1-8:ペア狩り
一夜明け、朝から【Second Earth of Synchronize Online】にログイン。
ゲーム三昧でも怒られる事はないし、怒る親もいない。ばーちゃんは「大学受かったけん、好きなだけ今の内に遊んどき」と優しい事を言ってくれる。
ヘッドギアを付けてゲームの起動ボタンを押す。
即座に睡魔が襲ってくる……。
そういう、仕様……なの、か?
…………。
まぁ、そういう仕様なんだろうな。と解釈した所で【ファーイースト】の町にログイン。
お面男のフェンリルと別れて、早々にログアウトしたのでアイテム整理もやっていない。
まずはいらないものを売って、防具買って……。まずは買取商人の店に行こう。
マップを開けば親切に、ショップアイコンなんてあるから直ぐに目的地へと辿り着く。
「いらっしゃいませぇ〜」
買取商人っていうから、もっとこう……太ってて油ぎってて、欲に目が眩んでそうなおっさん商人を想像していたんだけども……。
そこに居たのは十六、七歳ぐらいの女の子。栗色の髪を左右の上のほうで三つ編みにして、動くたびにその三つ編みがピコピコ動く。
NPCか? いや、なんか動きが凄く自然なんだけど……。PCが商人のロールプレイでもしてるとか?
店内には俺以外のPCが何人かいた。律儀に列を作って並んでいる。この辺りは日本人の性ってヤツかな。
俺も列の最後尾に並んで待って商人を観察する。
「これなら3ゴールドぐらいですねぇ〜」
「えー。もう少し高く買ってくれないかなぁ」
「そう言われましてもぉ。んー、じゃー……」
交渉できるのかっ!
っていうか、その都度の動きがバラバラだし、やっぱりPCなのか、あの商人。
試しに『キャラクター情報』で確認してみよう。っていうか、初めからこうすれば良かったんじゃん。
【コリン・マクスウェル】
ん? 名前だけ?
レベルとか職業アイコンは……無い。
「NPCなのか、あの商人……」
俺が小さく呟くと、前にいたヒューマンの男PCが振り返って笑って相槌を打ってくれた。
「っな。驚きだよなぁ。俺も初めPCだと思ったんだ。でもキャラ情報じゃ名前しかでねーし。あれ、NPCだぜ」
同じく驚いたよ。他にも同じ事をしたPCは居たようで、うんうん頷くのが何人か見えた。
なんかこういう一体感、いいなぁ。
「次のお客様どうぞ〜」
感慨ぶっていると俺の番がやってきた。
カウンターには大きな箱が置かれている。この中に売りたいものを全部入れろって事?
「こちらの箱に触れて、お売り頂ける品をドラッグしてください」
「さ、触ればいいの?」
「はい〜。触れて頂ければ取引ウィンドウが開きますので、右側にお客様のインベントリが、左側に売りたい物を置く枠がありますので」
流石にここはリアルな方法での取引にはならないか。大量のアイテムをインベントリから取り出してカウンターに置くなんて、分量的に無理があるもんな。
俺は言われた通り箱に触れ、拾ったドロップを全部左側に放り込んだ。もちろん、ネームドズモモから出たローブもだ。
「生産アイテムやレア装備も混じっているようですが、よろしいですか?」
「生産……そんなものまであるのか……うん、全部売ります」
生産かぁ。そのうち調べておこう。今はとにかく装備の新調が先だ。
「えっと、では合計で1Gと874Sになります〜」
アイテムの相場なんてものを知らない俺は、これが良い稼ぎなのかどうかも理解できない。
「盾と鎧ぐらいは新調できるといいんだけどな……」
誰に話すわけでもなく独り言を呟いたつもりなんだけど、意外な事にNPCコリンさんが返事をくれた。
「今お客様がお使いの盾と鎧の新調でしたら、それぞれ200S前後で購入できると思いますよ?」
「え? そうなんですか?」
「はい〜。皆様から買取させて頂いたアイテムは、鍛冶屋さんや裁縫師さんといった職人さんにお売りしているんです。その時の価格と職人さんの手間賃とか考えると、まぁ大体そのぐらいの値段になりますから」
「あー、ちゃんと再利用されてるんだ」
「食材や家畜の飼料にもなってますよ〜」
飼料はともかく、食材ってのはあまり聞きたくなかった。
しかし、PCとこれだけ自然な会話が出来るのにNPCって……VR技術って凄いな。
俺はお金をインベントリに納めると、コリンさんにお礼を言って店を後にした。
武器と防具の店もすぐに見つけ装備を整えた。
靴は大地のブーツがあるし、レベル9でも装備できるNPC売りのを見たが、防御力がズモモさんのほうが上だったのでこのままで。
フルプレートなんてほしかったが売ってなかった。仕方ないので皮のブレストアーマーという、胸部を保護しただけの鎧をチョイス。というか、これ以上のものが無い。
手袋も同様に皮製。
武器は……農夫のおじさんには申し訳ないけど、新しいものと交換させてもらった。
ブロンズソード。王道な初級装備だな。盾も同じようにブロンズシールドだ。
これで随分と強力になったはず。
ステータスを確認すると、職業欄に変化があったっ!
