1-7:ようこそ【Second Earth Synchronize Online】へ
リンクモンスター。
本来はノンアクティブモンスターに属しているが、一匹殴ると同種族がアクティブ化する厄介なモンスターだ。
俺はその事を身をもって知った。
幸いにも、レベル31のフェンリルがいたお陰で死なずにはしんだけれども……。
しかしまぁ、涼しい顔してバウンドを葬っていく姿は、まさに鬼神って感じだったな。武器が聖書っていうのも、かなりシュールだ。
「聖書って、武器なのか……」
「武器に決まっているだろう。だって、攻撃力があるんだから」
「なんて世界だ……」
確かに彼が持つ本は電話帳のように分厚く、角には鉄っぽいフレームがはめられている。あれで殴られたら洒落にならないくらい痛そうだ。
だからって一撃でモンスターを昇天させるなんて……聖職者って恐ろしい。
そんなフェンリルと俺は、バウンド地帯から南西に下った場所に移動している。適正モンスターでレベル上げをする為だ。
何故彼が一緒なのかは、俺にも解らない。
理由を聞けば――、
「暇だから」
という事だ。
気を取り直して適正レベルの狩場にやって来た。フェンリルが保護者だと言ってついて来ている。
目標は土色のズモモ。といってもただのズモモで大地の〜とか怒れる〜とかは付いてない。
「あーいう、名前の前に漢字とかで書かれた肩書きっぽいのが付いてる奴を、ネームドモンスターって言うんだ。レアアイテム持ってるから、なかなか美味しいモンスターなのだよ」
「あー、そうなんだ。んじゃそいつ探して倒していれば……」
「そんな都合よくネームドが居るわけないだろ……皆が皆ネームドと簡単に遭遇してたら、ドロップもぽんぽん拾えることになるし。そうなったらレアの価値観なんて皆無だぞ」
確かにそうだ……。
見渡してもそれっぽいモンスターはどこにも居ない。
ネームドモンスターは一際大きく、そして同レベルモンスターと比べてもかなり強いらしい。
更に難点なのは、
「一つのエリア内で、ネームドモンスターは数種類しか居ない。エリアっていうのは地図を開けば解る。指で触ってみると、今触っているエリアってのが点滅するから」
言われてUIからマップを開く。出てきた地図上を触ると、一部がやや光って見えた。地図の中心には俺を示す矢印まる。ふむふむ、これで迷子は避けれそうだ。
「ネームドって、一度倒しても復活するんだよな? NPCのおじさんが言ってたし」
「ほむ。君はNPCと何をしていたんだい? クエストか?」
「え? い、いや。違うと思うけど……。野菜を届けるのに、モンスターが多くなって困ってるって言ってたんだ」
「ふむ……UIのクエストのところ見てご覧」
はいはい――と、別に何も書かれてないな。
「いや、何も無いけど」
首を傾げる鬼って、なんか笑えるな。
それからじっと俺を見つめ、にやっと笑った。
「君は実に愉快な初心者だな。クエストでもないのにNPCを助けるなんて」
「え? いや、助けちゃダメだったのか?」
ゲームとしてやっちゃダメな事だったのか?
不安になりかけてた俺の肩を、フェンリルがバシバシ叩いて大笑いする。
「いやいや、別にいいんだよ。君のやりたいようにやればいい。それが出来るのがVRなんだから」
「そ、そうだよな……ははは」
なんだよ、驚かせるなよ。
さぁ、気を取り直して普通のズモモを狩るぞっ!
「はっはっは。頑張りたまえ。ヒールだけはしてやるぞ」
頼もしい一言を発して、彼は何故かしゃがんで草むしりをし始める。むしった草をウエストポーチに吸い込ませて、また別の草を探し出す。
本当にヒールしてくれるんだろうか……。
ま、まぁ、相手はレベル5モンスターだし、バウンドみたいに苦戦することは無いだろう。
「とりあえず、行くぜっ! ノーマルズモモ!!」
俺は気合を入れた掛け声と共に、一匹のズモモに向って剣を振り上げた。
一閃させ、ズモモの悲鳴が響き渡る。
そして――、
「ぬあぁっ!?」
俺の悲鳴も響き渡った。
何故だ?
