2-10:クエスト受諾
場所を移してアデリシアさんの話を聞こうとしたんだけども、結局、
「ごめんねソーマ君。友達と喧嘩しちゃって、どうしようって落ち込んでただけなの。ソーマ君に相談しても、ソーマ君は友達の事知らないし……だからもういいの。急に泣いちゃってごめんね」
うんまぁ、リアル事情は知らないからアドバイスとか何も出来ないけど……。本当にいいのかなぁ。
なんか、空元気にも見えるんだよな。
そうだ、久々に一緒に狩りでもしてみるかな。元気付けられる――かどうかは解らないけど。
「アデリシアさん、暇だったら一緒にパーティー組まない? あ、公平圏内だっけ?」
フレ登録画面を開いて――35か……何気にフェンリルを追い抜いちゃってるよ彼女。
俺が30で他の皆も30だし……公平は大丈夫っと。
「俺たちレベル低いけどさ、もしよかったらなんだけど――」
「え、いいの? あの、あの……」
アデリシアさんが俺の隣を歩くフェンリルに視線を向けた。
「あの、彼女さんが、いいなら」
そう言うアデリシアさんの言葉に、俺ばかりかフェンリルもぎょっとして全力で首を横に振る。
「「違うからっ。彼女とか有り得ないから!」」
二人で同時にはもる。まるであの双子見たいに息ぴったりだ。
「え……あの、ごめんなさい。仲良さそうだったから、勘違いしちゃった」
テヘペロ。そんな感じの仕草を見せるアデリシアさん。相変わらず変に男心くすぐるのは上手いなぁと思う。まぁ計算してるんじゃなく、完全な天然なんだろうけど。
とはいえ心臓に悪いセリフを言うなぁ。しかもあんな事――フェンリルと手を握った後とか、余計に心臓に悪いわぁ。
他人から見ると、そんな風に映っているんだろうか。俺たち二人って……。
チラッとフェンリルを見ると、向こうも気づいて視線を送ってきた。
直後――
「ぶへっ」
分厚い聖書が俺のこめかみに突き刺さる。
「俺が何をした!?」
「とりあえずなんとなくムカついたので殴ってみた」
「とりあえずなのか!? とりあえずで殴るのか!?」
どうしてこんな女と、彼氏彼女に見られるのか……。
せめてもう少し女らしかったら。もう少しお淑やかだったら……だったら、俺はこいつと彼氏彼女になってもいい……と?
いやいやいや、何故そうなる!?
そもそもフェンリルがそういう目で俺の事なんて見てくれないだろ?
いやいやいやいや、やっぱりそうじゃなくって。俺だってこいつの事なんて……。
あれ?
フェンリルとアデリシアさんが居ないぞ?
「おーい、そこの変態くーん。置いていくぞー」
「ソーマくーん。こっちだよー」
立ち止まって悶々としている間に、俺は見事に置いていかれていた。
フレンドリストから今ログインしているメンバーを探す。といっても鉱山以来馴染みになった面々に、前回の村襲撃後から何かと顔を出してくる酒池百花さんの合計五人だけれども……。
オリベ兄弟はまだログインしてないのか。
確認し終えてまた歩き出す。少し前を歩くエルフ女子二人は、俺たちの溜まり場にもなっている空き地へと向っていた。
人混みの中、美女と美少女が歩けば棒に――ナンパ師に当たる。しかしそんなナンパ師達も、
「ねぇ、彼女達今暇してる?」
「うざい、消えろ」
という具合に即殺されていった。アデリシアさんは隣でへらへらーっと笑っているだけで、何が起きているのか理解してあるようには見えないな。
男の俺なんて誰にも声なんか掛けられるわけも無く……、
「君、そこの蒼い髪の君!」
蒼い髪。俺の事? いや、蒼い髪なんてそこら中にいるしなー。
そう思いながら振り返ると、どこかで見たような人が立っていた。
えーっと、白衣を着たこの人は――
「あ、この町の医者の――」
そうだそうだ。【ソドス】から助けを呼びにきた御者のおじさんを運び込んだ先の、町医者の人だ。
「御者のおじさん、どうしました?」
「あー、彼は昨日、村に帰ったよ。君にあったら御礼を言ってくれと頼まれていたんだ」
昨日……ログインしていない間にもどんどんこっちの時間は経過しているからなー。実際に村襲撃からもう数日も経過してるっていうね。
でも、無事に帰れて良かったな。
わざわざそれを伝えに来てくれたんだろうか?
とも思ったが、やっぱりそうではなかった。
「ところで、君に急いで頼みたい事があるんだが、いいだろうか?」
「頼み? あ、ちょっと待ってください。仲間に戻ってきてもらうので」
先に行って姿も見えなくなりつつあるフェンリルとアデリシアさんを呼び戻して、町医者と近くの飲食店へと入った。
注文は飲み物だけ頼んで依頼内容を尋ねる。
「山から降りて来た獣が原因になっている流行病の事なんだが、君たちは知っているかい?」
巾着おじさん所の奥さんと娘さんが掛かってたアレだろうか?
