2-19:私の騎士
店の前で待ち構えていたのか、堕天使・ルシファーがそこには居た。
こんな状況にも関わらず、俺の腹の虫が泣く。
「ちょ、君、なんて絶妙なタイミングで」
「だ、だって仕方ないだろ。腹減ってんだから」
吹き出すフェンリルを見て、思わずこっちまで吹き出してしまった。
「勝手に盛り上がんな! 大体、何人の女に手ぇ出してんだ、あぁ?」
ヤクザかチンピラかよ。いちいち「あぁ?」とか言うなよな。そもそもショタ顔でガン飛ばされても、あんまり怖くないっての。
「フェンリルはお前の彼女じゃねーだろ。相手にされてないの、早く理解しろよ」
「あぁ? てめーごときに関係あるのかよっ」
ごときと言われてムカっと来る。少なくともお前より彼女と親しいぞ、俺は。
と言った所で、奴の耳には入らないんだろうなぁ。
チラっと後ろを見るとさり気なく俺の真後ろに立って、奴とは視線を合わせまいとするフェンリルの姿が。
うーん、なんだか急に女の子らしく思えてきたな。
ここはビシっと男らしく――
「関係ならある。彼女は俺の――」
「関係ならある! 彼は私の彼氏で、私の騎士なのだからっ」
ハヘ?
こ、恋人!? ナイト?
どういう事だってばよっ。
『ベタな手だけど、合わせてくれ』
ベタな手って……ベタ過ぎるしっ。
背中にひっしと縋りつくフェンリル。同時に背中に伝わる軟らかい何かの感触。
俺、これが終わったら死ぬんだ。
そんなフラグが立ちそうですっ。
「そ、そう。お、おれがフェンリルの彼氏です」
声が上ずってしまう。
がだ俺以上に上ずっている奴が居た。
「そ、そ、そそんなハズ、ななな無いだろうっ。だ、騙そうとししてもももお、む、むむむ無駄だからな!」
すっげー動揺してる。こんなベタな手に引っかかるって……。
っふ、それならこうだ!
俺の肩に置いてある彼女の手を取り、その手に頬刷りをして見せる。
「あっ、あっ、あーっ」
顔真っ赤で反応するルシファーが見ていて楽しい。
更に背を向け、フェンリルと軽いハグを交わす。まぁ肩に手を置いただけだんだが、奴からはそこまで見えてないので当然、抱き合っているように見えているんだろうな。
奇声のような声を上げ、自分の頭を掻き毟っている。
暫く地面やら店の柱やらを蹴ってはブツブツ呟き、まったく気味の悪い男だ。
俺たちがこっそり立ち去ろうとした頃、ようやく我に返って杖を突きつけてきた。
「し、信じないぞ俺は! そんなベタな手に引っかかるものか! どうせ彼氏の振りしてるだけで、本当に付き合ってたりはしてないだろ!!」
おいおい、今更になって気づくなよ。そのまま騙されてりゃよかったのに。
どうする?
そういう顔でフェンリルを振り向いたが、意外なほど彼女との距離が近かった――
否、彼女が俺のほうに寄ってきて、一言――
『これはゲームだからなっ』
それだけ言うと、軟らかい唇が俺のそれと重なった。
――。
――――。
俺、この後彼女と結婚するんくぁwせdrftgyふじこlp――。
神様、もう死亡フラグでもいいです。
長いこと唇を合わせていたと思う。いや、もしかしたら一瞬だったかもしれない。
俺にとっては永遠にも等しい時間のように思えた。
キスなんて、生まれて初めてされたよ。
そこで思い出す。
『これはゲームだからなっ』という彼女の言葉を。
途端に奈落の底に突き落とされたような感覚が……。そう、これはゲームだし、この体はゲームデータでしかないんだ。
あぁ、神様。これがゲームではありませんように。
そう願ったって無駄なんだろうけど……。
キスを終え、お互い真っ赤になった顔を離してからルシファーを見た。
既に奴のHPとSPはゼロだった。
膝が崩れ落ち、大きく口を開いたまま白目をむいている。
数秒後、奴が消えた。
居たたまれなくなってログアウトでもしたか。
ログアウト――ん?
「今ログアウトしたよな!?」
叫んでからUIを慌てて確認する。
ログアウトボタンが――あった!!
「ログアウト出来るぞ、フェンリル!」
振り向いて彼女と視線が合う。
途端に柔肌を思い出して、頭にかぁっと血が昇ってしまった。
「思い出すなっ。こ、ここはゲームなんだからな! さっきのだって……く、口が触れた気がしたっていうレベルなんだからな。脳がそう感じただけで本当にしたわけじゃないんだからなーっ」
「わ、解ってるって。キスした気だけ。キスした気だけだってば」
「キスキス言うなっ!」
あーっ、余計に恥ずかしくなってきた。
お互い視線をじっと合わせたまま、顔を真っ赤にさせて仁王立ち状態。
この空気を変える為には、
「お、俺たちもログアウトしようか?」
「そ、そうだな。うん。そうしよう」
そそくさとUIを操作する。
『二人とも今どこに居るニャー?』
「おわぁぁぁ!? ど、どこだミケ。い、今の見てた? 見てないよな?」
突然聞えたミケの声に焦る俺。フェンリルも慌てて周囲を見渡している――が直ぐに落ち着きを取り戻して、
「パーティーチャットだ。ここには居ない」
と。
なるほど……ってことは教会か?