何故背後から俺は攻撃されたんだ?
後ろを振り向くと、二匹のズモモが俺に威嚇していた。いや、左右にもズモモがいる。合計六匹だ。
まさかこいつらリンクモンスター?
だがその答えは草むしりをしていたフェンリルが出してくれた。
「ちょっと、君。『挑発』スキルでモンスター呼び集めて、どうする気なんだい? もしかして君、M属性?」
「え? スキ――、あーっ。気合入れて叫びすぎたぁー!!」
どうやらバウンド戦で覚えたらしい『挑発』。
自身の半径五メートル以内に存在する、全てのモンスターの敵対心を得るスキル。
ヘイトスキルと呼ばれるやつで、主にパーティープレイで使われるものらしい。それを俺は、ここで使ってしまったのだ。
結果、ズモモにフルボッコされる始末。
「あっはっは。君ってば面白いねー。仕方ないから支援スキルも入れてあげよう。だから頑張れっ」
何十匹のズモモを倒しただろうか……そろそろ飽きた。
だがレベルは7まで上がっている。
レベル上げをしながらフェンリルに武器の熟練度やスキルについても教えて貰った。
「熟練度が低いと、より強い武器も装備できない」
「つまり、装備レベルが熟練度依存のゲームなのか」
鬼が頷いた。
だが防具は熟練度とは違う。こっちはキャラクターのレベルだ。
武器と防具で装備基準が違うってのはちょっと面倒だな。
そしてスキルは熟練度に依存すると。
「君が今もっているスキルは?」
「あ、えーっと……」
UIの使い方が解ると、いろいろと便利だな。俺はすぐに自分の習得スキル欄を呼び出して確認した。
スキル欄は武器ごとにタブが用意されている。
「まず剣のほうが、バッシュとソードダンスとヒートスラッシュ、あと挑発ね」
「ほむほむ。なかなか優秀じゃないか。属性攻撃なんて、結構出てきにくいみたいなんだけどね」
「ん? 出てくる?」
「いいからいいから、盾は?」
盾は『シールドスタン』という昏倒効果が付与されるやつだけ。
気づかないうちに結構覚えてたんだな。戦闘中に『ピコン』となってたアレか。鈴の音のほうはフェンリルの支援だってのは解った。
「なぁ、スキルって突然戦闘中に覚えてたみたいなんだが、そういうものなの?」
「ほむ。普通のMMOだと偶数レベルになったらNPCから買ったりして覚えるんだ。だがこれは特殊でね。スキルの習得には幾つかの変則的な条件があってね――」
草をむしる手を止め、フェンリルが俺に教えてくれた。
スキルは自動習得するものと、NPCから伝授して貰うものの二つのパターンがあるんだそうな。
「伝授で覚えるやつは、熟練度が一定になったら教えて貰える。お金を払わなきゃならないがね」
「金取るのかっ!」
「慈善事業じゃないのさ」
悪徳企業みたいな事を――。
もう一つの自動習得がちょっと厄介だ。
「スキル毎に習得可能な熟練度ってのが決まってるが、その熟練度に達しているから覚えられるって訳でも無い」
「じゃー、どうやって覚えるんだ?」
フェンリルはその場に座り込むと、伸びをしてから口を開いた。
「スキルが必要だとシステムに判断されたら……かなぁ。実際にはよく解らないんだよ。ベータテスターの間でも、結構謎な条件だったから」
「必要って……かなりアバウトな」
「んむ。物理戦闘職なんかは武器で殴れば戦えるから、スキルの発生率が低いという話しだ。逆に魔法職は、武器で殴っても雀の涙程度のダメージしか出せないし、必然的にスキルの習得率が高くなってる」
「酷い差だ……」
まぁ理解はできるけども、物理攻撃職だって派手なスキル、ほしいです。
話を聞きながらズモモと戦う。さすがにズモモはもう余裕だ。ステータスも上げたし、攻撃も防御も結構上がっている。
「あー、ほら。折角盾構えるんなら、真正面でしっかり構えなさい」
「え、なんで?」
時々アドバイスが飛んできて、その通りにやると嬉しい結果が伴ってくる。
この場合――
ズモモの頭突き攻撃――被ダメージ10
ん?
