4-11:都市国家
「なぁフェンリルっ」
「なに?」
「いくらモンスター倒しても、経験値バーがピクリともしないんだけど」
「あぁ、君もか。私の方も全然増えてないよ」
「なのにレベルは上がるって、なんだろうな?」
王都ファルドナの教会では魔法の事もまったく解らず、司祭が言うには全ての教本は大陸中央の都市国家サームにあると教えられた。
レスターから貰った課金馬を消費して移動を開始したのは四日前。街道を通れば安全だが、いかんせんかなりの遠回りになる。近道の為に森を通ればモンスターに襲われ、戦闘になる事もしばしばだった。
数十匹は倒してるってのに、俺のステータス画面にある経験値バーは78%からまったく動いてない。
どうもフェンリルも同じみたいだ。
なのに……だ。
レベルだけは上がってるんだよなぁ。
「経験値アップのアイテム使ってるわけじゃないのに、レベルの上がりが早い気がする」
「そうね。戦闘回数は多くないのに、この移動の間に二つ上がってるわ」
「経験値は無いのにレベルは上がるって、何を基準にしてるんだろうな」
森を抜けると、視線の先に高い壁のようなものが見えた。途中の町で買った地図で位置確認すると、あれが都市国家サームだろう。
「ここがゲーム内じゃないってのを考えると、純粋に戦闘経験がレベルアップの基準になってるとか?」
「戦闘するだけでレベルがどんどん上がるのか……なんかそれもすげーな」
「いやいや、元々戦闘しなきゃレベルが上がらないシステムだったんだから、それほど違いはないはずよ」
「言われてみればそうか。あと不思議なのがもう一つ」
巾着から課金馬を取りだし、出てきたブチ模様の馬に跨りつつ言う。フェンリルに手を伸ばし、彼女の体を持ち上げて後ろに跨がせてから言葉を続けた。
「なんか最近、フェンリルの口調が変化してきた」
「え?」
「なんかちょっと、女っぽくなってきた」
「……気のせいだろう」
「いやいや、絶対女っぽくなってるっ――」
ぼすっと後頭部を本で叩かれる音が聞こえてきた。今日は角じゃないんだな。お陰であまり痛く無い。
馬を走らせ壁のほうへと向う。後ろではフェンリルがブツブツと言っているのが聞えてくる。
「連日連夜でネナベしてるのも、面倒くさいんだよ」
「いや、面倒なら止めればいいんじゃ?」
「私のプレイスタイルだ! 私のやりたいようにやる!」
「いやだからさ、もうゲームじゃないんだってば……」
絶句しているフェンリルを他所に、すぐ目前まで壁に近づいてきた。
高いな……。
「かなり頑丈そうだな。今まで見た町の壁の比じゃないようだけど」
「この近くに南側に降りれる場所があるっていうし、そのせいじゃない?」
壁の高さは三、四階建てのアパート並みにある。
門を見つけたので中にはいる為に馬を下りて歩いて行く。
流石に簡単には入れないだろうな。
壁も大きければ門もでかいな。左右のうち片方の扉は閉められ、もう片方を人が行き来しているが、幅は十分広い。
門番が居て、通行人の検査――はしてないな。みんな素通りしてる。
「なんかこう、もっと厳重に出入りする人間を調べたりするんだとばかり思ってた」
「まぁそうは思うけど、実際行列作っていちいち面接してる時間なんてないでしょ。よっぽど妖しい奴ならいざ知らず」
「……だよな」
門や壁の大きさに圧倒されながらゆっくり中へと進んで行く。
「すっげー。壁の厚みだけでも一メートルはありそうだぜ」
「モンスターの襲撃に備えるのなら、このぐらい無いとダメなんだろう」
「建設機械とかない世界だろうに、よくこんなデカいのが作れたな」
「君、地球だってショベルカーやブルドーザーが無い時代に、大きな城や遺跡を作ってるだろ」
「あ――そうか」
感心しつつ門を見上げる俺の背後で、突然わっと悲鳴のようなものが上がった。
その悲鳴に反応するかのように、人の流れが急に慌しくなる。
「早く中へ!」
「走れよっ、死にたいのか!!」
「いやー、助けて」
人の波に揉まれながら、フェンリルとはぐれてしまった事に気づき辺りを探す。
――が、町中へと入ろうとする波に流され、彼女を見つけることが出来ない。
「フェンリル!」
声を上げても悲鳴にかき消されるだけだ。
人波を掻き分け門の外に出てみると、南の方で砂煙が上がっているのが見えた。
あの中にモンスターがいるのか?