とりあえず「なんとなくは」と答えておく。
もちろんアデリシアさんにはちんぷんかんぷんだろうな。予想通り、小首を傾げて聞いているだけだ。
「少しは聞きかじっているか。説明の手間が省けてよかったよ。依頼というのは、その病に聞く薬草の採取なんだが――」
「あー、紫色の花を付けた草ですか?」
恐水のアクアドラと戦った場所に咲いていた草――の事を思い出す。
どうやら正解らしい。医者は安堵したような表情で俺を見た。
「知っているなら助かるよ。それを大量に集めてほしいんだ。どうやら変種が出て北みたいでね、薬も複数のパターンを用意しなきゃいけなくなったんだ」
うわ、もろパンデミックだな。
幸い薬草の群生地は知ってるし、楽な依頼だな。
「狩りに行くのは薬草集めの後でもいいよな?」
俺はフェンリルに尋ね、彼女は直ぐに頷いた。
「アデリシアさんも、いい?」
「あ、はい。人助けですもんね、よろこんでお薬取りにいきますよぉ」
「感謝するよ。じゃーメインの薬草は君たちに任せて、私は他の薬草の採取依頼を他の冒険者にしてこよう。出来れば君たちも知り合いに声を掛けてくれないか? じゃ」
タイミング良くなのか悪くなのか、店員さんが持ってきた飲み物を慌てて飲み干し、慌てて店を出て行った。去り際、俺たちの分の勘定も支払っていたのはなんとも律儀だ。
「じゃ、俺たちも行くか」
「子猫ちゃんと酒乱も誘っておくか? 数が欲しいらしいし、人数いたほうが多く採取できるだろう」
「そうだね」
「わぁー、私クエストなんて始めてです〜」
呑気に喜ぶアデリシアさんを見て、俺とフェンリルは思い当たってUIを開く。
クエスト欄を開き――そこにこれまで見たことも無かったクエスト名がある事に気づいた。それも二つ――
一つは――
-----------------------------------------------------------------------
【病から救う為に】
セルジュ医師からの依頼で、変異した病を治すための薬草を採取せよ。
ヒーソップ草を二〇個採取してセルジュ医師に渡そう。
-----------------------------------------------------------------------
――とあった。
もう一つは――
-----------------------------------------------------------------------
【救援要請】
クエスト【病から救う為に】を受諾した状態で、未受諾プレイヤーに対して
クエスト救援要請を送る。相手が受諾すればクエスト成功。
-----------------------------------------------------------------------
――説明文の下に『クエスト救援要請』というボタンがある。さて、どうやって使うんだろうか?
「まさかこんな形でクエストが発生するとは……」
「NPCからもらうのは当然なんだろうけど、クエストっていうか、普通に頼まれごとされただけって印象だよな」
俺とフェンリルは考え込み、一人アデリシアさんが浮かれている。
考えてる最中にある事が頭に浮かんだ。
「なぁ、これ。前回の村襲撃イベント同様に――」
山エリア開放フラグ。
多くのプレイヤー、もしくは全プレイヤーに向けた解放フラグイベント。だよな?
そう言おうとしたがフェンリルには既に伝わったようだ。
これは早急にレベルを上げて山に向わなきゃ、レスターに先を越されるかもしれないな。
とにかく、今はミケと百花さんに合流しよう。ネームドも大事だけど、それ以上に住民を助ける方が大事だからな。
俺たちの待ち合わせ場所は、工房の近くにある空き地。ここからだと工房も倉庫も近いので、何かと便利なのだ。
同じようにたまり場にしているプレイヤーは多く、露店なんかも並んでいる。プレイヤーの邪魔にならないよう、ちゃんと整然と並んでいる辺りが見ていて気持ちいい。
空き地の裏手には大きな酒場もあって、ここではパーティーの募集なんかもされている。
一度、一人の時に野良パーティーってのに参加したけど、なかなか楽しかった。ただドロップ品の分配で、最後揉めたのを除けば……だけどな。
「あ、ソーマにプリたん。ごきげんようぉ」
「百花さん。あ……また酔っ払ってログインですか?」
「嫌やなぁ。今日はまだしらふやでぇ」
まだって事は、この後しらふじゃなくなる予定があるのか。
酒池百花さんも、【ソドス】村での一件以来ここに来るようになった。
飲兵衛でも相手にしてくれるプレイヤーは少ないから――という事らしい。
「双子はINしてないな。どうする?」
「あの双子なら、さっき片割れがインしてきよったで。親戚が遊びに来よって、ゲームできんのやーって」
「そっかー。じゃあ仕方ない。このメンバーでやるか」
「え、やるん? そんな行き成り嫌やわぁ。優しくしといてねー?」
「やっぱり酔ってるでしょ……そうじゃなくって、さっきこの町の医者に出くわして――」
俺はミケと百花さんに薬草採取クエストを受諾した事を説明した。百花さんはしきりに相槌を入れてくれるが、ミケはこっちを凄い目で睨んだまま一言も発しない。
説明が終わり、俺は試しにクエストの救援要請ってのをやってみた。
「ミケ、救援要請のボタン押してみるから、出てきたら操作してくれ。どんな画面でるか解らないけど――」
クエスト説明欄の下にあるボタンを押すと、ターゲットマークが出てきたのでミケをタップする。
直ぐに
『ミケ・ミケさんがクエストを拒否しました』というメッセージが現れる。
「って、うぉい!」
「あー、うちんとこにも来たで〜。アデリシアちゃんからー。受諾しとけばええのん?」
「しとけしとけ」
「オッケーやでプリたん」
向こうは無事に救援要請が出来たみたいだな。
なんかミケ、怒ってる?
