表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『Second Earth Synchronize Online』  作者: 夢・風魔
第2エリア『予兆』
30/95

2-8:くじらを追いかけて

 村の襲撃イベントからリアルでの翌日。

 ログイン早々、誰も居なかったので日課をこなす。

【ルイビス】を拠点にして早何日だろうか? ゲーム内では結構経ってるし、村襲撃イベントに貢献したせいか、この町ではNPCに顔を知られるようにもなっていた。

 そして今日も今日とて人助け。

 午前中いっぱい使って、お使いやら迷い子のペット探し、たまにまともなモンスター退治の依頼を消化していった。

 もちろん、クエストではない。ただの人助けだ。


 昼になっても誰もログインしてこないのは、リアルで今日が平日だからだろうな。春休みのニート状態の俺は、ログイン制限さえなければ四六時中遊べるんだけど……。

 そんなわけで採取に励む。金策でもあるが、フィンやカゲロウの生産レベルを上げて貰う為だ。

 今回は鉱石よりも薬草メインで集めていく。が、草をむしれば薬草……って訳にもいかない。


「おっし、やるか」


『採取スキル』を使う。すると、フィールドの一部がキラキラ光って見えるようになるのだ。

 光っているのが草なら薬草か綿花の類が、岩なら鉱石系が手に入る。

 とりあえず欲しいのは、薬草と鉱石。薬草はフェンリルにSPポーションを作って貰う為、鉱石は双子に渡す為に集める。


 鉱山に篭ってる人のほうが多いのか、意外とフィールドで採取している人は少ない。尤も、鉱山での最高採取ポイントは俺たちの秘密の場所になっている。

 マンドリルを倒すまではレスターたちに見つかって欲しくないので、それまでは誰にも言わない事にしてある。奴を倒し終われば誰でも入れるようにするつもりだ。


 何気に採取レベルってのが増えていき、それに比例して採取できる数も増えていく。これが地味に楽しい。

 お陰で最近は、誰もログインしてない時なんかはずっと採取してる。

 そして倉庫を圧迫するのでった。






 インベントリがいっぱいになる頃、フェンリルがログインしていたのに気づく。さっそくポーションの製造依頼でもするかな。


『to.フェンリル・クォーツ:フェンリル今いいかー?』


 ささやきチャットで彼女を呼び出す。


『from.フェンリル・クォーツ:君は挨拶というものを知らないのかい?』


 ……同じような事を以前にも言われた気がするな。デジャブだろうか。


『to.フェンリル・クォーツ:あー、こんにちは』

『from.フェンリル・クォーツ:はい、こんにちは。で、何かようかい?』


 町に戻る為のアイテムをインベントリから取り出し、使用する前に用件を伝える。


『to.フェンリル・クォーツ:ポーションの製造お願いしたいんだけど、いいかな?』

『from.フェンリル・クォーツ:いいよ。露店も完売して店じまいした所だから。じゃ、工房のほうで待ってるよ』


 返事を聞いてから、移動用の珠を砕いた。

【ルイビス】の町から販売されているこの珠は、聖職者の使う『帰還』魔法を応用したとかいう設定で販売されている。教会には戻らず、セーブポイントに送られる仕組みだ。

 残念なのが、現在セーブされているポイントなので、町の指定までは出来ない。しかも高額だし……。


 町へと瞬間移動で戻り、工房へと向う。

 襲撃イベントの後は、町の人口も一気に増えた気がする。まぁ増えたのはPCばっかりだけど。

 どうやらあの襲撃イベントは、同時に幾つかの村で発生していたらしい。お陰でまた何か行われるかもしれないと、少しレベルの低いプレイヤーもこぞって移動してきたって訳だな。


 待ち合わせの工房に到着すると、既にフェンリルが待機していた。


「悪い、待たせちゃって」

「数分程度だ。フィールドに居たからレベル上げしてると思ってたけど、祝福の珠の効果時間はいいのか?」

「あー、いや。レベル上げじゃなくって……」


 インベントリから、集めた薬草をごっそり取り出す。


「採取か……で、何をご所望かな?」






 たっぷりSPポーション五〇本完成。HPポーションも一〇〇本ほどと、状態異常を解除するポーションも三〇本ほど作って貰った。


「サンキュー。そういや、お前って製薬職のランキングに名前載ってたな」


 しかも四番目だったし……。おかげでポーションの回復量にランキングボーナスが付いてるから、かなり有り難い。


「まぁ、狩りに飽きたら草むしってポーション作ってたしねー。君の依頼のお陰で生産ポイント増えたからランキングの位置は死守できる……なんてのは無理だろうね」

「え? なんで」

「上位五人ぐらいは、私以外皆、大手ギルドのお抱えなんだよ。だから製薬は彼等が一手に引き受けているからね。素材もギルドメンバーが持ってきてくれるだろうし」


 つまり、数十人から常に依頼を受けられる上に、素材を採取してくる時間も必要ないからじゃんじゃん作れるって事か。

 フェンリルも買取作業で時間短縮はさせてるみたいだが、それでもタダで素材を手に入れていつでも自由な時間に生産できるギルドお抱えと、そうじゃない彼女とでは比べられないか。