今まで「初心者ファイター」っていう、なんとも情けなかったものが、ただの「ファイター」に。
そういえば、今まで装備してたのって、全部「初心者の〜」って付いてたけど……。
試しに『初心者のブレストアーマー』を装備してみる。
職業欄が、初心者ファイターになった。
つまり、初心者シリーズを一つでも装備してたら、初心者の肩書きが付くんかいっ!
……でもまぁ、これで俺も晴れて初心者卒業か。
よしっ。
インベントリを圧迫しているだけの初心者シリーズは――
買取に出そうとウィンドウ操作をするが、
「お客さん。これは大事な物だから買い取れないよ」
と言われNPCから拒否された。
仕方ないのでインベントリにあったゴミ箱マークに、ドラッグして捨てることに。すると今度は
『二度と手に入らないアイテムですが、よろしいですか?』と出る。
もちろんよろしいです、はい。
『本当によろしいですか?』
なにこれ、しつこいよ――はいっと。
『失った装備はいかなる理由があっても復旧いたしません。よろしいですか?』
いやもうレベル0から装備可能な初心者マークの武器とか、いらないからっ。はい。
四度目は流石に無かった。
このやりとりを全初心者装備でやらされる事に。最後の方はもう自棄になって『はい』をクリックした。
さぁ気を取り直して。
装備も新調したことだし、パワーアップした(はず)俺の戦闘力を見に行きますかっ!
「はぁ〜。レベル上げって大変。なんでこんなに面倒くさいんだろう。もっとサクっと上がればいいのにぃ」
人が気合入れている傍から、なんとも力が抜けるような女の声が聞えてきた。
そんなサクサクレベル上がりすぎたら、その方が楽しくないと思うのは俺だけなのかな?
大変だからこそ、レベルが上がった時は嬉しいもんなんじゃ。
「あぁ〜ん。せめて盾してくれる人が居ればなぁ〜」
だったら自分で盾持てばいいじゃん。
誰だよ、初心者の俺でも解りきった事言ってるのは――そう思って声がする方向を見ると、俺は声の主を視線が合った。
ふわふわした、やたら目立つピンク色の髪と、オレンジ色の瞳の持ち主。
特徴的な長い耳は、もちろんエルフだ。
確か名前は――。
「あっ。ソーマ君だぁ」
「アデリシア……さん」
どことなく、彼女の瞳が輝いたように見えた。
「えーっと、それじゃ行ってみようか」
「はぁ〜い」
俺は今、町を出て少しだけ北に行った街道付近に来ている。
隣にはピンク髪のエルフの少女、アデリシアさんが両手杖を抱えて立つ。
そう。
俺たちはパーティーを組んでレベル上げをする事になったのだ。
人生初の生パーティー。
……なんか意味不明な響きになったな。
夜中のバウンドの後の事を話している間に、トントン拍子でパーティーを組もうって事になったわけだけど。
ちなみに弓手のレスターってハーフエルフは、リアル事情で午前中はログイン出来ないんだとか。
とりあえず俺のレベルが9で、彼女は前回会った時同様に10だ。
バウンド戦のあとすぐログアウトして、今朝からログインしたがデスペナ貰って町に戻された所だったらしい。
一人凹んでいる所に俺が現れたって訳だね。
「あー、戦闘前に言っておきたいんだけど……」
俺は自分がオンラインゲーム初心者である事を告白する。
彼女は別段驚く様子も無く、にこにこ顔で俺を見つめた。
「そうなんだぁ〜。あのね、私はね、VRMMO歴三ヶ月なの。私のほうが先輩だねぇ」
「あはは、よろしくお願いします、先輩」
「うんっ。任せてね♪」
だがしかし、全然任せられる状況じゃなかった……。
「まだ倒し終わってないんだから、別のモンスターに攻撃するのは、待ってっ!」
「え? あ、その、ごめんなさぁーい」
二人居るしってことでレベル11モンスター相手に戦闘を開始してみたものの、リンクモンスターでもないのに何故か俺の周りにはモンスターが三匹。
一匹ずつ仕留めて行こうって話したのに、アデリシアさんは一発魔法を打つたびに、ターゲットを変えて次の詠唱に入る。
攻撃を食らってアデリシアさんに向ってきたモンスターを、俺は『挑発』と盾スキルの『シールドスタン』を使ってなんとかこちらに向かせることに成功はした。
こんな感じでいつまでたっても戦闘が終わらないのだ。
リンクしまくるバウンドのトラウマが蘇りそう……。
「はぁはぁ……とにかく一匹倒したら次のヤツに攻撃するってことで」
「うん。そのつもりなんだけど……モンスターのHPがどのくらいあって、私の魔法でどのくらいダメージ減ってるのか、いまいち解らなくって」
苦笑いしながら彼女は言う。可愛い仕草だけども……もしかして彼女、モンスターのHPゲージとか見てない?