「なぁミケ、俺なんか悪い事でもしたかな? 鈍感だからさ、気づかないうちに変な事言ったかもしれないが――」
ミケを傷つけないよう、出来るだけ優しく言う。
そっと近づくと、キッっとミケの目が光る。さ、さすが猫……黒目が縦長になって怒っているのがよく解る。尻尾もぶわっと逆立ってるし。
「な、なぁミケ?」
「……にその女……」
「ん? 何て言ったんだ?」
「……何その女ーっ! なんで一緒に居るの? なんで連れて来てるの? なんで?」
あー、ミケが怒ってるのはアデリシアさんの事だったのか。
その女呼ばわりされた当のアデリシアさんは、自分のせいでミケが怒っているのだと知り、少し尻ごみしているようだ。
「あー、ミケ。彼女はアデリシアさんで、さっき倉庫で俺がパーティーに誘ったんだ」
「なんでよぉー!?」
「なんでっていうか、知り合い、だから?」
素直に答えたんだが、ミケは顔を覆って呆れたように口を閉じてしまった。うーん、拗れなきゃいいんだが。
「そういや君さ、弓手君はどうしたんだ? それと、君たちはもうあの山猿ネームドを倒してしまったとか?」
唐突にフェンリルが質問する。
確かに俺も気になる。アデリシアさんが35って事は、レスターのレベル次第では挑めるかも?
「レスターは六時間制限でログアウトしちゃって、残りの四時間はゴールデンタイムからーって言ってました。お猿さんはまだです。その、鉱山の穴が無くなっちゃってて……」
「ふっふっふ。そうだろうな」
勝ち誇ったようににやつくフェンリル。その後ろではミケもニィーっと笑っていた。
「ところで君、ソーマたちから聞いたが、鉱山ボスから何を手に入れようと思って彼らを助けたんだね?」
またもや質問。それにもアデリシアさんは普通に答えていた。
「レシピです。レアか伝説がほしくって。というか、レシピ持って行かなきゃギルドマスターに気に入って貰えないからってレスターが……」
それを聞いたミケの顔がますますにやけだす。
確かに、あの時実際はレシピ出てたんだよな。ただしボスからじゃなくって、取り巻きからだけど。それでもレアレシピで、これのお陰でカゲロウは一躍ランカー入りしたと言っても過言じゃない。
見逃したレスターがその事実を知れば、どんだけ悔しがるか……。想像したら自然とドヤ顔になってしまう。
しかし、ギルドマスターに気に入って貰いたくてレシピをってのは、どうなんだろうなぁ。
「っふん。レシピなんて拾っても、今の暁だと生産職がほとんど居ないし、意味無いニャ」
「生産職が居ないって?」
「あー、例の伝説詐欺さ。通報されてデータ解析でもされたんだろう。詐欺が認められて、当人と、隠蔽工作に協力したギルドメンバー数人が垢凍結させられてる」
「凍結? アカウント停止って事か?」
「違う。一週間だけログイン出来ないっていう処置だ。まぁ一週間あれば周りのプレイヤーとの差が広がるから、無意味ではない」
なるほど、そういうのもあるのか。
そういやランキング看板でもそんな話をチラって耳にしたっけか。生産ランキング上位に居た暁のギルドメンバーが、今回はまったくランクインしてない。隠蔽に関わったメンバーなんだろうな。
アデリシアさんはその話、知っているんだろうか?
そう思って彼女を見たけど、相変わらず小首を傾げて俺たちの話を聞いてるだけだ。
こりゃー、何も知らないみたいだな。
書き溜めが増えてませんが、本日は夜にもう一話更新いたします。
ストックが30を切ってしまった……来週は頑張らねば。




