3-11:ようこそBLの世界へ(嘘)
清々しい朝が訪れた。
窓から見える外の景色は、これでもかってぐらいのどしゃぶりな雨だが。
でも清々しい。
昨夜のミケの告白。皆にカミングアウトするには相当な勇気がいるはずだ。俺とフェンリルの胸に締まっておけば、それで済んだ事だったかもしれないんだ。
それをミケは皆の前で話してくれた。
最初は困惑したけど、でもミケの行動は立派だとも思う。
あと、初犯被害者が俺で後から巾着を返してくれたし、結果的には誰も被害にあってないって事になる。それも嬉しかった。
更に、盗みを働いてしまったミケを皆が受け入れてくれた事。これが一番嬉しいのかな。
だから今、俺の心は満たされている。
が――
ベッドから起き上がってリビングに行くと、そこにレスターとフェンリルの姿を見つけて一気に曇り空。いや、外同様に豪雨か。
「やぁ、おはようソーマ君」
「おはよう。なんだ朝っぱらから辛気臭い顔なんぞしおって」
さっきまでは清々しかったんだよっ。
朝っぱらからツーショットなんて見せられて、晴れ晴れしい顔なんて出来るかよ。しかもだぞ、なんで鬼の面外してんだよ!
そういうのは俺が真っ先に……。いや辞めよう。フェンリルと俺はそういう関係じゃない。彼女の中じゃ俺なんて、ただの肉壁だろうしな。
「はぁ……」
「なんだ、突然溜息なんぞ吐いて。白髪が増えるぞ?」
「お前なんて全部白髪だろ――っ痛ー。おい、頭突きすんなよ! いつもの聖書はどうしたんだ」
「なんだ、角で殴られるのがクセになったのか?」
お互いおでこを擦りながらの攻防。ってか自分でも痛かったんじゃねーか。
「おー、いて。で、何の話してたんだ? 随分楽しそうだったじゃないか」
「そりゃ楽しいお話さ」
「ボクはそんなに楽しくないけどね」
「だー、もったいぶらないで教えろよ」
レスターに詰め寄って身を乗り出していると――
「っきゃ。ソ、ソーマ君……」
「え? ソ、ソーマがレスターとキスしてるニャか!?」
「え、ちょ……」
「か、勘違いだよアデリシア!」
そこへまたオリベ兄がやってきて、
「うぉ! ボーイズラヴの世界かここは!?」
「どこの世界だよっ」
後ろでカゲロウが耳を垂らし、怯えたようにこっちを見ていた。
「なんだよ。違うのかよ。つまんねーの」
「おい、もしホモの世界だったらお前、どうしたんだよ。嬉しいのか? 嬉しいってことはホモか!」
「ちょ、違うし!」
冗談だとは解っていつつも、仕返しはキッチリやっておく。
場が落ち着いたところでさっきの話だ。
「昨夜は言うタイミングが無かったから話そびれていたんだけどさ。昨夜の段階で暁が本格的に分裂しそうだったんだ」
「お前、昨日は暁と一緒だったのか?」
レスターは首を振って、ソロだったと話す。
暁の内部事情については、ギルドチャットで散々罵りあいが垂れ流しになっているから解るのだと。
それはそれで、ソロ狩りしてても鬱陶しくて仕方ないだろうな。
「でさ、今朝になってささチャが来たんだけど……。幹部の一部がギルドを抜けたんだ。ボクも誘われたけど、もう少し残って様子みたいからって話したんだ」
「お、遂に暁消滅の予感?」
「かもね。あの一件以来、続々とギルド抜けする人が出てね。昨夜の時点で在籍者数は四十人ぐらいだったんだ。で、今朝数人の幹部が抜けると、芋づる式に出て行ったメンバーも居て――」
「今何人残ってんだ?」
「十八人」
うわ……少なっ。
こうなると小規模ギルド並みだな。
「流石にこの時期に暁へ入ろうなんていうプレイヤーも居ないだろう。消滅しないまでも、ほぼそれに等しい状況だな」
冷静な物言いでお茶をすすりながらフェンリルが言う。いつの間にか鬼の面も装着済みだ。
