1-6:ステータス画面が出ました
「そこかぁー!!」
俺は叫びながら振り仰ぐと、慌てて木を降りようとする人物が居た。
その人物が降りる方向に先回りすると、意外と慎重にゆっくりと降りてくる男の姿が目に入る。
「あっ。先回りするとは卑怯なっ!」
そんな事を叫びながら男は逃げ出す。
「なんで逃げるんですか!?」
逃げられれば追いかける。これ、人間の心理だよな。
全力で追いかけると、男は振り向きながらこう言った。
「辻はなー、お礼を言われたら負けなんだよっ!」
そうか。よく解らないが俺は――、
「支援してくれて、ありがとうございますーっ。さぁ、貴方の負けですよっ!」
と叫んでみた。
途端、男は立ち止まって、まるでギギギという音でも出るような感じで振り向く。
毛先の方だけ黒いリボンで結った長い髪は、さらさらと風に揺れている。その髪の間から伸びる長い耳。エルフだな。黒いロングコートには、銀色の逆十字架が施されている。ここまで見れば、もう顔はイケメン決定みたいなものなんだろうけど……。
だが顔は解らない。なんせ、額から鼻先まで、お面で覆われているからだ。
目の部分には赤い硝子のようなものがはめ込まれていて、瞳の色すら解らない。額の部分には角のような物が左右に二本生えていて、さながら鬼の面とでも言った感じか。
さっきズモモ戦後に見た男と同一人物、だよな?
「解った。君の勝ちだ。敗者な私は立ち去ろう」
「いやいやいや、それ以前に逃げようとしてたじゃないかっ」
「っち。まったく最近の若者は――」
若くないのか、この人?
それで、この男は辻支援っていうのをやっていたヒーラー……だよな。
まさかズモモ戦でのシールド魔法も、この男が掛けてくれてたのか。
ってことは、軽くストーカーして立って事!?
俺はちょっとした恐怖に駆られ、男から数歩後ろに後ずさった。
「ん? 何かね?」
何食わぬ顔で男は俺を見る。あのお面の下には鋭い眼光が忍んでいるに違いない。
「な、なんで俺の後を追いかけてきているんだ!?」
単刀直入に問う。回りくどいのは苦手だ。
「な、なんでって……。ズモモ戦の時は苦戦しているようだし、ちょっと支援してやっただけさ。その後はその辺で草むしりしてたらトレインしている娘を見かけたから……」
「トレイン? 列車がどうしたって?」
ってことは偶然か。ズモモの時は俺に支援を、バウンドの時にはアデリシアさんを支援しようとしてついでに俺が居ただけって事か。
頭の中を整理している間、お面の男が怪訝そうにこっちを見ていた。
「な、なんだよ?」
「ほむ。もしや君、VR初心者……いや、MMOの初心者かね?」
「はひっ。そそそそそそんなこと、あああああるわけななないじゃないか」
何故解るしっ!
にやっと口を歪めて見つめるお面の男、絶対、今笑ってるな。
「はっはっは。最近じゃ珍しいとはいえ、ゲーム初心者なんてどのタイトルにも居るんだ。張り切って隠す必要も無いだろう」
「そ、そうなのか?」
鬼が頷く。
そ、そうだよな。全員がVR上級者とか、サービス開始したばっかりの状況ではあり得ないか。
ちょっと肩の荷が下りた。
「しかしまぁー、見ず知らずの相手を助けようとする心意気はよし。格上モンスター相手に女の子を守ろうとは、やるじゃないか」
「あー、いや。困ってる人助けるのは当たり前だろ? それに、見捨てたらこの先ずっとそれを引きずってプレイするなんて、嫌じゃないか」
勇者道に恥じる! それが一番の理由だけど、流れ星にも願掛けしてるし、そんな事は口が裂けても言えない。
男は大袈裟に拍手を送ると、うんうん頷きながら俺の方へとやって来た。
こっそりキャラクター情報を見ると、男の名前はフェンリル・クォーツとある。ちょっと厨二くさい名前だが、その事は内緒にしておこう。
名前の前にあったのは本と棒切れのようなアイコン。レベルは――、
「レベル31……」
「羨ましいか? 私のレベルが高くて、君は羨ましがっているな?」
声だけ聞けば清涼感のある凛とした、耳障りのいい声をしているんだが……口調と話す内容がどうにも引っかかる。
けど、羨ましいと思う気持ちは確かにあった。
それを知ってか知らずか、エルフの鬼は笑って、こちらを見つめる。
「心配するな。レベル31なんて直ぐに追いつくさ。ましてレベル10なんて、あっという間だぞ」
「見てたのかっ!」
「しっかりと、この眼で!」
お面の目の部分を指差してドヤ顔で言われた。
なんかこー、悔しい気分になってしまう。
それから彼は、一つ良い事を教えてくれた。
「正式サービス開始組みには、運営から経験値二倍アイテムが配られている。私のようなベータからのプレイヤーには配布されてないから、場合によっては正式組みのほうがレベルが高くなるかもしれない」
「え? それって、どこで貰えるんだ?」
「ほむ。モールショップに配布されているはずだよ」
モールショップ? どこの店の事だ?
