2-15::山猿の下へ
暁での一件の後、アデリシアさんは【終わりなき探求者】のギルドに入っている。他の暁脱退メンバーのうち、一〇人ほどがカインさんの所に入った。
あの場にやってきた残り二つの大手ギルド【緑陽騎士団】と【月光の夜】にもそれぞれ十数人ずつ加入している。
最大手に在籍すれば暁も嫌がらせを出来ないからな。
ついでにアデリシアさんが暁のメンバーをリスト化していたので、脱退メンバーは全員をブラックリストに登録して粘着ささやき対策もしてある。
平穏無事になった今日は、遂に――
「本日はお日柄も良く、絶好のマンドリル日和です」
「いや、雨降ってるけど?」
そう。雨なんだ。
ゲーム内でも天気は存在する。
こんな日にマンドリル狩りに行かなきゃいけないとはなぁー。レベル33になってこれからだって時なのに、まったくなんて不吉な天気だ。
「延期にするかー?」
「いや、そうもいかないだろ。レスターが山をうろついてるみたいだって言うし」
「うん。レスターとはフレ登録したままなんだけど、所在地があの山になってるの」
アデリシアさんの言葉にフィンが腕を組んで考え込む。
彼のレベルは40になっていた。ソロで倒すには流石にまだ厳しいというフェンリルの言葉もあるが、まさか暁のメンバーを連れているんじゃって話にもなった。
「やっぱ行くしかねーか。レインコートでも実装されてたらなー」
「いや、それは流石に無理でしょ兄さん。ビニールがそもそも存在しないんだし」
リアルな回答にフィンが笑って誤魔化す。
今回は七人パーティーでネームドに挑むことになる。
人数が増えた分、フェンリルの負担が増えるが、SPに関しては百花さんの付与に頼れるし、各自が回復ポーションを惜しみなく使うことで対処しよう。
もちろんランカーであるフェンリルのポットなので、回復量は十分だ。
準備を整え、少しでも濡れずにすむ鉱山から山に入る事にした。
目印の『しりとり』通りに穴を掘って進んで行く。それを見ていたアデリシアさんが不思議な顔で俺を見ていた。
「どうしたのアデリシアさん」
「えーっと、レスターも散々穴を掘ってたんだけど、全然あの部屋に付かなかったの。だからどうして穴掘ってるのかなーっと思って」
あー、俺が適当に穴掘ってると思ってたんだな。
「ほら、あそこ」
天井部分を指差して貝の絵を見せた。
「貝殻?」
「そうそう。貝殻じゃなくって、かいって読むんだ。で次はイルカの絵が書いてある場所を掘る。その次は鳥の絵なんだけど、カラスって事で――」
解るだろうか、この流れで。
暫く考えているようだったアデリシアさんが「しりとりですねー」っとようやく言う頃には、目的地のボス部屋まで到着した。
「わぁ、ここ鉱石だらけやん!」
普段は綿花や絹採取がメインの百花さんも、流石に壁一面の採取ポイントを見て感動している。アデリシアさんもツルハシを持ってさっそく掘り返そうとしていた。
「いやいや、目的はここじゃないから。とりあえずここで作戦会議ね」
フェンリルに諌められ、アデリシアさんは残念そうに戻ってきた。
そしておもむろに皆で輪になって座り込む。
「まずマンドリルだけども――【閻障のマンなんとかヒヒ】って名前だったかな」
「なんとかって……まぁいいけど」
「長い横文字なんてそんなものすぐ忘れるわ。で、炎の属性だったから、火魔法受けると回復する可能性がある」
ちょ、それアデリシアさんにとってかなり不味い属性じゃ?
