4-6:再会
「銀髪の女エルフ? 女かどうかは解らないが、今朝まで鬼の面を付けたへんてこな銀髪エルフは居たよ。教会に泊まってたみたいだからね、そこで聞けば解るんじゃないか?」
第一村人に聞いてみたところ、フェンリルは教会に居た事が解った。
直ぐに探しに行きたい。
はやる気持ちを抑えて教会へと行くと、司祭が彼女の行き先の手がかりになるものを教えてくれた。
「なにやら迷っておられたようでした。これからどうすればいいのか、解らない――と。恐らく他の冒険者の方々が忽然と消えてしまったことで、不安になっておられるのだろうと思いまして」
「それで、彼女は?」
「私めが、お仲間との思い出の地を巡っていれば、もしかすると再会できるかもしれませんよ――と」
この近くで思い出の地……。
思い当たるのは二つ。
一つはアデリシアさんを助けた、あの林だ。
だが居なかった……。
なら――
「ありがとうございます」
それだけ司祭に言うと、俺は急いで村の外に向った。
あの場所、どうやって行けば良いのか正直解らない。
とにかく気絶後の目を覚ました場所まで行こう。そこから村とは反対方向に進めば……確か森の中を走ったし、その前には誰かに声を掛けられ獣の唸り声も聞いた。
あれを手がかりに探そう。
目を覚ました大木を発見。周りにズモモもいるし、遠くには村も見える。位置的にたぶん、あってるはずだ。
よく見ると、村とは反対方向にテントみたいなのが見える。俺が持ってる簡易テントや神聖なのとは違い、数人用のでかいテントっぽい。
乗馬したまま近づくと、騎士のような出で立ちの男と、大型犬が居た。
……。
もしかして、暗闇で俺に声駆けて来たのはあの男で、唸り声はあの犬――だったのか?
犬が俺に気づいて身構えたが、直ぐに騎士がそれを制して警戒しながら近づいてきた。
「貴様はどこの者だ。冒険者か?」
あー、この声。聞き覚えがある。やたら上から目線で威圧的な声……。
「冒険者だったらどうなんだ?」
俺も負けじと語気を荒げてみた。
「そ、そうか。まぁ初心者ではなさそうだな。うん。冒険者といえど、初心者はこの奥には行かせられないのでな。だから警備隊の俺様たちが交代で見張りをしてやってるのだが……」
「何故この奥には行ったらダメなんだよ」
「む……。それはだな、森の奥にいくと途端にモンスターの強さが増してくるからだ。更に奥に行くと崖があり、その下の大地は魔物の巣窟になっている。そんな所に初心者を向わせられないだろ」
……やってる事はまともな事なのか。
ってか、あんな脅すような言い方されたら、逃げるだろ。暗くて相手の顔も見えないんだし。
男にフェンリルの事を尋ねると、数刻前に森へと向うエルフを見たという。
そろそろ陽も傾いてきたし、早く見つけないと。
男と犬に礼は言わず馬を飛ばす。
森に入ると流石に馬では走れなくなったので、仕方なく徒歩でアレを探した。
陸地には似つかわしくない、あの船の残骸だ。
太陽が沈む中、草木を掻き分けようやく見つけた船の残骸。
残骸の奥から白い湯気が見えるあたり、温泉はまだ健在らしい。
前回の失態を繰り返さないように、俺は温泉が見えない位置から大声で叫ぶことにした。
「おーい、フェンリルー。また温泉に入ってるのかー?」
返事は無い。
居ない……のか。
それとも、あの時の女エルフは、フェンリルじゃない……とか?
確かに髪の色は違ったもんな。
仲間との思い出の地ってのも、俺たちじゃなくってカインさんとかモグ氏との思い出の地かもしれない。
やっぱり……ここには居ないのか。
「はぁ……どこを探せばいいんだ……」
「あんま溜息吐いてると、老けるぞ」
「好きに言ってろよ……はぁー……あ?」
凛とした清涼感のある、それでいて小ばかにしたような口調。
声のする方角は、上!
