3-17:見せられた記憶
――貴方ノ願イ、聞キ届ケマシタ。サァ、オ戻リナサイ――
女の人の声が唐突に響いた。聞えたのは耳からではなく、頭からだ。
その瞬間、俺の視界は暗転した。
目を開いたが、閉じて居た時よりも一層深い闇しか見えない。
どこだ……皆、大丈夫か?
――思イ出スノデス。貴方ガ本来住ムベキ世界ヲ――
何を言っているんだ?
いったい誰なんだ?
――思イ出ノデス。貴方ニ与エラレタ本当ノ名ヲ――
――記憶ヲ――
頭に響く声が途切れると、今度は耳鳴りのような音が聞こえてきた。
それまで只の闇でしかなかった周囲に光が現れたかと思うと、まるで映画館で見る映像のような物が浮かび上がった。
これは……誰かの視点から見た映像か?
カメラ視点がくるくると動いて見えづらい。しかも、視点の高さがかなり低く、小さな子供から見たものなんだろうなってのが解る。
どこかののどかな村の風景か。明らかに日本じゃないってのは、見えてる住人や家の造りなんかで直ぐに理解できた。
畑仕事をする大人たちの傍らで、よたよた歩きつつ遊びまわる子供――そんな所か。
どこか懐かしく思いながら俺は映像を見ていた。そして映像はのどかな雰囲気から一変。
一つの悲鳴から始まり、やがて視点主の目におぞましい魔物の姿が映った。
逃げ惑う人々。
視点主を抱えて走り出す女性。
魔物に立ちはだかる一人の男の姿も見えた。
たった一人で、視界を埋め尽くすほどの魔物と対峙している。
勝てる訳が無い。
俺だってあんなの、耐えれる自身なんて無い。
男がその後どうなったのか解らないが、視点主を抱えた女が呪文のような詠唱を開始し、薄っすら光る指先を主の体に押し当てた。
昏倒か睡眠の魔法なんだろう。
周囲には何人もの年寄りがいて、彼らの一人が大きな籠のようなものを被せるのが見えた。
その直ぐあとに視界が狭まり、俺の周囲の闇と映像が同化した。
再び視界が開き、被された籠を払いのけると――
ここからは俺が好く見る夢と同じ内容か……。
足元に広がる血の海と肉塊。
呆然と立ち尽くし、そして泣き叫ぶ。
声を聞きつけてやってきた二人の人物。
蒼い髪の男と、銀色の髪の女エルフ。
二人に助けられ、他に生存者の居ない、魔物によって蹂躙された村を後にした。
そこからは早送りのように映像が流れていく。
何度か里親を見つけようとするが、滅んだ村の生き残りなんて疫病神だと断られ、二人と旅を続ける子供。
男も女も、実の子のように愛情を注ぎ、大切に育てているようだった。
ただ、二人は常に魔物と戦っていた。
どうやら二人は、それを生業にしているような感じに見える。
時には多くの戦士と一緒に、時には二人だけで、常に戦っていた。
二人が子供を戦士に預けて最前線へと向うと、子供の元に魔物の群が押し寄せ、子供を残して全ての戦士が死ぬなんてこともあった。
どんな時にでも奇跡的に生き延びる子供……。
そして――
周囲をぐるっと魔物の群に囲まれ、勇者とまで謳われた二人にも死が訪れようとしていた。
その場に子供も居る。
蒼い髪の男がそっと子供を抱きかかえ、その額を重ねるように顔を近づける。
『お前には不思議と運が付きまとうようだ。魔物に襲われた村で唯一の生き残りでもあり、私たちと旅を共にしていても常に生き残り続けた――』
『多くの仲間を失った私たちだけど、貴方だけは失わなかったわ。それだけが、私たちの喜び』
すぐ隣ではエルフが優しく囁く声が聞こえた。
あぁ、これは【ソドス】で倒れた時に見た夢だ。
『心残りは、お前を置いて逝かねばならない事』
『せめて……貴方を安全な場所に――魔物のいない安全な世界に――』
魔物の居ない安全な世界――それが地球だったのか?
子供の視界に無数の魔物が動くのが映った。
子供が叫び――俺が、叫ぶ。
「とーさん、かーさんっ」
二人の顔に微笑が浮び、そして――
『『空間転移』』
魔法が発動した。
光が視界を埋め尽くし、子供の体を浮き上がらせる。
見上げる空の一角に黒い渦が見えた。
光はその渦目掛けて延びていたが、それを見たところで映像は終わった。
その後、子供はある自動車事故に巻き込まれた。
奇跡的にほぼ無傷だったが、自己の後遺症で記憶を失ったとされた。
両親は事故で亡くなり、父親側の祖父母の元に引き取られる形に……。
地球に両親なんて居ないのに、どういう事なんだ?
――貴方ヲ育テル者ガ必要ダッタカラデス――
――ダカラ記憶ヲ書キ換エマシタ――
じーちゃんばーちゃんのかっ。
――イイエ。貴方ニ関ワル全テノデス――
人の記憶以外もか……むちゃくちゃな。
なんでこんな事をしたんだ。いや、なんで今更、俺を連れ戻そうとするんだ!?
――必要ダカラデす。戦える者が。導く者が――
――あの者たちが完成させた空間転移の魔法痕が残る貴方という存在が、
戦士を誘うのに必要なのです――
俺を媒体にして空間転移させようってのか。
地球人をセカンド・アースに転移させて、どうするんだよ。地球人は魔法も使えないし、剣だってまともに扱える奴なんて早々居ないのに。
――だからこその【Second Earth Synchronize Online】――
セカンド・アース・シンクロナイズ・オンライン……ゲームとセカンド・アースをシンクロさせて、プレイヤーキャラのまま転移させる気だったのか。
――それが彼の立案でした――
彼?
誰だ、それは。
――私はもう待てません。私の世界に魔物が蹂躙する光景は、もう見たくないのです。
さぁ、貴方の役目は多くの仲間を共に連れてくること。
そして、セカンド・アースから全ての魔物を消し去る事です――
全ての魔物を!?
馬鹿言うな、そんなの無理に決まって――