4-8:ゲーム内では―
ソーマとフェンリルがゲーム内から姿を消して一週間余りが経った。
二人の痕跡はどこにもない。
彼らの仲間達は、ログインするたびに二人を捜索し、更にはあっちの世界に行く方法を探している。
「っ糞。どこをどう探せば良いんだ」
「兄さん……」
捜索の為にフィールドを歩き回れば、必然的にモンスターとの戦闘にもなる。
否応無しにレベルも上がっていき、ついには45まで上がった。
「二人を探すことより、どうやってセカンド・アースに行くかってのを考えた方が良さそうだね」
誰もが解りきっていることをレスターが口にする。
鉄壁の盾職だったソーマが居なくなり、更にヒーラーのフェンリルが居ない今、防御面が著しく低下した中でレスターは要的存在になっている。
カゲロウは彼から戦術を教わり、罠の設置にも長けたレンジャー職に就いていた。
敵の足止め、誘導などを行う罠スキルで、高レベルモンスターともなんとか渡り合っている状況だ。
尤も、全員が高火力職である。無茶さえしなければ、十分生きながらえるのは可能だ。
「セカンド・アースかぁ〜。聞こえてきた声の女の人って、誰なんだろう?」
「それが解れば手がかりになりそうニャよねー」
アデリシアとミケが道端に腰を下ろして言う。
ログインしてからずっと、フィールドを歩きっぱなしだ。
「異世界に行く方法って、本当に遺跡か何かの仕掛けなのかな〜」
彼らはそう信じて、マップに映るそれらしい場所を探し続けた。
「うちさー、思うんだけどー」
特別イベントの最中、酒に酔いつぶれて強制ログアウトさせられた百花。
その場に居なかったことを後悔し、あれからずっと仲間達と行動をしている。
酒を断つ。とまで言ったが、ログアウトすればソーマやフェンリルに関係する記憶が失われる為、その決意も結局は無かった事になる。
「その声ってのはさ、あっちの世界の神様やないの?」
「神か。でも公式サイトにはその手の世界設定が皆無なんだよな」
「うん。兄さんはあんまり公式サイト見てないけど、俺は隅から隅まで目を通して設定が無いのは確認してるよ」
「俺の話はいいんだって……」
オリベ兄弟の話す内容も、もちろんその場に居た全員が知っている事だった。
ゲーム内の世界には魔物が闊歩し、住民は恐怖に震えている。
戦える者は少なく、冒険者の活躍が期待される。そんな世界――
っと、ざっくばらんな説明だ。
「でもや、神様がおったかて不思議はあらへんやろ? 寧ろ司祭だの神聖魔法だのあるんや。神様がおらんほうが不自然やない」
「うーん、百花の言う通りニャね。じゃー、あの声が神様だったとして、それから?」
百花は鼻を鳴らし、大きな胸を仰け反らして言う。
「神様の事は、教会で調べればええんや」
「「おぉ!」」
一同が感嘆し、手近な町へと向うことになった。
そこは町と呼ぶには大きすぎる、大陸西側にあるファルドナ国の王都である。
ミケの『帰還』によって王都にある教会へと戻ってきた一向は、さっそく『神』について調べる事にした。
そこで解ったのは――
「名も無き女神がいる」
「あの声で男神だったら、どん引きだね」
「女神が大地を潤している」
「まぁ神様ってそういうもんだろ」
「女神が人間に丸投げをして楽しようとした」
「いや、その解釈はちょっとひねくれてるとおもうよ、フィン」
「人間が欲を出して戦争をおっぱじめた」
「どの世界でも人間って、戦争ばっかりだねー」
「いちいち突っ込みうるせーぞレスター」
「あーもう、どっちも五月蝿いニャ。結果、モンスターが増え過ぎてどうにもならなくなったって事?」
教会にあった誰でも手にとって読める教会の成り立ちを記した本には、そう書いてあった。
人々から信仰心が失われていくのと同時に、人々から魔力も失われていったともあり、信仰心こそが世界を救うと信じた一団によって教団が作られたと。
「実際、NPCには魔法を使える奴も居たよな?」
「「え?」」
フィンの言葉にアデリシア以外が首を傾げる。
「あれ……居なかった……け?」
「少なくとも、ボクが知る限り居ないな」
「俺もだね。兄さん、どこでそんな人みたの?」
「いや、その――ネトゲのNPCって、どっかに必ず英雄みたいなの居たじゃんか」