 俺としてはフェンリルに作ってもらえると、出費も少なくって済むから有り難いんだよなぁ。出来ればランキング上位に食い込んだままで居て欲しい。

 これからは彼女用の薬草も集めてくるか。フィンたちにも製薬はフェンリルに依頼してくれるよう頼んでみよう。まぁフィンなんかは変な妄想して喜びそうだけども。

「プリたんお手製のポーション。はぁはぁ」

 とか言いそうだな。


 製造を終えた俺はインベントリの整理をする為に貸し倉庫へと向う。彼女も薬草の整理をするからと同行した。

 すれ違う男性PCの視線が痛い。

 工房でもそうだったが、素顔を晒したフェンリルの横に居ると、何故か男PCのヘイトを稼いでいるような気になって仕方が無い。

 まぁ実際俺だって、女の人とツーショットになってる男を見たら、ちょっと妬みたくもなすりなぁ――って、ツーショットじゃないかっ!

 ど、どどどどどどどどうすんだ、この状況。

 横目でチラっとフェンリルを見る。当然、何も気にした様子もなく、お面の修復材料が集まらないだの、法衣を作るのは諦めて誰かに頼むだの愚痴っている。

 露出の高いあの法衣は、何気に性能がいいらしくって、今でも着ている。足はスパッツみたいなのを履いて隠し、胸元はショールで谷間をガードしているが……。まぁ、それでも十分、どこからどう見ても女エルフにしか見えないし、男の目を十分惹いている。

 そんなフェンリルと今、俺はツーショット……。


 彼女の銀色の髪が風に揺れ、毛先が俺の頬をかすめる。

 この髪の色さえ違えば、あの人に似ている。――いや、瓜二つだ。

 初めてログインして、一番最初に出会った……露天風呂に入っていた女エルフに。

 そういや、フェンリルが女だって知ったあの山での一件以来、いろいろと慌しくて聞けなかったが――同一人物なんだろうか?


「あ、あのさー、フェンリル」

「んー?」


 面倒くさそうに返事をした彼女は、空を見上げ、風を感じているようだった。

 その顔が一瞬でぱぁっと輝いた。それは無邪気な子供のようにも見える。

 金色に輝く瞳を俺に向け、満面の笑みを浮かべて言う。


「鯨だっ! 行くぞっ」


 俺の手を掴み、彼女は突然走り出した。


「ちょ、鯨って、どこ行くんだよ?」


 空を見ていたのに鯨? まさか鯨の形をした雲を見つけた、とか言わないよな?

 戸惑いながらも、俺は彼女に引っ張られるまま後を追う。


 細い指先、柔らかい感触。温もり。

 これが全部、データ受信による脳の「気のせい」とは思えない。

 そんな事を考えながら俺が連れて来られたのは、町の外。


「ソーマ、あれが鯨だ」


 フェンリルが指差す方向、前方の空を見上げると……確かに、鯨が居た。


「え、なんで空に鯨が?」


 正確には『鯨のように見える何か』なんだろうな。テレビで見るような本物の鯨よりは、明らかにでかいし、何より空を泳いでいる。尾鰭や胸鰭も随分長く、ここだけ熱帯魚のような印象がある。そして、その姿はくっきりとは見えない。やや半透明な感じだ。


「この【Second Earth of Synchronize Online】の七不思議のひとつだ。どこから来てどこに向っているのか、誰も知らない。NPCですらね」

