4-15:大型アップデートの日
――地球では
某月某日。
【Second Earth Synchronize Online】が正式サービスを開始して初となる、大規模アップデートが行われる事になった。
その告知を受け、ゲーム外ではお祭りムードとなり、ゲーム内では一部プレイヤーが不安を抱いていた。
だが不安を抱くプレイヤーも、ログアウトすれば『不安』の元凶たる記憶を失い、アップデートに胸を躍らせる事になる。
再びログインしては記憶が蘇り不安になる。
その繰り返しだった。
「明日のアップデート……東側地域の開放とレベルキャップの解放だってことだけどさ。それだけで済むと思うか?」
ファルドナの都を拠点にして活動を続けるフィンが、明日に迫った大型アップデートへの不安を口にする。
一度はファーイーストに向い、そこからひたすら南に進んだ事があった。
そこに消えたソーマとフェンリルの手がかりがないかと思ったが、結果は――
大地そのものが無くなっているだけだった。
それも人によって見え方が異なり、断崖絶壁の下には暗雲が立ち込め一切の大地が見えず、ある者は海が見え、ある者は奈落が見えたという具合だ。
ファーイースト方面から南に下ることを断念し、次は大陸中央を目指そうとしたが……。
ファルドナ国より東は現時点では未実装であった。
「とりあえず、東側に地域拡大されるなら、中央まで行けるといいんニャが」
「ただのアップデートなら行けるかもしれないね」
「レスターは、ただのアップデートじゃないって思うのか?」
フィンの問いにレスターは首を傾げる。
確証は無い。
何も無いかもしれないし、あるかもしれない。
つまり、解らないのだ。
それは全員が同じ気持ちだろう。
「もしもの事を考えてさ、ログアウトする前に準備はしておこう」
「準備って、何をすればいいのぉレスター?」
「アイテム整理かな。各種装備やポーション類、レア素材とか、倉庫から出して持ってたほうがいいと思うよ」
レスターの言葉に首を傾げる一同。
「なんで?」
「なんでってフィン……もしもだよ、もしもアップデート後にログインしたら、そこは異世界でしたってなったら、どうするんだい」
「いやいや、いきなりそれは……な、ないよな?」
慌てて弟――カゲロウの顔を見る。
振られた弟も困惑気味だが、少し考えてから――
「無い、とは言い切れないね。うん、準備はしたほうがいい。心の準備は、残念だけど出来ないだろうし」
ログアウト中は記憶が書き換えられているから――と付け加えた。
彼らがたまり場としている広場。周囲には見知った顔のプレイヤーも多い。
話を聞いたのだろう、いそいそとその場を離れ、貸し倉庫へと向うプレイヤーの姿が見える。
「よし……考えたって仕方ないよな。準備はするとして、なぁレスター。なんで持ってなきゃいけないんだ?」
「そうやねぇ。倉庫に入れといたほうがぎょうさん入るのに」
「んー、ボクの仮説なんだけどね、倉庫って完全にゲームならではのシステムじゃない? 異世界にそれがあるとは思えないんだよね」
「あぁっ。だから大事な物は手に持って、異世界に行こうってことねのね」
「う、うん。そうなんだけど。別に好んで行く訳じゃないからね……」
アデリシアのはしゃぎようをみて、一抹の不安を抱くレスターだった。
そして翌日。
無事にアップデートが完了した【Second Earth Synchronize Online】では――
「っふ。何事もなくログインしたぜ。ここはゲーム内か? それともものほんのセカンド・アースか?」
「んー、見たところ、何も変化は無いね」
オリベ兄弟は町中をぐるっと一周してみたが、町の様子に変わったことは無く、倉庫の存在も確認済みだ。
次第に増えてくるプレイヤーたち。
ゲーム内で半日ほどが過ぎると、彼らの仲間達も全員揃った。
「だいぶ接続者も増えてるね」
「インして早々、不安になってログアウトする知り合いもいるんだけどさ、暫くするとまたログインするんだよね」
なんでも、ログアウトすると記憶が改ざんされるせいで、すぐに遊びたい衝動に駆られログインしてくるのだとか。
何度か繰り返して、無駄だと解って大人しくログインしたままでいる。そんな所だ。
「ともあれ、なんとなくだけどまだゲーム内だと思うんだ」
「ですねぇ。NPCさんもいつもと変わらないし、倉庫もありますし」
「ってことは、中央を目指すかニャ?」
だな――とフィンは頷く。
移動するならと、倉庫に余分な荷物を預けようと話し合っている最中。
『これより、大規模アップデートを行います。プレイヤーの皆様には第二ステージへの移動を開始させていただきますので、その場にてお待ちください』
――これより、皆様を真なるセカンド・アースへとお招きいたします。――
運営スタッフであろう男の声と、以前も聞いた女の声とがほぼ同時に木霊した。
周囲でざわめきが起こる。
フィンたちも身構えた。
大地が揺れ、周囲では次々とプレイヤーたちが光の粒子となって空に舞う。
見上げたフィンの視界には、空の一点に黒い渦が見えた。
光は全てその渦へと吸い込まれて行く。
(あの向こうがセカンド・アースかよっ)
そう思った瞬間、彼もまた光の粒子となって舞い上がった。
(やばい……隆明っ)
咄嗟に弟の名を口にするが、既に声は無く、光り以外の物も目にする事は出来ない。
不安が過ぎる。
セカンド・アースに送られたとして、弟と一緒なのだろうか。
逸れてしまったら、弟は無事でいられるだろうか。
弟にもしもの事があったら……。
更に不安を煽るかのような声が響く。
『冒険は楽しかったですか? 次のステージではもっと難易度の高い冒険が待っていますよ。
っくひひ。
しかし、君たちは自分の意思で冒険する事は出来ません。
なぜなら、君たちには私のBOTとして働いて貰うからです。
魂の入ったBOTなんて、なかなか珍しいでしょ?
さぁ、私が神たらしめるために――』
そこで声は途切れた。
男の声だ。
若くは無い、だが年寄りでもない。
威厳があるようにも聞えず、どちらかというと下品な声色だ。
(はぁ? BOTだぁ? ふざけんな! 誰だてめーっ)
問いかけても返事は無い。
代わりに、彼の意識は深い闇の中へと落ちていった。
(くそっ。くそっ。隆明、無事でいろよ。ソーマ、フェンリル……隆明を、カゲロウを見つけてくれっ。たの……む)
そして意識は消えた。