1-5:エルフの女の子を助けたら彼氏?に睨まれた
『ガアァァァァァッ』
一匹の狼が口を大きく開き、俺に向って飛び掛ってきやがった。
咄嗟に盾を構えて防御姿勢。
――が、金属音が聞えて狼は目前で止まった。見えない壁に阻まれているみたいだ。
っお! そうか、シールドの魔法か。いつの間に唱えたんだろうか、俺。
「はっはっはっ! これで勝てる!」
気合を入れれば体の底から力が沸き上がり、狼へと鈴の音と共に切り込む。
盾を構えで防御姿勢を取れば、奴等は俺に触れることなく弾かれた。
レベル5でこの強さっ!
よし、今なら十匹の狼だって余裕で防げる。
「さぁ、今の内に逃げるんだっ!」
そう叫んでエルフの少女を見ると、今まさに杖を掲げて魔法をぶっぱなそうとする瞬間だった。
彼女の杖の先に現れた小さな火の玉。それが真っ直ぐ一匹の狼に向って飛ぶ。
『ギャヒィンッ』
犬は苦しそうにもがいた後、再び立ち上がる。つまり、一撃では仕留められなかったって事だ。
ゲームの場合、前衛職より魔法職のほうが瞬間攻撃力が高いってのは定番。
俺より攻撃力が高いであろう彼女が一撃で倒せないって事は――
連続して狼を切りつける。防御は……シールド掛かってるしまぁいいさ。
――ダメージ65
鈴の音が聞えて、
――ダメージ122
――ダメージ63
ん?
二撃目だけやたらダメージ高くないか?
ん?
狼のHPバー……三割しか減ってないぞ?
それに引き換え、十匹が一斉にあちこちから噛み付いてくる。とうとうシールドが割れ、遂にダメージを食らう事になってしまった。
『ガルァァァッ』
――被ダメージ75、68、66
250回復
――被ダメージ60、69、70
250回復
おいーっ!
なんだよこれ!
四発食らったら死ぬし!
でも地味に回復入ってるし!
死なないが生きた心地もしない……早く狼を倒してしまわないと、なんとなくヤバい気だけはしている。
エルフの女の子も必死に魔法で応戦してるし……って、あ、彼女が攻撃されはじめた!?
「ちょ、おいお前等、ちゃんとこっちに来いってっ!」
叫ぶと再び狼達が俺のほうに向く。声に反応するのか? いやでも彼女だって呪文の詠唱で声出してるし。
コンシューマーと違って他人と同時に戦闘出来る分、MMOには俺の知らない仕様がいっぱいだな。
とにかく、この窮地を脱出しなきゃ。
でも……できるのか? 一匹倒すのにも単純に十回は攻撃しなきゃならなんだぞ。十匹で……魔法使いの彼女も攻撃に参加しているとは言え、ヘタすれば……。
いや、出来る。なんたってこのゲームの謳い文句は
――現実の自分には出来ない事も、この|Second Earth of Synchronize Onlineでは可能となる。内なる自分を、解放せよ――
だもんな。
「よぉしっ! 内なる俺を解放するんだっ!!」
噛み付かれながらも見えない壁に守られた俺は、大地をしっかり踏みしめ声高に吼えた。
それに呼応するように、俺の力が漲ってくる。
赤い闘気を纏い、心の声に従って狼の群へと突進。
剣を上段に構え振り下ろし、返す刀で再び振り上げる。
真横に構えなおして一閃。
くるりと反転して更に一閃。
フィニッシュは地面に剣先を付きたてるっ!
痛みに悶え苦しむ狼たちは、俺を中心に僅かに吹っ飛んだ。
「わぁ〜、今のすごーい」
す、すげーっ。これ、範囲攻撃だよな? エルフの少女も感動しちゃってるじゃん。
四連続多段攻撃に加えて、範囲ダメージか。
エルフの少女からも攻撃を食らっていた狼は、数匹が今の攻撃で煙になる。
残りは七匹か。
よしっ、今の技、もう一回だっ!