見上げるとそこに、昇りはじめた月を背負った人影が浮かんだ。
月明かりを浴びて輝く銀色の髪は、たしかにフェンリルのもの。
船の残骸の上にいたとは……。
「フェンリル……なのか?」
「いいえ、人違いです」
「お前じゃねーか!」
さらっと嘘言うなっ。
くすくす笑う彼女を見て、腹立たしく思いながらも、どこかでほっと安堵した。
だが――
「あ、ネームドモンスターだ」
「え?」
唐突に彼女の口から零れた言葉は、まるでデジャブのようだった。
背後を振り向くのとほぼ同時に走る、後頭部への衝撃。
そこには毛むくじゃらの、まるで雪男みたいなのが立っていた。
毛の色は白じゃなくって灰色だったけど。
目は三つ。うん、あの時のネームドモンスターだ。
その目が俺をじっと捕らえている。
『うご?』
困惑してるみたいだな。まぁ渾身の一撃だったんだろうけど、俺は微動だにしてないしなぁ。
スリッパで殴られたみたいな、こう、すぱーんっとした衝撃はあったんだけど、ダメージは皆無だ。
俺も強くなったもんだな。
「助けてやろうか?」
頭上から声がする。
「必要ない。こんな奴、素手でも十分だ」
「おぅおぅ、言うねー。初対面の時は一発でノックアウトさせられたってのに」
「言わないでっ!」
そんな昔の話、もう忘れたわ!
宣言通り俺は素手で奴に殴りかかった。
流石に一撃では倒せず、なかなか地味な戦いになった。
まるで子供同士の駄々っ子パンチの応戦のようだったが、俺が五発殴った所で奴は倒れ、四散した。
ドロップ無しか……しけてんな。
「リベンジおめでとう。一発でKOできないあたりが君らしい」
いつの間にか船の上から降りて来たフェンリルが、拍手とともにやってきた。
「余計なお世話だ」
くすくすと笑うフェンリルに視線を向けると、時折髪が赤く染まっているのが見えた。
地面や木の幹からも生えている赤い花がぽぅっと光って、その光を銀色の髪が反射して赤く染めていたのだ。
「やっぱり、露天風呂で見たのはお前だったのか」
「忘れろ。それは今すぐ忘れろ」
顔を染めたフェンリルを見て、俺ははたと思い出してしまった。
露天風呂で見た、あの光景を――っぶっ。
「忘れろと言っているだろうっ!」
「だからって聖書で殴る事ないだろっ」
糞。こっちは心配して探してたってのに。
相変わらず元気じゃねーか。っ糞。
「なんだよ、心配してきたってのに……」
ぶつぶつ言ってると聖書攻撃が止み、代わりに溜息が聞こえてきた。
「溜息吐くと老けるんじゃないのかよ」
「五月蝿い。それこそ余計なお世話だ。だいたい君は、何故ここに居るんだ? ちゃんと上に行けと指示したはずだろう」
「違う。アデリシアさんを上に連れて行けって言ったんだ」
「同じ事だろう」
「同じじゃない。俺の事は言わなかっただろ、だから追いかけてきたんだ。大丈夫、アデリシアさんはちゃんとあっちに戻れたから」
睨みあったまま、お互い溜息を吐き捨てて休戦する。
「君という男は……何を考えているのやら。戻れなくなるかもしれないんだぞ?」
「お互い様だろ」
「まぁそこはそれ、自分で望んだようなものだし?」
「え?」
フェンリルは照れくさそうに話を続けた。
幼い頃は漫画家を目指していたらしく、特にファンタジー物が好きだったとか。
それでネトゲにもはまって、ゲームのような世界が現実になったらいいなー……なんてのを思うこともあったとか。
意外だな……もっとクールな奴だと思ってたのに。
「ほっとけ。誰にだって夢ぐらいはあるだろ。私の夢がこんな感じだっただけの話だ」
「ま、まぁ、うん。俺にも夢はあるし――」
そういや俺、ゲーム内で勇者になるのが夢だったんだよな。
それが今やゲームじゃなくって、本物の異世界だし。
「ここは本物の世界なんだろうか……未だにちょっと信じられないけど、ログアウトは出来ないし、他の皆は居ないし」
夜空を見上げて呟くフェンリルに、俺は本当の事を話す決意をした。
伝えなければ。
彼女がここに居る理由が、俺のせいであることを――。
なんとも色気の無い再会シーンです。
ヒロインを間違えただろうか……。
体調も回復しましたので、隔日更新を再開いたします。
たぶん……。