「アデリシアさん、火以外の魔法っていくつある?」
「え!? あ、あの……」
スキル欄出して調べてるな……。そのぐらい使う頻度少なすぎて覚えてない、と。
「あ、二つです。アイスボールと、ダイアモンド・ダストー」
何故か得意気にガッツポーズをする彼女。最初のは前にも持ってたヤツだったな。ダイアモンドってのは新しく覚えたやつか。
「じゃー、その二つ厳守ね。それと前衛――」
というと俺とフィンとミケか。
フェンリルは俺たち三人に小さなポーション瓶を手渡していく。中身は見慣れない色の液体が入っていたが、効果は――
「これみたいになりたくなければ、しっかり塗っておく様に。効果時間、僅か一分しかないからな。小まめに使うんだぞ」
そう言ってフェンリルは、未だ修復できていない鬼の面を見せた。
嬉々としてアデリシアさんが掘った穴を抜け、山へと出る。前に見たときはいろんな花が咲き乱れる綺麗な場所ではあったけど、深々と降り続く雨に濡れ、花々は萎れて見る影も無い。
幸いマンドリル改めヒヒの姿は無い。
「フェンリル、お前が来た時って、ここで見たのか?」
「いや、もう少し向こうのほうで」
彼女の指差す方向に進む。かなり慎重に移動したが肩透かしを食らった。
「居ないニャ」
「カゲロウ、何か聞えないか?」
「うーん。ごめんソーマ。雨の音しか……」
「そっか……」
仕方ない。歩いて探すか。
アデリシアさんにレスターの位置を確認して貰うが、やっぱり山に居るらしい。となると先に遭遇したほうがヒヒを勝ち取る構造になっちまうな。
だがしかし。
雨でぬかるんだ土は人をこけさせる。
転倒しないよう注意して歩くが、約二名がよく悲鳴を上げていた。
一人はアデリシアさん。もう一人は巻き添えを食らっているフェンリル。
「君ねぇ、こけるなら一人でこけて!!」
「ごめんなさーい。きゃっ」
どさどさっという二つの音が聞こえた。振り向くと、フェンリルのスカートの裾を掴んでこけているアデリシアさんと、掴まれて転倒したフェンリルが見えた。二人とも泥まみれだ。
「ソーマ! この子をおぶっていきたまえ!」
「いや、それはちょっと、困るんですが」
「山猿の所に行き着く前に、私のHPがなくなるぅー」
いや、無くならないだろ。ダメージ出てないんだし。
そんなフェンリルの悲鳴を聞きながら歩き回る事小一時間。
ヒヒの姿は一向に見当たらない。他のモンスターとは嫌というほど遭遇しているんだけどなー。奴と戦う前にレベルが上がりそうだ。
「どうする? 実は雨で毛が濡れるのが嫌で隠れてるとか?」
「おいおいソーマ。毛が濡れるの嫌とか、そんな設定のモンスターがいるわけねーじゃん」
うっ。まぁフィンの言うとおりだよな。現実的に考えればありそうではあるんだけど、ゲームだしなぁ。
時々ゲームって事をつい忘れてしまう。
「いや、有り得るんじゃないでしょうか?」
「おいおい、カゲロウまで何言い出すんだよ。兄として恥ずか――」
「兄さんは黙ってて」
言い切る前にカゲロウから叱咤されたフィンがいじける。それを無視してカゲロウは言葉を続けた。
「ヒヒの属性は炎だって言ってましたよね。だったらこの雨、奴にとって不利な状況を作るでしょう。例えばスピードが落ちるとか攻撃力が下がるとか」
「あー、そういう考えはあるよな」
うんうん。ゲームとしてもそれなら有り得そうだ。
っとなると、どこかに隠れているとか?
隠れる……と言ったってあの巨体だぞ? それに取り巻きも一緒だし、その辺の木の下に隠れるとか穴とか、無理だろ。
ん?
穴?
「あぁーっ!」
思い当たって俺は叫んだ。その声は無駄に木霊する。
日ごろ『挑発』で鍛え上げられた喉だからな、音量だけはでかい。
皆が一斉に注目する中、俺は山の中腹を指差して言う。
「地獄の底に通じる洞窟……ダンジョンだ!」
襲撃イベントで村長宅を襲っていたヘルバウンド。元々奴の住処だった場所に、ヒヒは必ず居る。
俺の勇者センスがそう言っているっ!
