5-7:迷いの森
迷いの森までの七日間。これといって襲撃もなく、モンスターとの戦闘は多かったものの順調に進んだ。
森の手前までは――だ。
そこには500人を越すプレイヤーの姿があった。先頭に居るのはカイザーさん……。
「あの馬鹿はまだ向こうに居るのか」
「だってカイちゃんってば逃げ足速いんだよー。正気だったらまっさきに逃げるなんて、みっともない事しないんだけどねー」
フェンリルとモグモグ氏がやや呆れたように言う。
直ぐに対プレイヤー体勢を整え、戦闘が開始された。
盾持ちが『シールドスタン』で誰かひとりを昏倒させたら、盾を持たない前衛食や弓職が洗脳解除コマンドを実行する。
火力である弓職は攻撃に参加せず、ひたすらコマンド実行に専念するのだ。普段の立ちから離れ、最前列に出る形になる。
魔法職はもっと楽な戦闘を繰り広げていた。
この世界の魔導師たちに教わった、広範囲の睡眠魔法で相手プレイヤーを眠らせる。
ただそれだけだ。
もちろん、向こうにだって弓職がいるし魔法職もいる。飛んでくる遠距離攻撃に備え、魔法の壁や防御シールドは欠かせない。
前衛に立つ弓職が攻撃を受ければ、結構なダメージになる。
ヒーラーの半数は弓職専門で回復に徹して貰った。
少しずつ、少しずつコマンドによって気絶していくプレイヤー達。
戦闘開始の号令のあと、後ろに下がったカイザーさんの姿がようやく見えたとき――
今度は俺たちの背後からモンスターの群が迫ってきた。
「挟み撃ち!?」
「モンスターレベル70前後! レベルはそうでもないけど、数が多すぎるよっ」
「範囲で焼き尽くす?」
「ウィザード全員のメテオでも焼き尽くせる数じゃねーよっ」
後ろから聞える悲鳴にも似た声で状況は把握できた。
今の俺たちのレベルは80前後だ。それでも悲観的な声が聞こえるってことは、モンスターの数は千単位なんだろう。
一〇倍以上の数は流石に拙い。
「帰還! 気絶してる人を担いで、出来るだけ早く! 盾持ちは最後まで踏ん張ってくれ!」
「っくしょー、ここまで来てかよ!」
「森まで目の前じゃん。逆に向こうに走るニャよ」
「走るたって――」
青々と茂る森を見やると、そこには一人の女性が立っていた。
銀髪の長い髪はフェンリルのようにも見える。だが、彼女はすぐ近くでカゲロウとレスターを守って戦っている。
ならあれは……。
もう一度良く見よう。だがその前にカイザーさんが立ちはだかった。
振り上げた斧を俺目掛け振り下ろす。
激しい衝撃音。
俺の盾と彼の斧とか火花を撒き散らす。
「カイザー! いい加減に正気に戻れっ」
「ボクがやるよっ」
フェンリルの声に反応して、カイザーさんが彼女の方を向く。
飛び出してきたレスターは解除コマンドを実行しようとしたのだろう。だけど……
「ぅわ!」
「正面から行くなっ。そいつはレイドボスを一人でも抱えられるほど、馬鹿が付くほど戦闘慣れしているのだぞ」
「ったく、こっちだって廃プレイヤーの端くれなのになぁ」
レスターの伸ばした腕を軽く躱すと、そのまま斧の柄で彼を薙ぎ払ってしまった。
直ぐにフェンリルのヒールで無事だったが、追加ダメージが入るとやばかったかも。
「後ろ! 射程までもうすぐだぞ!」
そう怒号が聞こえた時だ、脳裏に別の声が響いた。
『走って。こちらに来るのです』
声の主はすぐに解った。
森の入り口に佇むエルフの女性だ。
『帰還』は間に合わない。なら、ミケの言う通り走るしか無いっ。
「皆、森に逃げ込むんだ! あの森にはモンスターは入ってこれない。全力で走れ! 盾、しんがり勤めるぞっ」
行動は早かった。
直ぐに全員が走り出し、流石に慌てた洗脳プレイヤーの反応が遅れる。
魔法職達が彼らの行動を妨害する魔法を展開させ、レンジャー部隊が足止め用の罠をばら撒いていく。
コマンドを解除仕切れなかったプレイヤーは50人足らず。
もう少し時間が有れば全員を救えたのに。カイザーさんを――
「拙い、モンスターに襲われる」
「え?」
森の目前まで後退したところでフェンリルが引き返していく。
襲われるって、誰が!?
後を追おうとして走り出そうとしたところへ、誰かが腕をつかんで来た。
振り向いた先には、長い銀色の髪を靡かせたエルフの女性が……。
「あの、あなたは……」
優しく微笑むその顔に、俺は見覚えがある。
彼女は何も言わず、歩き出した。
優しく、そして厳しい言葉と共に。
『大地は慈しみ、光は永久に輝き、営みは世界を導く。闇は常しえに影を落とし、光はよりいっそう輝きを増す。心は常に汝が元に。光は常に汝が内に』
そこから先は聞きとれなかった。
歩きながら長い詠唱を続け、そして彼女の全身が輝く。
その向こう側には、同じように長い詠唱を続けるフェンリルの姿があった。
以前見た、全てのヘイトを自分に集中させ、自己回復を行いつつも全ダメージを自分が身代わりになって受ける――自己犠牲魔法だ。
なんて馬鹿な事を!
モンスターに襲われているカイザーさん達を守るため、自分が犠牲になるなんて。
慌てて彼女を救おうと走り出したが、遅かった。
光がいったいを支配し、目が眩んで何も見えなくなってしまった。
遠くで雄叫びが聞える。
どのくらいたっただろうか、1分か、それ以下か。
ようやく目を開くと、そこに立っているのは人だけだった。
「さぁ、森へ。彼女を運ぶのです」
そう俺に向って声を掛けてきたのは、たぶんティネーシスさんだ。
急いでフェンリルに駆け寄ると、全身ぼろぼろの姿で気絶していた。息はある。HPは……レッドゾーンにまで行ってない。
よかった……。
カイザーさんは!?
視線を向けると、呆然とこちらを見る彼が居た。
正気に、戻ってる?
「カ、カイザーさん?」
返事は無い。
けど――
「カイちゃあぁぁーん!」
飛び出してきたモグモグさんの『攻撃』をするりと躱してしまった。
「ってめ! それクリティカルワンズじゃねーか!」
「うん、そうだよー。だってこれぐらいでしかカイちゃんにダメージ与えられないしー」
あ、正気に戻ってる。
え? つまりティネーシスさんの魔法で?
他のプレイヤーは? と見渡すと、全員は呆然とした状態で立っていた。
「早く森へ。多くは倒せましたが、昏倒しているだけの物もいます。じきに目を覚ますでしょうから、ここから移動しましょう」
ティネーシスさんに急かされ、森に入った仲間達に協力してもらい、全員を森へと引っ張っていった。
気絶したフェンリルを抱え、俺もティネーシスさんの後を追う。
森の奥へ奥へと入って行き、小さな小屋を見つけた。
そして、小屋の前には木で出来た車椅子に乗る男性の姿が――
左腕と、膝から下の両足の無い、蒼い髪の中年男性が――