『ミ、ミケ。どこにいるんだ?』
『教会ニャ。サバ開いてすぐインしてきたのに、二人は早かったんだね」
『あー、俺たちサバ缶されててログアウト出来なかったんだ。それで、リアルでの状況ってどうなってんだ?』
『んーと、サバダウンしちゃって、復帰したものの安定しないから十五分後に緊急メンテニャ。サバ缶って、落ちなかったニャか」
『あぁ。他のプレイヤーも全然見ないし、ログアウトボタン消えるしで焦ったよ』
俺とフェンリルは教会に向って歩き出す。
『ニャ。私、気になって仕方なかったからログインしたんだけど、ドロップの中身って見たニャか?』
俺は知らないのでフェンリルを見る。彼女も首を振っていた。
『あー、すまない。インベントリに入れただけでまだ見てないよ。んー……ダメだ。インベントリから出さないと確認できないな』
『だってさ。十五分で緊急メンテ……まぁこっちでは一時間以上の猶予があるな。宿で部屋借りて、そこで見るか』
『やった〜』
『じゃーミケ。部屋借りててくれ。俺は腹が減りすぎて……。屋台でなんか買っていくよ』
『どんだけ腹ペコなんだ、君は』
苦笑いを浮かべてから、俺は本能の赴くまま匂いが導くまま歩き出す。目指すはこの香ばしい匂いの下。
そして目的の露店前までやって来た。ナンみたいな生地に肉やら野菜をサンドした奴だな。ケバなんとかっていう料理に似てるか。
「フェンリルも食う?」
「……君のおごりなら♪」
グーサインでにっこり微笑まれたらおごるしかない……。
俺は肉盛りもりで、彼女は肉少な目で注文して、それを持って宿へと向った。
宿屋の主人に「ミケ・ミケ」の名前を伝えて部屋番号を聞く。二階の角部屋へと向うと、目を爛々と輝かせたミケが居た。
「あー、美味しそうニャ」
「ミケの分も買ってきてやればよかったか?」
「いや、いいニャ。おなかは空いてないし。っていうか、夕飯はちゃんと食べたし」
え、いつの間に食ったんだよ。ログインして早々だってのに。
そう思ったがよく考えたら、リアルで食ったって事だよな。うん、俺もネームド戦前に食べたよ。ゲーム内は別腹……だな。
フェンリルのケバなんとかモドキを持たされ、代わりに彼女がインベントリから宝箱を取り出す。
ずっしりと重量感のある箱は金ぴかで、どうみても宝箱だ。
「ミケにはやっぱり、木箱なのか?」
「うん。小汚い木箱ニャ」
「そっか……こんなにキラキラしてんのになぁ」
見え方が違うって、まったくどうなってんだか。
「開けるぞ」
さっそくフェンリルが蓋に手を掛ける。緊急メンテの事もあるし、さっさと中身を確認してインベントリに戻しておきたい。
その中身は――
「えーっと……35と40の伝説装備用素材が一個ずつ。40用レア素材四つ。取引不可のイヤリングと腕輪? 初めて見たな。これが一つ。あと――」
定番の金貨はスルーして、残ったのは……。
「36伝説級の……法衣が一着……」
無感情にフェンリルが呟くと、そのまま室内が凍りついたような雰囲気に。
シーンと静まり返った後、ミケが勢いよく突っ込んだ。
「ちょっとフェンリル。あんたレベル幾つニャか!?」
「さ、さんじゅーろくです」
「だったらはじめっからそれ着れば良かったじゃニャいか!! そうしたら暁なんかに会わなくても済んだのにっ」
「その通りです……」
フェンリルはトホホな顔で取り出した法衣を見つめている。今度のは薄水色系の法衣だ。ぱっと広げた瞬間、更にフェンリルが落ち込んだ。
「お、女物だ……」
「いや、それ普通じゃね?」
男プレイヤーが拾えば男装備、女プレイヤーが拾えば女装備。ゲームってそんなものだろ?
