2-20:墓標
本日は木曜日っと……。結局昨日も緊急メンテは終わらないまま定期メンテナンスに突入。
公式サイトの雑談掲示板は炎上しまくり。まぁ気持ちは解らなくもないけど……。
中には「今回の補填内容を予想するスレ」なんてタイトルの記事まである。どんだけがめついんだ、オンラインゲームのプレイヤーって。
とりあえず、メンテ終了までもう少しだし、告知でも出てるかな――。
「っと、あった。んー、なになに?」
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いつもご利用頂きありがとうございます。【Second Earth of Synchronize Online】運営チームです。
先日からのサーバーダウンによるメンテナンス作業が長引き、定期メンテナンスと併用して作業を進めております。
現在サーバー機器の増設を急ピッチで行っております。
快適なプレイをご提供いただく為、サーバーオープンまで今しばらくお待ちください。
尚、定期メンテナンス終了は通常より一時間延長した十六時を予定しております。
また今回の補填といたしまして、週末土日に特別イベントを開催いたします。
こちらのイベントでは、ゲーム内の時間経過調節を行いまして、プレイ時間一時間がゲーム内では二十四時間相当となります。
更に獲得経験値を通常の2倍、ドロップ率を1.5倍に設定いたします。
こちらのイベントは時間経過設定のテストも兼ねさせていただきますので、イベント開催中は一度ログアウトしますと再ログインは不可能となりますので予めご了承ください。
ログアウトに関しては自由に行えますので、ご安心ください。
イベント日程:3月18日(土)21:00〜
3月19日(日)7:00まで。
多数のご参加をお待ちしております。
今後とも【Second Earth of Synchronize Online】をよろしくお願いいたします。
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「なんだこれ? イベントなのに途中でログアウトしたら再ログイン出来ないって……最後まで参加したいなら落ちるなってことか」
けど一昨日みたいにサバキャンされたらどうすんだ、これ?
また掲示板炎上するぞこりゃ……。
「うーっす。告知見たかー?」
ログイン早々に発見したオリベ兄弟は、案の定工房に居た。そして囲まれていた。
「おぉー、ソーマ早いな。なんか面白そうなイベントだよな。六時間制限解除して十時間って、ちょっとしたゲーム内合宿みたいだよな」
「合宿でモンスターと戦う訳だね」
「いや、フィンとカゲロウはフル製造マラソンじゃね?」
なんて言うと、二人は顔を見合わせてから首を全力で左右に振った。今も製造依頼でごった返している。
ってことはランキング上位のままか。
工房横の掲示板に貼り出された紙を確認すると、カゲロウは四位のまま、フィンがランクアップして五位に。
そうだ、製薬のほうは――
「っぶ。フェンリル二位じゃねーか!」
鬼フェイスから素顔にシフトチェンジした効果か……。男プレイヤーが多いネトゲだと、美人店員が有利か。
よし、今の内に薬草集めてポーションにしてもらおうっと。
「おーい、俺、採取いってるわー。二人とも頑張れよー」
「お前も生産やれよ! 俺たちの苦労を少しは味わえっ」
「だが断る!」
ドヤ顔で言って見せてから工房を後にした。
しかし、確かに苦労してるみたいだよな。町にいる時は常に製造依頼で追われてるし。製造時間がもう少し短縮できればいいんだけど。
そういや、ギルドでレンタルできる工房は一度に加工できる数が多いんだっけか。賃貸料も跳ね上がるけど……。
とはいえ、借りてしまえばギルドメンバー全員が使える訳だし、割り勘すれば個人で借りるのと変わらなくなるかも?
ギルドかー。
まぁ興味はあるよな。ってかギルドを作ったとして、果たして皆が入ってくれるかどうか……。
なんか成り行きでパーティー組んでるようなもんだし。目的でもあったネームドヒヒも倒しまったし、このまま解散――とかになるんだろうか。
薬草の採取ポイントが多いソドス村まで、空間転移のオブジェクトを使ってサクっと移動。
久しぶりに来た村の様子を眺めているとある物を発見。
村の外れ、小高い丘の上に並ぶ十字架。
あれは――墓?
