1-9:バニーボーイでアルバイト
スキルにはCTが存在する。だから同じスキルばかり連続で使ってもいられない。そこで重要なのが違うスキルを挟んで、メインスキルのCT明けまで繋ぐって事。
MMO初心者の俺が、これをアデリシアさんに説明する。
今までファイアボール一択だった彼女も、ようやく理解したのか少しずつ他のスキルを混ぜ込みはじめた。
それによって戦闘は飛躍的に楽になった。
俺のレベルが11になって、彼女のレベルも12に。
二時間ほどの狩りを終えて町へと戻ってきたのはお昼頃。
あがったのはレベルだけど、新スキルの習得は無し。最初が習得ラッシュすぎたんだろうか。
もっと多くのスキルを覚えたいものの、流石に何時間も連続で狩り続けるのは疲れる。
アデリシアさんが「お腹空きませんか?」というので戻ってきたのだけど、ゲーム内なんだから空腹なんてあるわけない――と思ったらあった。
たぶん「気がする」だけなんだとは思う。
「このお店ですっ!」
「前に来た事でもあるの?」
迷うことなく一軒の店を目指していた彼女に声を掛けると、にっこり微笑んでから首を左右に振られた。
「この店を選んだ基準って……」
「町に初めて入った時、このお店でおっきなパフェ食べてる人見たんですぅ〜。もう凄く美味しそうでぇ」
あー、女の子だなぁ。俺は……甘いのが嫌いなわけじゃないけど、パフェは遠慮するわぁ。
俺たちは店先に並べられた丸テーブルに腰を下ろし、程なくやって来た店員にそれぞれ注文を頼む。
アデリシアさんは意気揚々とビックスィーツパフェなんていう、聞くからにこってりしてそうな物を注文。俺はホットドックを頼んだ。
出てきたビックスィーツパフェを幸せそうに頬張るアデリシアさんを見て、こっちも顔が緩む……が、背中が痛い。
ピンク色の髪のエルフ少女……ってのはなかなか目立つ。
種族をエルフで選択したプレイヤーは多いようで、そこかしこにエルフが溢れかえっている。
しかし、ピンク色の髪ってのは少ない。金髪や俺みたいに青色だったり、あと銀髪も多い。そういえばあの変態聖職者も銀髪だったな。
髪の色だけじゃなく、彼女のキャラグラがかなりの美少女なのだ。まぁ、ちょっと幼い感じではあるものの……オタク向けであれば一番人気のある年齢層じゃないかな。
そんな彼女とツーショットなのだ。
周囲の男プレイヤー、いやNPCまでもが嫉妬の目で俺を睨みつけている。
「ソーマ君、どうしたの? 食べないの?」
小首を傾げつつ、俺のホットドックを狙っているようにも見える彼女の丸い瞳。口元にはクリームが付いているけれども、気づいてないようだ。
「あー、いや。なんでもないよ。ちょっと視線が痛いだけ」
もごもごとホットドックを頬張りながら、後のほうは彼女に聞えないようにした。
アデリシアさんとのペア狩りを日暮れ近くまで続けて、俺たちのレベルは14になった。順調なレベリングだ。
ただなんと言うか、スキルが……絶望的。
「くっそぉー。なんで新しいスキルが出ないんだよ。軽い虐めだろ」
「私は二つ覚えた〜、えへへ」
そうなんだよ。アデリシアさんは二つもスキル増えてるんだよ。
一つは午前中に覚えた『ファイアストライク』。『ファイアーボール』の火の玉が複数出現して、指定した範囲に降り注ぐっていう。
もう一つは『フレイムウィップ』。火の鞭で敵の動きを一定時間止める魔法だ。しかも鞭で縛っている間は、少量のダメージを継続的に与えるという優れもの。
覚えたのが両方とも火属性っていうのが、なんとも破壊神的だ。
「さて、こっちの世界はもうすぐ暗くなっちゃうけど、どうする?」
どうすると尋ねたものの、俺は出来ればログアウトして休みたい。朝からずっと戦闘しっぱなしだもんな。
「ん〜と、この後はログアウトしてお買い物行って、ランチ食べて……お昼過ぎにログインする予定なの。レスターもその時間になったら来るって言ってたから」
「そっか。俺もちょっと一休みしたいと思ってたし」
ログアウトして向こうの世界じゃ何時間経っているんだろう? こっちの世界では九時間は経過してるはず。
また縁があれば、パーティー組めると良いな。そんな風に思いながら、俺は彼女に別れを告げた。
にっこりと微笑む彼女の顔が夕日に染まって、凄く、眩しく見える。
「こちらこそありがとう、ソーマ君。また後でね♪」
また後で。
それはつまり、昼食後も?
