4-13:小さな光り
「キメラが来たぞっ」
「姉ちゃん、属性付与頼むわぁ!」
「はいよっっと――」
サームに到着して一週間。
初日の襲撃も含めればこれで四度目になる。
数日に一回っていう計算じゃなかったのか?
っとぼやきたくなる回数だ。
理由としては、バグズの生態系に関係している――か。
蟲は群で行動する。数百匹が一度に登ってくることは流石に無いが、偵察蟻が戻ってこないと次の偵察蟻が、そしてまた次が――という具合にやってくるのか。
まぁ見た目は蟻じゃなく、カブトムシだけどな。
で、バグズに混ざってたまに別のモンスターも便乗してやってくる。
今回はキメラか。
「魔法攻撃に気をつけろ」
「奴の気を引く――『聖なる光は我が刃となる。エスペランサ』」
キメラは一匹。ただ厄介なのは魔法攻撃をしてくることだ。
サーム防衛チームに魔法を使えるのはフェンリルと、ちょっと意味あいが違うものの俺の二人だけだ。
魔法攻撃に対しての耐性で言えば、フェンリルのほうが圧倒的に高い。いや、物理攻撃に対しての防御力も、聖職者とは思えない高さを持っている。その点も防衛チームの男達を驚かせていた。
キメラの弱点でもある聖属性の攻撃魔法でヘイトを大量に取り、盾を構えてキメラと対峙するフェンリル。
俺はキメラの背後に周って奴の尻尾――蛇の頭を狙う。
こいつの心臓部ともいえるコアは、この蛇の頭の中にある。
二人の男が聖属性の乗った武器を、一人は獅子の顔に向って、もう一人は山羊の顔に向って振り下ろす。
キメラは獅子の体が基本となったモンスターだが、背中からは山羊の上半身が生えて尻尾は蛇というミックスされた姿をしている。
これがまた、微妙にグロテスクで気持ち悪い。
獅子は口から火を吐くし、山羊は魔法を使うし、蛇は致死性の毒を出すしで本当に厄介な敵だ。
ただし、フェンリルが居ない状況ならって事になる。
エスペランサで苦しむキメラは炎を彼女に向って吐く。
が、属性攻撃を緩和させる防御魔法によって、炎によるダメージは半減。その上持続回復魔法で受けたダメージは見る見る回復していく。
山羊の魔法攻撃もしかり。
しかもこいつら、三種類の動物が合体しているにも関わらず、攻撃するときには律儀に一種類ずつしかやってこないので防御するほうも楽なんだよな。
そうこうしている間に、ちょこまか動く蛇のあたまをようやく俺が捕らえて剣で突き刺す。
パキッという音が聞こえると、キメラの動きはぱたりと止まった。
「遅い! 時間かかりすぎっ」
「仕方ねーじゃんっ。うねうね動くんだぜ?」
文句を垂れるフェンリルは、俺のほうには振り向かずそのままバグズと戦っている連中に回復魔法を飛ばす。
キメラと対峙しながら周りも見てるのか……相変わらずよく見てるな。
その後、三十分ほどで全部のバグズを一掃してサームへと引き返そうとした時――
「おーい。手助けはいるかー?」
大声で叫ぶ男の声が聞えた。その声は南から聞えてくる。
振り返ると、十人ぐらいのパーティーの姿が見えた。
「お。南からの帰還者だ。ソーマ、お前達が知りたがって居た事を知っている『かもしれない』のがあの中にいるぞ」
ロイドがいう「知っているかもしれない」というのは、たぶん魔導師の事だろうな。
近づいてきた彼らの中に、杖を持った人が二人見える。
先頭でやってきたのは俺と同じ、フルプレートに大きな盾を背負った男だ。
「なんだ、全部倒し終わった後だったのか。残念」
「おいおい、南で散々倒しまくっただろう。まだ倒し足りねーのか」
「もちろんっ」
ロイドと顔見知りなようで、二人は笑顔で再会を喜び合っていた。
帰還者を交えてサームへと戻ると、またもや宴会が始まった。
南からの帰還者が戻ってきたら、毎回こうなんだろうな……。俺、酒は苦手っていうか、未成年なんだけどなぁ。
「で、ホリック。こいつがさっき話したソーマだ。ファルドナの冒険者なんだぜ」