その事を尋ねると、またもや鬼が首を傾げて俺をじっと見つめた。可愛くないから辞めてくれ……。
「課金アイテムのメニューみたいなもんだけども……そうか、君、もしかして。公式サイトもロクに見てないなっ!」
「っぐ……せ、説明書なんて読まなくても、大抵のゲームは操作一緒だし」
「おい、それはコンシューマーでの常識。MMOとそれとはかなり違うぞ」
それは実体験して身に染みてるよ。
男――フェンリルにモールの開き方や、ついでにもろもろのシステムを確認できるUIの事なんかを教えて貰い、ようやく経験値二倍アイテムというヤツを見つけた。
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【祝福の珠】
仕様すると、三時間の間モンスターを倒して得た経験値が二倍になる。
尚、三時間とはゲーム内時間の事を言う。また、珠の重ね掛けは二個まで可能。
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このアイテムが十個付与されていた。
これを使えばレベル10なんてあっという間だろうな。もしかしてあの二人はこれを使っていたのだろうか?
けど、今はまだ比較的レベルが上がりやすい時期だろうし……使うのが勿体無い気がする。
「これ、本当にレベル上げが辛くなってから使う方が、効果良いよな?」
「ほむ。君はなかなか堅実そうだな。まぁどのタイミングで使うかは君次第だろう。たぶん三時間有効ってやつだろうから、出来れば三時間みっちり稼げるタイミングで使った方がいいね」
「そうする」
じゃー今は使わないって事で……。
ただ、攻撃力や防御力をいろいろ考えてみると、やっぱり早くレベルを上げたい気もした。
武器はまだ、農夫のおじさんから貰ったのがあるからいいけど、防具がなー。靴以外初期装備のままだぜ。
村にはお店らしきものはなかったし、やっぱ町か。
「あのー、町に行けば防具屋とかあったりする?」
「んー、そりゃーあるさ。でもそのレベルなら、モンスターからのドロップでも十分足りるけど?」
うっ。嫌な事を思い出してしまった。そうだよ、ドロップだよ。木箱探しにいかなきゃ。
「俺、ドロップした木箱を回収しわすれてて、今から拾いにいく所だったんだ。えーっと、支援してくれてありがとう。じゃ、俺行くから」
「は? お、おい君。ドロップ品は三分経過すると消滅するんだぞ!?」
今まさに駆け出そうとした俺に、クリティカル攻撃がお見舞いされた。そのぐらいの精神ダメージが来た。
マジですか……。レベル4になるまで全ての報酬が水の泡……。
「っぷくくくくく」
いたいけなMMO初心者を前にして笑うなんて、なんて酷い鬼だ。いや鬼だからか。
「笑うなよ……こっちは泣きそうなんだぜ」
「っくくく、いやぁ、申し訳ない。なかなか楽しい初心者だと思って」
「はぁ、まぁいいさ。ズモモ産のローブ売ってお金にしよう。これで防具買えるかな……」
「ほむ……ちょっと聞いても良いかい?」
とぼとぼと町のほうに向って歩き出す俺の後ろを、フェンリルは一緒になって歩き出す。
何を聞きたいんだろうか?
頷いてみせると、彼はこう尋ねてきた。
「君、ステータスはどこにどう振っているのかね?」
――と。
ふる? どういう事だろう。
「ふるって、何を?」
「え?」
「え?」
二人で「え」を連呼する。レベルの低いコントかよっ。
「いやー、まさかステータスを自分で自由に振り分けるシステムだったとは」
「いやー、まさか知らないで初期ステータスでプレイしてたとは」
はっはっは。と俺たち二人は笑った。
かなり冷たい笑いではあったけれども。
俺の今のステータスはこう。
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ソーマ・ブルーウッド レベル5 カルマ:10
クラス:初心者ファイター
HP:318
SP:192
STR:5+
VIT:5+
AGI:5+
DEX:5+
INT:5+
LUK:5+
□:30
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最後の□の横にある数字が、自由に各ステータスに割り振りできるポイント。
ステータス:5ってのは初期数値で、まったく弄ってない状態だ。
コンシューマーだと自分でステータス弄るって事が無いもんなー……いやーはっはっは……笑えない。
「いやー、なかなか楽しい人材だ」
「俺は楽しくない」
「あっはっはっは。まぁまぁ。STRを上げれば攻撃力も上がるし、あ、STR2でatk+1するからね」
笑いながらも親切にステータスの事を教えてくれる。
話を聞きながら俺が振ったステータスがこうだ。
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ソーマ・ブルーウッド レベル5 カルマ:10
クラス:初心者ファイター
HP:568
SP:192
STR:15+
VIT:10+
AGI:10+
DEX:5+
INT:5+
LUK:5+
□:10
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VITを振るとHPも増えるとは聞いたけど、まさか1ポイントでHPが50も増えるとは……。
ポイントを余らせたのは……在庫ゼロになると不安を感じる心境みたいなもので。残しておけば後になって「このステータスも必要だった」って時に役に立つだろう。
よぉし!
ステータスも振ったり、攻撃力も上がったハズだ!
「よっしゃ、やるぜっ!」
意気揚々と林を抜け、手近なモンスターに向って突進した。
相手はさっき散々な目にあったバウンドだ。リベンジってヤツだな。
「はっはっは。君、元気だねー。けど――」
けど――。
「っぎゃあぁぁぁぁ!?」
『バウバウバウバウ』
『バウバウバウバウ』
『バウバウバウバウ』
一匹に切りかかっただけなのに、何故か周囲のバウンドもやってきて俺がフルボッコされている。
「はっはっは。それ、リンクモンスターだから。それに、君よりレベル四つも上だぞ?」
「早くそれを言ってくれぇぇぇぇぇっ」
俺の絶叫はバウンドの遠吠えによって掻き消された。
『バウバウバウゥゥゥーッ』