3-10:ミケ・ミケ
店員に注文をし、それが出てくる前の間、ミケがさっきの男たちの事を話してくれた。
「二つ前のVRMMOでね、同じギルドに居た人たちなんだ」
いつもの「ニャ」は無い。
「半年ぐらい一緒に遊んでたんだけど、内輪揉めっていうか……色恋沙汰で内部分裂してた時期があって」
「お前もその――」
「いやー、私じゃないよ。女のギルマスだったんだけど、サブマスとゲーム内でできちゃって。それからギルマスが他の男メンバーと遊ぼうとすると、サブマスが無言のプレッシャーを男メンバーに掛ける様になったみたいでさー」
「な、なんか面倒くさそうな状態だったんだな」
「うん。そんな時に新規加入の子が来たんだけど」
それとミケが持ち逃げとどう繋がるのだろうか?
「タイミング悪かったのね。新規加入の子と二人っきりの時に、サブマスの愚痴を言ってた会話ログをSSに撮られちゃって」
「チャットだったのか?」
頷くミケは、そのゲームではギルド会話はチャットだった事を教えてくれた。
「その会話ログを加工されて、アイテム持ち逃げしたのが新規加入者?」
「うん。SS見る限りだとね、私の愚痴チャットの後に誰かがログアウトした事になってて、それからギルド倉庫から誰かがアイテムを出してるログが流れてるの。その時ログアウトしてたのって私なのね」
「あ、そうか。ミケとそいつしかログインしてなかったんだから、残ったそいつがアイテムを抜き出してるって事か」
「自分が抜き出しても他人が抜き出してても、ログの内容が同じだから人に擦り付けることも出来たんだ」
「じゃー、その新規のは?」
「ギルマスの話だと、こんなギスギスしたギルドは嫌だって言って抜けたらしい」
うーん。これだけだとミケの無罪を証明するのは難しそうだな。
まぁ、だからなんだ? という話でもある。
今のミケは俺たちの仲間だし、盗みなんてやっちゃいない。
それが確かな事なんだから、それでいいんだ。
「ねぇ、ソーマ?」
「ん? なに」
料理が運ばれてきて、考えながらもそれを口に運ぶ。そんな俺に神妙な面持ちでミケが尋ねてきた。
「その、初めて会ったときのさ、アレ。なのになんでソーマは何も盗まれてないって言い切ったの?」
「え、いや。盗まれたって言ってよかったのか?」
サンドイッチを掴んだまま、ミケの動きが止まる。おっかなびっくりといった様子だ。
「それに俺、盗まれたんじゃなくって落としたんだぜ? んで、ミケがそれ拾って届けてくれた。でいいだろ?」
俺超カッコイイ。
そんな風に思いながら肉にかぶりつく。
視線の隅ではミケもサンドイッチを食べ始めた。
うんうん、腹が減っては戦は出来ぬ――だ。しっかり食って午後からレベル上げ頑張るぞっ。
今夜のたんぱく源は豚肉だ!
ミケとの狩りで、晩飯のメインディッシュ探しをしていると見つけた豚。サイズ的には数十人分は取れそうだ。
生け捕りように縄なんかを用意してあったから、気絶させたあと手足を結んで頑丈そうな枝に括りつける。それをミケと二人で担ぎ、帰還の魔法陣に乗って町まで戻った。
昨日、肉の買取を依頼した肉屋に持っていき、今日明日食える分だけを切り分けて貰い、残りは肉屋へと無料で提供。
香辛料も分けてもらい、それを持ってプレイヤー村へと帰還した。まぁ、町からは徒歩なんだけどな……。
「うーん、村までの工程も短縮する方法があればいいんだけどなー」
「だニャね〜。荷物持ったままこの距離を歩くのは面倒くさいニャ」
「インベントリにも入れられないしな」
食材はインベントリには入れられなかった。何故かは解らない。リアリティの追求なんだろうか?