確認するよりも先に、俺の視界に『アデリシア・マロンさんからフレンド要請が送られて来ました。承認しますか?』というメッセージが浮かぶ。
友達になるってこと? それはもう、大歓迎だ。
慌てて『承認する』という小さなウィンドウをタップし、俺は彼女とフレンドになった。
「ログインしたら連絡くださいねぇ〜」
そう言って彼女、アデリシア・マロンさんはログアウトしていった。
連絡してくださいね……か。
異性の友達なんて小学生以来だぜ。しかもあんな可愛い子。
MMOって凄いなぁー。あんな子とも知り合いになれるんだから。そう考えたら――あの露天風呂の人とも知り合いになれるだろうか……。
途端に浮かび上がる赤毛美人エルフの裸体……。なんで妄想にまで湯気が掛かるかっ!?
いや、敢えて見えないってのもオツな物だよな。うん。
「今鼻の下を伸ばしているな、君」
「おわぁーっ!?」
不意に背後から声を掛けられた。
聞き覚えのある、中性的な凛とした声だ。声だけなら清涼感のある、心地いい響きなんだけれども……。なんてタイミングで現れるかな、こいつは。
「また後でね♪ なーんて言われて、この後の事を想像してニヤけているだろ、君っ!」
「変な想像してるのそっちだろ、この変態聖職者っ!」
振り返ると、口元をにやつかせた鬼が居た。いや、鬼の面をつけたエルフだ。
想像していたのはアデリシアさんの事じゃないのでニアピン賞だ。だからといって変な想像してましたなんて、口が裂けても言わない。なので抗議して誤魔化す。
だが次の瞬間、変態エルフの口元が真一文字に引き締まった。
「変態……君は私の事を変態と言ったか?」
「え、あ、いや、その」
しまった。つい素で言ってしまった。一応こんな人でも、あれこれ教えてくれた恩人でもあるしな。それを行き成り変態呼ばわりして、俺もちょっと調子に乗りすぎたか。
だが、そんな俺の心配は無用だった。
「っふ。変態か。それはつまり、至高の褒め言葉ではないかっ!」
やっぱりこの人は、変態だ。
もう……周りの視線が痛い。
「はっはっは。ところで君、元気に楽しんでいるかい?」
「……ま、まぁ、それなりに」
それなりというより、本当はかなり楽しんでいる。
一人じゃないって、素晴らしいねっ。人と会話しながらレベル上げできるって、マジで楽しいよ。
それが顔に出たのか、フェンリルはまたも口元をにやつかせて俺を見た。
「ほうほう。それなりか。随分楽しんだようだね。ふふふ」
「嫌な笑い方するなよ……。ただでさえ、そのお面が怖いんだから」
「何? このお面がステキだって? そうだろうそうだろう。この面はこの世界にひとつしか無いからね」
誰もステキだなんて言ってねーし。
って唯一無二の装備なんてあるのかっ!?
「この世界にひとつだけって、どういう事? 同じ装備は他に存在しないって、こと?」
彼はニィっと笑うと、自慢気に腕組みをして教えてくれた。
「運営の話しによると、このゲームに出てくるボスモンスターには、ボスの名前を冠した装備を低確率でドロップできるという事だ。そしてその装備は一度ドロップされると、二度と同じ物は現れない仕様にしているらしい」
鬼の面はベータテスト最終日のイベントでドロップした、まさに世界にひとつの面だという。
ちなみに頭装備扱いで装備制限は無し。装備するとカルマがマイナス20されるという、変な効果があるんだとか。
「そう言えば俺、カルマが何なのか知らないな。これって何なんだろう?」
「ほむ。散々いろいろ教えてやったが、私は君から授業料を頂いてないな。よし、丁度良い。体で払って貰おうか?」
「え……」
両手を挙げ、手をわきわきしながらにじり寄ってくる鬼の、変態。
俺は身の危険を感じ取り、一歩後ずさった。
「カルマっていうのはだね、正式開始から実装された物なんだけども、いわゆるプレイヤーの善悪のパラメータのようなものだね」
「……はぁ」
「なんだね君、随分とやる気の無い返事じゃないか」
そりゃやる気もなくしたくなるさ。寧ろ俺は全力でログアウトしたい衝動に駆られている。
何故俺が――
「ねぇママー。あのお兄ちゃん、ヒューマンなのに兎のお耳が付いてるよー。どうしてー?」
「っし。見ちゃいけません」
ってもうね。NPCにすら怪しまれてる俺って……。
それもこれも、この格好のせいだ。
頭には真っ白な兎のヘアバンド。そしてふりっふりの真っ白エプロンを着せられている。
こんな格好で人の出入りが多い、町の出入り口付近に立たされているのだ。
「そんな景気の悪い顔をしていないで、ちゃっちゃと働きたまえ」
「うっうっ、くそぉー」
俺は今、フェンリルの代理で、草の買取をやらされている。彼自身はすぐ近くでポーションの販売を行っていた。
やり方は一通りレクチャーされ、インベントリを拡張できるアイテム『巾着袋』を預かり、その中に買取資金3ゴールドが入っていた。
巾着袋は自分のインベントリにはしまい込まず、エプロンのポケットに入れて買取作業を行う。
「あのぉー、買取、いいかニャ?」
はじめての客は、猫耳を付けた女の子。いや、俺と違って付けてるんじゃなくって、猫耳そのものだ。獣人って種族だな。まぁ、語尾が全てを物語っているが。
肩で揃えられたボリュームのある栗色の髪から見える猫の耳は、まるで三毛猫のような模様がある。尻尾は真っ白で、常に揺れ動いていた。
「ど、どうぞ。えっと、売ってくれる草の種類と数をお願いします」
少し緊張するな。自分から人にトレードを要請するのは初めてだ。金額を間違わないように計算もしなくちゃならない。
俺が計算している間、彼女はずっと兎のヘアバンドを見ていた。あまりまじまじと見られたくない……。
「えっと、全部で160Sになります」
「ありがとうございますニャ! これでやっと武器を買いなおせます。ゲーム始めたばかりで、なかなかお金もたまらなかったから、凄く助かるニャ♪」
嬉々とした彼女の表情は、清楚な感じがして可愛らしい。でもやっぱり俺の頭が気になるのか、ずっと見ている。
「あー、この耳、やっぱ変ですよね?」
「あーいえ。その兎のヘアバンドって、レア装備なので凄いなーっと思ってニャ」
「え!? これレアなのかっ!」
「知らなかったニャか? それ、250G以上でトレードされてるニャよっ」
そんな高価な物、俺の頭に被せてたのか!