襲撃イベントの時には無かったような……。
何かに誘われるようにして丘へと登ると、そこに見覚えのある男の人がいた。
襲撃を知らせに馬車でルイビスの町まで来た御者のおじさんだったはず。
「あの――」
何故だか声を掛けてしまった。こういう時、声なんか掛けるべきじゃないとは思ったんだが、勝手に口が動いた。
振り返ったのはやっぱり御者のおじさんだ。
「やぁ。誰かと思ったら冒険者さんか。その節はお世話になって、直接お礼お言えずに申し訳なかったね」
「いえ、早くご家族の下に帰りたかったでしょうし、俺もあちこち出回ってたから」
「っはっはっは。忙しく魔物と戦っていたんだね。君たちの存在は我々弱い者によっては、本当に有り難い。感謝してもしきれないぐらいだ」
そう言ってもらえる事のほうが有り難いと思う。
建前としてはNPCの生活を守るためでもあるけど、実際にはレベル上げや冒険を楽しんでいるだけだし。それを、感謝しているなんて言われたら――。
それはそうとここの墓って、やたら墓標が真新しいけど。まさか――
「こ、ここのお墓は……」
「ん、あぁ。あの時の襲撃でね、命を落とした村人のね……。あ、助けが来る前に無くなった人の物だから。君たちが来てくれてからは誰も亡くなってはいないんだよ」
俺たちが到着する前に亡くなった人の……。
NPCは、復活しない、のか?
改めて見た墓標の数は二〇ほど。それが、全部本物の墓で――その下には遺体が眠っている――。
急に頭がくらくらしてきて視界が霞む。
足元を見ると、そこは真っ赤な血の海。そして、累々と横たわる屍……。
なんで、いつも見る夢がフラッシュバックしてくるんだ?
首を左右に振って幻覚を打ち消す。
再び目を開くが血の海も屍も消えない。
「君、大丈夫かね?」
おじさんの声が聞こえる。なのに姿は見えない。
どうしちまったんだ、俺――。ゲームのし過ぎで頭おかしくなっちまったのか?
「おい、大丈夫かいっ」
どうか神様、ゲームのし過ぎで疲れただけでありますように。
どうか……
……助けてくれ、誰か。
……フェンリル……。
ん?
ここは、何処だ?
見慣れない天井……俺の部屋じゃないな。板張りってことは、ゲームの中のままか。
体を起こして周りを確認する。
ベッドに寝かせられてたのか。横にはテーブルと椅子、それにティーカップ。誰か居たんだろうか。
椅子に手をやるとほんのり暖かかった。
えーっと、つまり。
丘の上の墓地で幻覚見て、そして気を失って倒れたってこと?
墓地で幻覚とか……。モンスターだろうか? 幻覚スキルで攻撃してきてたとか。いや、モンスターなんて居なかったし。
「あぁっ! まさか御者に化けたモンスター!?」
だったら村がヤバい。
急いで体を起こして――あれ? 装備が無い。服しか着てねーじゃんっ。
ぬわぁー! 装備外されてるし! 武器無いし! モンスターの罠かよっ!