「追いかけたら解るんじゃ?」


 俺たちはじっと鯨を見つめたまま話す。見ている間にも、鯨はどんどん南下していって見えなくなりそうだ。


「追いかけたさ。追いかけたけど、いつの間にか見失ってしまうんだ」


 追いかけたんだ。フェンリルらしい。

 残念そうな口ぶりのわりには、顔は笑っていた。

 見つめる先の鯨がどんどん小さくなっていく。走って追いかけたい衝動に駆られるが、今はそれよりも、右手に握ったフェンリルの手が気になってしまう。

 ほんの少し力を加えると、突然フェンリルが手を振りほどいてしまった。

 今更気づいたという感じに、顔を真っ赤に染めた彼女の顔が目に入る。


「あー、いや、そのぉ、悪いね、急に引っ張ってきてしまって」

「いや、別にその……初めて鯨見れたから。うん、ありがとう」


 こっちまで照れくさくなって、視線を逸らそうと鯨が居た南の空を見たが、もう、鯨は居なくなっていた。


「ほんと、突然見失うんだな」


 ポツリと言うと、


「うん……視線逸らした瞬間に、消えてしまうんだ」


 と残念そうにフェンリルが零した。






 寄り道を終えて倉庫までやってくる間にちょっと尋ねてみた。


「なぁ、俺ってスキルの獲得が特殊なんじゃないだろうか?」


 いや、本当は露天風呂の君とフェンリルが同一人物なのかどうか、聞いておきたかったけど……。タイミングは逃すし、今更過ぎて恥ずかしいしで聞けなくなってしまった。

 代わりにって訳じゃなく、やっぱり気になったので聞いてみた次第だ。


「前にさ、おまえがシステムに必要と判断されたら覚える――みたいな事いってたじゃんか?」

「あー、そんな風に教えたっけ? 覚えてない」


 いや、そこは覚えててくれよ。

 とのかく俺がスキルを習得するタイミングってのが、大抵ピンチに陥ってたりする時。俺自身がーってのもあるけど、仲間がーってのもある。この前の剣圧のときみたいに。

 他の皆もそんなものなのか、それが気になったんだ。


「ほむ。なるほどねぇー。まぁその辺りは『君』だからだろうとだけ言っておこう」

「なんだよそれ」


 俺だから?

 仲間のピンチを救う為に、新技を開眼する俺――まさに勇者だからっ!?

 とか期待しちゃうだろ、その言い方だと。いや、期待していいのか?


「んー、そうだねー。私なんかを例にすれば、スキルは確かに戦闘中に習得するけど、別にピンチの時でもなんでもない」


 ど、どういう事だってばよっ。


「MMOに慣れているからだろうね。レベルが上がればスキルを覚える。もしくは買う。これが他ゲーでの常識なんだ。だから潜在意識的に、レベル上がったからスキルが出てくるはずだって思い込んでるんだよ」

「じゃー、コンスタンスにスキルが増えていってるってことか?」


 俺の言葉に彼女が頷く。

 羨ましい。俺なんて増えたかと思ったら、その後熟練度が一〇ぐらい上がるまで音沙汰なしって時もあったし。

 って期待とは違ったのか。

 MMOの常識を知らない俺だからこそ、本当に欲しいと願わないとシステムが反応してくれないってか……。マジかよ。


「まぁ、実際はどうなのか知らないよ? ただ私がそう思っただけなのだから」

「うーん、でもまぁ、その可能性はありそうだ。けど、それならそれで、スキルが欲しいと強く願えがいいだけだよな! ちょっとピンチになる状況なんかも作れば、思い通りのスキルが手に入りそうじゃん!」


 俺って頭イイーっ。

 よし、この後皆で狩り行く時、さっそく試してみようっ。






 倉庫へとやって来ると、見覚えのあるピンク色のエルフを見つけた。いや、全身ピンクって訳じゃないけど、やっぱりあの髪色は目立つ。


「アデリシアさん。久しぶり」


 呼びかけると彼女はゆっくり振り返った。その動作は、なんていうか、覇気がまったく無い。

 彼女らしくないな。そんな印象を受ける。


「アデリシアさん?」


 もう一度呼びかけて、ようやく彼女はこちらに気づいた様子だった。

 何かあったんだろうか?

 アデリシアさんの目、赤くなっている気がする。


「ソーマ、くん……」


 赤くなっている気がしたんじゃない。

 赤いんだ。


「ソーマ君、ソーマ君! 私、どうすればいいのかな。どうしたらいいのかな」


 訳もわからず泣き出す彼女は、そのまま俺の胸に飛び込んで来た。

 

 えっと、この状況は……。

 助けを求めようとフェンリルに視線を送ったが、知らん顔されてしまう。そのままフェンリルは狐のNPCと「いやーねー。女の子泣かしてますわよー」「嫌ですねー」なんて世間話をし始めている。

 その内他のプレイヤーもヒソヒソし始めた。


 まじ、勘弁してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