盾を構えずに食らってみる。
ズモモの頭突き攻撃――被ダメージ20
「おぉ! ダメージ半減されとる!」
感動だ。
でも考えたらそうだよな。ダメージ減らせなきゃ盾の意味が無いし。ステータス的な意味での防御力は確かにあるけど、このぐらいの効果があったほうがそれっぽい。
「ん? でもこんなに性能いいなら、皆盾持つんじゃ?」
「盾持てば片手が塞がるだろ。そしたら攻撃用武器は片手武器一択になる」
「うんうん」
ほぼ余所見しながらでもズモモと戦えるようになった俺。たまに頭突きされるが、もう痛く無い。
「片手武器の攻撃力は、両手武器よりも劣ってしまう。火力面で考えれば、両手武器を選ぶプレイヤーが多いんだよ。もしくは二刀流ね」
二刀流か、ちょっとかっこいいな。
でも防御を捨てて攻撃力かー。まぁやられる前にやるっていう戦法なんだろうけど、勇者ってのは安定感が大事だ。
俺はこのまま剣盾で行こう。
ズモモを蹂躙し、ようやく狩場を移動。
バウンドとも、上手くリンクさせないようにすれば対等に渡り合えるようにもなる。
この辺りからフェンリルの支援は、戦闘後のヒールのみになってきた。
彼曰く
「支援される事に慣れすぎてると、支援が無くなった時のステータスダウンに絶望する事もあるからね。ちゃんと自分の実力ってものを知っておきたまえ」
だと。
ふ、その程度で絶望する俺じゃない!
適正レベルの敵が相手なら、よぽど囲まれたりしない限り善戦できるし、ダメージ半減を覚えてからはヒールを貰う必要もないぐらい上手く立ち回れるようになった。
それに、VITをあげたせいか、HPの自然回復も早い。
なんだよ、剣盾サイコーじゃん。
でも確かに、見かけるプレイヤーは大抵が両手武器なんだよなぁ。杖だったり弓だったり、でっかい斧やでっかい剣も見かける。
俺より倒す速度が速いのはちょっと負けた気がするが……勇者ってのは大器晩成型なんだよっ!
そしてレベルがとうとう9になる。
「レベルアップ、おめでた〜♪」
「ありがとうーって、なんでいつもおめでたなんだよ。ご懐妊したみたいでもやもやするだろ」
「ん? 君は妊娠可能な人種なのか。メモメモ」
「しないって! メモするなよっ!」
ご丁寧に聖書とペンを取り出し、なにやら書き込む素振りまで見せている。
不真面目すぎるこのエルフは、一体どんな顔をしているのだろうか。未だに一度もお面を外した姿を見ていない。まぁ、エルフなのだからイケメンなんだろうけども。
町の入り口も目前。この辺はモンスターレベルが10前後だし、町を拠点にレベル上げするには丁度いいタイミングかな。
そのまま町へと向った俺たちは、門を潜り【ファーイースト】へと到着した。
さっき訪れた時には馬車だったし、ゆっくり街の中なんて見てなかったけど……こうしてみると、ほんと、中世にタイムスリップしたみたいだよなー。
レンガ造りの家た木板だけの質素な家まで様々あるが、現在風のタイルやコンクリート壁のようなものは一切無い。
そこに行き交う人の服装も、Tシャツにジーンズなんて組み合わせは無く、RPGゲームでもよく見るような『ザ、布!』というようなスタイルばかりだ。
「はぁー……こういう風景を実際に見れるなんて……これ、本当にゲームなんだよな?」
「ふっふっふ。まぁ新作VRMMOってだけあって、グラフィックもNPCのAIも、かなり作りこまれているからなぁ。他のVRMMOよりも、かなりリアルだよ」
俺の隣に立って、何故か腕組をしてふんぞり返っているフェンリル。彼の言葉を聞いて、俺は人生初のオンラインゲームを【Second Earth of Synchronize Online】にして良かったと、心底思った。
「さて、それでは私はお暇しようかね」
あー、なんとなく予想はしていた。たぶん、町で別れる事になるんだろうなぁと。
「行くのか……」
解ってはいるけど、やはりなんだか寂しい。
右手に持つ分厚い本で自身の肩を叩き、彼はにぃっと笑う。
そして、有り得ない事を口走った。
「君、そんなに私を愛してしまったのかね?」
「はぁっ?」
ちょちょちょちょ、何言い出すんだよ。しかも町の入り口という人の往来も多いところで、何故大声!?
