4-9:南の大地
女神の所在を探して、俺とファンリルはあちこちの教会を渡り歩いた。
一度でも行った事のある場所なら、フェンリルの『帰還』が『転送』魔法で移動できる。
が、そこでは【ファーイースト】と同じ内容の事しか知ることが出来なかった。
「うーん、北東にこの国の王都があるし、流石に教会も大きいだろうから……望みがあるんじゃなかろうか?」
「北東か。少し遠いけど……あ、馬があるんだった」
馬? と首を傾げるフェンリルに、レスターから貰った課金アイテムの事を告げる。
幸い王都までは街道で繋がってるし、森も通らないので走りっぱなしも出来そうだ。途中の休憩も馬を止め、下馬しないでやれば……。
「なるほど。君は白馬に乗った王子様を演じたいのか」
「……た、たまたま白馬が出ただけだろっ! 毛色はランダムなんだよっ」
俺が前に、後ろにフェンリルが跨る。
元気に嘶いた馬は、俺たちを乗せて走り出した。
「ほぉ、乗馬の経験があるのか?」
「いや、無い」
「……私は降りるぞっ! 一人で歩くーっ!!」
「何日かかると思ってんだよ! 落とさないから安心しろってっ」
「乗馬のスキルも無いくせに、安心できるか!」
といいつつも、しっかり俺の鎧は掴んでいる。
「そういや、職業が騎士なんだし乗馬スキルだってあっても良さそうなのにな」
そう思ってスキル一覧を見てみると――あった。
「あれ? 乗馬スキルがある。ピコンって音、鳴ったような気もしないのにな」
「あるのか。気づかなかっただけじゃないか? ほら、君、ぼーっとしてるし」
「今お前の命は、俺が握っているんだぜ?」
「止せ、やめろ。いや、やめてぇ」
「っぶ。な、なんだよ急に! 可愛い声とか、出すんじゃねーっ」
後ろでくすくす笑うフェンリルを感じながら、俺たちは北東を目指して街道を突き進んだ。
途中、馬を止め馬上で休憩したり昼食を取りつつ、夕方まで走った。
目的地の王都まではまだだが、町が見えたのでそこで一泊。
また宿の親父に茶化され、それを無視して二部屋確保。
新しい町なのでフェンリルは教会へと行き、俺は町中を散策して冒険者、つまりプレイヤーの姿を探す。
万が一にも……と思ったが、やっぱり誰も居なかった。
「やっぱり誰も居なかったよ。そっちはどうだ?」
宿に戻って夕食を取りつつ、お互い見知った事を報告し合う。
フェンリルは首を振って、新たな情報がない事を教えてくれた。
「そもそも教本なんかが、まったく同じなのだよ。なんだか王都でも新情報が得られないんじゃないかと、不安になってきた」
「おいおい、お前が言い出したんだぞ。とはいえ、どこかに行かなきゃ情報は得られないし、とにかく王都には行こう」
「そうだな……馬はまだ使えるのか?」
俺は頷いて、残り九回分だと説明する。
UIからマップを開けないので、買った地図を開き現在地を確認。
「今日の移動距離から考えて、明日の昼には到着できそうだな」
「ほむ。徒歩だと数日は掛かってたな。レスターにはお礼を言わねば」
「そうだな」
二人で軽く笑ってから、食事を終えるとすぐに休む事にした。
なんせ尻が……痛い。
こればかりはヒールでもどうにもならないと言う。
怪我を治すのであって、筋肉痛なんかが治らないんだとか。
翌朝も早朝から馬で移動。
昼過ぎにはようやく目的地、王都ファルドナへと到着した。
早速教会に向うが、やっぱり他の町より大きいな。
期待に胸を膨らませ中へと入ると、パイプオルガンみたいなのがあったり天井まで壁画で埋め尽くされていたりと、なんとも豪華な造りだった。
これだけ豪華な教会なんだ、女神に関する書物だってあるだろう。
あるよな?
