5-8:再会と別れ。そして地球へ
小さな小屋の中に俺一人が招かれた。
蒼い髪の男性の身体が痛々しく、まともに視線を合わせることすらできない。
もしこの傷があの時のものだったら――俺を地球に転移させた後の物だったら……。
「驚いているようだね。大丈夫、私はちゃんと生きているよ。南の地で戦っている者なら、このぐらい、当たり前のように受け入れているからね」
「生きているだけでも幸運なのだから」
シグルドさんとティネーシスさんは、穏やかな顔でそう話す。
「大きくなったものだな」
「ほんと、大きくなりました。まさかもう一度会えるなんて、思いもしなかったけど」
この言葉で二人が俺を保護してくれた、あの若い冒険者だった事が確定した。
尤も、エルフであるティネーシスさんは今でも若いけれど。
何を話せばいいんだろう。
何から話せばいいんだろう。
地球の事? ゲームの事? この世界に戻ってきてからの事? 仲間達の事? 地球に戻るための時空間転移魔法の事?
とにかく、いろいろ話したい。そして聞きたい。
二人の事を。今までの事を。
長い時間二人と沢山の事を話した。
それはまるで、ずっと離れて暮らしていた両親に、これまでの事を語って聞かせているような、そんな感じだった。
いつの間にか外が暗くなっていたので慌てて皆の下に向ったが、周囲にテントを建てて寛いでいる様子だった。
フィンと目が合うと、カゲロウと二人で何かコントのようなことをやっていたが、大方母との再会に感動する息子的な演技なんだろう。
無視しよう。
「良い仲間が出来たようだね」
「あなたの話は解りました。皆さんを元の世界に戻せるよう――と言いたいのだけれど、あれは膨大な魔力が必要となる魔法。私達二人の全魔力を注いでも、ようやくあなた一人を送ることができたものよ」
「二人で力を合わせて一人を送りだせるっていうなら、数に物を言わせてなんとかなるさ」
「数?」
ティネーシスさんが怪訝な顔をする。
魔法を扱える住民はこの世界には少ない。
けど、プレイヤーならある意味全員が魔法使いみたいなものだ。
膨大な魔力ってのはつまり、全SPを消費するって事だろう。問題は無い。
あとは、このアズマ社長の下にいるプレイヤーを全員救出しなければ。
それからというもの、第二プレイヤー村と迷いの森を拠点に討伐隊を結成し、モンスターを減らしつつ洗脳されたプレイヤーの捜索も行った。
カンダさんにセカンド・アースに来ている全プレイヤーリストを作成して貰い、それと照らし合わせて救出状況を確認。
残り二〇〇人あたりまで救出すると、そこから先は一向にプレイヤーの姿を見なくなった。
最後に救出した人の話だと、アズマ社長は追い込まれて北のほうに逃げた――という事だ。
どうやら指揮下に収められたモンスターの数も少なく、このまま南にいれば徘徊しているモンスターに食われるのを恐れていたらしい。
神になるんだなんだと騒いでいたわりに、随分小物過ぎるじゃないか。
アズマ社長のほうはカンダさんが引き受けるというのでそっちは任せ、俺はギリギリまでモンスターの数を減らす事に専念する。
少しでも減れば、残りはこの世界の人たちでどうにかできるかもしれない。
何年掛かるか解らないけど、きっと平和になる。
そう信じて。
で、時空間転移魔法のほうは――思ったより上手くはいかないようだ。
どうにも魔法には適正っていうのがあるらしく、運営がゲームシステムとして用意した魔法は、魔法職ならレベルに応じて誰でも修得できるのに、この世界オリジナルの魔法はそうもいかない。
この世界のルールに乗っ取って、使える人、使えない人に分けられてしまうのだ。
まぁ人数が多いので、なんとか50人ほどの適正者はいたけれど。その中にはフェンリルも入っていた。
更に適正者ならいつでも使える訳でもなかった。魔法の消費SPが最低でも9999と、なかなか敷居が高かったからだ。
装備補正やらなんたらで、SP最大値が9999に達していたのは最初の時点で二人しかおらず、フェンリルにしても9500と僅かに足りていない。
