4-7:名も無き女神
俺が元々このセカンド・アースの住人である事。故郷が魔物に襲われ、二人の旅人に救われた事。
そして、魔物の大群に囲まれた時、二人によって俺が地球に転送させられた事を、フェンリルに話した。
「十六年ぐらい前だ。俺が地球に来たのは」
フェンリルはきょとんとした顔で俺の話を聞いている。まぁ、そうだよな……。自分は宇宙人です――ってのと同じレベルだもんな。
暫く黙ったまま何かを考えていた彼女は、ようやく口を開いて俺に尋ねてきた。
「君がセカンド・アースの住人だっていう確信は、どこから? 記憶でもあるのか?」
「いや、記憶はその、正直無い。頻繁に見る夢が、故郷を失った日だったりはした」
「それ夢でしょ? 私だってそういう夢は見るよ。ネタのような夢をね」
「でも毎回同じ夢なんだ。そ、それになっ」
地球では三歳になろうかっていうぐらいの年齢の時に、交通事故で両親を一度に失い、自分も事故の後遺症で記憶喪失になった――と祖父母に教えられて来た事をフェンリルに伝えた。
もちろん両親の記憶は無い。顔も覚えてない。
更に両親と俺が写る写真が一枚も無い事も伝えた。
ただ両親だけの写真はあるんだ。それを見て、成長した今の自分と両親、どこも似てないんだよな。
「写真の事はさ、前にじーちゃんが、両親と写ってる写真見て寂しくなると思って捨てた――って話してたんだ。でも大事な思い出になるんだから、普通捨てないだろ?」
「うーん……おじいさんの言う事も一理ある――いや、やっぱり捨てないか。うん、私が君の祖父母の立場だと、大きくなってから見せてやろうと思って大事に取っておくな」
「だろ?」
意気投合(?)したところで腹の虫が鳴った。
「相変わらず緊張感が無いな、君は」
「うっ……。いやほら、夜だし、晩飯まだだし。あ、フェンリルは?」
「もちろん。まだだ」
威張って言うなよ。
「じゃ、町に行くか」
フェンリルはそう言うと『帰還』魔法を唱え、足元に白い魔法陣を作り出した。
「そういや町のオブジェが消えてるよな」
「いいからさっさと乗れ。時間制限だと教えただろ」
「あ、はい……」
説教されてすごすごと魔法陣に乗り、そして教会へとやってきた。
見覚えのある教会……【ファーイースト】か。
「安心しなさい。宿はどこも閑古鳥が鳴いてるから、選び放題だぞ」
「宿の主人にしたら悲惨な状況なんだけどな……」
教会を出て、日ごろ泊まることの無い高級な宿にやってきた俺たち。
まぁ冒険者が居ないとは言え、行商人なんかはいる訳だから客はゼロって訳じゃない。
それでも随分と歓迎された。
「いらっしゃいませ。スィートにしますか、あ、もちろんベッドはキングサイズをご用意しております。なんでしたらいろいろ演出もいたしますよ?」
「え、演出?」
俺にだけ聞えるように主人が耳元で囁く。
「新婚さんでしょう?」
「っぶほっ」
なんでそう解釈する!
慌てて違うと説明し、シングルの部屋を二つ取ってもらった。
ロビーの椅子に腰掛けて鼻歌なんて歌ってるフェンリルの所に行くが……新婚という言葉が脳裏に焼きついてどうにも彼女を直視できない。
なのだに――
「君は何で人の目を見て話さないんだ? 失礼だろ。ん?」
「いや、今はお前を見たくない」
「なに!? 私を見たくないだと! そんな事言うならこうだ!」
俺の顔を両手で挟み込むと、強引に自分の正面に向けさせようとする。
それに対して俺も全力で抵抗した。
ステータス的にパワーは俺のほうが圧倒している。
「ふははははははは。俺の勝ちだなー」
勝利宣言をする俺の顔は左を向いたまま。
「……ならこうだ」
そして左側に立つフェンリルの顔を、俺は直視してしまった。
一気に蘇る『新婚』。
新婚――
薄水色の法衣が、何故かウエディングドレスに見えてしまう不思議。
ただ、その顔は残念無念な鬼の面っていうね。
「はぁ……これ、お前の部屋の鍵な。二階の一番奥だ。俺、その隣だから」
「はいはい。とりあえず夕食にするか」
「そうだな」
現実に戻った俺は、そのまま一階奥の食堂で久々にゆっくりとした食事を堪能した。
夕食、そして風呂を済ませると明日からどうするかフェンリルと話し合った。
「まさか現実に存在する異世界をモデルにしてMMOを造っていたとはな」
「あぁ。たぶん月の裏側にある歪みが原因なんだよ。あの歪みがこっちの世界にもあって、地球のある世界に繋がっちまったみたいだ」
