2-11:暁と呼ばれるギルド
【ファーイースト】から東に行った森の中。蔦を掻き分け泉のある場所までやって来た。
険悪ムードだったミケもアデリシアさんの天然っぷりを見て、呆れたというか諦めたというか、とにかく同行を許してくれた。
泉……という名の露天風呂を横目に、思い出すのは赤髪のエルフ……。顔だけならフェンリルそっくりなんだけども、それを確認する度胸は――無い。
「あー、温泉あるやん。うち、ここで温泉入っていきたぁ〜い」
「勝手に入ってろ」
「あーん、プリたん一緒に入らへんのー?」
「だが断る」
「じゃーソーマ、一緒に入らへん? うち、一人やと寂しいねん」
「だ、だだだだだが断るっ」
酔ってる! 絶対この人酔ってる!
擦り寄ってきて何気に俺の装備を脱がしに掛かってるし!
STRに物を言わせて強引に引き剥がすと、百花さんは指を咥えて上目使いで俺を見つめる。更に上体を屈め、これ見よがしに胸の谷間を見せ付けてきた。
見ちゃいけないと解っていて視線が釘付けになるのは、男の性なんだろうか……。
あー、もう、そうじゃなくって。
「お、小川はあっちだからっ、早く薬草摘んで帰ろう!」
うわずった声で言う俺を、フェンリルとミケが冷たい視線で見つめる。
やめてくれーっ。俺が悪いんじゃないんだー。
とぼとぼと小川に向けて歩き出すと、後ろではケラケラと笑う百花さんの声が聞こえてくる。くっそぉー、完全に遊ばれてるな、俺。
さっさとクエスト終わらせて帰りたい……。あ、でもこの後レベリングするんだった。
あー、早くオリベ兄弟来ないかなー。って無理か。
イジケムードを引きずったまま小川のあった場所までやって来た。
アクアドラのネームドが復活してないだろうかと期待したけど、そんな事どうでもよくなる様な事態になっていた。
川底が顕になって一滴の水も流れていない『川』。咲き乱れていたはずの薬草は枯れ果て、茶色く変色している。
そんな光景が広がる中、俺たちは呆然と立ち尽くす。
「ど、どうすんの、これ? これじゃークエスト、出来ないニャ……」
ミケが手近な草を一本掴み上げる。だがその草はハラハラと散るだけだった。
薬草としては役に立たない……。これじゃー、クエストどころか、病気で苦しむ人も助けられやしないじゃないか!
「どこかに枯れてないの、無いか? 皆探してく――」
ん? 待てよ。
薬草って此処にしか咲いてないのか? いや、他にもあったような。誰かに聞いたはずだ……。
「あぁーっ! 思い出した!! フェンリルッ」
「っな、なんだね急に……」
「ほら、巾着おじさん言ってたじゃないか。元々は上流に咲いてた草だって」
「は? ……あぁ!」
目を丸くしている三人を他所に、俺たちが枯れた小川の上流を見つめた。
木々が生い茂る向こうには壁がある。丸いドーナツ状になっているここは、外部から隔離されて一般モンスターは出現してこない場所だ。
壁を登るのは面倒だな。五〇メートルぐらいの高さがあるし、絶壁だもんな。
「元来た道を戻って迂回するしかないな」
「んむ。さっさと行くか」
俺とフェンリルは踵を返し、他の三人を誘導する。その間に薬草が上流にも咲いているかもしれないという話をした。
枯れた小川を辿って上流を目指す事数十分。今だ川底が丸見え状態は続いている。
格下モンスターになってしまった森で、俺は例の事を試してみる事にした。
新スキルでろースキルでろーっ、なんかでろーっ!
そう思って戦闘を繰り返してくるがさっぱり出る気配が無い。やっぱりピンチな状況にならなきゃダメなのか?
