3-16:俺の願い
『プレイヤー村の皆様お疲れ様でした。これにて夜明けといたします』
東の空が白みはじめた頃に聞えたアナウンス。
俺たちプレイヤー側の勝利なのか、それとも間に合わなかったのか。
固唾を呑んで次のアナウンスを待つ。
『総数五二七匹のボス系モンスターを出させて頂きました。被って登場したネームドモンスターなども居たかと存じます。しかし残念ながら――』
残念って……間に合わなかったのか?
辺りもざわつく。
俺の周囲に集まってきたフィンたちも、心なしか不安そうな顔をして天を仰いでいた。
『五二七匹目となるゴブリンキングが日の出ギリギリで倒されてしまい、まこと残念で仕方ありません』
え?
つまり運営にとって残念だったって事かよっ。
意味深な間を作るな――
「っざけんな! 煽り目的で間を持たせんなよ!」
「残念って、ゲームマスター視点かよ!」
「どうせ最初っから狙ってたんだろっ。騙されねーぞ」
皆同じことを思ったらしい。
真剣に野次を飛ばしているのもいるけど、ほとんどは笑って野次っている。
俺たちは勝ったんだ。
今はそれを実感して心から笑う事が出来た。
『これをもちまして、プレイヤー村大規模襲撃イベントは終了させて頂きます。教会、及び転送オブジェクトの設置は、次回定期メンテナンス後とさせて頂きますので、なにとぞご理解のほど、よろしくお願いいたします。それでは、徹夜ての防衛、お疲れ様でした。引き続きお楽しみください』
メンテ明けかー。
まずこのイベントがあと何日続くのか解らないが、まぁ仕方ないよね。
一喜一憂する村民の顔を、登り始めた太陽が照らす。
皆で一つの事に、がむしゃらに挑み、それを超えていく。
それが例え困難な事でも、皆と一緒ならやり遂げられる気がする。
それが例え、世界の存亡に関わるような事でも――
なーんて、ね。
振り返ってパーティーの皆に声を掛け様としたが、足元が揺れてそれ所じゃなくなった。
「おい、大丈夫かソーマ?」
「フェンリルさん、ソーマがっ」
心配そうなオリベ兄弟の声が聞こえた。
揺れているのは俺の足元だけ? いや、俺だけか?
片膝を立て揺れが収まるのを待っていると、心配そうに顔を覗かせるフェンリルの姿が見えた。
「大丈夫か?」
そう声を掛けられた瞬間、足元の揺れがぴたりと止まった。
なんだったんだ、今の。
「あぁ、大丈夫。日の出見てたら目が眩んだだけだから」
変に心配も掛けたくないし、それに、今は言いたいことがあるんだ。
こんなに皆の心が一つになっている。だから今が絶好の機会なんだ。
「な、なぁ皆。ちょっと前から考えるようになったんだけど――」
「おーい、お前ら」
うん。なんてタイミングで邪魔が入るだろうか。
アモンリアキングに止めを刺した張本人、カインさんが【終わりなき探求者】のメンバーを従えてやって来た。
「お前ら、本当面白い連中だな。ここに来て正解だったぜ」
カインさんがそう切り出してきた。
彼の後ろではギルドの人たちが、かなーりニヤニヤしてカインさんを見ている。
「ギルマス、そんな事言いに来たんじゃないだろ?」
「そうそう、ささっと用件いっちゃいなさいよー」
「う、うるせーお前ら。黙ってろよ」
けらけらと笑って探求者ギルドの人たちがカインさんと、何故かフェンリルを見ている。
それに気づいてか、フェンリルの舌打ちが聞えた。
「な、なぁフェ……いやお前ら、うちのギルドに来ねーか? まだどこにも所属してないんだろ」
「え……」
このタイミングのその話!?
