2-17:蒼い閃光の剣《ブルーインパルス》
「ランタゲがそっちにいきよるで!」
誰かの声が聞こえ顔を上げると、猛然とこちらに向って来る【閻障のマンドラゴラヒヒ】が見えた。
狙っているのは俺か? それともフェンリルなのか?
とにかく盾を。立ち上がって盾を構えなきゃっ。
竦む足は俺のいう事を効かない。その場から動けなくなるっていう以外は支障の無い『恐怖』は、つまるところ下半身が動かなくなるという事。
吹っ飛ばされて座り込んだ状態の今だと、立つ事すら出来ねーじゃないか!
だからと言って奴は待ってなどくれない。
目前までやってきたヒヒが、拳を振り上げようとしている。
くそっ、動け、動けよ俺の足!?
「デバフが何だ! 恐怖が何だ! そんなの克服しろよっ!」
自分に言い聞かせて下半身に力を込める。立てないならせめて盾だけでも――
振り下ろされるヒヒの拳に向って、左手に持った盾を振り上げた。同時に俺は立ち上がる。
拳と盾とがぶつかり合って火花が飛んだ。
『シールドスタン』を出したつもりはないし、エフェクトも違う。新しいスキルなのか? けど、電子音は聞えなかったぞ。
代わりに視界がブレる。ノイズよりも明らかに、そして鮮明に視界が揺れた。だがそれもほんの一瞬で収まる。
予想以上に吹っ飛んだヒヒに背を向け、俺は目下で倒れたままのフェンリルに手を伸ばす。
回復だっ。回復させなきゃ!
とにかく頭の中はそれだけしか考えられなくなっていた。
だからなのか――
俺の手が緑色の光を発し、その光が彼女へ、フェンリルへと沁み込んでいった。
いつもフェンリルが使うヒールの光とは少し違う。でもこれが癒しの光りである事を祈るしかない。
「ソーマ! またそっちにっ」
「ソーマ、コーティング切れてるニャ!!」
くそっ。またかよ!
さっきのランダムターゲットは俺だった気がする。
ってことは今度はフェンリルに!?
未だ目を覚まさないフェンリルがまともに攻撃なんか食らったら……
一瞬脳裏に過ぎったのは、真っ赤に染まった地面と、そこに横たわる彼女。
コーティング剤なんか後回しだ。今はそれより大事な事があるんだ!
「必ず守る! 女一人守れなくて勇者なんかなれる訳ねーだろっ!」
『ゴルアァァァァァァァァァァッ!!』
盾を構え仁王立ちする俺、の背後を狙うヒヒ。『シールドスタン』で昏倒させようと構えるが――
「レア装備は破壊されたらロストするんだぞ! 知っているのか君は!!」
そう言って自らの盾を突き出すヤツが居た。
無駄に範囲効果のある『シールドスタン』を叩きだしたのはフェンリル。
そして、
「あーっ。やっぱり壊れたぁー!!」
叫びながら俺の後ろにササっと隠れる。
「早くコーティングしろ!」
「わ、解ったっ」
もう条件反射で指示に従ってしまう。ってかやっと起きたのかよ!
あー、くそっ。めちゃくちゃ心配したじゃねーか。
チラっと視線を向けると、頭が痛むのか、後頭部を擦っている所だった。
「頭から血が出てる……何故?」
「何故って、そこの壁に俺ごと吹っ飛んで頭ぶつけたから――しかも気絶してたんだぜ」
「気絶……え、なんで? 私のデバフは沈黙と麻痺だっただろ」
「いや、そう言われても気絶してた事に変わりは無いんで」
頭を打ったからなのか、かなり困惑気味のフェンリルだが、切り替えは早かった。
「ミケがタゲを取っているのか。サルの攻撃力が上がってるな。バフを掛け直すから、君は早くミケからタゲを取れ」
「解った。大丈夫か?」
「少し痛む。だから早く終わらせてくれ」
「あぁ、そうするよ」
背中に暖かい光を感じてから駆け出した。
「おっしゃー! 俺様復活!! さぁ相手してやるから、こっち向けよ!」
「っぷ、俺様だって」
いいじゃないか! 俺の『挑発』に突っ込み入れないでくれよぉ。
「ソーマ! って、まだデバフアイコン付いたままなのに、どうして動けるんだい?」
「さぁ? 気合だろ。俺の気合はデバフなんてモロともしないんだぜ、カゲロウ」
「無茶苦茶ニャ」
「あらぁ、かっこいい事ゆーて、お姉さんサービスしたくなっちゃう〜」
「い、いや、変なサービスは要らないんで、水付与だけください」
脱ごうとする百花さんを制し、なんとか水付与を貰う。そして一閃。
そこから多段攻撃に入る。
フィニッシュを決める直前にモーションキャンセルからの『ライジング・インパクト』。更に一閃。
ミケの多段攻撃も見えた。
無数の矢が漆黒の獣毛に突き刺さるのも見える。
氷の矢が――聖なる光が――
『ブルアアァァァァッ』
怒り狂うヒヒが両腕を突き上げ、そして地面に叩き付けた。
足元が揺れ、次の瞬間には蒸気がいたるところから吹き上げる。
「あっついニャ!」
「ミケ!?」
蒸気に触れてしまったミケのHPが一気に半減する。しかも『熱傷』というデバフ付きだ。
すぐさま『リカバリー』されたが、その二秒ほどの間にHPががくっと減ったのを見ると、持続性大ダメージか。
「蒸気が邪魔で矢が飛ばないっ」
「あかんわ〜、氷魔法も蒸気に当たったら蒸発して無効化されよる」
遠距離攻撃の妨害にも一役買ってやがるのか。
今なら見える。
奴の顔がドヤ顔に!
