4-5:馬
【ルイビス】に到着して三日。
多くのプレイヤーで賑わっていた広場も今は閑散としている。
ここに、フェンリルが現れることは無かった。
「何処いっちまったんだよ……」
朝から夜まで、飯すら屋台で買ったものをここで食べながらずっと待った。
この町で顔見知りな現地人《NPC》にも、フェンリルか他のプレイヤーを見てないかと尋ねたが全員が首を横に振る結果だ。
少し前までは大勢の冒険者で賑わっていたもんだから、余分に食材を仕入れたりしていた食堂からは愚痴られる有様だ。
つまり、自分以外のプレイヤーを、未だ一人も見ないのだ。
さて、どうしたものかなー。
ここを離れて他所を探すべきか……。行くとしたら【ファーノーブル】か【ファーイースト】だよな……。
今日一日待っても現れなければ、レスターから貰った馬アイテムを使おう。あれなら、早朝ここを出発して【ファーノーブル】経由しても【ファーイースト】に到着できる。
ついでだ、時間に余裕がありそうなら、秘境温泉も見に行くかな。
もしフェンリルが露天風呂の君だったとしたら……今頃温泉巡りでもしているかもしれない。
そう考えつつ、この日も日が暮れるまでずっと広場で待ち続けた。
「おやソーマさん。行かれるのですか?」
声を掛けて来たのは町医者さんだ。
「えぇ、はぐれた仲間も来ませんので、心当たりのある次の町に行くつもりです」
「そうですか。見つかるといいですね。そして……早く冒険者の方々に戻っていただけるといいんですが」
モンスターも自分達を脅かしていたプレイヤーが居ないのを知ってか、最近は数も増えてて厄介だ。
「この前も、南西のファーイースト近くでモンスターが暴れてたらしく、町の住民にも被害が出たって話があったんですよ」
「え、撃退できたんですか?」
「えぇ、腕に覚えのある住人と警備兵でなんとか。それと――」
「それと?」
次に出た医者の言葉で、俺は慌てて町を飛び出した。
レスターから貰った消耗品の馬アイテムを使う。すると、すぐ目前に栗毛の馬が現れた。
さて、乗れるだろうか……。
――エルフの司祭が窮地を救ってくれたと、ファーイーストから来た商人が言っていました――
医者の話を思い出し、乗れる乗れないなんて関係ないとばかりに馬へと飛び乗った。
とにかく、振り落とされないように気をつけて、南西に向って走らせよう。なんとかなる、なんとかなるさっ!
っと、意気込んでみたものの、あっさりと馬はいう事を聞いてくれた。
ソドスで乗せてもらった荷馬車とは比べ物にならない速度で南西へと駆ける。
【ファーイースト】に直接行くべきか、一度温泉に寄るべきか。
悩んだ末、温泉に立ち寄る事にする。
【ファーノーブル】の町が見えてきたのは二時間後。流石に馬だと速いな。
ここで降りてしまうと、消耗品の馬が消えてしまうので降りずにそのまま温泉を目指そう。
しかし、この馬。休ませなくても大丈夫かな?
か、課金アイテムだし、平気だよな?
