4-1:あれから……
4章開始です。
「っ糞、どうなってんだっ」
苛立ちを隠すことなく、フィンはログイン早々語気を荒げて叫んだ。
「どうだったかニャ?」
待ちわびたようにミケがフィンへと駆け寄る。傍にはアデリシアや他の仲間たちも居た。
「ダメだ。ログアウトすると二人の事をすっかり忘れてしまう。トイレ行って戻ってきたら普通にログイン画面行って、ログインしたら思い出すの繰り返しだ」
「私も同じです。どうしてゲーム内だとソーマ君の事を思い出せるのに、ログアウトしたら綺麗に忘れてしまうんだろう」
アデリシアは今にも泣きそうな顔でそう話す。
誰もが同じだった。
ソーマ・ブルーウッド。フェンリル・クォーツ。
この二人と片方でも面識ある者は全て、ゲーム内ではそれぞれを記憶に留めているにも関わらず、ログアウトすれば記憶からすっぽり抜けてしまう。
再びログインすれば、忘れてしまっている事すら理解できているのに――だ。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
苛立つフィンたちの前に現れたのは、ギルド【終わりなき探求者】に所属する幹部にして生産ランカーのモグモグだった。
彼の後ろには憔悴しきった女性が立っている。
「あのね、今日はフェンちゃんの家に行ってきたんだ。フェンちゃん弟が居てね、大学に合格してたからそのお祝いだったんだけど……」
「さきちゃん、ううん、フェンちゃんの存在が消えたことを、誰も不思議に思ってなかったの。もちろん、私たちも」
モグモグと女性は交互に話す。
事情の飲み込めないフィンたちは、彼らとフェンリルとがどういう関係なのか尋ねた。
「あ、そうだったね。ソーマ君にしか話してないんだった……。このみちるさんはね、僕のリアル奥さんで、フェンちゃんとは従姉妹なんだ」
「え、じゃーモグさんって、フェンリルさんとは親戚になるんですか?」
カゲロウの問いにモグモグは頷いた。
それから、たまたま偶然従弟の大学合格祝いで立ち寄ったことを話し、ゲームにログインした瞬間、ファンリルの存在が無かったかのように彼女の家族と過ごした事を思い出したという。
「ログインするまで私も忘れてたの……さきちゃんの事」
「ログインすると思い出すのにね。どうしてこんな事になっちゃったんだろう……君たちのほうはどうなのかなと思って」
モグモグの背中に顔を預け、みちるは声を押し殺して泣きはじめた。
その光景に、フィンたちは胸を締め付けられる思いで見ていた。
彼らもまったく同じ状況なのだ。
プレイヤー村襲撃イベントから三日が経過している。
最初の一日目は緊急メンテナンスでログインが出来なかったが、翌日のメンテ明けにログインした瞬間、ソーマとフェンリルの事を思い出し辺りを捜索した。
何故だかフレンドリストからも二人の名前は抹消され、ささやきチャットも総出でタイミングをずらし、何十回と行っているが繋がらない。
プレイヤー村を拠点とする人たちに尋ねて周ったが、一度も見た人は居ないという。
逆に、時間の経過と共に、ログイン中には覚えている二人の事も、ログアウトすると同時に忘れてしまっている。と気づくプレイヤーが続出しはじめた。
襲撃イベントから三日目の今日、ゲーム内ではそれ以上の日にちが経過している。
ここに来てフィンたちは、なんとか現実世界でも二人の記憶を失わずに済む方法を模索していた。
そうする事で、今回の失踪騒動を世間に知らせようとしたのだ。
だが、身内でもあるモグモグやみちるでさえフェンリルのことをすっかり忘れてしまい、あまつさえ家族の記憶からも消えてしまっている事実を聞かされて愕然とした。
「本当に、ソーマたちの事を誰も覚えてないのかよ……」
「住民票とか調べられませんかね?」
「無理ニャよ。どうやって住民票を取りに行くニャか? フェンリルの家族に取りに行って貰う様に頼むのかニャ? 忘れてしまっている娘の住民票を?」
「それ以前に、僕たちはログアウトすると二人の事を忘れてしまうんだ。何故住民票を? って事になるだけさ」
レスターもこの場に居て共に苦悶していた。
今や【不敗の暁】も空中分解し、レスターはギルドを抜けフィンたちの元に身を寄せている。
ソーマが穴へと飛び込むのを見届けた、唯一の人物だ。
――あの時、本当は止めるべきだったのだろうか――
そうレスターは自問する事がある。その度に自分自身を責めることもあった。
「とにかくさ、なんとしてでも二人を探さなきゃ」
「そうだけど……兄さんはどうやって二人を探すつもりなんだ?」
「こっちに居るなら見つかるだろうさ。でも……」
「解ってるさ! 二人がこっちに居ないなんてのは……解ってんだ」
レスターの言葉に苛立ちながら、彼に八つ当たりする無意味さも理解しているフィンは言葉を失った。
探すべき場所はここではない。
だがどうやって二人が落ちた場所に行けばいいのか、それが解らない。
だから――
「探す」
「探すって、何をかニャ」
フィンは仲間たちを見渡して言った。
「二人が落ちた場所、セカンド・アースに行く方法を――だ」
あの時聞えた女の声。
真なるセカンド・アースへと言っていた、あの女の声が正しければ、二人はセカンド・アースに居るはずだ。
「うん、探そう」
「そうニャね。……まったく、世話の焼ける二人ニャねー」
「探しましょう。今度は私がソーマ君を助ける番だもの」
「ソーマとプリたんが見つかるまで、うちも禁酒や!」
「僕も借りを作ったままだと嫌だからね。協力するよ」
フィンとカゲロウ、ミケ、アデリシア、百花、そしてレスターがそれぞれ手を重ね誓いを立てる。
彼らの姿をモグモグとみちるが見守っていた。




