3-12:生まれくる者
景色が一変する。
降りしきる雨はそのままで、正面には無傷な家と土に埋もれて半壊しているような家、屋根だけが土から辛うじて見えているような家があった。
俺の足元にも僅かに土砂が流れ込んできている。
こりゃ急いで移動させないと、転送先も土砂で埋まってしまうぞ。
『聞える? 準備できたら急いでこっちに来てくれ。今は無事だけど、いつ転送先も土砂で埋まるか解らない状況だ』
『わかった! 一〇〇人以上は行けそうだ』
フィンの声が直ぐに返ってきた。
救助隊が到着するまでの間で村の状況を確認する。
村のすぐ裏手は急斜面の山になっている。山肌がずり向けている所があるな。そこから土砂が真っ直ぐ村を襲ったようだ。
手前の方の家は無事な所もあるが、奥のほうを見ると土砂に埋まって屋根しか見えてないような家もある。
急がないと……。
「お待たせっ! って、ひでーな……」
第一陣で到着したフィンが悲痛な声を上げた。
背後からは続々と人が出てくる。その中にロブスさんの姿もあった。彼はスコップを持って村の奥へと駆け出していく。
「ロブスさん、一人じゃ危険です!」
「俺らも行こう。あのかーちゃんには美味いもの食わせてもらった恩があるんだ」
「あぁ」
俺とフィン、そしてアデリシアさんとレスターが付いてきた。
『俺は村の全体像を調べて、人手を分けていくね』
『カゲロウ、頼む』
ロブスさんの後を追いかけながら、フィンから手渡されたスコップを握りしめる。
どうか無事で居てくれと、そう必死に祈った。
前方を走るロブスさんの足が止まる。彼の前には半分土砂で埋まった家があった。
「かーちゃん……生きててくれよ」
そう言いながらロブスさんはスコップで土砂をすくう。俺たちも同じようにスコップで土砂を掻き出していった。
「あのね、私ね、精霊魔法を少し教わったの。野菜を育てるのに、ゴーレムさんを召喚したくって」
後ろでアデリシアさんの声が聞こえる。呪文を詠唱する声に変わると、俺の足元をゴーレムが歩いて家の中へと入っていった。
「ゴーレムさんに頼んで、中の人が無事か見てきてもらうね」
それは助かるな。こんな使い方も出来るんだな、精霊魔法って。
暫くしてゴーレムが出てくる。それを目で追っていると、アデリシアさんの所にいって何か言っているようだった。言葉とかって解るものなのか?
「ゴーレムはなんて?」
「えっとね、中に四人居るんだって。皆なんとか生きてるよって」
それを聞いてロブスさんが歓声を上げる。そして急いでスコップで土砂を掻き分け始めた。
俺の手にも力が入る。だが――
『でもね、空気が少ないから急がないと……その、ダメかもって……』
ロブスさんを気遣ってか、アデリシアさんがパーティーチャットで言った。
一瞬、俺の手が止まる。
ここまで来て助けられなかったなんて……そんな結末は嫌だっ。
歯を食いしばって再び手を動かす。
どんなに土砂を掻き出そうと、後からどんどん土砂が流れ込んでくる。
「後ろの土砂を塞き止めるかどうかしないと、いつまで経っても終わらないぞっ!」
「解ってるよ。でも今は人手が少ないんだ。少しでも土を掻き出す方がいいだろっ」
「アデリシア、ゴーレムに命令して土砂を動かせないかい?」
「さっきお願いしたの。でも、水が邪魔で無理だって……ごめんなさい」
「糞っ、目の前に生存者がいるってのにーっ!」
今は土砂を掻き出すしか出来ない。
一秒たりとも手を止めることなく、ただただ土砂を掻き出して行く。
掻き出せば掻き出した分だけ、新たな土砂が流れてくる。こんな事をしていて、本当に助けられるのか?
人手がほしい。けど他の人も必死に救助に当っているんだ……。ここだけ特別に人を寄こせなんて、そんな事は言えない。
降りしきる雨の中、それでも俺たちは必死に手を動かした。
その雨が突然氷になる。
「加勢に来たぞっ」
「アイスウォールで土砂を止めておくから、その隙に一気に掘れ!」
「スコップなんかでちんたらやってるより、ほら、この板で一気にばーってやるぞ」
「ギルメンから聞いて、狩り場から直接来たんだ。遅くなってすまん、村長」
「狩場? 村に居なかった人達も来てくれたのか?」
「あぁ。他のギルドや未所属の連中にも声掛けてるって。どんどん集まってきてるよ」
思わず俺は腰を上げ、辺りを見回した。
降りしきる雨の中、大勢のプレイヤーが続々と集結している。
魔法を駆使し、土砂を塞き止め、中には土砂そのものを凍らせて壁にしている人もいた。
何処からか持ってきた丸太を使って、倒壊寸前の家を支え続けている人も見えた。
そして……。
「かーちゃん!」
「あ、あんたっ。どうしてここに」
ロブスさんの奥さんが見つかった。怪我はしているものの、命に別状はなさそうだ。
だが奥さんは切羽詰ったように叫ぶ。
「赤ちゃんがっ」
奥さんの手には産まれたばかりの赤ん坊が抱きかかえられていた。
泣いてもいないし、動きもしない。まさか――
「わ、私の息子……誰か……助けて……」
奥さんの妹さんなのだろう。憔悴しきった顔で我が子に手を伸ばしている。
産まれた赤ん坊なのだから、その手を掴む事が無いのは当たり前なんだろうけども……。
こんなの酷すぎる。これじゃーあんまりだ!
土砂に埋もれた家から出てきた奥さんの元に駆け寄り、その手に抱かれた赤ん坊へと手を伸ばす。
その俺の手に、別の人物の手が重ねられた。
「フェンリル!?」
「まだだ。辛うじて息をしている。祈れ、それこそが神聖魔法の力だ――」
全身泥まみれになった彼女は視界を遮る鬼の面を外し、険しい表情を見せていた。
彼女に言われるがまま俺は祈る。
赤ん坊の無事を。
皆の無事を。
赤ん坊の上に置かれた俺の手。その上に置かれたフェンリルの手。
その上にロブスさんが、フィンが、レスターが、アデリシアさんの手が重ねられていく。
駆けつけてくれた人たちも、彼らの肩に手を乗せ、それぞれが祈るように目を閉じていた。
『神の祝福を受けし者。その終わりは今にあらず。その終わりは遥か未来。なれば再びその産声をあげん。再生の癒し』
フェンリルの手が輝き、その輝きが皆を包んでいく。
目が眩むような光の中、俺はとても懐かしい人たちと再会をした。
いや、夢で見た人たちだ。それを俺は懐かしいと感じているのだろうか?
俺に微笑みかける蒼い髪の男と、銀色の髪の女エルフ……。
幻は一瞬で消えた。
光が消え、辺りには静寂が訪れる。
赤ん坊は――?
――。
――――。
「ふ、ふぎゃーっふぎゃーっふぎゃーっ」
泣いたっ!
「うっしゃーっ!」
「きゃ〜、赤ちゃん泣いた、泣いたよ皆ぁ〜」
「あはは。アデリシアだって泣いてるよ」
「てもーも泣いてんじゃねーか、レスター」
「そう言うあんただって泣いてるだよ、フィン」
よかった……。
顔を上げるとフェンリルと目が合う。
「君も泣くか?」
「……これは涙じゃない。雨だっ」
「ほむ。だが空を見たまえ」
言われて見上げた空から、雨は一粒も落ちていなかった。