4-19:てんやわんや
「元々、ユーザーの皆様の了承を得てから転移するようにしておりました。職業チェンジが気軽に行えるのも、転移する際にどの職業がご自身に合っているか、いろいろ試せるようにという事であのようなシステムにしていたのです」
カンダさんの話はこうだ。
転移後の職業変更は出来なくなる。
これまで試してきた職業の中で、最も自分に合った職業にした状態で転移して貰う。
っという予定だったのだと。
「つまり、転移させられる時に不慣れな職業をせっとしてた人は、そのまま不慣れな職業から変えられない、と?」
「残念ながらそうなりますね」
職業固定か……。
ん? 待てよ。
だったらなんでフェンリルはヒーラーの魔法と魔導師系の魔法と、両方使えてるんだ?
「え? ほ、本当ですか?」
「へ? えーっと?」
カンダさんが驚いたように言うので、フェンリルも首を傾げつつ聖書と杖の両方でそれぞれ魔法を披露した。
聖書を装備すればヒールが使えるし、杖を装備すればファイアーボルトを発射できる。
「って、おい! 家に向って撃つなよ!」
「あ……消火! 消火だ!」
慌てふためく中、百花さんが冷静な判断でアイスボルトを放ってぶすぶすと小さく燃える火を消してくれた。
ふぅー、危うく帰る家がなくなる所だった。
他の誰かが同じように武器を持ち替えても、職業が変わることも無ければスキルを使えたりもしない。
「どうやら、別の方法で召喚されたせいでしょうかね?」
「ソーマはどうなんだ?」
「フィン。それは聞いてやるな。こいつは片手剣と盾以外の初期装備を全部捨ててしまって、他の武器熟練度がゼロなんだよ」
「っぶ。マジかよ」
マジなんだよ……。
で、でも後悔はしてねーぞ!
いろいろやって器用貧乏になるもが目に見えてるんだ!
だから、後悔してない。絶対に。
数日もすると、村も落ち着きを取り戻した。
ロブスさんの所にも挨拶にいけたし、プレイヤー村には新しい家も何軒か建った。
近隣でレベル上げをする人たちも増え始め、その様子はゲーム内だった頃を変わらない。
違うのは、確実にモンスターへ止めを刺すようになった事。
「コアを潰せばリポップしなくなるのか」
「あぁ。潰し損ねればゲーム同様にリポップする」
「じゃー、確実にモンスターの数を減らせるって訳ですね」
「でも、だったら長い時間掛ければ、モンスターを全滅させられるんじゃニャいの?」
っと思うんだけどなー。
この状態はもう数百年続いてるみたいだし、そんなに南側のモンスターは多いんだろうか?
すっかり村に馴染んだカンダさんに尋ねてみると、流石の彼もその変の事情は知らないらしい。
この世界の住民、特に南側へ行ける戦士達に聞くほうが、解る事もありそうだって話になった。
「そうだな。じゃー、サームに移動するか」
「結構遠いんだろ?」
「ボクが渡した課金馬、まだ残ってるのかい?」
「お、良いことを聞いてくれたぜレスター。まじアレ助かったよ。でも残ってるのは数回分だし、途中で馬から降りたら在庫ゼロになる数だ」
だが馬を使う必要はない。
「サームの教会なら魔法で移動できるぞ。私が一度行ってるからな」
「えぇ? 一人で行ったニャか?」
「わけないだろう」
「俺と一緒に行ったんだよ」
「二人で? 歩いて?」
「いや、馬で……」
「それにしては、馬の残量があるような?」
「いあ、フェンリルを後ろに乗せて……」
「白馬やのん? 絶対白馬やよね?」
「いや、あの……」
「馬デートだったのかっ!」
「いいから貴様等さっさと魔法陣に乗れっ!」
既に出現していた白い魔法陣に押し込められ、次の瞬間には大きな教会の内部に来ていた。
「ほれほれ、さっさと外に出ろ」
「えぇー、プリたん、何恥ずかしがっとるん?」
「黙れエロ狐。肝心な時に酔いつぶれてたくせに」
「うぐ。堪忍してやぁ〜」
問答無用でフェンリルから追い出され、すごすごと全員が教会の外へと出る。
何気にカンダさんも一緒にいるし。
そのまま酒場へと向うと、ロイドが相変わらず飲んでいた。
「お? ソーマじゃねーか。突然飛び出したかと思うと戻ってきやしねーし、死んだかと思ってたぜ」