「レスターはまだ暁を抜けないのぉ?」
「うーん……どうしようかなー」
「ってかレスターはなんで暁なんかに入ったんだよ。他ゲーやってたなら暁の噂とか、聞いた事あったんじゃ?」
アデリシアさんはまぁ、聞いてたとしても理解できてなかっただろうな。
けどレスターはそういう事情には精通してそうだし。
「迷ったんだけどね。でも暁に居た、今朝抜けた人の中に憧れてる弓職の人がいて」
「あー、それもしかして与一って奴か?」
フェンリルが言うと嬉しそうにレスターが頷いた。
なんとなく、俺の中でもやもやしたものが……。
「そうそう。与一さんは弓使いの間でもちょっとした有名人なんだよ。PSがめちゃくちゃ凄い人で」
「あ、それ俺も知ってます。弓職ソロでのダンジョン攻略を真っ先にやってしまうって……暁の人だったのか」
カゲロウはやや残念そうな顔を見せている。この様子だと、カゲロウも少なからず憧れを持っているのかもな。
「与一さんや一部のメンバーは、暁内でもちょっと毛色が違うんだ。実力でのし上がるってタイプだね」
「そんな人たちが何故暁に……実力でのし上がれるんだろ?」
素朴な疑問にレスターが苦笑いを浮かべる。
「まぁ、それはほら。人間って一度甘い汁を吸うと抜け出せなくなるっていうじゃないか」
「言うんだろうか……」
「与一が暁に加入した時のゲームを私も知っているが、結構課金ゲーな所があってね」
なんでも良く知ってるな、フェンリルは。実は地味に廃人なんじゃ……。
「課金アイテムに能力が付いてて、ゲーム内でドロップする装備を凌駕してたんだよ」
「ちょ、それ酷くないか?」
「しかもそれがガチャの大当たりとかでね」
「……それ目的で与一って人は暁に入ったのか」
頷くフェンリルとレスター。以心伝心している二人が憎い。
結局、暁を抜けないまま与一って人やその他の実力者は、暁と共にゲームを渡り歩いたって訳か。
そしてついに暁と離別する機会が訪れた。そういう事だな。
「で、レスターはまだ抜けないのぉ?」
アデリシアさんの縋るような声にレスターは頬を赤らめて苦笑いを浮かべている。やっぱりアデリシアさんの事が好きなんだよな?
内心で詮索をしていると、俺たちの家を強く叩く音が聞こえてきた。
「居るかっ!?」
こんな雨の中誰だろう?
戸に近かったカゲロウが立ち上がって開けると、雨に打たれてびしょ濡れになったロブスさんが立っていた。
その顔は険しく、息も荒い。
「手伝ってくれっ。北の村が崖崩れで埋まっちまったんだっ」
「えっ」
「うちのかーちゃんが、産気づいた妹の世話をしに実家に帰ってたんだよ!」
ロブスさんはそういうと泣き崩れた。
俺たちは互いに顔を見合わせ頷きあう。
「行きましょう、ロブスさん。フィン、カゲロウ。他の皆にも声を掛けてくれ。崖崩れから人を助け出すなら、大勢居たほうがいいだろう」
「誰か北の村の転送持ちが居ないか探してこよう」
「土砂を掻き分けたりするんだから、スコップ作るかニャ?」
皆がそれぞれ出来る事を始める。
俺もロブスさんと二人で、必要になりそうな物を掻き集めた。
その間にも続々と人が集まってくる。
「村の転送持ちが居たぞっ」
「直ぐに出る?」
「頼みますっ」
「じゃー、出すね」
聖書を掲げた女の子の詠唱が始まる。直ぐに彼女の目前に魔法陣が現れる。
「転送先は村の入り口だけど、大丈夫かな?」
「行った先が土砂で埋まってたらやばいよな……フェンリル、シールド掛けてくれ。俺が先に行って確かめる」
「無茶な奴……『聖なる盾よ、プロテクションシールド』」
「無事だったらパーティーチャットで知らせるから――」
それだけ言うと深く息を吸い込み、そして止めてから魔法陣の中へと飛び込んだ。