俺がまさに今、皆とギルドを造りたいと、そう切り出そうとしてた所だったのに。
最大手の【終わりなき探求者】ギルドに誘われたりしたら、誰だって心惹かれるだろ。
今俺がギルドの話を出しても、皆カインさんの所に行ってしまうよな……。
「ギルドかー。確かにどこかには入りたいよなー。ッチラ」
「そうだよねー。でも出来れば新規のギルドなんかがいいなー。ッチラ」
やっぱりギルドには興味あるんだな、オリベ兄弟は。
「ギルドに入ると、ギルドチャットなんかもあってパーティー組んでなくっても連絡しやすいし、専用工房も持てるからいいニャよねー。ッチラ」
あー、チャットの利点もあるか。うん、そうだよな。
「そうだぜ。そのうちギルド対抗戦とかも実装されるだろうし、コンテンツも増えるんだぜ。うちみたいな大所帯な方が、何かと有利になるぞ」
対抗戦か。そりゃカインさんが言うように、人数多い所が有利だろう。
いろいろ楽しむ為にも、大手ギルドに入るってのは正解なのかもしれない……。
皆と一緒に【終わりなき探求者】ギルドに入るかな……。
「人数少なくてもギルド対抗戦に出れるよなー。ッチラ」
「そうそう。勝つ必要はないんだよ。楽しめればそれでいいわけで、ッチラ」
「対人は苦手ニャ。普通に冒険するだけで私は十分ニャよ。ッチラ」
「チラって言えばいいんですか?」
「そうニャ。アデリシアは解ってないから、とりあえずソーマに向ってチラチラ言ってればいいニャ」
「はい。ソーマ君、チラチラ」
……。
なんだよそのチラって。
「君たち、こいつは鈍感なんだ。もっとストレートに言ってやったらどうだ」
「鈍感って、酷いなおまえ」
隣ではフェンリルが鼻で笑うようにして立っている。
フィンにカゲロウ、ミケもアデリシアさんも笑って俺を見ていた。
「な、なんなんだよ……」
なんとなく不気味だ。
一歩引いて様子を伺うと、
「だーかーらー。俺らでギルド作ろうぜって事」
「そうですよ。どこかに入るのもいいですけど、どうせなら自分たちでギルド作りたいじゃないですか」
「んで、皆がギルマスするの面倒くさいから嫌ーって、なったニャ」
「え? いつの間にそういうお話してたんですか?」
「ソーマが休んでた日。アデリシアだって居たじゃん!」
「え……あぁ! ソーマ君にギルマスやらせようっていう、アレ?」
アレって、ドレだよ。
アデリシアさんのカミングアウトにも動じることなく、三人は平然と頷いて見せた。
って、俺を担ぎ上げる気だったのか!
いや、皆も俺と同じことを考えていたんだなと喜ぶべき所だよな。
でもなんだろう、このもやもやは。
素直に喜べない自分が居る。
「な、なんだ。お前ら、そういう話になってたのか?」
「そういう事だ。諦めろ、カイン」
唖然とするカインさんに止めの一撃を加え、フェンリルは俺の肩に手を置いた。
その時、俺は見た。
カインさんの表情が凍りついたのを。
「ま、待てよ。おまえまでそっちに行くのか?」
「んー、まだ決めてないけど」
「だったら俺たちと来いよ。また昔みたいに遊ぼうぜ。ボス狩ったり、ダンジョンの攻略したり――」
やけに必死にフェンリルを勧誘するな。
やっぱり、二人の間に何か関係があるんだろうか……。
「でもなー、お前達とはレベル差が……」
「待つ。待つよ! おまえのレベルが上がってくるの、待つから」
「いや、そんな事してほしいとは思わない。それに、ガツガツしたプレイは苦手なんだよ。カインだってその事は知ってるでしょ?」
何も言えなくなったカインさんは、無言で頷き、そして項垂れた。
「何もかも知ってて、当たり前のように動く連中の支援しててもつまらない。多少ヘタレぐらいな奴の支援やってる方が、遣り甲斐はあるんだよね」
そう微笑んで彼女は俺を見た。
その黄金の瞳に魅入られ、俺は視線を逸らす事が出来ない。
「って、なんで俺見るんだよっ。ど、どうせヘタレさ」
言いつつも、フェンリルが俺を選んでくれた事が嬉しい。
いや、俺たちのギルドを――か。
「解ったよ。俺がさっき言いかけてたのも、ギルドを一緒に作らないかって話だったんだよな」
「お、なんだよ。俺ら以心伝心じゃん」
「えー、ソーマとフィンって、おホモ達だったニャかー?」
「ちょ、辞めろよミケ」
「そうだぞミケちゃん。俺は断じて男好きなんかじゃない。女好きなんだーっ!」
「大声で叫ばないでよ兄さん! ただの変態じゃないか」
「可笑しい……変態のポジションは私だったはずなのに」
「フェンリルさんって、変態だったんですか?」
「いや、その、素で聞かれると困る」
和気藹々と馬鹿話を繰り返す俺たち。
今ならどんな敵が来たって負ける気がしない。
皆で力を合わせて、皆で立ち向かえる。
「例えこの世界が現実になったとしても、俺は皆となら魔王とだって戦えるぜ」
そう言って俺は手を差し出した。
「仕方ない。後ろからこそこそ援護してやるよ」
一番初めに手を重ねたのはフェンリルだった。
聖職者だってのに、真っ黒な手袋なんてはめやがって……。
この時、俺は願った。
この瞬間が現実でありますように、と。
これがゲームなんかじゃなく、本当の世界で、本当の冒険がはじまればいいのに――と。
――貴方ノ願イ、聞キ届ケマシタ。サァ、オ戻リナサイ――