3-3:一夜の宿
しあわせの 荷馬車のおじさんの名前はコリーン・ロブスさん。彫りの深い茶褐色の日焼けした顔からして、コリーンなんて響きが似つかわしくない。
本人も自覚しているのか、ロブスと呼んで欲しいと言ってきた。まぁその提案には大賛成なのでロブスさんと呼ぶことにしよう。
「ロブスさんは町には住んでないんですね」
「あぁ。俺は木こりだからねー」
あ、どうりで筋骨逞しいわけだ。二の腕なんてフェンリルの太もも並みだしな。なんて言ったら聖書でぶん殴られるだろう。
町を出て荷馬車に揺られ数分もすれば森に入る。
荷馬車を引く馬はサラブレットみたいなのじゃなく、背は高くないし足は太いしでとてもじゃないが速度は遅い。
まぁ俺たちが歩くよりは少し早いぐらいかな。
「試しに馬に速度増加掛けてみようか?」
「また変な事考えてるな、フェンリル」
「面白そうじゃん。これで馬の足が速くなれば飯も早く有りつける様になるな」
フィンは無責任な事を言っているが……動物に効果あるのか?
「スピードアップ」
ほぼ無詠唱の魔法をフェンリルが唱えると、馬の体が少しだけ緑色に光った。すぐに光が治まって――
流れる景色の速度っが早くなった?
「お、効果あるじゃん」
「ん? 司祭さまの魔法かね?」
ロブスさんも驚いている。俺も驚いた。
「んー、いまいちだな。今度はブレシングしてやるか。なんか疲れているみたいだし」
そう言ってフェンリルが、今度はステータス上昇系の支援魔法を掛けた。
途端に嘶く馬。そして――
「ちょ、元気出しすぎ!」
「おおおおおお、こ、こりゃ尻が痛いわい」
「み、皆荷馬車から落ちないように、しがみ付けっ」
整備されてない道を荷馬車で高速移動するもんじゃないな。ガタガタ揺れまくって、その度に体が跳ねて尻が……。
だがお陰でロブスさんの家まで十五分とは掛からなかった。
「いやー、いつもなら倍の時間が掛かるんだけどねー。司祭さまの魔法は凄いな」
そう言いながらロブスさんが家の中へと招いてくれた。
木の温もりを感じる、丸太造りの家だ。こういうログハウスを別荘で持つのって、ある意味夢だよなー。
中は平屋になってるが、天井なんかはかなり高い。二階建てかロフトにしてもいいぐらいだな。
「おーい、かーちゃん」
「はーい。あら、お客さん?」
おっと、奥さんいたのか。
皆が一斉に恐縮して頭を下げた。
それにしても……奥さん若いし、綺麗だな。どちらかというといかつい強面なロブスさんに、こんな奥さんがいるなんて。
ロブスさんが成り行きを説明すると、奥さんは笑顔で俺たちを歓迎してくれた。突然押し掛けたってのに、良い人だ。
「丁度よかったわ。明日は手抜きしようと、スープを多目に作ってたの。すぐに火が通る野菜と湯煎した干し肉を混ぜれば、すぐに召し上がれますよ」
「うひょー、ラッキー」
「はしたないぞフィン。すみません、押し掛けちゃって」
「いいんですよ。困った時はお互い様でしょ?」
そう言って奥さんが奥に引っ込んだ。台所だろうな。
「あ、私お手伝いしたいです〜」
そう言ってアデリシアさんが奥さんを追いかける。
一瞬ぎょっとなってフェンリルとミケが彼女を追いかけた。
たぶん……アデリシアさんが料理したら、奇天烈な味の料理が出てくるんだろうな。そう思って追いかけたんだろう。俺もなんとなくそう思う。
ほどなくしてミケが戻ってきた。
「アデリシアさんとフェンリルは?」
「あ、あのね。見たままを言うね」
どこかで聞いたようなセリフだな。
「アデリシアってね、物凄い速さでキャベツの千切りしてたんだよ! しかもすっごい細いの!」
「え、それってアデリシアさんが、料理得意そうだってことですか?」
「そうなんだよカゲロウ! 信じられるかニャ?」
俺もフィンもカゲロウも首を横に振った。それを聞いていたロブスさんが大笑いする。
「はっはっは。人は誰だって見かけに寄らず、得意な事があるもんさ」
「は、はぁ……そうですね」
とはいえ信じられない。
俺たちはそっと台所を覗いてアデリシアさんの様子を見た。
普段では見られない、てきぱきと動くアデリシアさんがそこに居た。
包丁で器用に野菜を切り、切った野菜を大皿に盛り付けていく。しかも合間に鍋を掻き混ぜ、火加減まで見ているんだ。
なんか別人みたいだな。