「町にあるオブジェみたいなのが村にも作られればいいニャねー。ついでにオブジェから村への転送もありとか」
「あれだけプレイヤーが住んでるから、運営がサプライズしてくれるといいな」
「あはは。そんなサプライズなんて、どんなVRでも期待できないニャ。するだけ無駄ニャよ」
そうだよな。でもまぁ、夢を見るぐらいはいいもんな。
帰宅して、今夜の戦利品を厨房へと運ぶ。
生産組みは既に帰宅していて、夕食の準備をしている所だった。
「わぁー。今夜はとんかつにしますかー」
「お、いいねー。丁度香辛料とかも貰ったんだ。使える?」
小さな巾着三つをアデリシアさんに手渡すと、彼女は匂いを嗅ぎ、OKサインを出した。
これで今夜の晩飯はとんかつ決定だな。
「今日はとんかつかー。楽しみだなーボク」
「そうか。で、さも当たり前のように居るレスター君は何をしに来たんだ?」
「え? 食事と寝床の確保だけど?」
……。神経図太いな。
まぁ、俺がこいつに嫌がらせされた訳でもないし、構わないんだけどさ。
そして待ちに待った晩飯タイム。
空腹感が明確になってからは、飯の時間がどれだけ楽しみになった事か。しかもアデリシアさんの手料理は美味いし。
「いっただきまーす」
合唱後、揚げたてのとんかつにかぶりつく。
んー、美味い。
「リアルで動物の肉なんて、さばいてすぐに食べれる気がしないけど……流石にゲーム内ではそこまで作りこまれてないんだね」
「レスター。なんかリアルにそういう話は辞めようぜ。なんか楽しくなくなるだろ」
「あぁ、そうだね」
フィンなんかは黙々と肉を食ってる。肉ばっかりじゃなくってパンも食えよ。
暫く和気藹々と飯を食っていると、ミケが唐突に――
「あ、あのね皆。私ね、ソーマのアイテム盗んだ事があるの」
言ってしまった。
余りに唐突すぎて皆、ミケの言葉を理解できない様子だった。俺とフェンリルだけが知る話だったからな。
「いや違うって、俺はアイテムを落としたんだ。それをミケが――」
「違わないっ。私が盗んだの。二年前にやってたゲームで、ギルド倉庫からのアイテム持ち逃げ犯にされて……。盗人ってずっと言われてた。違うのに、お前が盗んだんだって決めつけられて――」
次第にミケの顔が高揚し、そして瞳には涙すら浮かび始めた。
「盗人呼ばわりされてむしゃくしゃして……だったら本物の盗人になってやる。そしてあいつ等に痛い目を見せてやるって、そう考えたの」
「そこは普通にスルーしとけばよかったんじゃ?」
「レスターだまっててっ。ミケちゃんが一生懸命喋っているんだからぁ」
「ご、ごめんよ」
うぉ、アデリシアさんがレスターを嗜めた。ちょっと予想外だな。
ミケも同じことを思ったのか、少しだけ口元が緩んだ。
「そうだよね、無視すればよかったんだよ。でも私、負けず嫌いだったから……。それで、始めて盗んだのがソーマの巾着だったの」
「その巾着は私がソーマに預けた物だ。なんというか、抜けてるんだよ、君は」
「え? 俺が悪いの?」
「ってか何で盗まれたの? インベントリ内のアイテムなんて、普通盗めないだろ?」
フィンが痛いところを付いてくる。
「ソーマは巾着を腰に下げてたから……私もちょっと不思議だったんだけど、どうして?」
「どうしてっていうか……その、大金が自分のと混ざるのが怖かったし、いい具合にエプロンにポケットがあったから……」
「「エプロン?」」
オリベ兄弟がはもる。
しまった。余計な事を言ったかもしれない。
そして余計な事をフェンリルが話し始める。
「あー、薬草の買取を頼んでてね。客寄せ用にウサギのヘアバンドと純白のエプロンを装備させてたんだ」
「うわ、それ見てー!」
「残念ながら耳は幼女に進呈しやがった」
「ちょ、幼女って。ソーマはロリっと……」
「おいそこ、メモするような仕草してんじゃねーよっ」
「あっ、あの!?」
ミケが何か言おうとしたが、
「ミケちゃんさ、ソーマから巾着取ったのが初犯だったんだろ?」
フィンの問いに頷くミケ。
「その巾着ってどうしたんだ?」
「えっと、こっそり返した……」
「中身何も減ってないし、俺は落としたものを拾ってくれたんだって、そう思ってる。だからミケは悪い事なんてしてないんだよ」
「んー。それじゃダメだぜ、ソーマ」
何でだよ。
抗議するようにフィンを見つめた。
「悪い事は悪い事なんだ。だからちゃんと、もうしませんって約束させなきゃダメだろ」
「うん。私もそう思う。だから皆に話したの。ソーマはさ……お人好し過ぎるんだよ」
「っそ。まぁ、そういう奴が一人ぐらい居ても良いと思うけどな。で、ミケちゃんはもう絶対人から物を盗まないって、約束できるんだよな?」
ミケは真剣な眼差しで頷いた。
「絶対、二度と、誰からも物を盗まない」
「よし。じゃーこれまで通り、俺らは仲間だ。な?」
フィンが皆を見渡して言う。
カゲロウはにこにこ笑い、アデリシアさんは何故か感動しているように拍手をしている。
フェンリルはお面で表情は解らないが、うんうん頷いているのは解った。
「くっそ、フィンかっこいいじゃねーか」
「だろー? あ、ミケちゃん」
途端に調子に乗り出すフィン。隣でカゲロウが顔を覆っているのが見えた。
「俺のハートはいつでも盗んでいいんだぜ?」
「だが断るニャ」
こうして俺たちの夜は深けていった。