「あ、あった」
なんだよ、ベッドの横に置いてあっただけかよ。
拾い上げて――これ、どうやって着ればいいんだよ。いつもはインベントリ内のアイコンクリックでパパっと着替え終わってたんだけどな。
うーん。まずウエストポーチを付けてー、防具をインベントリに入れてー、
「どうした? 叫び声が聞えたけど、起きたのか?」
ガチャっという音と同時に入って来たのは、
「え、フェンリル?」
タオルを手に持った、今は薄水色の法衣を纏った彼女だった。今度のは胸元もしっかり隠れているんだな。ちょっと残念――
じゃねーだろっ。
な、何残念がってんだよ俺。
「大丈夫か? 頭でも打ったか? まぁぶっ倒れたっていうからには打ったんだろうけど」
「や、やっぱり俺、倒れたのか」
「自覚は有りか。ルイビスに御者のおじさんが駆けつけてね、馬車で。君が倒れたって、わざわざ知らせに来たんだよ」
「そ、そっか。じゃー、結構長い時間意識失ってたんだな」
「んむ。かれこれ五時間ほどな。もちろんゲーム内での」
うへー。そんなにか。
五時間もあれば薬草がかなり集まっただろうに……時間を無駄にしたみたいで勿体無いな。
「「ところで――」」
俺とフェンリルとで同時に喋る。それからお互い譲り合って、レディーファーストって事で彼女の話を先に聞く事にした。レディーという単語にはぶつぶつ文句も言っていたが……。
「で、なんで倒れたんだ?」
まぁこの質問だよな。なんでかって言われたら、なんでだろうって答えるしかない。
「まぁたぶん、ゲームのし過ぎで疲れたとか? 脳にパケットデータを送信してるって仕組みらしいけど、VRにまだ慣れてないから疲れたんだろ。その疲れがゲーム内では気絶として表れたとか」
「ほむ……そんな事一度も聞いた事無いけど……まぁ脳への影響がーっていうのは解らないでもないか」
戦闘中とかじゃなくって本当に良かった。
だからってよく見る嫌ーな夢がVR化するとか、ちょっと勘弁してほしいな。
「んじゃこっちの質問だけどさ。なんでフェンリルがここに?」
「は? だからさっき言っただろ。御者が知らせに来たんだって。わざわざご使命までされて来てやったんだぞ?」
「え、ご使命って……おじさんが?」
「そうだけど? 蒼い髪と目の若い冒険者が倒れて、私の名前を――」
そこまで言うとフェンリルの顔が真っ赤になった。
つまり俺、意識失ってる間にフェンリルの名前、呼んでたのか??
……。
…………。
「ひぃーっ!」
「うわっ!? ど、どうした?」
思わず叫んでしまった。
なんてこった……これじゃまるっきり……。
俺を心配して顔を覗き込むフェンリル。でも俺は直視できない。
だって……
完全に惚れちゃってるだろ……俺。
「ぐわぁーっ!」
「きゃっ。だ、だからどうしたと聞いてるだろ? 頭痛いのか? ログアウトして休んだほうがいいんじゃないか?」
心配してくれてるんだよな?
心配してくれてるって事は、かなり、
いやそこそこ?
いやいや少しぐらい?
とにかくっ、期待しちゃっても、いいんだろうか?
「のぉーっ!!」
「だぁーっ! 何なんだ君はっ!?」
細い腕でど突かれても、痛く無い。
期待とか、俺何考えてんだ。
ゲ、ゲーム内で出会いとか、都市伝説だってーの。
けど――フェンリルだって俺と同じように、どこかの誰から操作してるキャラクターであって。彼女の存在そのものはゲームデータなんかじゃない。
それだけは揺ぎ無い事実だ。
あー神様。この出会いがただのゲーム内のものでありませんように。
寧ろこの世界が現実だったら良かったのに――。
「また百面相か。君、すぐ顔に出す奴だな――っきゃ」
小さく叫んだフェンリルがベッドに倒れこむ。俺も彼女を支えるようにして倒れた。
いや、俺自身も立って居られないぐらいに……家が揺れている!?
「ちょ、地震か? それともサーバーの不具合かよ!?」
「ど、どうだろう……。にしても、揺れすぎっ」
揺れは長く続いた。一分? もっとか?
ようやく治まった頃、中年女性が部屋へと駆け込んできた。
「大丈夫でした? 随分揺れたけど、お怪我は?」
「だ、大丈夫です。怪我していても、自分で治癒できますから」
「あら、そうでしたわね。お邪魔しちゃって、ごめんなさいね。おほほほほ」
そそくさと部屋から出て行ったあの人は誰だろう?
お邪魔ってどういう――
「ほわぁーっ!」
ベッドの上に仰向けで倒れている俺。その俺の上にフェンリル。
俺――俺――
「押し倒されてるっべぶっ」
馬乗りになったフェンリルが、容赦なく俺の顔を枕で乱打する。顔が赤いのは言うまでもない。
そして俺は呼吸困難なピンチに陥った。
お読み頂きありがとうございます。
このお話で2章が終了しました。
閑話3つ挟んで、遂に3章がはじまります。
今回のサブのサブタイトルは「ベッドイン」でs