。
当たり前だ。ナイフが効かないのに魔物使いの素手攻撃が意味をなすはずがない。魔物使いは魔物に何かしらの恩恵を与える力を持っているだけで、身体能力はそれほど上昇しない。その部分だけ見るなら農民のジョブのほうが断然いい。
スラミーも拘束力はあるものの、決め手言える攻撃力は持ち合わせていないのが現状。
高防御力のブルーマインクラブ相手には俺達二人では火力不足なのだ。圧倒的に。
故に逃げる!
「ちょ、アクト!待ってくれよーー!」
スラミーが遅れて、ブルーマインクラブから離れて逃げ出す。
その逃げ足は俺以上であり、すぐに追い付いてくる。
「ふざけんなよ!さらっと置いていきやがって、この薄情もの!」
「安心しろ、全ては計画通りだ」
「なにが計画通りだ!誤魔化そうたってそうはいかねぇぞ!」
「話を聞け!いいか、簡単な話だ。俺はお前より逃げ足が遅い。つまり、今みたいに俺が先に逃げてもお前はすぐに追い付いてくるわけだ。ってことは、俺が先に逃げて、お前が後から追い付いてくる流れが一番効率的な逃走順なのだ!」
「おお!アクトは天才だ!」
「ほめんなよ。では、《緊急帰還コイン》発動!」
俺とスラミーは光に包まれてその場から消えた。
必ず受付で渡される《緊急帰還コイン》。
これは使用しなかった場合、受付に返さなくてはならない。
これは探索達の命を守る最後の手段である。
コインに触れて帰還すると念じれば、使用者とその周りにいる者をコインが支給された場所に帰還させることができるもの。
緊急脱出として使ったり、ただ帰還の為に使ったりと便利である。
どうやって作ってるかは秘密だそうだ。
目の前の光が消え、いつものダンジョン室の景色が広がった。
「お帰りなさいませ、アクト様。今回は随分お早いですね」
「ちょっとピンチだったもので。買い物してからまた潜ります」
「かしこまりました。お待ちしております」
受付の人に見送られ、俺はスラミーを連れて売店へと向かった。