達してない人のレベリング。装備でSPを底上げする為に装備強化を行うが、その素材集めなんかでも結構時間が掛かった。
50人全員のSPが9999に達するのに一ヶ月を有し、そこから魔法の修得までに更に一ヶ月を費やした。
お陰で、南側のモンスターもだいぶ減ったと思う。
そして……。
「よーし、じゃーまずは実験だ。向こうに戻りさえすれば、システムを解して俺達に連絡できるカンダさんがまず生贄になるってことで」
「あはは、生贄とか嫌な言い方しないでくださいよー」
フィンの言葉にカンダさんが苦笑いを浮かべる。彼の右腕には鎖が握られ、その先には怯えきったアズマ社長がいた。
第二プレイヤー村に連行されてから、多少は、いや結構かも……プレイヤーによって攻め立てられたようで、憔悴しきっているようにも見える。
まぁ自業自得だけどね。
迷いの森の中に、時空間転移の呪文詠唱が木霊する。
四人の術者が二人分サイズの魔法陣を作り上げ、カンダさんとアズマ社長の転移に取り掛かった。
ここまでは順調。
そしてここからは、予想していた通り、邪魔が入る。
『そうはさせません。何人たりとも帰す訳にはいかないのですっ』
切羽詰ったような女の声が響く。実際には頭の中にだけ聞えている声だ。
この場にいる全員がその声を耳にしているのだろう。全員に緊張が走った。
そして魔法陣がかき消される。
『全ての魔物をこの地上から消し去るまで、貴方方には残って貰いますっ』
「何故ですか! 何故異世界の住人である彼らが他人の世界の為に命を削らなければならないのですか!」
『それは私がそう望むからです。この世界の平穏の為に』
「無茶苦茶じゃねーか!」
「そうだそうだっ。それでも神かよ! 他人を不幸にしていい神なんて、聞いた事ねーぞっ」
「邪神だろっ」
不平不満をありったけぶつけるプレイヤー達。俺も必死に解って貰おうと、神のやっている事が間違いである事を叫び続ける。
「女神さまや、なんで俺達だけじゃダメなんだ?」
「女神よ。彼らはいうなればこの世界にとって赤の他人です。赤の他人の手を煩わせなければ救えない世界なら、我々は生きている価値などない」
「貴女が私達を、見捨てるのですか?」
別れを惜しむためにやってきた、この世界で知り合えた英雄たちもそこに加わる。
自らの世界の住人である彼らの声は、流石に堪えただろうか?
静まり返った森に、シグルドさんの声だけが響いた。
「女神よ、私達をもう少し信じてください。そうすればきっと、貴女の愛して止まないこの世界は明るくなるでしょう。もう少し貴女が心を許してくだされば、きっと貴女を愛してくれる者も増えるでしょう」
返事は無い。
固唾を呑んで見守る中、誰かがぼそりを呟いた。
「俺、時々はこの世界に来たい」
え?
っと思い、誰が呟いたのか視線を巡らせ探してみると――
「学校から帰って四時間ぐらいなら、こっちに来てもいいぜ」
「俺も」
「私も」
「あ、俺ニートなんでいつでも。ログアウト出来る保証付きなら」
「地球の四時間がこっちの二四時間ってゲーム設定をそのままもってきて貰えれば」
「ってか最初の予定通りにすればいいんじゃね? ログアウトしたら地球に戻れますって」
「そうそう。ずっとこっちに居るって訳にもいかないからな。仕事あるし」
「デスゲームじゃなかったらいいよ」
「女神は自己中過ぎて嫌い。でもこの世界の人は嫌いじゃない。女神の為じゃないわ、この世界の人たちのためよっ」
「え? そんな大それた事考えてねー。ただ冒険したいだけ」
「それそれ。本物の冒険できるんだぜっ。このまま終わりにするのは惜しいよな」
あぁ、皆……
「ゲーム脳だな」
そう言って隣に居たフェンリルが笑う。
「女神様、どうでしょう。彼らの言うように、最初の計画通りにやりませんか? ログインすればセカンド・アースに転移でき、ログアウトすれば地球に戻れる。それではいけませんか?」
カンダさんが声を上げて懇願する。アズマ社長は何も言えないようだ。
「女神様、貴女のやったことは許される行為ではないと俺は思います。神であればなんでもやっていいなんて事はありません。それに、貴女は地球の人たちにとっては神ではないのですから」
