2-13:お宝が空から降って来た
(私が頑張らなきゃ)
足元の揺れが収まると、アデリシアはインベントリに盾と杖をしまい込み、代わりに大型の杖を取り出した。
――頑張る前にまず楽しもうよ――
そう言った青年はすぐ近くに居る。
(ううん。私、やっぱり頑張りたいの。今此処にいるみんなの為に)
その時、彼女の脳裏に電子音が鳴った。視線だけを巡らせ確認すると、そこには、
『魔力増幅を習得しました』というメッセージが表示されていた。
アデリシアは自らの奥底から沸きあがる魔力を感じ取る。
そして彼女は詠唱した。今自分が持てる魔法の中で、最大火力の魔法を。
「……破壊の魔力は具現化しせり、バースト・フレアッ」
(もっと力を――もっと、もっとっ!)
炎が【牲蜷のマッドドラゴンシェル】を捉え、その肉体の内側で爆発する。
『グルオオオォォォォンッ』
マッドドラゴンシェルが苦痛に身をよじるのと同時に、そのHPが三割を切る。
刹那、奴の巨体が宙を舞い、再び着水する頃には大波が彼らを襲った。
アデリシアは杖で体を支えようとしたが、押し寄せる水に足を取られ後ろへと流されてしまう。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ」
(行けないっ。リセットされちゃうっ)
慌てて体を起こし元の位置へと駆け寄ろうとするが、その目に飛び込んだ光景に魅入ってしまった。
――頑張る前に楽しもうよ――
そう言った青年が、これまでに見たことも無い技を披露していたのだ。
盾から伸びた白銀に輝く鎖が【牲蜷のマッドドラゴンシェル】の巨体を縛り上げている。身動きすら取れない【牲蜷のマッドドラゴンシェル】は、せめてもの抵抗とばかりに唸りを上げていた。
(ソーマ君も頑張ってる。私も、もっともっと頑張りたいっ。もっともっと強くなって、彼に追いつきたい!!)
そう願う心が更なる電子音を招き寄せる。
『火の精霊の加護を習得しました』
『召喚魔法・イフリートを習得しました』
アデリシアの心を縛る鎖が断ち切られる。
魔導士を目指し、INTばかりを上げてきた。だが【不敗の暁】に入ったことでソーサラーを強要され、両手杖を握る事も許されなくなった。
それも今日で終わる。
(私は、魔導士になりたいの! 攻撃魔法をばんばん使って、皆を助けられる、そんな大魔導士になりたいのっ!)
「なんかよう解らんけど、アデリシアちゃん気合入っとるね。うちも協力したるわ」
「ありがとうございます、百花さん♪ 私、楽しむ為に頑張る!」
そして彼女は唱えた。
破壊の炎を呼び出す呪文を――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
背後から流れてくる熱気が気になり振り向くと、そこには大きな杖をしっかりと両手で握ったアデリシアさんの姿があった。
その杖の先には巨大な火球がうねりを上げて燃え盛っている。
「……破壊の魔力は具現化しせり、バースト・フレアッ」
彼女の声と共に火球が飛ぶ。
俺は視線を奴に戻すと、その巨体の中に火球が吸い込まれるのを見た。
『グルオオオォォォォンッ』
この瞬間、奴のHPが三割を切った。
痛みに悶えるマッドドラゴンシェルは、突然体を跳ねさせ、そして巨体でもって着水。まずい、また波が来るぞ。しかも、今度は近いっ!
「ニャー――」
必死に波に流されまいと耐える中、ミケの声が遠ざかっていくのが聞えた。流されたのかっ。
「アデリシアちゃん、耐えてぇ〜」
「きゃあぁぁぁぁ」
百花さんとアデリシアさんの悲鳴も聞える。その声が僅かに遠のくのが聞えた。
今、誰がタゲを取っているんだ? たぶんアデリシアさんだろ?
後ろに流されたって事は……まさか、
「リセットするぞ! ソーマ、シールドスタンで足止めしろっ!」
「言われなくてもっ!」
フェンリルの声に反応する前に、俺は盾を構え奴に突進した。上手く昏倒してくれれば、足を止められるはず。
地に突き立てた盾を持ち上げ、渾身の力で奴へとぶつける――が、届かないっ!
くそ、波に足が取られて前に進めないじゃねーかっ!
「くっそぉー! 行くな、待てっ!!」
奴を縛り付ける鎖があれば……奴を俺の元に引き寄せる鎖があれば……
『ぐるおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ』
俺の視線の先で苦しむマッドドラゴンシェル。
一体何が起きているんだ?
何故俺の盾から鎖が伸びているんだ?