けどこの森、【ファーイースト】から近い狩場だから、当然今の俺的には格下マップでしかない。ピンチになんてなる訳もなく――
そう思っていたのはほんの五分前まで。ピンチまでには至らないが、明らかにモンスターの配置が可笑しくなっている。
「ちょ、あいつらレベル30だぞ!?」
「適正なのは経験値も入って嬉しいニャが、これはちょっと極端ニャねー」
大きな灰色の熊が俺たちを襲う。ただの熊じゃないのは一目瞭然。だって熊なのに、角が生えてるから。
頭頂部に一本の角。まるで鬼みたいなその角は、厄介な事に麻痺性の毒付き。
頭突き攻撃されると麻痺に陥る。まぁ、俺は盾で防ぐから麻痺には掛からないからいいけど。
ただこの頭突き攻撃がランダムで――
「アデリシアさんに行ったよ!」
前衛後衛無視して突っ込んでいく――と。
そして盾を装備していながら防御できなくって倒れて、麻痺まで貰うアデリシアさん。すぐさまフェンリルが『リカバリー』で麻痺を解除してくれるし、HPも回復してくれる。
アデリシアさんが盾を持つ意味って、あるんだろうか?
そういえば以前みたいに、魔法ドバァーってのが無いな。なんかこじんまりした魔法しか撃ってない気がする。まぁ、相変わらず二種類ぐらいしか使ってないけど。
「アデリシアさん、片手杖が今はメイン?」
熊一掃後に尋ねてみた。
彼女は俯き、小さく頷く。
「ほらなソーサラーやのん?」
百花さんの質問にも頷いた。
意外だったな。てっきり火力系魔法職のウィザード辺りに行くんだと思ってたが。
「あっはは。そやったらうちと一緒やねー。低火力同士、仲良ーしようね」
「えっと、あの……はい……」
覇気の無いアデリシアさんが気になる。
「アデリシアさん、暁で何かあったの?」
尋ねてみるけど返事は無い。代わりに声を上げたのは百花さんだった。
「えー、アデリシアちゃん、暁におるん? 町におった時に暁って単語聞いたけど……そないな所おったらあかんよ〜」
「そないな所って……まぁレシピ詐欺は確かにダメだけどさ、そんなに暁ってマズい所なの?」
俺が尋ねると、アデリシアさん以外が同時に頷く。
「うちねー、この【Second Earth Synchronize Online】が三つ目のゲームなんやけど、前やってたゲームにも【不敗の暁】っちゅーギルドあってん。そりゃもー評判悪かったでぇ」
「評判って、例えば?」
アデリシアさんの方を見ると、やや青ざめたような顔で聞いていた。
「そこのギルマスがな、リアル金持ちのぼんぼんやねん。金に物言わせてギルメンに課金アイテムばら撒いてたんよ。それだけなら別にどうでもええねんけど――」
ちらっとアデリシアさんを見てから百花さんは言葉を続けた。
「散々ばら撒いた後に、ギルドの都合のいいように装備やスキルなんかを調節させたり、生産素材集めさせるだけの使いっぱしりにしたりな。自分のやりたいようにさせてやらんようになるんよ」
「は? そんなのゲームじゃないだろ?」
「あいつらにとってゲームは遊びじゃないんだろう」
フェンリルの声が怒っているようにも聞える。
俺だって話を聞いてるだけでイライラしてくるしな。
でも、そんな風にされてギルドに残る意味があるのか?
「なぁ、そんなのギルド抜けてしまえば済む話だろ? それともギルドって、一度入ると抜けれないシステムなのか?」
「抜けれるニャよ。どのゲームだってそこは同じニャ」
「じゃー、なんで抜けないの?」
「抜けないんじゃなくって、抜けれないんです。怖くて……」
聞いていただけのアデリシアさんが、初めて口を開いた。その声はか細く、苦しそうだ。
抜けるのが怖い。どういう事なんだ?