「私は男装設定だから、ドロップするときに七対三の割合で性別装備が出てくるんだ。ちなみに三が女物」
「確率低いほうの性別装備が伝説ニャか……なむ」
確認が終わったところで箱ごとフェンリルのインベントリに戻して貰う。何故か法衣もまた箱の中だ。
ミケは少し残念そうに尻尾を垂らして部屋を出て行く。最近はミケが使えそうなレアが全然手に入ってないもんな。今度こそはって期待したんだろう。
俺たちも彼女の後に続いて部屋を出て行く。ログアウト中も時間は経過するこの世界だと、宿内でログアウトしたら次にインしてきた時に追加料金を支払わされるからなぁ。
「んー……ニャ。それじゃー私は落ちるニャ。へたしたら明後日の定期メンテまでもつれ込みそうニャねー」
あー、もうそんな曜日か。いや、寧ろやっとと言うべきか。ゲームやってると曜日以前に時間の経過感覚が狂ってしまう。
ミケがログアウトした後、法衣をどうするのか尋ねてみた。
「やー、男物だったらなぁー。泣いて喜んでも良い所なんだけど」
「よっぽど男装が楽しいんだな……」
「んむ」
ドヤ顔で言うなよ。俺としては正直、女で居てほしいと思うんだが。
そう思うから痛いところを突いてみた。
「けどさ、その法衣伝説級だろ? 取引不可だし、誰にも渡せないぞ。いや俺やお前なら渡せるが、そんな事したら暁にまた目を付けられるんじゃね?」
ぎょっとなって俺を見つめてくる。そして半ば涙目で顔をふるふると左右に振った。
ここでダメ押しにもう一言。
「ここでまた男装してたら、折角騙せたのに奴が変に勘ぐるんじゃね?」
彼女は少し考えた後、意を決したように俺を見つめた。その唇を見てちょっと思い出してしまう。軟らかかった感触を。
「君っ!」
「はひ!?」
しまった。思い出したのを感づかれたか?
「君、私と法衣の取引しないか? そうすれば男物になるかもしれない!」
「は? えっと、えー?」
早速と言わんばかりに俺は路地裏に連れ込まれ、足元にどっかと宝箱が転がる。
法衣を取り出した彼女から取引要請が入り……
「お、俺の話聞いてなかった? それなのにやんなきゃダメなの?」
「やんなきゃダメっ! これで男物にならないなら諦めて着てやる。さぁっ!」
今度は俺がトホホになる番だ。
逆らえない雰囲気に取引を受諾し、法衣を受け取った。
神様仏様。どうか男物になりませんように。
「どうだ? 男物になったか?」
「あー、えっと……いやなんというか。インベントリの中だと解らないな」
取り出した薄水色の法衣はまぎれもなく、
「あ、女物だ」
神様仏様有難うっ!
心の中でガッツポーズと共に叫んだ俺とは対照的に、路地裏に木霊する彼女の悲鳴。今の俺には心地いい。
これで心置きなくログアウト出来るってもんだ。
じゃーって訳でUIを開く。接続環境用の項目を開く前にある事に気づいた。
「あ、俺レベル上がってるのか。いつの間にだ?」
レベル34になっていた。ヒヒ戦の後にでも上がったんだろうか。
落ちる前にステータス上げとくかな。
そういや、フェンリルが俺の事を「私のナイトだ」なんて言ってたよなぁ。嘘だと解っててもちょっと照れくさいな。
でも騎士かー。騎士もいいよなー。準勇者っぽくて。そろそろファイターから卒業して、クラスチェンジしたいんだけどなー。
そしてステータス画面を開く。
えーっと――
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ソーマ・ブルーウッド レベル34 カルマ:+295
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おぉ。カルマまた上がってるな。日ごろの行いが結果になるって、嬉しいな。
で、続きはーっと。
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クラス:聖女の騎士
HP:8013
SP:2413
STR:60+
VIT:55+
AGI:38+
DEX:25+
INT:5+
LUK:7+
□:15
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「っぶは!?」
思わず吹き出してしまった。まさにログアウトしようとしていたフェンリルも、思わずその手を止めて「どうした?」という顔で俺を見る。
聖女の――騎士。
聖女ってつまり、あいつの事、だよな?
今まさに俺を見つめている、フェンリル。
この騎士ってまさか、フェンリルが「私のナイトだ」ってのが関係してるとか?
「な、何? どうしたって言うんだ?」
「あ、いや、その……クラスチェンジ、してたんだ」
「お? またどんな肩書きのファイター様だ?」
興味を示して寄って来る。緩んだ顔は突っ込む気満々だな。
そんな彼女に俺は――流石に聖女は恥ずかしくて言えないが、
「騎士になった……」
と話す。
直ぐに笑い飛ばされると思ってたが、何故か彼女は何も言わない。言わないまま、じっとこっちを見つめてくる。
なんとも言えないこの間が辛い……。
「いやー、まさかフェンリルが言った事が実装されるとはなー。ははは」
なんて笑って見る。だが場の空気は変わらない。それどころか――UIを操作した彼女の顔が凍りつく。
「え、まさかフェンリルもクラスチェンジしてるとか?」
そうなると、まさかの聖女フラグ?
いやいや、まさかなー。
「せ、せいじょ……いやいや、ただの聖職者だようん。あー、鬼の面が無いから聖職者に戻ってたよー、忘れてたしー」
引き攣った顔で笑うフェンリルだが、俺は確かに聞いた。最初に「せいじょ」という言葉を口にした事を。
きゃー
きゃー
きゃー
こういうこっぱずかしいのが好物です。