「「他のネトゲと一緒にしないように」」
カゲロウとレスターに同時に言われ、フィンの口はへの字になった。
「まぁまぁ。そやけど、教会の司祭さまも魔法を使ってる様子はあらへんのよねぇ」
「そうニャね。なんか現実世界の神父と同じことしかしてないニャ」
「はーい。いいですかぁ?」
「アデリシア、どうかしたのかい?」
挙手するアデリシアにすかさずレスターが声を掛ける。
「あのね、前に行った町の露店屋さんにね、本が置いてあったの」
うんうんと頷くレスター。
「いろいろあったんだけど、英雄のお話っぽい本もあったのぉ」
「でもそれって、童話や小説みたいに作り話じゃニャいの?」
「う……それは……あるかもぉ?」
苦笑いを浮かべるアデリシアの背後から、予想だにしなかった声が掛かる。
「英雄のお話ですか? 英雄と呼ばれる方は、今でもいらっしゃいますよ」
「「え?」」
全員が声のする方向に振り向くと、教会の司祭が笑みを浮かべて立っていた。
彼は言葉を続ける。
大陸の南側は魔の大地と呼ばれ、そこでは北側とは比べものにならないほど強い魔物がいると。
英雄、もしくは勇者と称えられるような人物は、南側かこちら側の中央付近に居る――と。
「中央からなら比較的安全に南側に渡れる場所があるのです。彼らは日夜、魔物を減らす為に戦い続けています。彼らは神への信仰を取り戻し、絶大なる魔力を手にした、まさに勇者たちですよ」
「そんな人が居たのか……」
微笑みながら司祭がその場を離れ、祈りを捧げる住人に感謝の言葉を口にする。
その光景を見ながら、彼らは頭を抱えた。
結局、解った事は女神が居るという事と、プレイヤーのように戦える現地人がちゃんと存在するという事だ。
セカンド・アースへと向う手がかりにはなっていない。
「はぁ……いつになったらあっちに行けるようになるんだ……」
溜息をつくフィンに、一つのある疑問が浮かび上がる。
「運営はあの事件の事、絶対把握してるよな。強制ログアウトのタイミングといい、記憶の改ざんといい」
「そうニャね。一枚噛んでると思うニャ」
「うん。ボクもそれは思ってる。でも、GMコールをしても無反応だし、ログアウトして問い合わせは記憶を消されて無理だし」
教会を出て通りへと出ると、彼らは再び歩き出す。
「南……か。行ってみる?」
カゲロウがそう呟くと、彼はUIからマップを呼び出し位置を確認する。
自分達の位置を指でなぞり、それから南側を表示するためにスクロールしていく。
「あれ……マップが……」
「どうした、カゲロウ」
弟の動きが止まったことで、兄フィンが声を掛けた。
カゲロウはそんな兄には目もくれず、ただ一点をじっと見つめた。
「おかしいんだ。南側を映そうとしてるのに、プレイヤーが最初に出てくる位置から下が……映せないんだ」
「映せない? ボクがやってみるよ」
レスターも同じようにマップを使って南側を見ようとした。
だが見えない。
正確には、ある段階まで南にスクロールさせると、突然半透明のマップウィンドウがぶれて見る事が困難になるのだ。
そしてこの現象は、その場に居た全員に起こっている事だった。
「意地でも見せたくない……みたいだな」
「大陸の中央に行くのは時間が掛かるから大変だけど、ファーイーストから南に行くのは簡単だよね」
「中央からじゃないと安全じゃないっていう意味が解らないけど、行ってみる価値はあると思う」
「ニャ。行ってみるニャ!」
「行きましょう。あっちの世界でもモンスターが居るだろうし、早く助けてあげないと」
「ん〜、あのプリたんなら強く逞しく生きてる気がするんやけどぉ」
「「うん、それは思う」」
ほぼ全員が百花の言葉に頷いた。
「フェンリルさんって、へたしたら兄さんより強いかも」
「ヒーラーって持久力があるからねー。しかも妙な武器いっぱい持ってて、殴りもそこそこ行けるっぽいし」
「俺、対戦したら勝てる気がしねー」
「ちょ、ちょっと! 男たちは何言ってるニャ。一応か弱い女ニャよ」
「本当にそう思うか、ミケちゃん」
「……回答を控えさせていただくニャ」
一同が笑うと、ミケは『帰還』魔法の詠唱に入った。
目指すは【ファーイースト】の町。