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『Second Earth Synchronize Online』  作者: 夢・風魔
第2エリア『予兆』
31/95

2-9:フェンリルとアデリシア

『フェンリル・クォーツとアデリシア・マロン』――






「はぁ……どうしてこうなった」


 溜息を付く間にも、続々と押し寄せる客。

【ルイビス】を拠点にポーション屋を展開していたフェンリルは、ここ数日忙しい毎日を送っていた。

 元々狩り重視でのプレイスタイルを苦手とし、暇さえあれば秘境探検を日課としていた彼女だったが……。ひょんな事から同行する事になった初心者プレイヤーに付き合って、趣味の探検も疎かになっている。

 そればかりか、お気に入りの鬼の面が破壊されてからこっち、修復素材も集まらないまま素顔を晒し続けているとこの有様だ。


 この――とは、


「あ、あの、ポーションください。て、手作りなんですよねっ!」

「あー、うん、まぁそうだけど」


 目の前に立つ客にそう答えると、お客=男は目をぎらつかせた、呼吸を荒げた。

 明らかに変な妄想をしている。――とは思うものの、客である事に変わりは無く、被害が及ばないのであれば無視をするとフェンリルは決め込んだ。


 以前から価格が安いという事もあって固定客が居たものの、顔を晒すようになって客は倍増どころではないし、製薬依頼まで入ってくるようになった。

 製薬ポイントという点では、ランキング上位安泰と喜ぶべき所なのだが――、


「あの、付き合ってください!」

「だが断る。帰れっ」


「必ず幸せにしてみせるっ。だから俺について来てくれ!!」

「お前が視界に入るだけで私は不幸せだ。とっとと消えろ」


「お、俺の白ポを――」

「セクハラで通報すっぞ。いや、もうした」


 こんな調子で一時間も露店を開けば、数人が告白しにやってくる。もちろん中には冗談で言うプレイヤーもいるが、本気な者も半数は居た。


 VRMMOは以前のMMOよりも、よりプレイヤー間の繋がりが濃くなったとされ、出会いを求める輩も少なくは無い。

 だがフェンリル・クォーツはこの手の輩を毛嫌いしている。理由は至極単純。


「うぜぇー……」


 ――からだ。

 とはいえ、その手のプレイヤーがプレイ人口の半数以上かといえばそうではない。所詮二、三パーセントいるかどうかという程度だ。

 たまたま今自分の周囲にその手のプレイヤーが集まってきてしまっているだけだろう。この顔も見飽きれば治まってくるはずだ。――フェンリルはそう思って今のこの状況を諦める事にした。

 だが何も悪い事ばかりではない。


「上位ランカーにギルド未所属の人が唯一居たから製薬依頼したかったんですが……以前は鬼みたいなお面つけてて近寄りがたくて。他のランカーさんはギルドお抱えだし、男の人だから頼みにくかったし」

「あー、鬼の面が修復できたら、また男に戻るよ」

「えー、また男装するんですかー?」

「んむ。その方が楽しめるから」

「男装で何楽しむんですかー。なんか妖しい」


 くすくすと笑う女性客。

 以前は鬼の面という奇抜な装備からか、女性客は皆無に等しかった。だがこうして顔を晒すようになって女性客も大勢詰め寄せるようにもなった。

 総じて――


「お面付けるようになっても、これからは安心してフェンリルさんのお店に来れます」


 と言ってくれる。

 顧客が増えるのは有り難いのだ。

 それでもやはり


(お面、早く治したい……)


 そう思わずにはいられなかった。


 フェンリル・クォーツ。

 遊び半分で目隠し状態でのキャラメイクをした結果、絶世の美女が完成してしまった人物。しかもNPCがくしゃみと承諾返事とを勘違いして、作りなおしも出来ないまま今に至る。