フェンリルも隣で手伝っていたが、アデリシアさんに比べると特に良い動きをしているようにも見えない。
いや、たぶん普通なんだろうけど……。
「出来ましたぁ〜」
「あらぁ、アデリシアさんのお陰で直ぐに出来上がっちゃったわ。お料理上手なのねー」
えへへーと照れ笑いをしているアデリシアさんが眩しく見える。
そしてテーブルに並ぶ料理は更に眩しかった。
「おぉー、良い匂い」
「いっただっきまーすっ」
「はい、召し上がれ」
余は満足じゃ。もうそんな感じ。
食事の後片付けは全員で手伝い、あっという間に終わった後は寝床造りが待っていた。
「で、こうやって干草をまとめて、シーツで包む。干草の量が少ないと沈むからね」
言われた通りに干草をシーツで包んでいく。
予め用意した木枠に、まずシーツを被せるようにしてセット。そこに干草を載せていって、木枠の倍ぐらいの高さまで盛ったら包んでいく。
「この木枠って、わざわざ用意してくれたんですか?」
それにしては用意が良い。
「いや、俺は木を切って、その木をある程度加工してから町に出荷してんだ。ベッドやテーブル、椅子なんかを作っててね」
「あー、じゃ、これ商品?」
「そう。だから大事に使ってくれよ」
それを聞いてフィンが慌てていた。
もしかして干草ベッドにダイブしようとかしてたんじゃないだろうな?
人数分のベッドが完成すると、俺たちは途端に睡魔に襲われる。なんせ二十四時間以上起きっ放しだからな。
さぁ、明日はどうしようか……今日は運よく泊めて貰えたけど……明日も、宿屋、探しかなー。あー、こんなログハウス、作れた……らなー……。
「あーさーでーすーよぉー!」
「おわぁっ!」
大きな声で起された俺。目の前にはアデリシアさんが立っていた。
「朝食、出来ましたよ」
「あ、あぁ。ありがとう」
もう少し寝ていたかった。隣ではフィンがやっぱり無理やり起されてぼーっとしている。そのまま視線を窓に移すと――
「明るい……何時なんだろう」
「さぁ? 時計がないので解りませんね〜」
能天気に答えるアデリシアさんを後についていくと、なんと朝食は外に用意されていた。
「やぁおはよう。リビングを君たちの寝床に提供していたからね、天気もいいし、今日は外で食事をすることになったんだ」
「あー、おはようございますロブスさん。すみません、いろいろご迷惑掛けてしまって」
「いやいや。外での食事なんてしょっちゅうだからね」
昨夜の豪華な食事と違って今朝はパンと、スクランブルエッグにベーコンと言う組み合わせだ。逆にこの量で有り難い。まだお腹に昨日のが残っててあまり食べれそうにないからな。
食事をしつつ今後の事について話し合う事になった。
合宿残り八日間。このまま行き当たりなったりな野宿を続けていくかどうか。
「八日間だもんなー。野宿できそうな場所があれば八日間ぐらいなんとかなるけど、ファーイーストん時みたいなのが八日間続くのは勘弁したいな」
「フィンの言う通りニャ。安全に野宿できる場所でもあれば……」
モンスターが闊歩するゲーム内でそれは難しい注文だよな。
パンを咥えたまま唸る。
「こんなログハウスとか簡単に作れればなー」
「ログハウスって意外と時間かかるんだよ兄さん」
「し、知ってるさっ」
慌てていい訳してるってことは知らなかったんだろ。と内心突っ込みながらも、実際どのくらい時間掛かるかなんて知らない。
数日で作れるような品物ならそりゃー造りたいさ。
「じゃー作ってみるかい?」
「え?」
ロブスさんが突拍子もない事を言い出す。
「いや何ね。実は作りかけのがあるんだよ。金持ちの坊ちゃんからの依頼だったんだけどさー、親に内緒だったらしく、急にキャンセルされてしまって……」
どこの世界でも金持ちってのはロクな奴が居ないな。
「工賃は全額貰えたからこっちとしては別にいいんだけどね。だからって住んでくれる人も居ない家を作り続けるのも物悲しいしなぁ。手伝ってくれりゃー数日で完成するはずさ」
数日かー。そうなるとまるっきり狩り出来なくなりそうだな。
皆の意見的には――
「家造りしてみてー!」
「面白そうですね」
「狩りばっかりよりそっちの方が楽しそうだな」
「うーん、ソーマがやりたい方でいいニャよ」
「私もソーマ君のやりたい事でいいと思いますー」
っという事で決まりだな。
「ロブスさん、家造り、教えてくださいっ」
「よしきた」