「歪みねー。宇宙開発系のところはこぞって歪みを否定してたが、やっぱりあった訳だ」
まぁ自分達の研究の失敗で出来た歪みだしな、公表したくはないだろう。といっても、テレビや雑誌でいろいろスッパ抜かれてるし、今更だけどな。
で、話は当然、元の世界に戻れるかって事になるんだが――
「だが君的にはその……ここは故郷になるんだろう?」
「うーん、そうなんだけどさ。でも地球で過ごした時間の方が長いし、ここが故郷ですって言われても実感がなー」
「まぁそうか。記憶があることがそもそも難しい赤ちゃん時代を、こっちで過ごしてただけだしなぁ」
「それに、向こうにはばーちゃんが居るしな。もう歳だし、一人にさせるのは不安でしょうがない」
「っふふふ。そうか」
「な、なんで笑うんだよ」
くすくすと笑われて、恥ずかしいったらありゃしない。何がそんなに面白いんだよ。
「いや、君はおばあちゃんっ子なんだなと思って」
「……ほ、ほっといてくれ」
まだ笑うか。
ったく、どうやって元の世界に戻るか考えなきゃいけないってのに。
「で、帰る方法なんだがね、私もこの数日間ちゃんと考えてたんだよ」
「え、そうなのか!?」
俺、こいつを探す事で頭いっぱいで、帰る方法なんか考えてなかったな。
「私がこっちの世界に落ちてきたのは、秘境温泉の場所だったんだ。そこからファーイーストの教会で調べ物をしてね」
「何を調べてたんだ?」
「頭の中に語りかけて来た声の主について、ね」
「やっぱり聞えてたのか」
頷いたフェンリルは、教会で調べた話を聞かせてくれた。
あの場合、声の主はこの世界の神だと考えるのが妥当だろうと。
まぁそうだな。
そして教会は神を崇める為の場所でもある。なら神については簡単に調べられるだろうと。
「ゲームの設定でも世界観は大雑把な内容しか書かれてなかったし、神については一切触れられていなかった。触れにくい歴史があったからなんだろうな」
「歴史?」
「この世界は一人の名も無き女神によって見守られていた。大地を潤し、実りを与え、人々を導いた」
けれどいつしか女神は、世界の営みを人の手に委ね、自らは見守るだけの傍観者となった。
世界を委ねられた人々は傲慢し、そして邪な心を芽生えさせた。
土地を巡って争っては、互いに傷つけあい奪い、殺し……それが大きな波となって戦争へと発展する。
自らが潤した大地を汚された女神は嘆き悲しみ、それを怒りへと変えると、大地は荒れ、作物も育たない世界へと変えてしまった――と。
「まぁ、そこから少しずつ再生はしていったようだが、人と神の間にできた溝は埋まらなかったようだ」
「この世界の人は、あまり神を信用してないってことか?」
「まぁ普通に考えるファンタジー話を基準にすれば、そうなるね。とはいえ、神を信仰し続ければ世界は昔のように平和になる、と信じてる連中もいる」
教会の存在は、そうした神を信仰しようとする教団によって建てられたものだとか。教会に勤める司祭たちは、まさに教団から派遣されている者たちだという話だ。
「問題はだね、人々と女神との間に溝が出来たあたりから、モンスターの数が増してきたって事だ」
「あ、じゃーモンスターは元々存在してたのか」
「あぁ。モンスターの数が増えるが、逆に人の間では魔力が失われ始め、今ではまともに戦闘できる人間は極端に少ないと」
「巾着おじさんとかは?」
「この辺りはモンスターが弱いだろ。私が言っているのは、高レベルモンスターと渡り合えるかどうかのレベルだ」
あぁ、なるほど。
「さて、なんか横道に逸れまくったけど――帰る方法は女神に会うしかない、と思う」
「直球で責めるしかないか。でもどこに居るかだよな」
「そこなんだよぉ。そこまでは教会でも解らなかったし。司祭に聞いても無駄だった。会えるなら自分が会いたいっていうぐらいだし」
「俺たちをセカンド・アースに呼んだ理由が、全モンスターを倒せ……だもんなー」
「そんな事言ってたのか? 流石にそれは聞いて無いな。というか、自分の世界なら自分でなんとかしろと」
まったくだ。
その為に俺たちを――
いや、でも物理的に考えて、俺たち二人だけでモンスターを全滅させるって、不可能だよな……。
だから全員を召喚しようとしたんだろうけど。
「もしかして、他の皆もそのうちこっちに強制召喚されたりとか――しないよな」
俺はフェンリルと顔を見合わせ、不吉な衝動に駆られてしまった。
4章……全然冒険できてないな。