「おいそこのお前っ。ぼーっとしてないで、戦えるならついて来いっ」
「え? あ――」
俺の横を大柄な男が通り過ぎていった。巨大な斧を背負った男だ。残念ながらフィンでは無い。
モンスターを迎え撃つのか……フェンリルが居ないし、魔法による援護が得られないが――。
「俺が行かなきゃ誰が行くんだよって話だよな」
背負った盾を左手に持ち、男のあとを追った。
砂煙が目前に迫る中、俺や斧を持った男以外にも何人かの人が武器を携えて待ち構えていた。
全員、物理攻撃職といった感じか。
「ケイオス・バグズの群だな。やつらの羽ばたきで砂が舞い上がってんだ。ったく、視界が悪いったりゃありゃしねー」
「ケイオス・バグズ?」
知らない名前のモンスターだ。バグズって事は昆虫か。
俺に声をかけてきた斧男は一瞬目を丸くし、こちらを舐るように見てから舌打ちをした。
「ヒヨッコか。っち、装備がまともそうだったから声を掛けたが、判断ミスだったか。いいかボウズ、奴の背中側は攻撃するな。硬いからな、狙うなら腹の部分を狙え」
そういうと、男は巨大な斧を振り上げてバグズの群へと突進していった。
ヒヨッコ扱いか……一応レベルは47になってるんだけどな。
剣を抜き、飛んできたバグズと対峙する。
って、これどうやって腹を狙えってんだよ。
見た目はカブトムシをグロテスクにした感じだが、幾ら体がでかいといっても、地面から胴までの隙間なんて五〇センチぐらいしかねーぞ。
これ、ひっくり返すか飛んでるところを狙うしかないだろ。
といっても、魔法職は皆無な状況だしな……。
「おいヒヨッコ! こうやるんだよっ」
近くにいた斧男がそう叫んで、まるでゴルフのスイングでもしているような動作でバグズをひっくり返した。
三メートル級のモンスターを一振りで転がすって……どんだけ怪力なんだ。
けど、やるしかない。
俺は俺のやり方で試すか。
対峙していたバグズに向って、盾を構えたまま突進する。
『シールド・バッシュ』が上手く決まれば、敵を転倒させることができるからな。ひっくり返ってくれるといいんだけど。
ガンっと鈍い音が響くと、バグズが見事にひっくり返ってくれた。
よし、行ける。
逆さまになったバグズの腹に剣を突き立て、止めを刺す。
案外楽勝じゃん。
次の獲物に向きなおそうとした瞬間、背後で羽音が鳴った。
「馬鹿野郎! コアをちゃんと叩き潰せ!!」
「え、コア?」
振り返った時、棘の付いた足が振り下ろされる瞬間だった。
不味い、やられる!?
『聖なる盾よ、プロテクションシールド』
聞きなれた声とガラスの砕け散る音とがほぼ同時だった。
振り下ろされた足は鎧にぶつかり、衝撃を受けるだけに留まる。
シールド魔法が展開と同時に砕け散るって、つまりダメージ量が相当でかいってことじゃね?
「コアを狙えっつってんだっ」
目前で振り上げられた斧は、バグズの下腹部を貫いた。
カチっという音が聞こえた気がする。
男が斧を引きぬくと、拳大ほどの紫色の石が刃に突き刺さっていた。
「これを壊せば一発で終わる。おいっ、そこの妙なお面のエルフ。神聖魔法の使い手か?」
「妙……かっこいいと言ってほしいね」
「フェンリル、来たのか」
彼女は頷いてから手早く支援魔法をかけていく。俺はもちろん、その場に居る全員にだ。
これで安心して戦える。
倒し方は解った。スキルのCTがあるから連戦は厳しいが、スタン系スキルも併用すればなんとかなるだろう。