恐ろしい、汚したら大変だ。フェンリルが見ていないうちに、巾着袋の中に入れてしまおう。
その様子を見ていた買取客の猫さんが「あっ」と小さな声を吐き出す。
顔を上げて彼女を見たが、にこにこ顔で見返されただけだった。
「じゃー、これ代金です。あと、よかったらポーション使ってください」
「え? で、でも……あの」
俺は手持ちの初心者用ライフポーションをオマケで渡した。
ステータスのVITをあげると、HPの自然回復量も増えることが解り、無理さえしなければポーションが必要ないぐらいになっている。
というより、初心者用ポーションでは回復が追いつかなくなってきた。
俺と同じようにゲームを始めたばかりだっていう人に、役立てて貰った方がいいだろう。そう思って手渡した。
良い行いをしたらカルマは上昇するのだろうか?
そんな事を思っていると、深々と頭を下げる猫さんが体勢を崩して倒れこんできた。
「あぶないっ!」
思わず叫んで手を差し伸べる。
見事彼女の体を支えるのに成功した。
「あ、ありがとうございますニャ」
彼女の体は意外なほど軽く、そして温かかった。やっぱり、猫だからか?
俺の手を掴んで体勢を戻すと、恥ずかしそうに俯いてそのまま人ごみに走り去っていった。
俺、まさか変なところ、触ったりしてないよな?
もし触ってたりしたら、カルマが下がったりするんだろうか?
「あのー、フェンリル?」
ポーションを売りさばいている彼に尋ねてみる。
「カルマって、どういう基準で増えたり減ったりするんだ?」
ほぼ完売状態になった彼は、店仕舞いをしてこちらにやってきた。早いな、俺はまだお客一人来た程度だってのに。
「カルマを増やすのはたぶんクエストなんだろうけど、未だ未実装だって言われてる。減るのは迷惑行為で通報された時と、PKをした時だ。マイナス100になると賞金が掛けられ、NPCからも攻撃対象にされてしまうから気をつけるんだぞ」
「いや、そもそもカルマ減らすような事、する気ないですし」
「良い心がけだ。さて、買取は進んでいるかね?」
うっ。まったく進んで無いです。さっきの子から買い取った【小さな薬草】が二十個あるだけだ。
「まだこれだけしか……あれ?」
巾着袋に入れた薬草を見せようとしたら、巾着袋そのものが無くなっていたっ!?
エプロンのポケットに入れてたはずなのに。
無い。
どこにも無いぞ!?
「どうした?」
怪訝そうにフェンリルが見ている。俺は必死になって巾着袋を探すが、どこにも見当たらない。
焦っている時、近くで串焼きを売っていたオヤジが声を掛けてきた。
「あんちゃん、たぶん巾着掏りに遭ったんだろ。今日はこの辺りだけでも三人ほどやられてるからなぁー」
「す……スリって、インベントリを盗めるんですかっ!?」
「は? インベントリ? 何の事だい」
このオヤジはNPCなのか。ゲームのシステム的な事は判らないっていう設定なんだな。
俺は情けない顔でフェンリルを見ると、彼は小さく首を上下に振る。
「あれは盗めるアイテムだ。課金アイテムにもインベントリ拡張できるのがあって、そっちは盗めない。まぁ、課金を買わせる為の仕様でもあるな」
「そんなっ。お金も、それにヘアバンドも巾着の中にっ!」
「なんだって!? せっかく可愛くしてやってたのに、何故外すんだっ!」
怒る所はそこかよ!?
次話の更新は明日の夕方を予定。