4-17:役者が揃った
「だぁー! どうしてこうなった!?」
フィンがぼやく。
あれから正気を取り戻し、且つ意識が回復した二人に詳しい事情を説明する間もなく、とにかくコマンドチャットの実行をしろとだけ言ってやらせた。
段々と意識を取り戻して起き上がったプレイヤーにも同様に指示を出し……。
それでも多くのプレイヤーが南へと向ってしまった。
今、俺たちは断崖絶壁に立っている。
そこに立って、クジラを見送っている。
いつだったか、フェンリルと見た例のクジラだ。
「社長! アズマ社長!」
去り行くクジラに向って、あの中世的な男が必死に叫んでいる。
社長って……誰だ?
「アズマって、まさか【Second Earth Synchronize Online】の開発者で、運営会社を作った、あの東?」
フェンリルの問いに男は頷いて答える。
「アズマ社長! どうしてですかっ。このセカンド・アースを救う為に、今まで頑張ってきたじゃないですか!」
つまり、この男も開発か運営のスタッフだってことか?
セカンド・アースを救う為にって、プレイヤーを無理やり異世界に転移させておいて、何言ってんだ?
「社長! どうしてこんな急に……十分にユーザーの同意を得てから、希望する人だけを送り届けるって、そういう話だったじゃないですか!」
え?
希望するプレイヤーだけ?
フィンたちを振り返るが、何の事だか解らないといった様子で男を見つめている。
『カンダ君。君は勇者になりたいと言っていたね。だが、私達ではなれないのだよ』
「解っています。この世界を救う勇者たるユーザーを導く。それが私達の役目だったでしょうっ」
『そう。導くだけだ。それじゃー、私の夢は叶えられないんだよ』
「夢って……だったら勇者になると仰るのですか? 魔物を全て倒して――」
『否』
おいおい、どういう事だよ。
もっと解りやすく……。
『カンダ君。君は我々のやって居る事が、まさに神の所業だと思ったことはないかね? 世界を作り、ルールを作り、そして取り締まる。まさに神なんだよっ』
クジラから聞えてくる声に高揚感のようなものが混じっている気がする。
まさか、ゲームを作ることが神の真似事のようだと、勘違いしてる危ないおっさん系か?
「アズマ社長、いったい何を?」
『カンダ君。私は神になるのだ! このセカンド・アースで。真の神に!』
勘違い系にもほどがある!
周囲に集まったプレイヤーからも呆れたような、そして怒りにも似た声があがった。
その時――この場に居る全員に聞える女の声が響いた。
『アズマ社長、どういうことなのですか? 私にご協力くださると、約束したではありませんか?』
これは、名も無き女神の声……。
『心配めされるな女神よ。この世界は私がしっかりと治めてあげますよ。ただ魔物を使って支配するので、少しばかり恐怖政治に似た世界になるかもしれませんが』
『っな。なんて事を――。そのような事、許されるとでも思っているのですかっ』
『っふん。世界がこんな風になった原因が、自身にあることすら気づけない無能な女神のくせに。口だけは随分と威勢がいいですね。まぁ貴女がどう足掻こうと、私には痛くも痒くもありませんから』
そしてクジラは空の彼方へと消えてしまった。
多くのプレイヤーを乗せて……。
同時に女神の声も聞えなくなっていた。
事情が飲み込めない。
肩を落としている男――カンダって人に聞くしか無いな。
「一〇年ほど前です。アズマ社長と出会ったのは。当時はまだ駆け出しのプログラマーでして……」
カンダさんの話を集まったプレイヤーたちが耳を傾けて聞く。
彼は【Second Earth Synchronize Online】の開発初期メンバーにして、GMの一人でもある。
ゲーム好きが高じて開発に携わる仕事に就いた彼だが、常に『世界を救う王道ストーリー』への崇拝意識を抱いていたという。
そこに来て――
「本物の異世界を救う手伝いをしないか? と声を掛けられたのです」
そんな言葉、信じるか普通?