「へぇ。噂には聞いていたけど、本当に冒険者なんて居たのか」
ホリック――というのがフルプレート男の名前らしい。今は鎧を脱いでいるけど。
意外と優しそうな顔立ちの二〇代半ばって所か。ごついロイドとは対照的なイメージだ。
ホリックに魔導師の二人を紹介してもらうことになった。
「こっちがアーバイン。年寄りだが、その分いろいろとよく知ってるよ」
「年寄りは余計だろう」
年寄り……四〇代後半って所なんだけどな。
そういえば、確かにサーム防衛チームや、今日戻ってきた討伐隊のメンバーは二〇代がほとんどな気がする。三〇代もいるが、後半代なのは一人もいない。
もう一人の魔導師はライラという女性で、ハーフエルフだった。
「年齢は聞かないで」
「あ、いや。女性の年齢を聞くなんて野暮な事はいいませんから」
「……残念」
「え?」
聞かないでって言っておきながら残念って……聞いてほしかったのかよっ。
彼女のほうはさっきからフェンリルをちらちら見ている。エルフってのが気になるんだろうな。
「あの人、貴方の恋人?」
「はぁっ? い、いや、その――」
「ライラ。聞いてやるな」
「そう。解ったわロイド。片思いなのね」
「ぐわっはっはっはっは。そう、そうなんだよー」
「笑うなぁーっ」
幸いフェンリルはアーバインと少し離れた所で話しをしていたので、今のは聞かれて無い。
ったく、弄られ放題かよ。
「それで、魔導師に聞きたい事って?」
「あー、えっと。転移魔法の事なんですが」
転移系の魔法って、神聖魔法の類だもんなー。魔導師に聞いて解るもんだろうか。
「転移……それなら彼女のほうが良く知っているんじゃないかしら?」
「その、ちょっと変わり種の魔法でして。教会への帰還とかじゃなく、その――」
「時空間転移だ」
会話に入って来たのはアーバインだった。隣にはフェンリルも居る。
「時空間……何故それを知りたいの?」
「知っているんですか?」
俺の問いにライラは返答に困ったような顔をした。
俺たち四人はひとまずテーブルにつき、ゆっくり話す事になる。
「時空間転移の魔法はまだ誰も成功させたことが無いわ」
「ここではない、別の時空間――まぁ世界と話すほうが解りやすいか。その別世界に転移する魔法なんだが、成功例は唯の一度も無い」
「……失敗すれば、どうなるんですか?」
ライラはお皿に盛られた小さな果実をテーブルの上に置き、杖で叩き潰した。
「こうなる」
こうなるって……ぐちょぐちょなんですけど?
「時空間転移の魔法があれば、いつかは魔物に駆逐されるこの世界から逃げる事も出来る。そう信じて研究してきた者もおったようだが、今じゃ魔導師そのものが少なすぎて研究などする暇も無くなってしまった」
「一人だけ、希望を捨てずに研究を続けていた人もいた。でも、少し前にその研究も辞めてしまったわ」
「だ、誰なんですか。その人は」
食い入るように俺は二人へと詰め寄った。隣ではフェンリルが真剣な表情で、だがじっと黙って話しを聞いている。
ライラとアーバインが互いに顔を見合わせ、先に口を開いたのはライラのほうだった。
「知った所で会いに行くのはほぼ不可能よ。彼女、南側にある、閉ざされしエルフの森に居るから」
彼女――
エルフ――
ライラの口から語られた言葉を聞いて、俺の胸は締め付けられる。
「そのエルフ……銀髪の?」
俺の問いにライラが一瞬驚き、そして頷く。
「少し前に研究を止めたって……」
「十五年……もう少し前だったかしら?」
「そうだな。シグルドがああなってからだから、十六、七年前か」
「シグルドってっ!?」
ライラとアーバインの二人に詰め寄って、問いの答えを懇願する。
「なんだお前は……知ってどうする? お前には関係の無い事だろう。二人にとってお前は他人なのだ。教えてやる義理は無い」
「そうでも、ないかもね」
ライラのほうが俺の顔をじっと見つめて言った。