「いや、悪い。仲間と合流できたもんで、ちょっと戻れなかったんだ」
「そうか。再会できたのか。よかったな。まぁお前が戻ってこなくても平気なんだが、エルフのねーちゃんには居てほしかったからなー」
「え、俺はいらないのか?」
「おう! ヒーラーが居てさえくれればそれでいい!」
「ひでぇー!」
「はっはっは。私の偉大さがわかったか」
なんて軽口を叩いて本題に入る。
アーバインかライラはまだここに居るか、そうロイドに尋ねた。
だが二人とも、既に南側へと向ったらしい。
「魔法を使える奴は貴重な戦力だ。少し休めば直ぐに南の最前線で戦うことになるのさ」
「そうか……」
その魔法使いが、転移によって異世界からいっぱいやってきたと知ったら、喜ぶのだろうか。
でも、全員が全員、戦いに参加する訳じゃないし。
実際、プレイヤー村から一歩も出てない人も結構居たりする。
それに、今や俺たちの間で『魔王』呼ばわりされているアズマ社長に連れて行かれたプレイヤー……あっちにはもっと多くの魔法使いが居るんだよなー。
……喜べないか。
「そうだそうだ。ライラから手紙を預かってる。かならずお前に渡せ、絶対に読むな。としつこく念を押されてるんだが……恋文か?」
「え!? ちょ、え?」
「恋文ってラブレターかニャ!? いつ? どこで他の女と出会ったりしたニャか?」
「いや、ちょ、待てミケ。ラブレターとか決め付けるなって、ちょ」
手渡された手紙は、ほんのり良い香りがする。
フィンや百花さんも興味深々な様子で、俺から手紙を奪い取ろうとする。
フェンリルやレスターは溜息を吐きすて、カゲロウが必死にフィンを押さえつけようとしていた。
何がなんだか解らないという様子でアデリシアさんが首を傾げ、生暖かい視線でカンダさんが笑っている。
カゲロウだけかよ、俺を助けようとしてくれてるのは!
「兄さんやめなよ。ソーマが読んだ後で、皆で読めば良いじゃないか。最初の楽しみぐらい、そっとしておいてやろうよ」
「……お前もかっ! っ糞、なんで俺の仲間はこんなんばっかりなんだ」
ぶつぶつ良いながらこっそり手紙を開き、皆からは見えないよう酒場の隅でこっそり読む。
き、緊張するな。
恋文だっつっても、彼女の気持ちにはこたえられないんだが……でも読んで返事はちゃんと書かなきゃな。うん。
――
今頃ロイドに『恋文か?』と聞かれていることでしょう。
そうなるよう、恥じらいながら彼に手渡しましたから。
はい。
わざとです。
少しはフェンリルさんがやきもち焼いていればいいですね。――
おぃ、どういう事だ?
わざとって、何ですか!?
――
私は南に行きますので、貴方が知りたがっていたシグルドとティネーシスが居る場所を手紙に書き残しておきます。
二人は南にある、迷いの森に居ます。
ここは古代のエルフが魔法にとって守られた場所で、魔物も入れない結界が張られています。
古代エルフ語と、エルフの血がなければ開くことの出来ない結界です。
もし行くのであれば、十分に気をつけてください。森までの道には何千という魔物が居ますから。――
迷いの森……南側にあるのか。
これはまた厄介だな。
「で、なんて書いてあったんだ? やっぱ告白?」
「どうなのかニャ! 教えるニャ!」
「……恋文って決め付けんなって! 内容は全然違うしっ」
「えー、じゃー見せてぇーなぁ」
「あぁ、いいよ」
百花さんに渡してふと思い出す。
最初の下りに『フェンリルさんがやきもち焼いてくれればいいですね』と書かれていた事を。
「プリたんやきもち焼いたぁ?」
「は?」
「そうか。そうだよね。ソーマくんが必死になって助けに行こうとしたんだし、そうだよねぇ」
「そうなの? レスター、何の事なの?」
「っかー。ソーマもなんでこんなラスボスみたいな鬼女を」
「えぇぇ! いつ? いつなのソーマ? いつフェンリルとそうなったのかニャ!?」
「いやまて、落ち着けみんな」
「実は俺たち、二人の邪魔しちゃったりしてます?」
「いやいや、してない。してないから」
俺一人が絡まれている中、もう一人の当事者フェンリルは怪我をしているロブスの仲間を治癒していた。
完全に外野気取りですか。そうですか。
はぁー。