「えーっと、女神さまに関する書物ですか? 残念ながらそういった物は、大陸中央にある教会の本殿にしか置いてないのです」
「マジかよ……」
「どの町にもそういった資料が見当たりませんでしたが、何か理由でも?」
司祭は悲しい顔で説明してくれた。
多くの人間は、女神を信仰しなくなってしまった。それどころか、忌み嫌う者もいると。
だから地方の教会に大事な女神に関する物を置いてたりすると、それを焼き払う不届き者が居るんだとか。
よっぽど嫌われているんだな。
まぁ、女神が何もしなくなったのが原因で、魔物の数が増えたり戦争が起きたりしたんだしなぁ。
得られるものも無く、落ち込んで肩を落としていると、ふいに司祭が何かを思い出したかのように話した。
「そういえば、昨夜の夢にも女神さまの事を調べていた旅人が出てきまして。彼らに英雄の事を少しだけお教えしたのですが……」
「旅人?」
「えぇ。この辺りではあまり見かけませんでしたが、恐らく南区に居たという冒険者なのでしょう。エルフや獣人、ヒューマンとばらばらな種族での構成でしたから」
「ちょ、それ本当に夢なんですかっ!?」
司祭は考え込んだが、夢で間違い無いと話した。
フェンリルと顔を見合わせ、もしかしてその冒険者がフィンたちじゃないだろうかと話す。
詳しい話を司祭に聞く。
夢の中の彼らは女神の事を調べた後、英雄の本がどうとかいう話をし始めたらしい。
そんな彼らに、英雄は実際にいるし、今の南側の大陸で魔物たちと戦っているのだと説明した――と。
「南……あ、そうだっ」
突然フェンリルが叫び、司祭に会釈してから俺の手を引いて教会を出てしまった。
「君が来る前にね、私はその南側とやらを見たのだ。見ただけで降りてはないがね」
「降りる?」
「あぁ。あそこに行く為には、崖を降りなければならない」
そう言うと、今度は『帰還』魔法を唱えた。
「ここに戻ってくるのはいつでも出来る。少しでも手がかりを探したいのなら、乗りたまえ」
「解ったよ。司祭と話したのがフィンたちだとすると、あいつらも南に行くかもしれない……そういう事だろ」
「いいから乗りなさいっ」
最後は押し込まれる形で魔法陣に乗り、出たのは小さな教会だった。
建物の外は見覚えのある村だ。
俺が一番初めに訪れた村……。
「ここからなら船の残骸までわりと直ぐだ。君に見せたいのは、そこから数十分程度の所にある」
「解った。といっても、もう夜だぜ?」
「あ……」
村には宿屋が無い。
教会は――ベッドの空きは一つだけだというので、一旦【ファーイースト】に移動した。
翌朝、改めて村に移動し、そこから途中まで馬を使って移動。
森に入ってからは徒歩で船の残骸からその奥へと向う。
「さぁ、ここだ。足元に気をつけなよ」
そう言って彼女が俺に見せたのは、眼下に広がる広大な大地だった。
数メートル先に地面は無く、断崖絶壁の上に立っているような感じだ。
恐るおそる近づき、下を見てみたがかなり高い。
「数百メートルぐらいの高さだな……」
「あぁ。良く見てみると、少し離れた所にはモンスターの姿も見える。遠すぎてレベルは解らないが」
言われて目を凝らすと、確かにもぞもぞと動く黒い物体があった。
ただその大きさが異常すぎだ。かなり離れた場所から見てるのに、もぞもぞしてる黒いの自体はかなり大きい。
いや……もしかして一体じゃなく――
ぞっとしてフェンリルを見ると、俺の意図が解ったのか彼女が頷いた。
「そう。一体じゃなくって、あの黒い塊が数十匹、いや数百匹のモンスターだ」
「でもその塊って……あちこちにあるじゃねーか」
あれ一つが数十匹だとしても、余裕で千単位を超えるぞ。
あんな中にフィンたちが降りていくなんて、危険すぎる。
いや、そもそもこの崖を降りる方法すらないだろ。流石にロープ垂らして……何百メートルのロープがいるんだよって話にもなる。
この現状を見て、南に下りる事を諦めてくれればいいんだが……。