やっとの思いでダンジョンの入り口まで到着した俺たちは、中にヒヒが居る事を確信した。
入り口に、白い大型の猿がいたからだ。
「おぉ、ソーマとカゲロウの説が当たってた。ってかソーマもよく思い出したよなぁ」
「はっはっは。そう褒めるなよフィン。記憶力は良いんだ」
「嘘を付け。薬草の事はすっかり忘れていたくせに」
「はっはっは。そう言うなよフェンリル。せっかくかっこよく決めてたのに」
べーっと舌を出すフェンリルを見て、それが少し可愛いと思ってしまうのはもはや病気だろうか。
というか、最近彼女を『変態お面の男』には見れなくなってしまっている。まぁ仕方ないよな。素顔晒して、ひらひらした可愛らしい法衣なんて着られてたら――胸元と足を隠しているのは残念に思うこともあるが。
――っとと、邪念を払って、今は目の前の事に集中だ。
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モンスター名:マンドラゴラヒヒ
レベル:34
種族:動物
属性:土
備考:大きな群で行動するモンスター。死ぬ際に発する叫びは
聞くものに恐怖心を与える。
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なんか嫌な予感がするな……。
したところで戦闘は避けられない。
三匹のマンドラゴラヒヒに向って俺たちは突撃する。俺にとっては格上モンスターだが、アデリシアさんとフェンリルにとっては格下。しかも土属性なのでアデリシアさんの火魔法が大活躍する。
俺はダメージヘイトに負けないよう叫ぶぐらいしか出来なかった……。しかもヒヒが死ぬ瞬間、案の定イヤ〜な叫びをあげやがって、これがまた前衛だけ範囲内っていうね。
戦闘は終わっているのにガクブル震えてる情けない俺……。
「よし、じゃーさくさく進むか。ん? どうしたソーマ」
「フィン……前衛の俺たちの立場って、なんだと思う?」
「か、考えるんじゃない! 俺たちはそこに立ってるだけで貢献しているんだと、そう思うんだ!」
「そ、そうだよな!」
「そうさ!」
ガシっとはぐする俺たちの後頭部に、容赦ない聖書の一撃が降り注いだ。
「いいからさっさと中に入れ。いつまでも乙女を雨にさらしてんじゃないぞ」
こんな時だけ乙女かよ!
そう突っ込もうとしたが、濡れた法衣が体に纏わり付いた彼女を見て息を呑んでしまう。
そしてもう一発聖書の一撃が飛んできた。隣でフィンも同じように攻撃を食らっている所を見ると、食い入るように見てたんだなと解る。俺もそうだったから。
ミケや百花さんに「助平」と弄られすごすごと中へ入っていく。後ろでは雑巾絞りのような音が聞こえてくるが、流石に振り向けない。振り向けばきっと、また聖書の一撃が飛んでくるだろう。
一通り皆が濡れた装備を整え終わると、俺たちは慎重に、且つ小走りに移動を開始した。
遭遇するのはマンドラゴラヒヒばかり。
やっぱり村の襲撃イベントで山から降りて来たのは、全部このダンジョン内のモンスターだったんだろう。
っていうか、それならそれでリポップしてるはずだろ? なんでヒヒしか居ないんだろうか。
まぁ考えたって仕方が無い。ヒヒしか居ないんだから……。まぁ土属性ばっかりなんで、こっちとしては有り難いが。
「せやけどこれって、ボス戦しにくいなー」
「え? 百花さん、なんで?」
「なんでって……ボスは火やのに、手下は土やで? 手下を倒そう思たら火やろ? せやけどボスはそれで回復するかもしれへんのやで?」
……あっちゃー。そうだよ。取り巻きを範囲で一掃しようと思ったらアデリシアさんの魔法が有効だ。けどそうしたら、ボスを回復させてしまう可能性もある。
いや、何も回復するとは決まってないし……。
「なぁ、火属性と炎属性って、どう違うんだ?」
属性としてはどちらも同じじゃなかろうか?
「火属性だと、火属性攻撃でダメージをほとんど出せない。炎属性だとそれの上位版で、火属性攻撃で回復する」
もうダメじゃん!
ボスと取り巻きを引き剥がすしかないか。
「俺がボスのタゲ抱えるからさ、フィンは取り巻き殲滅してくれ。火属性範囲持ってたろ? あとアデリシアさんも」
「おうっ。挑発する前に取り巻きポクポク殴って持っていくから、任せとけ」
「わ、わかったよ。フィンさんと協力して、おサルさんやっつければいいのね」
アデリシアさんに頷いてから俺は先を急いだ。
目指すは最下層。地獄の底だ――。