そういう声も上がったが、もちろん彼も最初は信じなかったと。
しかし、アズマと関わっていくうちに女神の声が聞こえるようになり、セカンド・アースのビジョンも見えるようになっていったと。
そうなると流石に信じてしまうんだろうなぁ。
「同じような仲間が数人集まって、私達はこの世界をモデルにした【Second Earth Synchronize Online】の作成に取り掛かりました」
ゲームを作るのは意外と簡単だったらしい。
実際のセカンド・アースを3D化するだけだから――と。
素人には良く解らない感覚だな……。
魔法が存在しているが、近接スキルは無く、そこだけはオリジナルだと説明される。
どうりでロイドたちが使ってないわけだ。
ただ、彼らもスキルに似た技は持っている。
ぶっちゃけ、属性効果とかがない技は、この世界の戦士にも使えてたりするんだよな。
「それで、プレイヤーを異世界に飛ばして、この世界を救ってやろうとしたって訳ですか?」
「えぇ。あ、もちろん、時期が来たら事情を説明し、転移を受け入れてくれるユーザーだけという事になってたんですよ。それに――」
空にぽっかりと浮かぶ黒い丸。
月の裏と繋がる歪みのお陰で、向こうとこっちとが繋がった状態だから、いつでも戻る事が出来る――と。
「待ってくれ。どうやって戻れるんだ?」
「……ログアウトです。ゲームと同じなのですよ。ログインすればセカンド・アースに来れて、ログアウトすれば地球に戻る。ただそれだけだったのですが……」
「ログアウトできねーじゃねーか!」
「帰れないの? 嘘、どうしよう」
カンダさんの言葉を聞いたプレイヤーがログアウトを試みるが、そもそも接続関係のシステムアイコンが無くなってしまっている。
その事実に気づき、あっという間に騒ぎへと繋がった。
「あんた! ゲームマスターなんだろ? 戻せねーのかよっ」
「無理です……。地球との接続を、アズマ社長から強制切断されてますから……。私も、戻れないのです」
「他に、他に帰れる手段は!?」
カンダさんは少し考えてから、あっと声をあげ手をポンと叩く仕草をする。
「ハッキリとは言えませんが、こちらの世界から地球のほうに人を転移させる魔法があるようなんです。十六年ほど前なんですが、例の宇宙で起きた事件の後――」
どうやら人がセカンド・アースから地球に飛ばされてきたらしい。
とカンダさんは話す。
それ、思いっきり俺ですからっ。
フェンリルに視線を送ると、彼女は人差し指を立て口元に持ってきて『喋るな』と伝えてきた。
「その時、転移の魔法を使った方がまだ生きていれば、教えて頂くことは出来ると思います。ただ――」
「ただ?」
食い入るようにプレイヤーが集まる。
「術者そのものが地球に転移して、今の地球側に居たら……」
「ぐわぁーっ」
「そっちの可能性もあんのかよーっ」
「もう帰れない。絶対帰れないぃ」
悲壮感漂うこの叫びに、なんとか希望を持たせてやりたいんだが……。
フェンリルにもう一度視線を向け『少しだけ』というように指でポーズを取って見せる。
なんかすっげー溜息吐かれたが、なんとか了解してくれたようだ。
「な、なぁみんな! 俺は皆より先にこのセカンド・アースに召喚されたんだが、戻る方法をずっと探していたんだ」
「こんな事ならあの子にコクっとくんだったー」
「そんな事いったらなぁ、俺なんて来週彼女にプロポーズする予定だったんだぞ!」
「リア充爆ぜろ!」
「爆ぜてんだよっ!」
「糞がぁぁぁぁ」
……。
聞いちゃいねーし。
はぁーっと溜息を吐いて、もう一度叫ぼうとしたが――。
隕石落下?
目の前が火の海っ。
し、死ぬ!?
「もうっ! 皆さん静かにしてくださーい。ソーマ君が、ソーマ君が喋ってるんだからぁ!」
聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえてきた。
少し離れた所に、大きな杖を両手で抱えたド派手なピンク色の髪をした、エルフの女の子……
「アデリシアさん! 無事だったんだねっ」
「当たり前だろう。ボクが一緒にいるんだから」
「あ、レスターも居たのか」
「えって、まるでついでみたいに言わないでほしいね!」
「あははは。ついでだよ、ついで。あ、課金馬サンキューな」
「ついでかよっ!」
金髪碧眼の王子様然としたレスターも一緒だ。
ミケもいる。
あ、しらふの百花さんもいた。
懐かしいな。
皆……皆、こっちに来てしまったのか……。
再会できて嬉しいと思いつつ、悲しくもある。
感傷に浸ってる場合じゃないか。
「えーっと、俺は皆より一ヶ月ぐらい前からここに居る。地球ではどのくらい時間が経ってるか知らないけど、この一ヶ月の間、一応帰る方法とかも探してたんだが」
アデリシアさんの派手な魔法エフェクトの影響か、今度は静かに話しを聞いてくれた。
俺を地球に転移させた魔法――『俺』という部分を伏せつつ、魔法の使い手がまだ存命だって事をその場で話す。
「エルフか……じゃ寿命とかそういうで死ぬってのは心配しなくて済みそうだな」
「で、どこに居るんだ?」
「いや、それを聞く前に地震が起きて、んで、こうなってる訳なんだ」
「ちょ、村長しっかりしてくれよー」
「え? 村長?」
あ、見覚えのある顔だ。
プレイヤー村の住民か。これまた懐かしいな。
村は無事だぜ。
食べ物も腐る前に処分したし、大丈夫なハズだ。
「あー、まー、その……」
「中央都市に行けば、件の人物の情報は手に入る。だから心配しなくていい」
フェンリルが来て助け舟をだしてくれる。
もっと俺がしっかりしてればいいんだけどなぁ。
「お、女ボスだ。相変わらず変なお面着けてんのかよ。そのかっこうでこの世界うろついてて、住民にドン引きされねーか?」
「誰が女ボスだ! ドン引きとかほっとけ!」
……女ボスって、そんな風に呼ばれてたのか、フェンリルは。
まぁドン引きに関しては、多少そういう住民はいたよ、うん。