「解放っ! 解放っ!!」
気合を入れて大地をしっかり踏みしめる。
が――クールタイム中
という赤文字のメッセージが目の前に浮かぶだけで何も起こらなかった。
えーっと、クールタイム……たしか再使用までの時間っていう意味だったよな。コンシューマーでこのシステムあるのって、珍しいんだよなぁ。
ってCTかよっ!
いつ、いつ終わるんだよ!?
なんとか全ての狼を殲滅し終えて、改めてエルフの少女を見た。
遠目からでも目立つピンク色のふわふわした髪と、透き通るようなオレンジ色の丸くて大きな目。特徴的な長い耳はエルフの証だ。
それにしても、典型的な美少女だな。かなりキャラ作成に気合が入っている。
「わぁぁ〜。全部倒せたね〜。よかったねぇ〜」
「う、うん。そうだね」
他人事のように言ってるけど、これ連れてきたの君だから。――とは流石に言えない。
それに、こんなニコニコ顔で言われたら、責められる訳ないじゃないか。女の子って、得してるよな。
「あのね、私、アデリシアっていうの。まだこのゲーム始めてばっかりで、レベル10なの」
「えぇ!」
なんだって!?
俺の二倍のレベルって……恥ずかしくてとてもじゃないが言えない。俺はレベル5ですなんて。
「ねぇねぇソーマ君。よかったら一緒にパーティー組まない?」
「え!? パ、パーティー? あれ、俺まだ名乗ってないのに、どうして名前を知っているの?」
誘われたのは嬉しい。しかも異性からってのがまた嬉しい。
でも反面に不信感もある。俺の名前を知ってるって……まさか不正なゲームデータを使ってたりするんじゃ!?
「えぇ? だってキャラクター情報見れば解るじゃなーい」
「キャラクター情報?」
言った途端、俺が見ていた彼女に重なるようにして、半透明なウィンドウが現れた。
そこには彼女の名前やレベル、HPバーみたいなものや杖が描かれた丸いアイコンが表示されていた。
「おぉぉ!」
なるほど、これで名前が解ったのか。彼女が「キャラクター情報」と言った声は聞えなかったけど、小声や心の中でもいいのかな? 後で試してみよう。
なんだ、彼女はやっぱり普通のプレイヤーだったのか。そうだよな、人を疑うなんて俺って最低だな……。
ん? 待てよ。キャラクター情報でレベルも見れるって事は、彼女は俺のレベルも……。
ひぃー! どこかに穴は無いのかっ!
「あれぇ? ソーマ君ってもしかして知らなかったのぉ?」
「はひ? あ、いやいや、そんな事ないよ。知ってたさ。あー、そうそう、ずっと一人でプレイしてたから、すっかり忘れてただけだよ」
「あはは、そうなんだ。私はねぇ、ずっとレスターと遊んでたの。あれー、そう言えばレスターどこいっちゃったんだろう」
レスター?
男名だよな。ってことは、彼氏か……。
パーティーに誘われて浮かれてたけど、彼氏が居るんじゃ相手に申し訳ないな。
丁重にお断りしよう。いろいろと恥ずかしいし。
「あの――」
「アデリシアっ! 大丈夫かい!?」
俺が切り出そうとしたタイミングで、そのレスターってのが現れた。
木々の間から出てきたのは、金髪碧眼のまさにイケメンですと言わんばかりのエルフ……よりは耳の短い優男。
手には弓を握って、矢を番えた状態だ。
まさか俺を攻撃――はしてこないか。男は矢を降ろし、アデリシアさんの元へと駆け寄ってきた。
そうだ、キャラクター情報を試してみよう。
小さな小声で呟いてみた。
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キャラクター名:レスター・オルフェル
レベル:11
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キャラクター名:アデリシア・マロン
レベル:10
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マロン……というには、どこも栗を連想するようなものが見当たらない。
しかし、男の方はレベル11か。
「っはぁはぁ。無事でよかったよ、アデリシア」
「うん。この人とバウちゃんを倒してたの」
バウちゃん?