だが奴の動きは止まっている。陸に上がる直前に、ギリギリの所で悶えていた。
「や、やった。動きを止められた!」
今の内に――そう言おうとした俺の耳に百花さんとアデリシアさんの掛け声が聞えてきた。
「ほな行くでぇ〜」
「はいっ『破壊をもたらす猛き炎の巨人よ。その身を我が前に晒し、その力を我に示せ。出でよ、炎の魔神・イフリート!』」
いつものような間の抜けた詠唱じゃない。背後から聞える雄々しくもあるその声からは、彼女の自信のような物も感じられた。
そして――
俺のすぐ背後に熱い何かが現れる。
振り向くと、そこには炎そのものが人の姿になたような、猛々しく、神々しい者が立っていた。
渾身の力を込めて最大魔力を発揮させるアデリシアさんと、それに合わせて祝福の鐘を打ち鳴らすフェンリル。
イフリートが吼え、全身の炎を更に大きくした。
巻き添えを食らう――そう思って僅かに後ずさった時、イフリートが小さな火球となってマッドドラゴンシェルを襲った。
小さく、しかし強烈な炎はマッドドラゴンシェルを瞬時に焦がす。
祝福を受けたその攻撃で、奴のHPは一瞬にして二割を切る。
思い出したかのように湖からは、それこそまさにミミズというべきモンスターが這いずり出してくるがもう後の祭り状態。
アデリシアさんの火魔法が大暴れし、召喚ミミズごと蒸発させてしまう。
ミケも手加減無用とばかりに跳躍し、マッドドラゴンシェルに渾身の一撃をお見舞いしていった。
もちろん、俺も負けじとスキルを連打する。なんてここまでスキルを押さえていたからSPが有り余っているからな。
多段攻撃からのフィニッシュに熱気を帯びた一閃を見舞って、そして――
猛狂う炎にが舞い上がり、巨体ごと吹き飛んだ牲蜷のマッドドラゴンシェルは、断末魔の咆哮を上げることなく湖に沈んだ――
その瞬間、ミケとフェンリルのレベルが上がった事を知らせるエフェクトが輝いた。
いつもより苦戦した今回のネームド戦。
そして本日も出た新スキル。
意識して出ろデロと祈っててもダメだってのは解った……。邪心か……邪だとダメなんだな!
まぁ、それでこそ勇者とも言えるが。
あ、ステータス見ておこう。
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ソーマ・ブルーウッド レベル31 カルマ:+255
クラス:なんでも屋のファイター
HP:7623
SP:2321
STR:60+
VIT:55+
AGI:38+
DEX:25+
INT:5+
LUK:7+
□:0
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なんでも屋って……暫くステータス見ない間に変な事になってるな、おい。
まさか日課の人助けのせいか? カルマも随分と増えまくってるじゃないか。他の人はどうなんだろう? 今度聞いてみよう。
ステータス画面を閉じて皆のほうに戻ろうとした時――
「なぁ、ボスのドロップアイテムどこにあるん? まさか、湖の底やなんて事は……」
百花さんの言葉で全員が周囲を見渡す。
俺やミケの足元には木箱が幾つか転がっている。召喚ミミズから出た箱だろうな。
「ソ、ソーマ。この中に宝箱が見えてたりするかニャ?」
村の時みたいに、俺やフェンリルにだけ宝箱に見えている……なんてのを期待したんだろうなぁ。
けど――
「残念ながら……全部木箱……」
答えるとミケが膝を付いて項垂れた。濡れる事も気にならないというか、気にする気力も無い感じか。
俺はマッドドラゴンシェルが吹っ飛んだ方向に振り向く。
湖の渦も消え、穏やかな水面しか見えない。心なしか、水位が上がってきているような……。
水位?
足元を確認。足首あたりまでだった水位が、今膝下レベル。
――って、上がりすぎだろ!?
「ミケっ。水から出るぞ!」
「お宝ぁぁぁぁ」
「泣くなよっ。ここ居たらまずいって!」
項垂れるミケの腕をひっぱって、彼女と一緒に湖から出ようとした瞬間――
渦を巻いていた付近から、突然水が噴出してきた。
まさか、第二ラウンドなんて事――
って、また大波かよぉぉー
「がぼぼぼぼぼぼぼ」
「うニャニャニャニャー」
俺とミケは波に飲まれ、そして流された。
幸い岸の方に少し流されただけだったが、それでもずぶ濡れだし、水も少し飲んでしまった。
「奴が湖の水を地下にでも流してたんだろうなぁ。それが一気に戻ってきた――とかじゃない?」
なるほど。フェンリルの声を聞いて湖の方に振り返ると――
ヒューー……んなんて音が聞こえて来る。音のする方角に顔を挙げ、飛んでくる物体を目で追う。
弧を描いて落下して――
「って危ねっ!」
慌ててその場から逃げると、まさに俺が立っていた場所に大きな箱がどすっと落ちてきた。
おいおい、当たってたら死んでたぞ。
だが許す。
落ちてきた箱は泥を被っていたものの、紛れもなく、宝箱だった。
「お宝が空から降ってきよったでぇ♪」
「うニャー♪ 神様からの贈り物ニャー」
「斬新なドロップの仕方だな……」
「わぁー、私、空から箱が降ってきたの、はじめて見ましたぁ〜」
いや、きっと他にこんなの見たことある人なんて居ないと思うよ?
そもそも空から降って来たわけじゃないし。まして神様の贈り物とかじゃないしっ。
箱を囲んでミケと百花さん、それにアデリシアさんの三人がスキップしながらぐるぐる回るのを見て突っ込むのを辞めた。
フェンリルだけは冷静に、そして箱ではなく周辺の地面を見つめていた。
地面……。俺、何か忘れている気がする。
「おったからおったから〜」
「おったからおったから〜ですね♪」
「おったからや〜」
跳ね回る彼女らを無視して、俺は忘れている何かを思い出そうとした。
その時――
「君たち、忘れているようだから言うけどね。お宝が目的じゃないんだからねっ!」
三人に向ってずいっっと差し出したのは、小さな紫色の花が付いた草。
「おぉー! 忘れてた」
そうそう、薬草を探しにきたんだった。
っは。
フェンリルの顔が、怖い。
「きーみーもー、忘れていたのかぁーっ!」
「す、すみませーんっ」
慌てて近くの薬草を毟り取り、それを急いでインベントリに入れる。
他の三人も睨まれたのか、各々謝りながら薬草摘みを開始した。
「って、ドロップの回収は!?」