1-4:鬼の面の男
『鬼の面の男』――
――ふぅ。まったくレベル4のくせに、レベル6のネームドモンスターに挑むって……なんて無茶振りな男なんだ。大体なんなの、あの火力の低さは。
鬼の面を付けた男は、内心で愚痴を溢していた。いや、説教と言うべきか。
いましがた、必死になって全力支援していたプレイヤーは、既にNPCが手綱を引く荷馬車に乗って北へと進んでいる。
その姿が小さくなった頃、鬼の面の男は木陰から出て来て見えなくなる荷馬車を見送った。
――攻撃力も低いし、防御も低い。攻撃スピードが速いって訳でもないし……一体どんなステータスの振り方をしているんだ。
溜息を吐きながら男は思った。
手にした分厚い本――聖書を自慢の黒いコートのポケットに突っ込み歩き出す。
北ではなく、林を横断して東へと向った。
――だけど何故彼はNPCと一緒に居たんだろうか? ベータテストの時もクエストは未実装だったけど、今だってサービス開始してから数時間とはいえ、クエストのクの字さえ見てないんだぞ? あれは、クエストではなく、ただNPCと行動していただけなんだろうか?
首を傾げながら林を抜け草原へと出た男は、歩みを止めて荷馬車が目指していた北に視線を向けた。
風がそよぎ、太陽の光を反射させた銀色の髪が流れる。
それを面倒くさそうに掻き揚げ、小さく結んだリボンで結びなおす。
――それにしても、一度は発動していた火属性攻撃を、何故あそこでキャンセルしてしまったのだろう。地属性のズモモには有効打になったのに。
理解できない――、男はそう思って再び歩き出す。
が、直ぐにその歩みは再び止まる。
「けどまぁ、あのレベル差でも荷馬車を守るため必死に戦った勇気には拍手を送ってやろう。いや、意外と彼はVR初心者だったりして……でもなければ、あの無茶振りはある意味勇者だな」
口元を緩め、男はもう一度だけ北を見つめた。
草原のいたるところにある草むらの一つで、鬼の面の男は腰を降ろし、おもむろに草を摘み始める。
それを腰に下げたポーチの中へと押し込み、また新たな草を摘む。
何度か繰り返すと場所を移動し、やはり同じ動作を繰り返した。
時折、近くにソロプレイヤーの姿を見つけると、近くまで行って全力で支援し、戦闘が終わると一目散に逃げていった。
辻支援――通りすがりのプレイヤーに支援スキルやヒールを施し、お礼を言われる前に立ち去る。
それが彼の日課でもある。
「そういえば、最近のVRであんな無茶するプレイヤーなんて、久々に見た気がするなぁ」
呟きながら、男はソロプレイヤーのHPを回復させ、全力逃走を開始した。
背後で「ありー」という声が発せられたが、男は特徴的な長い耳を押さえて聞えない振りをする。
そして再び草を摘み始めた。これも彼の日課だ。この草は様々な種類の薬草で、これを材料にしてポーションを製薬していた。
かなりの数の薬草を集め満足している彼の耳に、少女の悲鳴が届く。
「私の助けを必要とする者がいる!」
そうかっこつけて振り向いた男の目に、自分と同じ種族、エルフの少女が映った。
両手で杖を握り締め呪文を詠唱する少女は、対峙していた昆虫型モンスターとは違う敵に魔法をぶつける。既に周りには四匹のモンスターが彼女を狙っている。
「おいおい、溜め込みか? にしては……随分とあたふたしているように見えるけど」
少女の下へ駆け寄るのを辞めた男は、暫く様子を見ることにした。
当の少女はというと――
「あぁーん、どうしてぇ。なんでどんどん増えちゃうのぉー」
などと涙目になりながら叫んでいた。
故意にモンスターを溜め込んでいたのではなく、魔法のコントロールをことごとくミスしてしまったが故の結果のようだ。
面の男は呆れたように頭を抱え、それからコートのポケットから聖書を取り出し、支援の準備に取り掛かった。
まずは自らの移動速度を上げる魔法を詠唱する。
「我が足は神速なり……ヘイスト」
それから少女へと近づこうと、改めて少女を見た。
が、既に少女の姿はそこにはなく、林のほうに向って全力疾走していた。
良く見るとモンスターの数が増えており、狼にも似たモンスターが何匹も追従していた。
「おいおい、バウンドまで叩いちゃったのか。リンクモンスターをトレインするなんて、自殺行為だろうに」
呆れ果てた様子で、男は溜息を吐き、そして少女を追った。
移動速度が上昇している分、追いつくのにそれほどの時間は掛からない。
射程ギリギリの所で、男も持ち合わせている数少ない攻撃魔法を使う。
ほとんど無詠唱の魔法は、白く輝く玉となって昆虫型のモンスターへと当たった。その一撃でモンスターは絶命する。
再び距離が開き、男は追いかけた。
追いついては魔法で敵を減らしていく。その作業の連続だ。
少女が逃げるのを辞めてくれれば楽なのに――そんな風にも思った。
だが辻支援者としては、歩みを止めてモンスターの殲滅に協力などは出来ない。お礼を言われかねないからだ。
少女との距離が開き慌てて駆け出す男の目に、再びあのプレイヤーの姿が目に入る。
青い髪の青年だ。
――なんでまたこんな所に。町に向ったはずだろ……。てか、あそこにいたらトレインに巻き込まれかねないぞ。
そう思っていると、最悪な事にトレイン少女が方向を変えて青年のほうへと走り出した。
MPKか? ――そう思ったが、そんな器用な真似ができるような少女には見えない。
男は急いで林に駆け込むと、二人の行動を確認して次の一手を考えた。
少女は青年に「逃げて」と伝え、青年は転倒した少女を助けようと駆け寄る。
「ほむ……」
男はどこか感嘆したような声で呟いた。
口元が緩んだその表情は鬼の面によって見えない。だがどこか笑みを浮かべているようにも見える。
「逃げる事より人助けを選ぶか、君は――」
嬉しそうなその凛とした声は、次の瞬間には詠唱を開始していた。
「『聖なる盾よ、プロテクションシールド』……嫌いじゃないよ、君のようなプレイヤーはね。まぁ、あれはイカンがね」
聖書が輝き、その光は青い髪の青年へと降り注ぐ。
直後に狼型モンスター、バウンドが青年へと牙をむいた。
本日は後3話更新いたします。