4-2:目覚めてから
いつまで続くのだろうか、この穴は……。
ずっと落ち続けているのに、一向に底が見えない。
いや、底どころか何も見えないな。
フェンリルは……無事だろうか。
恐怖で怯えていたり、泣いていたりしないだろう――する訳ないな。
うん。
彼女なら、笑いながらモンスターを撲殺しているはずだ。
だから大丈夫――
「っな訳ないだろっ!」
「うぉ!? ソ、ソーマくん、どうしたんだね?」
え?
俺がどうしたって?
声のする方に視線を向けると、そこにはロブスさんが立っていた。
ここは――
ログハウスの中?
ベッドの上ってことは、寝ていたのか。
なんでロブスさんが居るのだろう。
「大丈夫か?」
心配そうに顔を覗かせてくるロブスさん。
「あの、俺、どうなってるんですか? その……モンスターの襲撃後は……」
穴の事を説明しても理解されないだろう。だったら、何故俺がここに居るのか、それを知りたいと思った。
「モンスターの大群が突然森を襲ってね。信じられなかったよ。ここは古のエルフに守られた場所だってのに……」
「あなた……あらっ、ソーマさん、やっと目を覚ましたのね」
扉を開けて入って来たのはロブスさんの奥さんだ。
俺を見るなり嬉しそうに微笑んでくれた。
「あぁ、たった今起きたんだよ。それで、彼を見つけたときの話を聞かせようとしている所だ」
「まぁそうだったの。この人と二人で皆さんのキャンプ地を見に行った時、貴方だけが倒れていたのよ」
「俺だけ……」
「そう。君だけだ。ここからもモンスターの声が聞こえてきて、震え上がっていたんだけどね。朝になるとすっかり静けさを取り戻して、冒険者達がやってくれたのだろうとすぐに理解したよ」
太陽が出て暫くして、一向に活気が戻る気配が無いのを不自然に思い、ロブスさん夫婦は様子を見にプレイヤー村へと足を運んだらしい。
そこで倒れている俺一人を発見した――と。
じゃー、フェンリルは何処に行ったんだ。
いや、そもそも此処って、セカンド・アースなのか、それとも【Second Earth Synchronize Online】なのか……。
確かめる手段は――
「あの、どうもまだ本調子じゃないみたいで……もう少し休んでいいですか?」
「あ、あぁ。そうだね。モンスターの大群と戦った後なんだ、まだ体も疲れているんだろう。ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
本当はどこも疲れてなど居ない。
ただ、いろいろと調べるのに、ロブスさんたちの前だとやりにくいからだ。
部屋を出て行くロブスさんに、俺は慌ててある事を尋ねた。
「あのっ、ロブスさん。俺はどのくらい眠っていたんですか? 他のプレ、冒険者の姿は?」
ロブスさんが振り返り、彼も思い出したかのように答えてくれた。
「ソーマくんを家に連れて来たのは襲撃のあった日の朝だが、それから丸三日眠っていたよ。その間、町に行っても冒険者の姿はどこにも見かけてないんだ」
「そう……ですか」
「まぁ今はゆっくり休むといい」
穏やかに笑ってロブスさんは部屋の扉を閉めた。
俺はベッドに潜りこんでから、小さく「ステータスオープン」と呟く。
薄暗いベッドの中、視界には蛍光色で書かれたステータスウィンドウが表示された。
「つまり、ゲームの中のままか……」
安堵すると同時に混乱もする。
だったら、俺が見た映像も自分の記憶も、功名なイベントの一連なのか?
それとも、俺が元々異世界人だってのは当っているが、セカンド・アースへの転移に失敗しているとか?
いやそうなると、他のプレイヤーが誰一人見当たらないってのはどういう事なんだろう。
とにかく、システムが生きてるならフェンリルを探す手がかりは容易に見つかる。
フレンドリストを表示させ、それを見れば彼女や他の仲間の所在も書かれているから――
「無いっ。リストに名前が何も無い!?」
一番初めに登録したアデリシアさんも、その後に登録した皆の名前も――何も、無い。
そ、そうだ。パーティーを組んでいたんだから、簡易一覧が……。
いつもなら視界の左端に見えているはずの簡易一覧すらない。
念のため、UIからパーティー画面を呼び出すがエラーで弾かれた。
『パーティーを結成する事が出来ません』
そうシステムメッセージが現れるだけだ。
UIをいろいろいじって確認してみる。
ログアウトボタンは――無い。
運営への通報は――メッセージの送信に失敗したと出るだけ。
ささやきチャット――対象が存在しませんだと? っ糞。
次……
何か出来る事は無いか?
そうだ。製造装備に製造者の名前が書いてあったよな。
防具は全部カゲロウ産だし、武器はもちろんフィン産だ。二人の名前があるはず――
「……これもか……」
装備の説明欄を開くが、どこにも二人の名前は載ってなかった。
インベントリを開き、手持ちのポーションも確認する。
俺が持っているのは全て、フェンリルに作って貰ったヤツだ。
だが……
彼女の名前は載ってない。
どうなってるんだ。システムは生きているが、他プレイヤーと関連のある部分は死んでいるのか?