そんな不安を抱いてると、不安は現実になるわけで――
『ッヒヒィーンッ』
「ちょ、ぶわっ!」
前足を挙げ嘶くと、俺を振り落とそうとしやがった。
だが落とされてたまるかっ。
必死にしがみ付いて、なんとか数分耐える。
すると馬も諦めたのか、暴れるのをようやく辞めた。
ただし、走るのも歩くのも辞めてしまった。
「解ったよ……休憩していいから。でも俺は降りないからな」
言葉が解るのか、俺がそう言うとパカパカ歩き出し、木陰に入って草を貪り始めた。
課金アイテムだけど、しっかり生物してるんだな。
たっぷり三十分ほど休憩したあと、馬は再び南へと走り出した。
街道を走っている間はいい。モンスターは近くに来ないし、安全だ。
ただ、温泉のある東の森に近づいた所でやっぱりモンスターと遭遇。
全力で走りぬけようとしたが、森に入ったところでそれも出来なくなった。
木の根っこなんかが邪魔して、馬が全力で走れる場所なんて無い。仕方なく下馬して――途端に馬は満足そうに嘶いて消えてしまった。
追いかけてきた十五体ほどのモンスターと対峙する。
まぁ、この付近のモンスターは格下だしな。しかもレベル差はかなりある。十五体でも余裕だろ。
うねうね動く食虫植物みたいなモンスターは、その長い蔓でもって俺を攻撃してくる。
試しに盾で防がず、もろに食らってみた。
っぺち。そんな乾いた音を立て、十五体の植物が俺を鞭打つ。
なんていうか、十五人の赤ちゃんからぺちぺちされているみたいな気分だな。
鬱陶しいから『ソードダンス』で一掃。気分爽快。
絡んでくる雑魚を蹴散らしながらようやく秘境に辿り着くが、やっぱりファンリルの姿は無かった。
ただ……温泉が湧き出る大岩の周辺の草が、なんとなく踏みつけられている気がする。
「もしかして……居たんだろうか」
だったら、町にいるかもしれない!?
そう思って急いで森を抜け、消費馬を再び取り出す。出てきたのはブチ模様の馬だ。
「今度は違う馬かよ……まぁいい。ファーイーストに急ぐぞ!」
『……ヒン』
物凄くやる気の無さそうな声で歩き出したこの馬は、きっとハズレなんだろう。
腹を蹴るとようやく走り出す。全速力で。
「ああぁあぁぁぁぁっ」
『ヒヒヒヒヒヒヒィィィン』
振り落とされまいと、必死にしがみ付くので精一杯だ。
街道に出るまで、追いかけてくるモンスターを物ともせず、走る、走る、ただ走り続けるっ!
あっという間に【ファーイースト】へと到着した俺は、若干馬酔い気味。
町の入り口で馬を解放し、よたよたと町の中へと歩いていった。
町の中をくまなく歩いてフェンリルを探す。
だがどこにも『エルフ』の姿は見えない。そういや、町で見かける現地人は人間ばっかりだな。エルフや獣人はプレイヤーしか見てない気がする。
手がかりも無いまま歩き続け、気が付けば太陽も真上まで来ていた。
昼飯、まだ食ってないな。
屋台で適当に何か買うか。――そう思ったとき。
「あれ? ソーマお兄ちゃん」
後ろから子供に声を掛けられ振り替えすと、巾着おじさんの所のメグちゃんだ。
そうだ、この子にモンスターが暴れた時の事を聞いてみよう。
「あの、メグちゃん。最近モンスターが暴れちゃって大変だったみたいだけど、その時にエルフの――」
「あーっ、怖いお面のお姉ちゃん、来たんだよー」
やっぱり!
モンスターが数十体の群を作って町の壁に攻撃を始めたらしい。それを止め様と町からも大勢が討伐に乗り出したが、数も多く怪我人が続出したらしい。
そこに颯爽と――
「笑いながら助けに来てくれたのが、あのお姉ちゃんだったの」
「……わ、笑いながら……」
らしいといえばらしいけど……。
そして、聖書でがすがすモンスターを殴り倒し、怪我人をあっという間に癒してまわったのだとか。
その時の光景が目に浮かぶようだ。きっと、楽しそうだったんだろう。
「それで、エルフのお姉ちゃんがどこに行ったか知ってるかい?」
尋ねたがメグちゃんは首を横に振るだけだった。
今度はフェンリルがいつまで滞在していたのか聞いたら、なんと昨日の昼間までこの町に居たんだとか。
ならまだ近くにいるはずだ!
メグちゃんにお礼を言って、屋台で昼飯を買い、再び馬に跨って走り出した。
とりあえず西だ。
俺が最初に辿り着いた村がある。そこでもう一度目撃情報が無いか聞いてみよう。
風邪から肺炎にクラスチェンジしました。
完治するまで暫くお休みします。