 口は悪いが面倒見の良い彼女は、今日も今日とて辻支援へと出かける。――というのも日課だったが、それも最近は休んでいた。


(山猿倒したら……まず温泉巡りしてー、ファーイーストの南の方もまだ行ってないし、行きたいよなぁ。それから後発組の辻もしに行かないとなー)


 半ば自らの使命のように、彼女は辻支援の事を考えていた。

 いつから辻支援をするようになっただろうか。――ふとそう考えた時、ふいに悪寒が走る。

 辻支援をするようになって直ぐの事を思い出したのだ。


 別のゲームで、まだ自らもVRMMOに不慣れだった頃――

 辻支援をしたことがきっかけで、ある一人の少年と知り合いとなった。今のソーマとの『二度目の出会い』と似ている。

 違ったのは、その少年が出会いを求めていた事。そして彼女に執拗に迫った事だ。

 ゲーム内でのストーカー行為はもちろんの事、彼女の知り合いにも粘着を繰り返すなどその行為は非道なものだった。

 彼女もただストーカーされるだけではなく、粘着ささやきの証拠画像を撮影し、運営に通報してアカウント停止まで追い込んだ。

 その後は自らもゲームを去り、新しいVRMMOを見つけたが、そこでも少年は追いかけてきた。

 結果、彼女は愛着あったキャラ名を捨てた。更にゲーム内での友人達とも離れてソロプレイヤーへとなった。

 ゲーム内で性別を選べる場合には男キャラクターで、選べない場合にも男装可能なゲームだけを選んでプレイしてきている。


「ま、ネナベは思いのほか楽しいから、いいけどね」


 独り言のように呟き、在庫切れになった露店を閉じようとした時


『from.ソーマ・ブルーウッド:フェンリル今いいかー?』


 見慣れた相手からのささやきが届く。チャット文字を横目で確認しながら自らもウィンドウを開いて返信を送った。


『to.ソーマ・ブルーウッド:君は挨拶というものを知らないのかい?』


 自然と笑みが零れる。

 会話の相手から製薬依頼を受け、それを承諾した。彼も顧客の一人だ。


 彼女は早々に店を閉じると、買いそびれた客に詫びを入れて歩き出す。

 倉庫に向って、それから工房へと移動する為だ。


 倉庫に到着した彼女の目に、ピンク色の長い髪を床に垂らした少女が見えた。


(あの子確か……犬に追いかけられてソーマに助けて貰ってた子だな。暁に加入してしまうとは……)


 同情するかのようにピンク色の髪の少女、アデリシアを見た。

 だが声を掛ける気にはなれない。フェンリルにとって【不敗の暁】ギルドと関わるのは断固として避けたいからだ。


(ま、直接の知り合いでもないし、あの子は私の事を知らないだろうから。声掛けたって誰この人? になるだけだね)


 結論――さっさと待ち合わせ場所に行く。

 そう決めたフェンリルは、倉庫にあった薬草を持って工房へと向った。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「はぁ、どうしてこうなっちゃったんだろう」


【ルイビス】の町の一角。多くのプレイヤーが利用する貸倉庫の片隅でアデリシアは溜息を吐く。

 膝を抱え床に座り込み、顔は伏せて他人からは見えないようにしている。

 つい先ほどまでアデリシアは、倉庫の片隅ですすり泣いていた。


「どうして……」


 自分の置かれた状況を思い出すと、泣かずにはいられない。再び思い出して、彼女の目から大粒の涙が零れた。


 以前プレイしていたゲームからの知り合いで、いろいろと面倒を見てくれるレスターに誘われて入ったのが【不敗の暁】というギルド。

 現段階では加入者数の多さで『大手』や『小規模』だと判断されるギルドにあって、暁は紛れも無く『大手』だった。

 人数が多く、ギルドの幹部クラスは別のゲームから一緒に活動している仲だと言う。その幹部は多くがベータテストからのプレイヤーで、知識もあれば財力もあった。それを惜しみなく加入者へと振舞う。そんなギルドだ。