考えられるとしたら……前にもあったサバカンってヤツか。
でもあの時は簡易パーティー欄は生きてたし……。
じゃー、ここがセカンド・アースだって事か?
いや、それならシステムが存在している事自体が可笑しい。
「あぁ、もう。わっかんねーよ。糞っ」
俺は起き上がってベッドから抜け出す。
考えたって解らないのなら行動するしかない。
ベッドの脇に置かれていた鎧をなんとか着込み、武器を手にして部屋を出て行く。
当然、ロブスさん夫妻は驚いたように俺を見つめた。
「すみません、助けて貰ったのに何のお礼もせずに……俺、仲間を探しに行かなきゃいけないんです」
「ソーマくん……だがまだ体の疲れが――」
「いえ、平気です。休みたいって言ったのは嘘なんです。考えたい事があって、一人になりたかっただけですから。その、すみません」
俺の言葉を聞いて、奥さんはにっこり微笑んだ。
「そう。男の子だものね。一人で考えて、一人で決めたいものね。でもちょっとだけ待ってて。今お弁当作ってあげるから」
「いえ、そんな――」
引きとめようとしたが、その前に俺の腹の虫が鳴いてしまった。
「はっはっは。何をするにしても、まず腹ごしらえだ。丁度朝飯時だからねぇ、それを食ってる間にかーちゃんが弁当を持たせてくれる」
今すぐにでもフェンリルを探しに行きたかったが……空腹には勝てないか。
ちょっと気恥ずかしく思いながらも、ロブスさんに進められるがまま席に付き、三日ぶりになるであろう食事にかぶり付いた。
軟らかく、まだ暖かいパンを口に頬張りながらこれからの事を考える。
まずはプレイヤー村に行って状況を確認したい。
本当に誰も居ないのか。
誰も居なかったとして、次は町に向おう。
それから……フェンリルを探そう。
「ソーマくん。仲間を探すと言っていたが、他の冒険者たちは何処にいったのか知っているのかね?」
不意にロブスさんが尋ねてくる。
寧ろ俺が知りたいぐらいだ。
「もしお仲間が何処かに居て、君を探しているとしたら……どこかに待ち合わせ場所なんか無いのかい?」
「待ち合わせ場所……あっ」
ある。
ルイビスの町の一角で、いつも待ち合わせしていたじゃないか。
適正狩場から遠くなってきたからって、拠点を変更したものの……もしフェンリルがこっちに居るなら、ルイビスに行けば会えるかもしれない。
「ありがとうございます、ロブスさん。お陰で目的地を決めることが出来ました」
急いで食事を終え、席を立ったところで奥さんがやってきた。
「あら、もう行っちゃうの? お弁当は間に合ったけど、もう少し休んでいけば?」
心配そうに弁当を手渡してくれる。
あまり心配は掛けさせたくないけど、一秒でも早くフェンリルを見つけなければ……。
「すみません。お弁当、ありがとうございます」
頭を下げ、受け取った弁当を腰のウエストポーチに入れる。
インベントリが相変わらずな仕様なのは、ある意味有り難いかもしれない。
「そう……ソーマさんが探そうとしているのって、女の子?」
「え……あ、あぁ、はい。そうですが」
なんで解るんだろう?
そう思って奥さんに視線を向けると、微笑んだままこっちを見ている。
「んふふ。男の子ね〜」
何の事だろうか……。
「そうか。男なら女を守るのは当然だからな。しっかりやるんだぞ」
「え……」
「あぁ、行方知れずになった恋人を探す青年……ステキだわー」
「何? 俺だってかーちゃんが消えたら、血相変えて探してやるさ」
「まぁ、あなたったら」
「かーちゃん」
急いで家を出よう。
そう思って武器を担いだ時、ようやく二人の言葉を理解した。
……恋人。
「えぇええーっ! い、いや、違いますから。恋人とかじゃないですから。彼女とはそういうんじゃなく、その、いつも世話になってるし、いつだって守って貰ってて、だから……大切な仲間なんです。仲間……そう、所詮、彼女にとって俺は仲間のひとりでしかないし」
焦って言う俺を、二人は呆然と見つめていた。
しっかり説明しようと深呼吸をしていると――
「あやあやまぁ、片思いなのねー」
「青春だねー。昔を思い出すよ」
「あら、誰に片思いしてたっていうの?」
「そんなの、決まってんじゃねーか。かーちゃんだよ、かーちゃん」
「っま……やだぁ、あなたったらぁ」
やっぱり早く出て行こう。
フィンが造ってくれた剣と盾を背負い、そそくさと戸の方へ歩いていく。
戸を開け、出て行くとき、
「ありがとうございました」
と、振り返ってもう一度言った。
「行ってらっしゃい」
「気をつけるんだぞ」
ロブス夫妻の暖かい言葉が返ってくる。
「行ってきます」
応えてから俺は一歩を踏み出した。