「はぁー。まったく、バウンドと戦うときには必ずボクと一緒じゃないとダメだって、あれほど言ってるじゃないか」
あー、バウちゃんってさっきの犬の名前か。正確にはバウンドって言うのか。
レスターが俺のほうをチラリと見て目を細める。険悪なムード……とでも言うんだろうか。
まぁ仕方ないよな。自分の彼女が他の男と一緒だと、誰だってあーなるだろう。たぶん……。
レスターはアデリシアさんの手を引いて歩き出そうとした。
「っさ、行こうアデリシア」
「え? 待ってレスター。ソーマ君もパーティーに入れてあげようよ」
レスターの動きが止まって俺を睨みつけてくる。彼の顔はアデリシアさんからは見えていない位置だ。
俺は引き攣った笑みを浮かべて、反射的に後ずさってしまった。
美人が怒ると怖いってのは良く聞くけど、イケメンが怒るのも怖いもんだな……。
「あのね、アデリシア」
俺を睨みつけていた顔とは正反対に、アデリシアさんに向ける顔は穏やかだ。
こいつ、絶対彼女に惚れてるな。いや、むしろ恋人同士か?
「彼のレベルを見たかい? 5だよ?」
「うん。見たよ。5だよね」
ごーごー言わないでくれ……。
「彼に合わせた狩場に行けば、彼がモンスターを攻撃する前にボクたちが瞬殺してしまうだろ?」
「うー……うん」
「ボクたちに合わせた狩場に連れて行けば、彼がモンスターから瞬殺されるだろう」
「……そう、なのかな?」
「そうなんだよ」
そうなんですか……。いや、想像は出来る。レベル10とか11のモンスターはさすがに無理だってのは俺にも解る。コンシューマーですら、こんなレベル差で挑んだって大抵勝てないからな。
「あのね、さっきね。ソーマ君ってばバウちゃんの攻撃、全然受けてなかったんだよ?」
「……そうなの?」
はっはっは。そうなんです。
あー、シールド魔法があればなんとか……いやでも攻撃が通じないだろうし。
「こうなんていうか、突然見えない壁で守られて、まったくダメージ食らわないんだよな」
そんな魔法をいつの間に覚えていつの間に使ったのか、俺にもサッパリ解らない。
ドヤ顔でレスターを見ると、ふーんというような顔で俺を見ていた。
「それ、どっかのヒーラーが辻支援してくれただけだよ。ボクもさっき辻られたから、この辺に居るんだろう」
「え? 辻?」
また解らない単語だ。
辻斬りが通りすがりに切り付けていくって意味だから、通りすがりに支援していくっていう意味か?
「支援が無ければまともに戦えないんだから、ボクたちに合わせられないよ」
「そっかぁ〜」
「お互いレベルの近い者同士でパーティー組まないと、逆に迷惑掛ける事になるんだ。彼に迷惑かけちゃ、ダメだよ」
言ってる事は正論なんだけども、なんか、地味に見下されている気がしないでもない。
「ゴメンねぇ〜、ソーマ君。考え無しにパーティー誘っちゃって」
「あー、いや。誘われた事自体は嬉しいんで。ありがとう」
アデリシアさんはしょんぼりした表情でぺこりを頭を下げていく。
そのままレスターと二人、北東に向って行ってしまった。
元々誘いを断るつもりだったけど、こうなるとちょっと寂しいな。
……。
…………。
まてよ?
今まで勝手に回復していた俺のHPや、沸きあがるパワーとか見えない壁とか、全部俺自身の力じゃなかったって事!?
その答えは木の上にあった。
地面に伸びた木の陰には、はっきりと人らしき影も混ざっていた。
読み頂きありがとうございます。
本日はあと2話UP予定でしたがもうちょっと増やしてみようかと思います。