「中には抜けたプレイヤーもいてたけど、そういう人には執拗に粘着して、嫌がらせを繰り返すんや、暁ってのは。それが怖くて抜けれない子もおったんやで」
「嫌がらせって……運営に通報すれば解決できないのか?」
「無理だな。不正行為にまでなれば当然処罰されるが、基本、運営ってのはプレイヤー間の揉め事はプレイヤー同士で決着つけろっていうスタイルだ。まぁ例外な運営もあったけど」
「そんな……」
「まぁせやから、元暁メンバーがあれこれ実情晒したり、元から暁は狩場でのマナー違反も目立っとったから、他プレイヤーも本気になって暁と衝突したんや」
「衝突?」
「PKニャ。暁は課金アイテムでガチガチに固めてたけど、大手ギルドのトッププレイヤーが相手だと流石に敵わないわないニャ」
「大手と協力して、圧倒的大人数でPK仕掛ければ、流石に課金廃人も勝てへんからなぁ。PKでボロボロにされた暁は、暫く暴れとったけど、暴れれば直ぐに倍になって報復されるのが解ってから大人しゅうなっとったわ」
どんだけプレイヤーのヘイト溜めたら、全プレイヤーから敵対視されるんだ……。
そんなギルドに何故アデリシアさんが?
「ね、アデリシアさん。どうして暁なんかに?」
「レ、レスターが……良いギルドだからって……」
「どこがニャ!」
「どこがやねん!」
ミケと百花さんが息ぴったりで突っ込んだ。
それからあーだこーだと、アデリシアさんに暁の事件簿を説明していった。
粘着ささやきから始まり、匿名掲示板である事ない事書き連ねてみたり、狩場での横殴りやPKなどなど……。
最後には
「抜けるニャ! 今すぐ暁を抜けるニャ!」
「そうやそうや、抜けてうちらん所きたったらええんよ。あ、うちもここに居座り始めたばかりやけど」
と言ってアデリシアさんのギルド抜けを後押ししている。俺としても抜けた方が良いと思うし、その後は俺たちと居ればいいと思っている。
けど、どんな嫌がらせが来るのかわかったものじゃない。
「なぁ、粘着ささやきとかってどうにかできないのか?」
匿名掲示板なんてのは見なきゃ良い訳だし。横殴りは……暁に見つかりさえしなければいいだろう、となると、ささやきだよな。
「出来るぞ。意外と簡単に」
「え? マジで?」
「おう、マジマジ。ブラックリストってのにフレ登録と同じように突っ込めばいいだけ。相手の名前が解っていれば、手書きで登録もできるし」
「と、登録したらどうなるんだ?」
「相手からのささやきチャットが送られてくることは無いし、目の前で喋ってても口ぱくになるだけ」
なんだよ。そんな便利機能あったのか。
なら大丈夫だな。
「アデリシアさん、ギルド抜けたいって思ってるなら、俺たちの所、くる? ギルドじゃないけどさ、ただの集まりだけど……」
「で、でも……。皆にも迷惑かけちゃうかも……。さっきね、ギルド抜けた人からささやき来たの。そしたらね、野良パーティー組んでた人たちにもいろいろささやき送られてて、パーティーに居られなくなったって。だから……」
「だったら俺たち全員が暁のメンバーをブラックリストに入れればいいだけじゃないか」
「そうニャ。今ならあんたのギルドメンバー一覧画面で全員の名前が解るニャよね」
「おー、それいいわねー。そやったら今のうちに全員の名前、教えたってーな」
わいわい詰め掛ける中、一人だけ、フェンリルだけは急かそうとはしなかった。
そしてアデリシアさんのギルド即抜けには反対のようだ。
「抜けたいというなら抜けるのには反対しない。寧ろ抜けた方がいいだろう」
「じゃー、何で今はダメなんだよ」
「あいつら、とことん嫌がらせしてくるぞ。しかもこっちは少数の集まりだからな。数で物を言わせて町中でも何されるか解ったものじゃない」
「だからって――」
「まぁ待て。奴等が対抗できない勢力を持ってくればいいだけだ」
対抗できなくなる勢力?
それだけ言うと、彼女はにやっと笑った。
週末は執筆できないので書き溜めが減ってゆく……。
明日は1話のみの更新でまいります。