胸を打ち鳴らしてドヤ顔するヒヒが更に追撃を開始した。
拳を振り回し、厄介なランダムターゲットで突撃して行く。
カゲロウがバックステップで辛うじて回避し、百花さんは氷の壁を作って防いだ。
ランタゲは二回連続か。
俺の前に戻ってきたヒヒは、口を開き、まさかの火炎放射。
「あっちぃー!」
「さすが火属性。サルでも火を吐くとはな」
冷静な突っ込みを入れながらヒールを入れてくれるフェンリル。――に向ってランタゲ発動。
「『聖なる盾よ、プロテクションシールド』っきゃ」
きゃって、何それ!?
まさかここに来て女らしい悲鳴が聞けようとは思いもしなかったぜ。
盾がなくなった分ダメージが大きかったのか、シールド魔法も一発で崩れたようだ。
「大丈夫か、フェンリル!?」
「ふ、振り向かなくていいから、さっさとそいつを倒してしまえ!」
野次ってるぐらいなら大丈夫だろう。
ご希望通り、さっさと倒すとしようっ。
二打目のランタゲでミケに飛んだ後、戻ってきたヒヒの頭上に向って跳躍。
『ピコン』という電子音が鳴り、新しいスキルが発動された。
「我が剣は瞬速を超える! ――蒼い閃光の剣」
剣を頭上に構え、蒼い稲妻を集束させる。
直下に向って薙ぎ払うかのように一閃させた後、着地と同時に高速で切り刻む。自分でも何回攻撃が入っているのかわからないほどの速さだ。
最後に、背を向け梅雨払いをするかのように剣を振るう。それに呼応して蒼い稲妻が剣から解放され、光がヒヒの全身を襲った。
「っち、削り切れなかったか。だったら、これで止めだっ!」
奴のHPがものすごーく僅かに残っていた。
振り向いて止めを刺すべく、剣を閃かせる。
今の俺、すげーかっこいいんですけど? もうこれマジ惚れるだろってぐらい。
そして渾身の力を込めて見栄えもいい『ソードダンス』を――
「ぅらあぁー! 俺の獲物横取りすんじゃねーしっ!」
叫びながらやってきたフィンが巨大戦斧を振り下ろす――ってか、
「横取りしてんのお前だしっ!!」
抗議するも出遅れてしまって、結局フィンが止めを刺しそうだ。トホホ……。
なんだよ横取りって。まさか混乱にでも掛かってるのか?
簡易ステータスにはデバフアイコンは無い。フェンリルの事もあるし、アイコン未表示なだけで混乱はしてるとか?
振り返ると苦笑いを浮かべるアデリシアさんが居た。
「熱い蒸気のせいで、子分のおサルさん、皆死んじゃったんです」
そういう彼女の背後には、まさに煙となって四散するモノがあった。
「って自分で取り巻き殺したのか、こいつ!?」
そう突っ込んだ瞬間俺はある事を思い出す。
取り巻きのヒヒは、死ぬ瞬間に叫んでデバフ効果を出していた。マンドラゴラってそもそもそういう植物モンスターだし、こいつはどうなんだ?
死ぬ前関係なく叫んでいたが警戒するに越したことは無い。
「奴が死ぬ時の声に注意しろ!」
俺が叫ぶのとほぼ同時にフィンが渾身の攻撃を繰り出す。
重量級の斧を軽々と操り、八つ当たりにも見えるフィンの攻撃は遂に【閻障のマンドラゴラヒヒ】のHPをゼロにした。
『ガアアァアァァァァァッ』
最後の咆哮がキーンと耳鳴りのように頭に響く。
瞬間、くらくらしたかと思うと意識が飛んでしまった。
――殺せ。
誰を?
