4-14:召喚
「ソーマって言ったわね。ね、アーバイン、蒼い髪の、ソーマって子、覚えてない?」
「あ? 子供か? うーん……ん?」
何かを思い出したのか、アーバインは俺の顔をじっと見つめ、次に俺の顔を両手で挟んで眼前に引き寄せた。
痛い……
「あぁぁーっ! まさか、お前――」
俺をじっと見ながら叫ぶアーバイン。
なんだ、なんなんだ?
俺の事知ってるのか?
アーバインは次にライラのほうに振り向くと、彼女がこくりと頷くのが見えた。
「たぶん、そう。シグルドとティネーシスが連れてた、あの子供」
「あ……」
ライラの言葉を聞いて理解した。
シグルド、ティネーシス。この二人が、俺をあの惨劇の場から救い出してくれた人だ。
じゃ……シグルドがああなってからっていうのは……。
「その、シグルド、さんは……どうなったんですか?」
俺の問いは二人には聞こえていなかった。
向き合って、何事かぼそぼそと話し合っている。
あの二人が今どうしているのか、知りたい。
無事なのか、そうじゃないのか。
知りたい。
ライラとアーバインの注意を引くために、テーブルを思いっきり叩いた。
けど、ちょっとやりすぎたかもしれない……。
「おい君、テーブルを真っ二つにしてどうする気だ!」
ガスっと聖書の角でぶん殴られ、目の前のテーブルを見せちょっと反省する。
いや、まさかテーブルをぶっ壊すとは思わなかったんだよ。
とほほ。
「ティネーシスが時空間転移の魔法を成功させていたなんて……」
「研究を諦めたんじゃなく、成功させたから研究する必要がなくなっておったのか」
席を移し、二階の個室で事情を二人に話した。
時空間転移で地球という、別の世界に存在する星に飛ばされたこと。
名も無き女神と地球人の何者かによって、再びこの世界に飛ばされたこと。
名も無き女神は他の地球人も召喚するつもりだってことを。
普通なら信じがたい話なんだろうけど、何故か二人は簡単に納得してくれた。
っというのも――
「古の力が人類から消え始めて、ざっと千年ぐらいだろうか。その間に、女神は何度か異世界から人を召喚しているのだ」
「え? 何のために」
「異世界人なら、信仰云々による力の消失にも関係ないと、そう思ったからじゃないかしら」
「あー、つまり。モンスター駆逐の戦力にするため?」
そう。とフェンリルの問いにライラが短く答える。
ライラとアーバインの話だと、記録にあるだけでも三度ほど、大規模な異世界人の召喚はあったらしい。
そして彼らは確かに強かった。
名も無き女神から魔法の力を授かり、肉体も強化されていた。
だが彼らは滅んだ。
理由は解らないという。
「ま、仮説だがな。突然、魔物が闊歩する世界につれて来られて、それを受け入れられるか? って話だ」
「貴方たち……いえ、フェンリル、貴女の世界では魔物がいるの?」
「いや、魔物なんてアニメ……いや、書物の中だの空想の世界だのの住人だな」
「それで、貴女はこの世界に来て、どうやって順応したの?」
「え……」
つまり、今まで召喚された異世界人も、地球人同様にモンスターの居ない世界から連れてこられたんだろう。
モンスターなんて、事前知識無しに行き成り対峙したって、恐ろしくて戦うとかそんなレベルじゃないだろ。
アーバインはその事を言ってるんだろうな。
そういえば、俺はまぁ置いといて、フェンリルは普通に馴染んでるよな。この世界に。
「順応って言ってもなぁ。一部違う所もあるが、ゲームと世界観は同じだし……。あー、ネトゲで馴れてしまってるのか。こういう世界観に」
「ネトゲとはなんぞ?」
「あー……インターネットが存在しない世界で、どう説明すればいい?」
「って、俺を見るなよ。俺だって説明できないよ」
「ふむ。この世界には存在しない何かか。確かに説明しづらいだろうな。まぁゲームと何かしら関係があるのか」
ゲームって単語は解るんだな。
なら……。
「ネトゲっていうのは、ゲームの一種なんだ――」
他人が作った仮想世界を冒険する、そういうゲームなんだと説明する。
ただし、ゲームに参加できる人数が万単位だと言うと、かなり驚かれた。
「ま、万……随分と大きなテーブルが必要そうだ」
いや、テーブルじゃ……まぁ突っ込むのはやめよう。
「その仮想ゲームをやっていた人たちを、女神はこちらに召喚しようとしてるのね」
「はい。出来れば阻止したいけど……」
阻止すればこの世界はどうなるんだろう。
古の力――まぁ要は魔法の類なんだろうけど――を持つ人が極端に少なくなってしまっているこの世界は、いや、人間は――滅ぶのだろうか?
【いいえ。滅びません】
は?
【滅ぼさせません。その為に、力有る者たちを――今、ここに――】
「っや、やめろっ!」
【準備は整ったのです。彼らと協力して、全ての力ある者を――】
脳裏に突然木霊した声。
あの時の女の声だ。
「ソーマ、どうした?」
「フェンリル。まずい、女神が召喚をはじめようとしてる」
「え……今かっ!?」
「わからない。でも、今ここにって声が聞こえた」
「おいおい、二人とも何の話を――お、地震か?」
揺れた。
小さな揺れだ。
この程度の揺れなら――
ずんっと、一瞬床が落ちたんじゃないかと思うような振動があり、次の瞬間には建物全体がぐらぐらと揺れ始めた。
「た、建物が崩れるかも?」
「外に避難するんだっ」
アーバインに促され部屋を出ようとした時、
揺れは収まった。
嫌な予感がする。
タイミングといい、まさか女神が召喚魔法を使ったんじゃ……。
「ソーマ。大規模召喚があったとして、この町にプレヤーが出てくると思うか?」
「解らない。俺はプレイヤー村に倒れてたんだけど、フェンリルは森ん中の温泉だろ? 本人にとって行った事のある場所だった訳だし」
「他のプレイヤーもそうだっていうなら、ファルドナ国内だろうな。それも比較的南西部だ」
モンスターのレベルとしては、危なくは無いと思う。
でも、いろいろ状況が飲み込めないだろうプレイヤーの事を考えると……。
「冒険者が大量召喚されたかもしれないという事か。まぁこの町でそれっぽいのを見かけたら、保護しておいてやるさ」
「貴方たちは心当たりがあるなら、そこへ向うと良いわ」
アーバインとライラにそう言われ、俺とフェンリルは移動する事にした。
ロイドたちへの言伝も頼み、帰還魔法をフェンリルに頼む。
「まずはファーイーストに行こう。女神は【彼らと協力して】と言っていた。それが運営会社のスタッフだとしたら」
「ゲームのスタート時に合わせて、最初の一歩はあそこからか――」
ファーイーストの町から南西の、騎士が居た付近だ。
「となれば、ファーイーストより村の方が良いな」
「行けるのか?」
もちろん。と答え彼女は魔法陣を生み出した。