 否、だったと言うべきだろう。


(加入したばっかりの時は皆優しかったのに……)


 緊急メンテナンスが入るよりも前は、ギルドマスターも幹部も、皆新規加入者を歓迎していた。

 レベリングの手伝いも惜しみなく行われ、生産品は素材が無くても無償で提供される状況だった。

 そんなギルドで、アデリシアは再び『楽』をする事に馴れてしまう。

 解らない事があれば教えられ、ステータスや装備に関しても全て幹部のアドバイスに従った。

 結果、彼女は初めに目指していた『魔導士ウィザード』ではなく、『奇術士ソーサラー』にならされていた。


 自分はウィザードになりたいから……そう言って両手杖に武器を持ち替えようとしたときだ。ギルドマスターの男の顔が豹変したのは。


 ――え? どうして? ウィザードは俺や他の連中もやってるからもう必要ないんだよ。今必要なのはSPを供給してくれるソーサラーなんだよね。あんたさ、俺たちに散々世話になってるだろ? ギルドってのはそれぞれが役目を持ってて、助け合わなくちゃいけないんだよ。解る? あんたは俺らのためにソーサラーやんなきゃいけないんだよ――


 言葉ことは丁寧だが、その口調は有無を言わせないほど語気が強いものだった。


 同じように自由なプレイスタイルを奪われた他のギルドメンバーが脱退したと聞き、アデリシアもギルドを抜けようと考えるようになる。

 だがレスターはこのギルドを気に入っており、一緒に抜けてくれる事はないだろう。更に、先に抜けた元ギルドメンバーからささやきが入り『抜けるのは辞めた方がいい。抜けるなら、ゲームを引退する覚悟でね』と忠告が入って来た。

 理由を尋ねると、


『ログインするたびにギルドの人から粘着ささが入ってくるんだ。装備返せだの金返せだの……それだけならまだ良いけど、狩場で見かけたらモンスターは横叩きされるし、パーティー組んでたらそのメンバーにまで迷惑ささ入れまくるしで、俺、パーティーも組めなくなったよ』


 そう言っていた彼は、定期メンテ後からログインしていない。他にも数人、同じような元ギルドメンバーが居る。

 それでもこのギルドの人数が増え続けるのは、ひとえにギルドマスターによるばら撒きだ。


 ――マスターはどうしてあんなに課金アイテムをくれるんだろう。お金もちだなー、それに優しいし。


 そんな風に思っていた自分を呪う。

 ギルドマスターの男がメンバーに惜しげもなく課金アイテムを配るのは、脱退しにくい状況を作る為に違いない。今ではそう思うようになった。

 現に脱退を口にしたメンバーには、課金アイテムの全額返還を要求しているし、それを理由に脱退させまいともしている。

 

 自由を奪われ、ギルドを発展させるためだけにこき使われたここ数日を振り返る。


 もう辞めてしまおうか。


 ふとそんな思いが過ぎる。

 同時に別の誰かを思い出した。


 フィールドで出会った青年。

 蒼い髪と蒼い眼の、VRMMO初心者だと言っていた彼を。


(ソーマ君……どうしてるかな。元気かな。どこのギルドに入ったのかな。この前の人達と一緒なのかな)


 願わくば、間違ってもこのギルドに入ることは無いように。もし彼が入ってきたら――その時は自分が彼を救わなければと思う。

 彼が自分を助けてくれたように。

 アデリシアがそう思うと、自然と心が落ち着いた。だがそれも一瞬だった。

「頑張るより先に、まず楽しもうよっ」

 そう言った彼の言葉を思い出し、再び目頭が熱くなるのを感じた。

 楽しむ事もできなくなった自分は、何故ここにいるのだろうと。


 その時、彼女の名を呼ぶ者が現れた。

 まるで魂が抜けたような表情で振り向いたアデリシアは、もう一度名前を呼ばれてようやく気づく。


 気に掛けていた青年が、会いたかった人物がそこに居た事を。

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