――殺せ。
解った。
――全ての者を、目の前にあるもの全てを殺し、破壊しろ。
今すぐに。
拳を振り上げ、目の前に居る者の肩を掴む。
「痛っ。馬鹿者、正気に戻れ!! 汚れし気の浄化――」
「殺す」
女の声が聞こえる。殺すべき相手の声が。
掴む手に力を加え、俺はこいつを殺そうと――
「ちょ、やめ! 触るなっ。今は……や、ダメーッ!!」
殺そうと、肩を掴んだ手を離し振り上げた。
同時に俺の視界にはボロボロと崩れ落ちる法衣と、肌をあらわにして赤面するフェンリルの姿が映る。
『リカバリー』によってなのか、はたまた彼女に魅了されてなのか、とにかく俺は正気に戻ったようだ。お陰で今俺の頭は沸騰寸前だ。
「プリたんまた今日は特にえろぃなぁ。どないしたん?」
「やかましいっ! どないもしてないわぁ!!」
「え? エロぃの? どこ、どこが!!」
ぼーっとする頭で考えられることは一つ。
フィンを殴らなければいけない。
「えろ♪ えろ♪ え、がふぉっ!」
かぁっと血の昇った頭で、無事任務が終了した事だけは理解できた。
「ごめんなープリたん。今日は予備の服持ってないんよー」
「持っててもどうせロクなデザインじゃないんだろう」
「失礼な! うちはかわええもんしか作らへんのやで」
まだ頭がぼーっとしているが、後ろのほうから聞える声だけはしっかり耳に入っている。
どうも二度目のランタゲで法衣を破壊されていたらしく、俺が掴んだせいでボロボロと紙切れのように崩れてしまったようだ。そして予備の装備は無し、と。
今どういう状況か解らないが、このままだと人目を引きすぎてヤバい、という話がされている。
「なぁ、誰かが町に戻って適当に服持ってくるってのはどうだ?」
「それやったら時間掛かるで?」
「そうだけど……そもそもそんなにヤバいかっこなのか?」
「ほぼ下着ニャよ」
「言うなミケ!」
悲鳴にも近いフェンリルの声が聞こえてくる。
頬を染め、恥ずかしさに涙さえ浮かべるフェンリルを――想像しただけで脳みそが沸騰しそうだ。
「あー、ソーマが鼻の下のばしてやんのー」
「ちょ、フィン余計な事言うな!」
「さっき殴ったお返しだ! ソーマがスケベな事想像してっぞ、フェンリル」
「ちが! してない、断じてしてない!」
してますスミマセン。
見透かされてるかのように、後頭部には聖書が投げ込まれた。丁度角っこがぶつかって激しく痛いです。
「えっと、俺に案があるんですけど……」
ご丁寧に自分で自分の目を隠しているカゲロウが開く。スケベ兄とは違って、カゲロウは必死にフェンリルを見ないよう努力している。
「何人かが先にフェンリルさんの帰還魔法で教会に戻ります。それから服を持って教会に戻る。パーティーチャットで知らせて、それからフェンリルさんが戻って来る――と」
「教会内で着替えるかニャ?」
「そうですね。まぁ小部屋を借りればいいんじゃないでしょうか?」
「あー、それなら懺悔室みたいなのあるし、人が居ないか確認してくれればそれでいいよ」
「じゃ、念のため、ここにモンスターが沸かないとも限らないので何人かは残らないと」
カゲロウの提案で俺とアデリシアさんとミケがここに残る事になった。フィンも残ると主張したがカゲロウが引きずって町に連れて帰還魔法陣に放り込んだ。
「装備破壊されるとロストするって言うけど、まさかこんな風に演出するとは思わなかったニャ」
「お洋服なのに、燃えた紙みたいにボロボロ崩れるんですね〜」
「おい君。面白がって人の服をボロボロ落とすな」
キャッキャと面白がる二人に対して、フェンリルの声はなかなか切迫している。そして俺は彼女らに背を向け、一人黙って座っているだけだ。
そんな俺の視界に数人の人影が映った。見覚えのある連中だ。
先陣切ってやってきたのは銀髪の男エルフ、堕天使・ルシファーだった。
2-16の後書きに
サブタイトルを「エロ♪エロ♪」にしたかったと書いたけど
本当はこっちのほうだったorz
いやー、2-16のところを間違って17に更新してなくてよかった。
ブクマありがとうございます。
お陰でなんとか100を超えることが出来ました。
これからも地味~に頑張る主人公達ですが、これからも暖かく見守っていただけると幸いです。