「だがしかし残念な事に、私は可愛い子ちゃんにしか興味ないのだよ!」
「……女好き。しかもロリかよっ!」
彼は大袈裟な身振り手振りで、さながら『ロミオとジュリエット』のロミオを演じているようなポーズを決めた。
周りの視線が、痛い。
しかも更に口走った言葉がこうだ。
「否! 私の言う可愛い子ちゃんとは、男女の垣根など存在せず、全ての可愛い者たちの事を言っているのだっ!」
「単なる変態じゃねーかっ!」
周りの白い目線が突き刺さって痛い。しかもプレイヤーだけじゃなく、NPCまで白い目で見てるってどうなんだよ!?
「変態で聖職者とか……なんて性質の悪いプレイなんだ」
「はっはっは。楽しんだ者勝ちなんだから、なんでもアリって事だ」
楽しんだ者勝ち――か。
変態だけど、言っている事はまぁ、真っ当だ。可愛い子ネタは置いといて。
「あの、フェンリル。その……初心者の俺にいろいろ教えてくれて、どうもありがとう」
初心者という言葉を口にするのは、少し恥ずかしい。まぁド田舎から都会にやって来た人間の心理みたいなものかな。
「いやいや、十分暇つぶしになったよ。――君」
「あ、はい?」
鬼の面が俺をじっと見つめた。陽気な彼と鬼の形相的な面とのギャップが、余計に可笑しく見える。
そんな鬼の口元が、凛とした優しい音色を奏でた。
どこかで聞いた事あるような、それでいてどこだったか忘れてしまった、声。
「君は、オンゲ初心者なのが恥ずかしいのかい?」
見透かされているのだろうか?
まるで、鬼の面が俺の心を覗いているみたいだ。
「ほむ。あのな――」
鬼が……微笑んでいるようにも見えた。
「誰でも最初は『初めて』なんだよ。最初から『玄人』なんて存在しない。私も五年前はオンゲ初心者だったさ」
あぁ、まったくその通りだ。
今の俺は初心者でも、数ヵ月後にはそうじゃなくなってる。誰だって、この道を辿ってきてるじゃないか。何も初心者は俺だけじゃない。
「今の君にとってこのゲームは全てが新鮮に映るだろう。VRMMOに慣れてしまうと、そういう新鮮さってのが感じられなくなる。だから君は誰よりも、このゲームを楽しむことが出来る」
「うん。今もこの町をみて、すげー、わくわくしてる」
俺たちの様子を生暖かく見つめるプレイヤーの姿が映る。覚めた視線を送る人もいるが、どこか楽しげに見守る人もいた。
「では最後に私から君へのプレゼントを贈ろう」
「え? いや、いろいろ教えて貰ったのに、そんな――」
何かをくれるのだろうと思って、俺は慌てて断ろうと口を開いた。
これ以上何かしてもらうのは、流石に申し訳なさすぎる。
慌てる俺にはお構いなしに、彼は両手を広げてこう言った。
「Massively Multiplayer Onlineゲーム、【Second Earth Synchronize Online】の世界へようこそ、ソーマ君」
どこからか聞える拍手や口笛に、俺は目頭が熱くなるのを感じた。
本日の更新はあと2話ぐらいしようかなーと思っとります。