『神、ではない。私が?』
ようやく声が返ってきた。
「そうです。貴女は所詮、他人に縋る哀れな何かでしかないのです」
『私が、哀れ……』
他人を召喚し、ただ戦えとだけ言い続ける。自分では何もできない哀れな女神。
自分の世界の住人を信じることも、愛する事もできない、たった一人の存在。
「行かせてください。必ず戻ってきますから」
『信じろと?』
「そこから始めないと、貴女は前に進む事すらできませんよ?」
穏やかな時間が流れる。
やがて、消え去ったはずの魔法陣が、再び浮かんだ。
「カンダさんっ」
「はい! 一足先に戻らせていただきますっ」
そう叫んで、カンダさんはアズマ社長と伴って魔法陣の中へと飛び込んだ。
二人は光の粒子となり、そして天高く舞い上がった。
その光りは空に浮かぶ黒点へと吸い込まれて行くように見えた。
「君は何故地球に戻るの? ここは君の故郷だろう?」
最後に残ったフェンリルと二人、森の景色を見つめていた。
周囲は荒れ果て、緑など何処にも無い。なのに、この森だけは青々とした、生命に溢れる木々が生い茂っている。
ティネーシスさんの話しだと、ここは周囲と隔離された空間なんだとか。
まぁ、良く解らないけど、魔法による結界――だけではないって事なんだろうな。
あー、フェンリルの質問か。
んー……。
「ここが故郷だと言われても、正直ピンと来ないんだよな。地球で過ごした時間のほうが長いし。それに――」
「それに?」
SPの回復を待つために座ったフェンリルに合わせ、俺もその場に座り込む。
「育ててくれたばーちゃんがさ、一人っきりなんだ。俺の両親――あー、一応戸籍上のね。その人たちはさ、俺と入れ違いになるようにして亡くなったんだ。ばーちゃんには他に子供も居ないし、兄妹も居ないんだ」
「だから戻るのか」
戻りたい理由って、そんなもんでいいんじゃないかな。
ばーちゃんを一人にさせたくない。孤独死とか、寂しいじゃん。
「こっちの世界にはさ、カンダさんとかが頑張って連れて来てくれるだろ? だから、いいんだ」
「そ……」
「もし戻れなくなったとしても、俺がこっちに居なくたって平気さ。こっちの、その、両親達はお互い健康なんだし」
振り向いて魔法陣の準備を行っているティレーシアさんを見た。
近くには車椅子のシグルドさんが彼女に声をかけ、二人が談笑している姿が見える。
「もし地球とセカンド・アース、どちらかにしか居られないってんなら、俺は地球を選ぶよ」
「おばーちゃんっ子だからか」
「そ、それもあるけど。それ以外にも……」
「それ以外?」
フェンリルが居るから。
フィンや、カゲロウ、ミケ、アデリシアさんにレスター、百花さん。
知り合えた人たちは沢山居る。
皆とまた冒険がしたいから。
「おーい、二人とも。準備が出来たようだぞー」
シグルドさんの明るい声が聞こえてきた。
フェンリルと立ち上がり歩き出す。
「じゃ、後はよろしく」
「解った。気絶したらお姫様抱っこして連れて行ってやるよ」
「ちょ、それやめてっ」
ひとしきり笑うと、フェンリルは魔法の詠唱に入った。
次空間転移の魔法は、使えばSPが空になって気絶してしまう。
お陰で、全員を転移させるのに二日も掛かってしまった。
これが最後だ。
ティネーシスさんとライラさん、そしてフェンリルの三人で魔法を完成させ、二人が気絶した。
ライラさんとフェンリルの二人だ。
「いってらっしゃい」
「行って来ます」
「体には気をつけるんだぞ。っと、言えた義理じゃないなー」
「あはは。まぁ俺が住んでる国は平和な方だから、大丈夫さ」
笑顔で見送ってくれるティネーシスさんとシグルドさんに頭を下げ、それから気絶しているフェンリルを抱えて魔法陣へと乗った。
『いってらっしゃい』
いってきます……女神様。
自分とフェンリルとが輝き、そこから先の記憶は無くなった。
打ち切り――というほどでは無いですが、5章は大部分を省略いたしました。
しっかり最後まで書ききれず、申し訳ないです。
物語の大筋だけは抑えての完結としました。
これまでお読みくださった方、ありがとうございます。
エピローグは後日また……。