確認の為に聞いてみたら案の定――、
「えぇー!? そんなゲージどこにあるのぉ」
「あー、戦闘状態になったら、普通にモンスターの頭上に出てるんだけど」
横に長細い長方形の赤いバーが出るから、いくら初心者の俺でもすぐに解ったんだけども。あのバーを彼女はなんだと思っていたんだろう?
「えっと、戦闘中ですよぉーっていうマークかと、思ってた……」
「レスターは教えてくれなかったのかよ……」
「レスターはね、バーを見ながら戦えって教えてくれたわ。でも私勘違いしてて、バーを見ながらそこに狙いを付けて攻撃してた……の」
ある意味凄い子です。
まぁ魔法攻撃をミスする事は無いのかもしれないけど。
まずはHPバーを見ながらペース配分する事を覚えて貰って、それから――。
「アデリシアさんの使える魔法って、一種類?」
さっきから見ていると、ファイアーボールという魔法しか使っていない。バウンド戦の時も確かそうだったはず。
「ううん。他にもねー……えっと、ファイアーウォールっていうのと、アイスボールっていうのと、魔力向上とー」
他にもあるじゃん!
やけに火属性魔法ばっかりあったけど、合計で六つのスキルを持っていた。一つは攻撃スキルじゃなく、攻撃力を上昇させるだけのスキルらしい。
攻撃スキルが五つもあって一つしか使ってないってのは、まさか戦闘中に複数の魔法が使えないとか、そんなオチは無いよな?
「あの、えっと……今までひとつの魔法だけで、その、ずっとプレイしてたから」
「マジでっ! どうして? いやそもそもそれでゲームとして遊べてたの?」
純粋に不思議で仕方が無い。コンシューマーのRPGゲームだって、敵の属性によって魔法を使い分けてたりしてたよ?
VRMMOとかだと、そういうのかなり重要だと思うんだけど。
困惑気味な俺を見て、アデリシアさんは照れたようにもじもじしながら口を開いた。
「私ね、前のゲームではレベルの高い人たちにいろいろ優しくしてもらってて……レスターともそこで知り合ったんだけど」
「彼氏じゃないの?」
他意はなく、ただ純粋に聞いてみた。
俺的には恋人同士でもないのに異性で一緒に遊ぶっていうのが、なんとなく理解できなかったのもある。
「え? 違うよぉ〜。ただの友達だもん」
ここに彼が居なくて良かったなと思った。居たら……彼は泣いただろうか?
「それでね、皆がレベル上げ手伝ってくれてて、ずっと同じ魔法で攻撃していれば良いだけだったの。それでクセが付いちゃったのかな」
「VRMMO初心者の頃からそんな感じで?」
こくりと頷く彼女。
なるほど、初めから楽してしまったもんだから、いろいろと操作能力が追いつかないままここまで来てしまったって事か。
俺も初心者だし、このゲームでの魔法職の事もよく解らないし……戦闘のアドバイスなんて出来ないもんなぁ。
どうする?
「私もね、これじゃダメなんだなぁと思って……それでいちから頑張ってみたくてこのゲームに来たの」
えへへと無邪気に笑うアデリシアさん。
そっか、彼女なりにちゃんと解っているんだな。
「頑張るのもいんだけどさ、アデリシアさん。ここはゲームの世界だよ」
きょとんとした彼女を見て、俺は精一杯微笑んで見せる。
「頑張るより先に、まず楽しもうよっ」
楽しんだ者勝ち。誰かが言ったセリフを思い出す。確か変態――いや、今は置いておこう。
気を取り直して、俺たちはもう一度戦闘を再開する。
モンスターのHPバーの存在を知ってか、ようやく彼女も倒し終わるまで一匹だけに攻撃を集中してくれるようにまった。
元々攻撃力の高い魔法使い系だから、集中砲火が出来れば戦闘はあっという間に終わる。
「じゃー、ファイアーボール以外の魔法も合わせて使ってみる?」
「え、じ、じゃー。ちょっと呪文作るね」
「うん。え? 呪文作るの?」
俺は魔法職の事は知らないから、どういう基準で魔法が発動しているのか知らない。まさか呪文を考える所から始めなきゃいけないとは……。
「あのね、魔法はね。新しいの覚えた時に自分で呪文を作っていいの。指定されたキーワードを入れるっていう条件があるけど。……うん、よし。出来たよぉ〜」
「へぇ、なんか魔法職って、本物のファンタジーっぽいこと出来るんだね」
ちょっと羨ましくも思う。
まぁ俺のスキルだって特にスキル名叫ぶわけでもなく、「このスキル使いたいんだ」って思いながらモーション作ると発動するっていう、どうにも不思議なシステムなんだけどな。『挑発』なんて気合入れて叫ぶだけだし。
お陰で誤爆することもあるんだけどさ……。
本日、残り1話は22時ジャストの予約投稿となります。